第8話:コラボ交渉
ガルムからの返信は翌朝届いた。
【俺が中層のボス級モンスターを狩る。お前らはその場で調理して食う。リアルタイムの狩り&飯コラボだ。どうだ。——ガルム】
リディアは文面を読んで、水晶板を置いた。
「分析します」
「何をだ」とにゃん吉が缶を開けながら言った。
「ガルムのチャンネルです。コラボ相手の数字を読まずに条件を詰めるのは順番が逆です」
ガルムの過去配信の履歴は水晶板から参照できた。最古のものから直近まで、三十本ほどを斜め読みした。タイトル、サムネイル、コメントの傾向、投げ銭の時間帯。数字の動きを追うと、配信者の素性がだいたい見えてくる。
三十分後、リディアはまとめた。
「登録者は私たちの二倍以上。ただし視聴者層が偏っています。男性、冒険者、バトル好き。飯テロ回は一本だけ試していて、伸びが悪かった。料理を撮るのが下手なんです。食材の魅力を全く引き出せていない」
「お前と逆だな」とにゃん吉が言った。
「そこです。私たちの弱点は戦闘映像のなさです。今まで刺客撃退の映像は撮れましたが、本格的なボス討伐は一度もない。ガルムにはそれがある。視聴者層も被っていない。かけ算をすれば両方が伸びる」
「ただし主導権を渡すな」
「渡しません」
水晶板の映像通話機能を使ったのは午後だった。
画面に映ったガルムを見て、リディアは一瞬だけ表情を止めた。
狼の獣人だった。耳が頭の上に立っていて、口元に牙がのぞいている。体格が画面越しでも分かるほど大きい。背景に剣が何本も立てかけてあった。
「ローゼンベルク令嬢か。俺がガルムだ」
声が低かった。威圧するつもりはなさそうだが、威圧になっている声だった。
「リディアです。こちらはにゃん吉」とリディアは答えた。
にゃん吉が欠伸をした。ガルムの耳がぴくりと動いた。
「その猫が神獣か」
「神獣だ」とにゃん吉が渋い声で言った。
「猫ではない」
「……ああ、そうか」
ガルムは少し目を細めてから、リディアに向き直った。
「俺の提案は読んだか」
「読みました。少し確認させてください。あなたがモンスターを倒して、私たちが調理する。その構成ですよね」
「そうだ。俺の視聴者に、お前たちの料理を見せてやる。悪い話じゃないだろう」
言い方に微妙な重みがあった。見せてやる、という言葉の選び方。リディアは気にしないことにした。
「その構成では私たちは参加しません」
ガルムの耳が前を向いた。
「なぜだ」
「それはあなたのチャンネルの延長戦です。私たちが入る意味がない。コラボの価値は、どちらか一方では絶対に作れないものを作る時に生まれます」
「……」
「あなたの視聴者は料理動画に慣れていない。私たちの視聴者は本格的な討伐映像を見たことがない。その両方に同時に新しい体験を与えられる構成を作るべきです」
ガルムが腕を組んだ。
「聞こうか」
リディアは続けた。
「あなたが今まで倒せなかったボス級を連れてきてください。手こずるくらいのやつを」
「俺が手こずるモンスターはそうそういない」
「それでいい。視聴者に本気の戦闘を見せる。そこへにゃん吉さんが入ります」
にゃん吉の耳が動いた。
「俺が何をする」
「ワンパンです」
沈黙。
ガルムが「ワンパン」と繰り返した。意味が飲み込めていない顔だった。
「あなたが苦戦している相手を、にゃん吉さんが一撃で仕留める。そのギャップがコンテンツになります。視聴者が一番反応するのは予想を裏切られた瞬間です。巨大なモンスターが丸々とした猫に一瞬で沈む絵面は、どちらのチャンネルでも今まで一度も出てきたことがない」
「……」
「そしてその肉をその場で調理して、あなたに食べてもらいます。Sランク冒険者が飯を食べて唸る。それがあなたのチャンネルに今まで来なかった視聴者層を引き込みます。料理好き、癒やし好き、猫好き。あなたのチャンネルが持っていない客層です」
ガルムはしばらく黙っていた。
腕を組んだまま、画面の外を見た。何かを考えている顔だった。
「俺が『んま〜い』と言う絵が必要だと言いたいのか」
「言ってもらえると助かります」
「Sランク冒険者にそれをやらせるつもりか」
「美味ければ自然に出ます」
ガルムがリディアを見た。値踏みするような目だった。数秒、視線が動かなかった。
「……お前、ただの令嬢じゃねえな」
「SNSマーケターです」とリディアは答えた。意味は通じないと分かっていたが。
ガルムは長い息を吐いた。
「分かった。企画はお前に任せる。ただしモンスターの選定は俺がやる。俺のフィールドは俺が決める」
「構いません。ただし一つだけ条件があります」
「何だ」
「あなたが連れてくるモンスターが、食材として最高級である必要があります。倒せることと、美味いことは別です。両方満たすものを選んでください」
ガルムが少し笑った。牙がのぞいた。
