七時限目『激泳、ジョーズパニック』
〜 七時限目『激泳、ジョーズパニック』 〜
獣耳学園合宿二日目。
昨日同様に空は晴れ、太陽は燃え盛り絶好の海水浴日和だった。
言い換えれば灼熱の太陽光線が降り注ぐ暑苦しい天気。
そんな天気の中、ハヤトは呆然と立ち尽くしていた。
この過酷な環境の中で今朝の自分の行いを振り返っていたのだ。
「よー、色男」
そんなハヤトの姿を見ていたケンがそう言って近づいてくる。
「…ケン、お前だろ、今朝委員長達連れてきたのは」
心頭滅却すれば火もまた涼し、過酷な環境に身を置く事によってハヤトは普段の冷静さを取り戻していたのだった。
「委員長とキユを連れてきたのは確かに俺だ」
「やっぱりな…お前の策にはまるとは、大分冷静さを欠いていたようだ」
少し考えれば解る事だった。
「そう、俺はもっとクールでニヒルなキャラが売りなんだ、もっと冷静に…」
「あ、けどよ、ミアは知らないぞ、俺が起きたときにはお前がしっかりと抱きし…」
「言うなぁっ!!」
ケンの言葉を遮るように思わずハヤトは怒鳴ってしまう。
「…はっ!!」
その直後に先程自分で行っていた台詞を思い出す。
どうやら今朝の一件はハヤトにかなりのインパクトを与えているようだ。
「落ち着け、俺はクールだ、俺は冷静だ、落ち着け、落ちつくんだハヤト…」
「ほんと、意外に脆いよなぁ、お前」
「…ふぅ、よし」
精神統一が終わったのか、一回深呼吸して体内の流れを変えるハヤト。
「どうした、そんなに今朝の件がショックなのか?」
「ん、いやいや、どうやら柄にもなく取り乱していたようだ」
「お、冷静になってる」
「この合宿に来て二日、どうやらペースを乱されまくってたようだ、少しこの辺りで本来の俺のペースを取り戻そうと…」
ハヤトは出来る限り冷静に、出来る限りクールにそう言おうとするが
『諸君、昨夜は良く眠れたかな?』
そんなラスボスの声が聞こえてくる。
「…あ、校長だ」
ケンの視線の先にはマイクを持った校長が立っていた。
『今日は諸君に命を賭けた遠泳をやってもらう』
その校長の何気ない一言が生徒達に大きな波紋を広げる。
「お、俺は、俺は本来のペースを…」
その校長の言葉によって、ようやく冷静さを取り戻しかけていたハヤトは再び混乱へと落ち込んでいく。
「いい加減諦めろ」
この学園において、普通だの平凡などと言う言葉を求める事自体が間違いなのだ。
「俺の平凡な学園生活を返してくれ」
「いや、俺に言われてもなぁ」
もはやがっくりとうなだれるハヤトにかける言葉はなかった。
『ルールは簡単、今日正午より沖に見える無人島に辿り付き、そこから往復してこの場所へ戻ってくる事、なお泳げない者は浮き輪やサーフボードの使用も許可する』
「…それのどこに命を賭けるんだ?」
「俺に聞くな」
ハヤトはぶっきらぼうに答えた。
ある意味、そういう態度こそが本来の彼なのかもしれない。
『注意してもらいたいのは沖に出た時、この海域には稀にサメが出没するとの情報がある』
「って、おい!!」
「マジ命懸けじゃねぇか…」
校長の言葉に二人は一気に青ざめる。
『サメは自分より巨大な者、強い者は襲わない、よって襲われない為には集団で行動するのがベストである、特に遠泳ともなれば集団で助け合って泳いだ方が効率が良い、よって遠泳は集団で行う事、では、各人の健闘を祈る』
そう言って校長はマイクのスイッチを切った。
「…なるほど、ようするにこれも合宿の一環なわけか」
獣耳学園はかなり型破りな学園ではあるが、その辺りの筋は通すようだ。
「なぁ、ハヤト、俺達の集団って…」
「何度も確認するな、いつもの面々しかいないだろ」
「げ、マジかよ、女連れで遠泳なんてやってらん…」
ケンが不満の声を上げようとするが
キラァン…
「切り裂け、キャットフィンガァァァーーー!!」
バリィィ!!
