第7話:初めての案件
朝、指先から出した光が天井に届いた。
それだけで分かった。昨夜からまた変わっている。リディアは手のひらを開いて、光を少し大きくしてみた。部屋の隅まで照らせる。熱を持たせることもできる。指先に集中させると、尖った形になった。
攻撃に使える形だ、と思った。
「中級に入ったな」
にゃん吉が寝床から首を出した。目がまだ半分閉じている。
「感覚が変わりました。解像度が上がった感じ」
「魔力の粒度が上がったんだ。使い方次第で出来ることが増える」
リディアは光を消して、水晶板を取った。配信の履歴を確認する習慣が、この一週間で身についていた。同時接続数の推移、コメントの傾向、投げ銭の時間帯ごとの分布。前世でダッシュボードを読んでいた時と同じ目で、数字を追う。
昨夜のグラタン配信のデータを開いた。
途中で手が止まった。
投げ銭の欄に、桁が違うものが一件ある。他の高額投げ銭と並べても、二段ほど上に出ている。金額ではなく、魔石の質が違うのだとにゃん吉が以前言っていた。上質な魔石ほど配信画面での発光が強く、色が濃い。
そのアカウント名は「高級食材商会・会長室」となっていた。
「にゃん吉さん、これを見てください」
水晶板を向けた。にゃん吉が起き上がって近づいた。数秒見てから、耳を前に向けた。
「商人だ。王都にある食材商会の会長がよく使う魔石の質と一致する」
「知ってるんですか」
「神獣は各地の有力者の気配くらいは把握している。この商会は王都でもベスト五に入る規模だ」
メッセージが届いていた。
水晶板の通信機能は配信だけでなく、一対一の連絡にも使える。にゃん吉に最初に教えてもらっていた機能だが、これまで使われたことはなかった。
開いた。
*拝啓、ローゼンベルク様。突然のご連絡をお許しください。王都・高級食材商会のユリウスと申します。先夜の配信を拝見し、ご連絡を差し上げました。*
【単刀直入に申し上げます。弊商会が取り扱う「魔界キノコ」を、次回の配信でご紹介いただけませんでしょうか。報酬として、魔界キノコを含む高級食材一式と、魔石を用意いたします。詳細はご返信いただければ追ってお伝えします。】
リディアは文面を二回読んだ。
「案件ですね」
「案件とは」
「企業が配信者に対して商品の宣伝を依頼する仕組みです。前世でもよくありました」
にゃん吉が少し考えてから「神獣の配信に人間の商人が金を出すのか」と言った。
「あなたが神獣だからではなく、視聴者数があるから依頼が来たんです。数字は正直ですよ」
「……受けるか」
「受けます。報酬の食材が魅力的すぎる。魔界キノコは調理したことがないですが、扱えれば素材の幅が広がる」
「毒はないのか」
「下処理次第で無害になるはずです。少なくともこの商会が売り物にしているなら、食べられる状態にする方法は確立されてるはずです。聞き出します」
にゃん吉は缶を開けた。朝からマタタビ酒を飲む神獣に対して、リディアはもう何も言わないことにしていた。
「返信しろ。ただし条件をこちらから出せ」
「分かってます」
返信に条件を三つ付けた。
食材は配信前日までに届けること。調理方法の下処理情報を一緒に提供すること。配信内でのPR表記は冒頭と末尾に入れるが、内容の演出はこちらに一任すること。
二時間後に返信が来た。全条件を承諾する、という内容だった。
翌日の夕刻、魔界キノコが届いた。
石扉の前に木箱が置かれていた。使者の姿はなかった。箱を開けると、黒紫色のキノコが丁寧に並んでいた。傘の直径が手のひらほどある。表面に細かい模様が入っていて、光を当てると青みがかって光る。
隣に羊皮紙が一枚入っていた。下処理の手順が書いてある。
読んだ。理解した。
「にゃん吉さん、明日の配信時間は深夜二つにしましょう」
「夜勤明けの冒険者が帰ってくる時間か」
「そうです。疲れた人間に食欲を刺激するものを見せる。今夜は仕込みをしておきます」
翌日、配信が始まった。
リディアは水晶板に向かって言った。
「今回は提供でお送りします。王都・高級食材商会ユリウス様よりご提供いただいた、魔界キノコを使います」
にゃん吉がカメラ向きに首を傾けた。
コメント欄に「案件きた」「令嬢ついに案件」「魔界キノコってあの高いやつか」が流れた。
「案件でも本気でやります」とリディアは続けた。
「美味くなければ正直に言います」