「それは初めて聞く条件だ」
「料理をなめると痛い目を見ます」
通話が終わった後、にゃん吉がマタタビ酒の缶を傾けた。
「食材の選定まで押しつけたな」
「向こうのフィールドはそちらに任せると言った手前、一つは渡す必要がありました。ただし条件を付けることで、向こうが下調べをしてくれる。私たちの負担が減ります」
「計算ずくか」
「全部計算です」
翌日、ガルムからメッセージが来た。
【ターゲットは「ギガントクラブ」にする。ダンジョン深層に出る巨岩蟹だ。甲羅が硬すぎて冒険者には手が出せないが、肉は幻の食材と言われている。俺が甲羅を剥がす。あとは任せる。——ガルム】
リディアは文面を読んで、すぐに調べた。
ギガントクラブ。全長が三メートルを超える甲殻類の魔物。甲羅の硬度は上級魔術の攻撃でもほとんどダメージが入らない。討伐記録がほぼない。ただし身は非常に上質で、わずかに流通している爪の部分が高級食材として王都でも破格で売られている。
「にゃん吉さん、深層のモンスターを一撃で仕留められますか」
「今の神力なら問題ない」
「確認ですが、甲羅が硬くても」
「魔力の干渉は物理的な硬度と関係ない」とにゃん吉が言った。
「核を直接潰す」
「分かりました」
リディアは調理計画を立て始めた。
甲羅が開けば、身と蟹味噌が取れる。蟹味噌をベースにタレを作り、大ぶりの身をそのまま焼く。火加減は中級魔術で制御する。仕上げに魔果汁を絡めれば酸味が加わる。
問題は香辛料の調達だった。蟹の甘みを引き立てるスパイスが手元にない。
「ユリウス商会に追加で素材を発注します」
「案件外でも売ってくれるのか」
「お金を払えば売ってくれます。今は払える資金があります」
羊皮紙に発注リストを書いた。
同じ頃、王都の学園内の一室で、セドリックは報告を聞いていた。
刺客として送り込んだ四人が戻ってきたのは二日前だった。縛られていた痕が手首に残っていた。全員の顔色が妙に良かった。
「状況を話せ」
先頭の男が目を逸らしながら話した。茶トラの猫に瞬時に制圧された話。気づいたら縛られていた話。追放された令嬢が料理を作って食べさせてくれた話。
「んまかったです」と最後に男が言った。
セドリックは返事をしなかった。
「それと殿下、一つご報告が」と男が続けた。
「リディア様は配信中に、中級レベルの火加減調整魔術を使っておられました」
セドリックが顔を上げた。
「何?」
「映像で確認しました。火の扱いが明らかに生活魔術の範疇を超えています。自力でマンドラゴラも処理していました。魔力ゼロの人間が使える技術ではありません」
部屋が静かになった。
セドリックは報告者から視線を外して、窓の外を見た。
(魔力ゼロだったはずだ)
公爵家の医術師が何度検査しても結果は同じだった。魔力回路が機能していない。その診断を根拠に婚約を破棄した。
それが今、中級魔術を使っている。
イザベラが口を開いた。
「何かの間違いではありませんか。あの女に魔力が芽生えるなんて」
「……配信だ」
セドリックは自分で言いながら、言葉がつながっていくのを感じた。
「あの配信の視聴者数。アクセスが、魔力に変わっているのか?」
誰も答えなかった。答えられる者がいなかった。
セドリックは立ち上がった。
「調べろ。その仕組みを全部調べろ。配信がどうやって魔力を生成しているのか、なぜ魔力ゼロの人間にそれが蓄積されるのか」
「殿下、それは」とイザベラが言いかけた。
「調べろと言っている」
声が思ったより硬くなった。
窓の外の王都が、夕陽で赤く染まっていた。
セドリックはその光を見ながら、追放の日のリディアの顔を思い出していた。泣かなかった。怒らなかった。ただお辞儀をして、立ち去った。
あの顔が今になって、輪郭を変えて頭に戻ってくる。
「隣国の配信者ともコラボするようです」とイザベラが言った。
「ガルムというSランクの冒険者です」
「……」
「隣国の戦力と繋がるつもりでしょうか。ローゼンベルク公爵家の令嬢が外国の実力者と手を組むとなれば、政治的な問題にもなりかねません」
セドリックは返事をしなかった。
政治。外交。そういう言葉が、今は妙に遠く聞こえた。
リディアが配信の中で料理をしている映像を見た時の、あの感覚が頭から離れない。追放した相手が、追放された場所で、まるで関係ないように仕事をしている顔。
怒りだと思っていた。
でも今は、それだけではない何かが混じっている気がして、セドリックはその感覚を認識する前に思考を切った。
「コラボの妨害はするな」
イザベラが「え」という顔をした。
「今動けばまた配信の素材にされる。前回の刺客がどうなったか分かっているだろう」
「では指をくわえて見ているだけですか」
「今は見ている」
セドリックは椅子に戻った。
窓の外が暗くなり始めていた。