「ぎゃあぁぁぁ!!」
鋭い爪がケンの背中を切り裂く。
「そーいうのを男女差別っていうのよ、ケン」
出会い頭に必殺技をかました猫人、ミアはケンをビシッっと指差してそう言う。
「ミア、やり過ぎだ…」
指差されたケンは苦痛のあまり砂浜をのた打ち回っている。
「あ、おはよー、ダーリン」
「ハヤトキィィック!!」
ゲシィ!!
「ふぎゃん!!」
ハヤトの蹴りにより、ケンと同じように砂浜に転がるミア。
「だーれーがー、ダーリンだこの馬鹿猫」
「ひ、ひどいわ、私達夕べあんなに愛し合ったのに」
「記憶に無い、よって何も無い、そう決めた、今決めた、俺が決めた、よって今朝の出来事も無かった事にする」
「えーん、ハヤトって暴君だぁ」
そう言ってミアは見え透いた嘘泣きをはじめる。
どうやらハヤトは完全に復活したようだ。
「相変わらずやってるねー」
「ほんと、良く飽きないよねー」
ミアから遅れる事数秒、キユ、ミユ、コゥの三人が現れる。
「…なぁ」
『何?』
「ひょっとして三人とも泳げない?」
そう、三人はそれぞれ浮き輪をもって、もとい、装着して現れた。
やや大きめのその浮き輪はおそらく学園側から支給された物だろう。
「まったく泳げない事はないけど遠泳となると自信ないわ」
まずはコゥ、見事なアンバランスさである。
女性としては比較的身長が高い方なためか、それとも歳不相応なその胸のせいなのか、浮き輪をつけた状態で現れた彼女は実にアンバランスであった。
「私達は浮き輪ないとおぼれちゃうもんね」
「うん…」
続いてキユ&ミユ、見事なまでの自然体である。
まるで違和感が無い、おそらくこのまま小学生、いや、下手をすれば子供用プールに行っても大丈夫なのではないだろうかと思えるぐらいであった。
「やれやれ、こりゃのんびり行かないとな」
正午から夕方まで、沖の無人島とは言ってもそれほど距離があるわけではない、のんびりいっても余裕はあるだろう。
「じゃあ、行きましょうか」
委員長であるコゥのその一声によって倒れていたケンとミアも復活しはじめる。
「ねぇ、ケン」
起き上がるケンに声をかけるコゥ。
「何だよ委員長?」
「私の浮き輪引っ張ってくれない?」
「はぁ?」
「だって、このままじゃ時間内に間に合わないかもしれないじゃない、だから私達泳げない組を泳げる組が引っ張ってくのよ」
「冗談じゃねぇ、何で俺が委員長の浮き輪引っ張らなきゃいけねぇんだよ」
ケンの主張は確かに間違ったものではなかった。
だが、その後に付け加えた言葉は失敗だっただろう。
「け、大体委員長はでっけぇ浮き輪が二つもあるんだから、浮き輪なんていらねぇんじゃねぇのかぁ」
ケンが皮肉混じりの嫌味たっぷりでそう言うと
「ケン…」
ドドドドド…
効果音があったらそんな感じだろう。
コゥの体から言い知れぬオーラが放出され始める。
「あんまり我侭言うと私も怒るわよ」
「す、すみませんでした…」
彼が犬人ではなく犬であったのならば服従の証として腹を見せていただろう。
「こえー」
「コゥちゃんもあれで牛人だからねぇ」
「そう言えば聞いた事があるな、牛人は自分の角を使った必殺技を持ってるとか、ハリケーンなんたらとかグレートなんとかっていう名前でその威力は岩をも砕くとか」
どうやらコゥを怒らせるのは得策ではないようだ。
「…じゃあ、委員長はケンが、キユはミアが、ミユは俺が引っ張るよ、異論はないな?」
『おー』
「では出発するぞ」
こうして六人は大海原へとその身を進めるのであった。
パシャパシャパシャ…
海を進む事30分。
陸地が段々見えなくなり、水温がかなり冷たくなってきた。
「くそ、何で俺がこんな事を…」
文字通り、馬車馬の如くコゥを引っ張って泳ぐケン。
「だって、泳げる組の中じゃケンが一番馬力あるじゃない」
文句たらたらのケンにコゥはそう補足説明をする。
「脅して引っ張らせてるくせに良く言うぜ」
「ごめんねー」
「謝ってるように聞こえねぇ…」
愚痴を言うしかないケンでった。
「何やってんだか…」
「ケンも大概コゥちゃんの尻に引かれてるよねぇ」
そのやりとりをハヤト達は横で泳ぎながら聞いていた。
「あのさ、ハヤト」
「ん、何だよミア?」
「ケンじゃないけど、何でハヤトがミユちゃん引っ張ってるの?」
「は?」
ミアのその問いの意味する所が解らず一瞬考え込むハヤト。
「私がミユちゃん引っ張って、ハヤトがキユちゃん引っ張ってもいいはずじゃない」
「まぁ、別にそれでもいいんだが…」
「だが?」
「お前が引っ張るとミユが怖がりそうだから」
「何よそれ」
元来、猫人は泳ぎが得意ではない。
ミアが泳げるとはいっても種族的なそれは覆しようがなく、その泳ぎにはやや無駄があった。
もっと簡単に言えばミアの泳ぎは荒っぽかったのだ。
「…ハヤトってさ、ミユちゃんにはやさしいよね」
「何だよ急に?」
「べっつにー」
そう言うとミアは泳ぎに専念しようとしているのか前を見てハヤトから目をそむける。
「お前、何怒ってるんだ?」
「怒ってなんかいませんよーだ」
そうぶっきらぼうに答え返すミア。
「…やっぱ怒ってるじゃねぇか」
ハヤトはそのミアの態度に不満を感じていた。
別にミアが怒っていようが自分を無視しようが構いはしないのだが、訳の解らない事でそういう態度を取られるのはごめんだった。
「二人とも、よくそんな青春マンガみたいなことを素でできるねぇ」
「キユ?」
会話の途切れたハヤトとミアに声をかけてきたのは引っ張られているキユだった。
「ハヤト君も大分鈍感、ミアちゃんはね、ハヤト君がミユにいっつもやさしくしているのが気に入らないから嫉妬してるのよ、でもそれはミユのせいじゃないからやさしくしているハヤト君に怒りの矛先が向けられているわけ」
「キユちゃん!!」
ずばり図星をさされてミアは思わず声をあげてしまう。
「本当の事でしょ、それとも違う?」
「うっ…」
話術においてはキユの方がミアの数倍上手のようだ。
「ま、それだけの話なのよ」
「なるほど…」
確かに、思い当たる節がいくつかあった。
「まぁ、ミアに比べてミユの方が大人しいし可愛げはあるかなー」
「なっ!!」
そのハヤトの言葉にミアはそう声を上げる。
マンガであればミアの頭の上にビックリマークが浮かんでいた事だろう。
「…なーんてな」
だが、ニッっと笑って言ったハヤトのその言葉にミアの表情は安堵の表情へと変わっていく。
「…ハヤト君って捻くれてるね」
そこはそうじゃないだろとばかりにキユがそう突っ込んでくる。
「ミユもそう思うでしょ?」
キユはその意見に同意が欲しいのか隣で引っ張られているミユにそう声をかける。
「……」
だが、返事がない。
「…ミユ?」
「……」
もう一度呼びかけるが返事はなかった。
「どうしたの?」
ミアもその事を不思議に思ったのかミユの方を見る。
するとミユの目が遠くを見ていた。
「ん?」
角度的にミユを見れないハヤトだったが、自分の体に伝わってくる振動に気づき動きを止める。
浮き輪を引っ張っているロープをミユが引っ張っていたのだ。
「ミユ、どうしたんだ?」
それだけではない少し震えているようだ。
「どうかしたのか?」
「ミユちゃん?」
ケンとコゥもミユの異変に気づいたのか声をかけてくる。
だが、ミユの視線はあらぬ方向を向いていた。
「…あ、あれ」
震える指でミユはその方向に見えるある物を指差す。
『え?』
残り五人もそのある物を見る。
そこには三角形の物体が浮かんでいた。
いや、正確にはその物体の頂点にある三角形の物が会場に姿を表していたと言うべきだろうか。
「…な、なぁ、ハヤト」
「な、何だよ、ケン…」
「いや、あれは流石に俺にも解るんだけど一応確認しとこうかなーって思ってよ」
「だから何だよ」
「あれってさ…」
「サメの背びれ…だろうな」
「だよなぁ」
まだ遠くに見える分救いはあるものの、状況を考えると絶望的であった。
付け加えて絶望的になるならば、そのサメのサイズは余裕で数メートルはあった。
「ど、どうするよハヤト?」
「落ち着け、幸いにもまだ距離がかなりある、サメは音と匂いで遠くの獲物を識別するんだ、だから出来るだけ音を立てるな、後サメは高音を感知しやすいから女性陣は悲鳴をあげるなよ」
『りょ、了解…』
「よし、じゃあゆっくりと移動するぞ…」
ハヤトがそう言って出来る限り静かに移動しようとするが
「なぁ、ハヤト」
「何だ?」
「さっき匂いって言ってたよな」
「ああ」
「それってどんな?」
「本で読んだ限りではサメは数キロ先の血の匂いをかぎつけるってあったけど」
幸いにも自分の怪我はすでに感知しているので血がでる危険はない。
「ハヤト、それやばい」
「え?」
「今俺は出血してる」
「…は?」
ケンのその言葉にハヤトは耳を疑った。
「どうして怪我なんてしてるのよケン」
ミアの当然の質問がケンに投げかけられるが
「さっきお前に引っ掛かれた時に怪我したんだよ」
「…あちゃー」
そう言えばそうだっけ、と言った顔でミアはそう唸る。
「二人とも落ち着け、今は陸地に向かう事が先決だ、必ずしもサメが気づくとは限らない」
島までもうそんなに距離はない。
サメとの距離を考えればそれ程不可能な話でもない。
六人はゆっくりと島に向かって移動しはじめる。
泳げる組は体を動かしている分まだ気が紛らわせたのだろうが、泳げない組は周囲をキョロキョロして挙動不審となっていた、特にミユなどはいつ悲鳴をあげてもおかしくないような状態だった。
「ねぇ、ハヤト君」
小声で喋る事に効果があるのか、コゥは出来る限り小さな声でハヤトに声をかける。
「何だ、委員長?」
ハヤトも思わず小声で返してしまう。
「何か撃退法とかないの?」
「校長も言ってたけどサメは自分より大きなものには襲い掛からない、だから大きな布か何かで誤魔化せればいいんだけど」
「ここにそんなのあるわけないじゃん」
そう言ってきたのはキユだった。
これまた彼女も小声である。
「ほ、他には?」
「サメは低音を嫌うって聞いた事がある、だから船乗りは船底を叩いてサメを追い払ったって言うけど」
「この状況で低音なんて出せるわけ無いじゃない」
「だから逃げるしかないんだってば」
この状況で誰が誰に責めれるものか、今はそれしか手段が無いのが現状なのである。
「とにかく、後少し、もう砂浜が見えてるんだ」
見ると砂浜には他の獣耳学園生徒達がいた。
「…何だ?」
どうやら生徒達が何か叫んでいるようだ。
「(サメが出た事を俺達に知らせようとしてくれてるのか?)」
だが、どうも状況がおかしい。
「あ、ボートだ」
「助かったぜ、あれに乗れればこっちのもんだ」
ずっと浮き輪を引っ張っていた泳げる組そろそろ疲労のピークだった。
加えていつサメに襲われるのか解らない状況。
助け舟とはまさしくこの事だろう。
「(…おかしい、何かおかしい)」
陸の方からボートが向かってきてくれている。
しかも見た感じかなり大急ぎで。
「(何か、何かすごく…嫌な予感がする!!)
そう、ボートは自分達を救助にきてくれている。
「(…そうだ!?)」
つまり、自分達は今、明らかな窮地に立たされているはずなのだ。
「みんな、サメはどこだ?」
『え?』
「サメだよ、さっきまでそこにいただろ」
確かに遠巻きにだが見えていたサメの背びれがいつのまにか消えていた。
「あれ、本当だ」
「逃げたんじゃないのか?」
ミアやケンがそう言う。
確かにその可能性もあるが
「(いや違う、何かヤバイ感じがする!!)」
ハヤトは自分の直感を信じた。
「ケン、ミユの浮き輪を頼む!!」
ハヤトはケンに自分のロープを渡すと
ザバン…
大きく息を吸い込んで海中へ身を沈める。
「(頼む、外れててくれ…)」
海中に潜ったハヤトはそのまま周囲をぐるっと見回す。
この場合、海水の透明度が高い事と日の光が強かった事が幸いした。
その素早く動く黒い物体をすぐに確認できたからだ。
ザバ…
「まずい、逃げるぞ!!」
海面に顔を出すと同時にハヤトはそう声を出した。
『え?』
「サメだ、こっちに向かってきてる」
『っ!!』
そこから先の行動は早かった。
少しでも向かってくるボートに近づくために一致団結で泳いだ。
だが
「(駄目だ、このままじゃ追いつかれる)」
所詮人型種族の定め、海洋生物にその速度が適うわけが無い。
「(くそ、やるしかないか!!)」
ハヤトはそう決意すると泳ぎを止めコゥに声をかける。
「委員長、少しなら泳げるんだったよな」
「ええ」
「なら浮き輪を貸してくれ」
「え、何で?」
「いいから早く!!」
「う、うん」
ハヤトの鬼気迫る迫力に押されたのかコゥはすぐに浮き輪から離れる。
「よし、みんなはボートの方へ向かうんだ」
「ハヤト!?」
「おい、お前何する気だよ!?」
ハヤトはサメの方に体を向け。
「こうするんだよ!!」
ハヤトは自分の腕に噛み付き。
ガリッ…
歯をスライドさせて腕の一部を噛み切る。
ポタ、ポタ…
ハヤトの腕は彼の歯によって傷がつき、血が流れ出す。
流れた血は海面へ吸い込まれるように広がっていった。
「馬鹿、何やってやがる!!」
「そんな事したらサメが…ハヤトまさか!?」
「早く行け、時間は稼ぐ!!」
ハヤトはそう言うと浮き輪を引っ張りながらサメの方に向かって泳ぎはじめる。
「(サメの襲撃の基本は不意打ちだ、こちらの存在をアピールすれば警戒して襲ってこない可能性がある)」
ザバン…
ハヤトは再び潜ってサメを確認すると、サメを刺激しない程度に自分の存在をアピールするが、どうやら相手はすでに捕食行動に移っているらしく、効果が無いようだ。
「(血を流したのは失敗だったかな…)」
サメは血の匂いを嗅ぐと興奮状態になり攻撃的になる。
一度捕食行動に移ったサメを撃退するには、こちらがサメにとって捕食し辛い相手、無防備ではない事を証明しないといけない。
サメは一度の狩りに莫大なエネルギーを消費するという。
よってサメとしては非効率的な事はできない。
つまり、ハヤトが少しでもサメを怯ませたらいいのだ。
「(使える道具はこの浮き輪のみ…けど、やるしかない!!)」
サメはハヤト目掛けて高速で迫ってきた。
ブワァ!!
魚特有の身を捻って獲物を噛もうとする動作でサメはハヤトに噛み付こうとするが
「っ!!」
ザバァ!!
ハヤトは瞬時に海上へとすの身を移動させサメの噛み付きをかわす。
不安定な海面下ではハヤトに勝ち目はない。
よってハヤトはこの場で唯一使える道具、浮き輪を利用して一気に体を浮上させたのだ。
海上へ出たハヤトを追いかけて噛み付こうとするサメ。
だが、流石に勢いが足りなかったのかハヤトに噛み付く事が出来ず海面にその頭を出すだけだった。
そして
「喰らえぇぇーーー!!」
不安定な浮き輪を奇跡的なバランスで足場とし、ハヤトは自分を噛もうとして海面にでたサメの鼻っ面に蹴りを叩き込む。
ベキィィ!!
と、それほどまでの音はしなかっただろうが、感触的にかなりの威力の蹴りが入ったことをハヤトは確信した。
「(どうだ!?)」
そのままバランスを崩してサメとともに海中へと落ちるハヤト。
「(サメの敏感な部分にダメージを与えた、これで俺を襲いにくい奴だと認識してくれれば…)」
サメは逃げ出すはず。
そう考えるハヤトだったが、その考えは甘かったようだ。
サメは確かに多少身をくねらせて海中を動き回ったものの、逃げ出そうとはしなかった。
生半可に威力があったためだろうか。
逆にサメの闘争本能に火をつけてしまったようだ。
より狂暴化したサメは今度は確実にハヤトを仕留めようとやや下の角度から浮上するように襲ってくる。
「(駄目か!!?)」
ザバァァン!!
サメがハヤトの目前に迫った時、何かの物体がサメの上に落下する。
「(えっ!?)」
サメはその物体に押されるように向きを変えてハヤトの横を通りすぎていく。
「(何だ…くそ、そろそろ息が…)」
状況を確認したかったが息が続かない。
ハヤトはとにかくサメの注意がそれているその隙をついて海面に顔を出す。
「ハヤトォ、こっち、早く上がって!!」
すると、そうハヤトを呼ぶミアの声が聞こえた。
ハヤトが声のする方向を見るとボートがすぐ近くまで近づいてきていた。
「(サメは!?)」
周囲や海中を見回すが、海上から見たのでは良く解らない。
かといってまた水中に潜っていたのではボートの上に逃げるチャンスを逃してしまう。
「(ちぃ!!)」
現状を認識するより、ハヤトはそのボートの上に退避する方が得策と判断したのか、ボートより投げられたはしごを掴み一気に上に駆け上がる。
「はぁはぁはぁ…」
ゴロン…
甲板に寝転がるように仰向きになって息をする。
急激な運動の連続と心的負担が大きいためか、呼吸を整えるだけで疲れてしまいそうだ。
「ハヤト、大丈夫!?」
「ああ、流石に死ぬかと思った…」
確かに間一髪だった。
あのままサメに襲われていたら間違い無く死んでいただろう。
「そうだ、何が落ちてきたんだ!?」
何か大きな物体がサメの行く手を遮った。
それは確かだ、だが一体何が落ちてきたのだ。
「あれ、見えるか?」
ハヤトのその疑問に答えるようにケンは海を指差す。
「あれ?」
ハヤトはその先を見る。
「…なぁ、ケン」
「何だ?」
「いや、やっぱりいいや」
「言いたい事は解るが、これが現実だ」
二人の視線の先にはサメがいた。
サメと同時にもう一人良く知っている人物がいた。
校長である。
「いるもんだな、世の中にサメと格闘できるような異常な人物が」
「まぁ、居ない事もないだろう、勝てるかどうかは別としてな」
そう、目下、校長とサメは格闘中であった。
校長はサメの胴体を締め上げるように腕で締め、サメはその校長を振り払おうとその巨大な体をうねらせている。
通常なら常人の皮膚がサメの肌に勝つ事はないのだろうが、どうやらこの場合通常という言葉は当てはまらないらしい。
勝負はあっさりとついた。
数分もしない内にサメが海面へその姿を浮かべたのだ。
「絞め殺したのかよ、あのおっさんは?」
サメの体に外的な傷は一つもなかった。
されどサメはまるで死んだ魚のように海面へ浮かんでいる。
「いや、多分窒息させたんだ」
「窒息?」
「魚ってのはエラ呼吸してるからな、胴体の横にあるエラを封じれば呼吸困難で窒息させる事ができる、…理屈の上ではな」
「化け物だな、あのおっさん…」
理屈で言えば不可能ではない。
だが、やれと言われて出来るものでもない。
ジャバジャバジャバ…
やがてそのサメを引っ張りながら校長がボートの上へと帰還してくる。
「ふむ、危ない所だったなハヤト君」
「ええ、本当にありがとうございま…」
ハヤトは礼儀として立ち上がってそう返事をしようとするが
「ハヤト、動いちゃ駄目だよ」
包帯を巻いているミアに止められる。
「ほんと無茶よ、自分で血を流して囮になろうなんて」
「まったくだよね」
コゥ、キユの厳しいお説教も追加された。
「で、でも…ハヤト君が助けてくれなかったら…」
唯一ハヤトの支援をしてくれたのはミユだけだった。
「いいんだよ、ミユ」
「でも…」
ハヤトがいいと言っても彼女は納得していないらしい。
「ミユ、俺達だってそれぐらい解ってるさ、けどだからって命の恩人相手にありがとうの一言じゃ済ませられねぇだろ、勝手な行動した文句と礼ぐらい言わせろよ」
そのミユの言葉にケンがそう返す。
言ってる内容は一応ハヤトに礼を言っているのだが、照れくさいのかなかなか解り辛い言い方で喋っている。
「うぅ…」
臆病が起因してか、ミユはケンのその言葉の内容を認識するよりもその剣幕に対して泣き出しそうな顔になる。
「こらケン、ミユ苛めたら私が許さないわよ」
やはり姉の立場だろうかミユを庇うように間に割り込むキユ。
「そんなつもりはねぇよ、ったく、ハヤトが何かすると何時もこれだ」
ケンは何時ものようにやってらんねぇとばかりにそっぽを向いてしまう。
「君はなかなか人望があるようだな」
「…お陰さまで」
校長のその言葉にハヤトはシンプルにそう答えた。
「さて、今回は皆運が悪かったな、とにかく陸に上がって休みたまえ」
『はい』
「…校長先生」
「何かね?」
陸に上がり各自それぞれ休憩を取ろうと解散した後、ハヤトは校長の元を尋ねていた。
「質問があります…」
気のせいか、そのハヤトの雰囲気はいつもの彼のそれではなかった。
「先程のサメはアクシデントですか?」
「無論だ、脅しはしたが本当にサメが出るなど思ってはいなかった」
「その割には随分手際が良かったように見えましたが」
ハヤト達がサメと遭遇して間も無くボートがやってきた。
他に目撃者がいたのかもしれないが、それにしたって対応が早すぎる。
付け加えて、自分達以外の生徒がすでに浜辺に避難していたのも疑問点だ。
「もしもの時の準備をしておくのは学校側として当然だろう」
「もしもの時…ですか」
「そう、もしもの時だ、今回の件は間違いなくアクシデントだ、だから私自らが君達を助けに行った、何か不服かね?」
「…いいえ、解りました」
ハヤトはそう言うと校長の前から立ち去ろうとするが
「今回は本当に運が悪かった、浮き輪しかないのではどうしようもなかっただろう」
「ええ」
「だが、それでも君はサメと戦えた」
「…何が言いたいんですか?」
「何、少し見てみたかったと思ってな、浮き輪以外の道具がもしあったら、君はあのサメとどう戦っていたのか」
「買いかぶり過ぎですよ、命懸けだったんですから」
「そうかね」
「ええ…」
ハヤトはそう言って再び校長と反対方向を向く。
「ですが…もし何か武器があれば…」
反対側を向いて小さな声でハヤトはぼそりと言う。
「あんな魚如きに遅れはとりませんけどね」
「それは頼もしい」
「校長、最後に一言だけ言っておきます」
「何かね?」
「俺を試すのは結構ですが、みんなに危害を加えたら…俺、本気を出しますよ」
ハヤトはそれだけ言うと振り返りもせずに校長の前から立ち去った。
「…ふふふ、なかなか言ってくれる、堪らんなぁ、サメなんぞ相手にならんわ」
その後姿を見送って校長は不敵な笑みを浮かべていた。
「あ、ハヤトー、こっちこっちー」
宿の食堂に行くとミアのそんな大声が聞こえてきた。
「大声で呼ぶなよ、恥ずかしいだろ」
「いいじゃん、なんたって私達は学園公認の…」
「それ以上言ったら蹴り飛ばすからな」
「ひどっ、最後まで言わせてくれてもいいじゃない」
「却下だ」
ハヤトはそう言うと所定の席に腰を降ろす。
「いやぁ、料理が用意されてるっていいよなぁ」
ケンは嬉しそうにそう言った。
「そうねぇ」
「右に同じく」
ケンのその意見にコゥとキユも同意する。
どうやら先日の食料争奪バトルロイヤルの一件の影響が未だに残っているらしい。
「…怪我、大丈夫?」
料理できない組がそう頷きあっている中、ミユが小さな声でハヤトにそう聞いてきた。
「ああ、大した事ないよ、明日には傷口も塞がってるさ」
腕には大げさに包帯が巻かれているが、噛み切ったのは薄皮一枚、大した怪我ではない。
そのハヤトの返答を聞いて良かったと言った顔で答えるミユ。
「…むぅー」
一方、そのやり取りを面白くなさそうな顔で見るミア。
「何だよ、ただ話してただけだろ」
「別にー」
昼間の続きのように、ミアはふてくされた顔をする。
「ったく、俺はお前以外の女子と話しちゃ駄目なのかよ」
「うん」
「あっさり肯定するなぁ!!」
冗談ではないとばかりに声を上げるハヤトだが、その状況はさながらコントであった。
「おーい、二人とも、漫才は食後にしろよ」
「そうそう、食事中は一応マナーを守らないと」
ケンとコゥの真っ当な言葉にハヤトとミアは口を塞ぐ。
「ねぇ、今晩の献立って何なの?」
それを確認してか、今度はキユがそう口を開く。
「ん、さぁ、そういや知らねぇな、委員長は?」
「いいえ、私も知らないわ」
「じゃあ、出てきてからのお楽しみってわけ?」
料理できない組がそう今からでてくる料理に期待を馳せて話合うが
「俺は何となく想像つくけどな…」
ハヤトは少し嫌そうにぼそっとそう言う。
「…私も」
珍しく、ミユも続けてそう嫌そうな顔をして言葉を発する。
『え?』
そんな二人の言動に、残りのメンバーはそう声を返すだけだった。
しかし、数分もしない内にその意味を理解する事になる。
テーブルに並んだのは見事な魚料理。
新鮮な海の幸と言ったところだろうが、メンバーはそのメインの品を見て一瞬引いた。
そこにはつい数時間前まで自分達を食べようとしていたサメの頭があったのだ。
何の因果であろうか、それとも敗者の末路と言うべきだろうか。
まさか自分達が自分達を食べようとしていたサメを食べる事になろうとは。
「本日のメインはサメのつくねとサメのかまぼこです、校長自らしとめた一品なので皆心して食べるように」
そう、チタ先生の説明を聞くメンバー。
おそらく、他の生徒達は校長がサメをしとめた図を色々と良識的に想像しているのだろうが、多分、その中にその肉体一つでサメを締め上げる校長の姿を想像した者はいないだろう。
その事実を知っている13クラスの面々は苦笑するしかなかった。
「では、皆手を合わせて」
『いただきまーす』
こうして、校長によってしとめられたサメは獣耳学園の生徒達の栄養の一部と化した。
ちなみに、味の方はなかなかおいしかったと言う。