コメント欄に「それが見たかった」「信頼できる」「スパチャ投げます」が続いた。
魔界キノコを取り出した。
見た目の圧がある。黒紫色の傘に青みがかった光沢、軸が太くてずっしりしている。生の状態では微量の毒素があるが、高温の塩水で三分茹でれば分解される。羊皮紙にそう書いてあった。
沸かした湯に塩を入れて、キノコを沈めた。
待つ間に米を研いだ。魔界産の米は粒が大きく、澱粉質が多い。リゾットに向いている。出汁は昨夜から仕込んでいた。コカトリスの骨を長時間煮出したものに、ダンジョン産の香草を加えてある。
三分経った。キノコを引き上げて切った。包丁を入れた瞬間、香りが出た。
深い、重みのある香りだった。土と森が混ざったような、濃い匂い。
コメント欄に「においが伝わってきそう」が流れた。
中級魔術を使った。
指先で火加減を操作する。魔石灯の熱を、鍋の中に直接干渉する形で調整する。強くしたり、弱くしたり、場所ごとに変える。これが中級になって出来るようになったことだった。焦がさずに、でも芯まで熱を入れる。
バターに相当する魔物脂でキノコをソテーした。表面が色づいて、香りがさらに立つ。米を加えて全体をなじませ、出汁を少しずつ加えながら炊いていく。
十八分かけた。
仕上げに魔界チーズを削って入れた。混ぜると溶けて、全体がとろりとなった。
器に盛った。
黒紫のキノコが白いリゾットの上に乗っている。チーズが糸を引いている。湯気が上がっている。
コメント欄の流れが速くなった。
「食べてください」
リディアがスプーンをにゃん吉に向けた。
にゃん吉はスプーンを前足で受け取った。リゾットを一口すくった。熱そうに、ふーふーと息を吹きかけた。
猫が食べ物をふーふーする絵面だった。コメント欄に「可愛い」が大量に流れた。
一口、食べた。
動かなくなった。
スプーンを持ったまま、前を向いたまま、固まった。
「にゃん吉さん」
「……」
「にゃん吉さん、カメラ」
「……ぬはっ」
変な声が出た。言葉になっていなかった。もう一口食べた。また固まった。尻尾の先がぱたぱたと揺れた。制御できていない動きだった。
「食レポをお願いできますか」
「…………キノコが、出汁に溶けてる」
「そうですね」
「チーズが絡まってる。全部が一緒になってる。重いのに後味が消える。なんだこれは」
「旨味の重なりです。素材が三種、出汁が一種、それが全部同じ方向を向いてる時にこうなります」
「……うちの近くで売ってるか」とにゃん吉が言った。
「廃ダンジョンなので近くには何もないです」
コメント欄が爆発した。
「ぬはっって何」「令嬢の解説が聞けた」「案件なのに情報量が多すぎる」「魔界キノコ買ってくる」「商会のサイト教えて」が画面を埋めた。
配信終了後、メッセージが届いた。
ユリウス商会からだった。
【配信終了から二時間で、魔界キノコの在庫が完売しました。追加仕入れの手配を急いでいます。ぜひ定期的なご提供を続けさせていただきたい。】
「在庫が完売したそうです」とリディアはにゃん吉に言った。
「何時間で」
「二時間」
にゃん吉は缶を傾けた。長く飲んでから缶を置いた。
「お前、本当に怖いな」
「褒め言葉として受け取ります」
定期食材供給の契約をその夜のうちに結んだ。月に一度、季節の高級食材を提供してもらう代わりに、配信での紹介を行う。報酬は食材と魔石の両方で受け取る。
リディアが条件を詰めている間、にゃん吉が水晶板の通信欄を見ていた。
「リディア」
「何ですか」
「別のメッセージが来ている」
手を止めた。水晶板を受け取った。
差出人のアカウント名を見た。
【隣国最大手チャンネル「蒼の牙・ガルム」】
文面は短かった。
【コラボの提案がある。良ければ返事をくれ。——ガルム】
リディアはにゃん吉を見た。
「この人、知ってますか」
「知っている」
にゃん吉の目が細くなった。
「隣国ルーヴェンの登録者数最大手の配信者だ。冒険者崩れで、ダンジョン攻略系の配信をやっている。腕は本物だ」
「友好的な相手ですか」
「さあな。会ったことはない」
リディアはメッセージを読み返した。短い文面だった。情報が少ない。意図が読めない。
「返信してみます。ただし条件は後から詰めます」
「慎重だな」
「知らない相手に先に手の内を見せる理由がない」
返信を打った。
【ご連絡ありがとうございます。詳細を聞かせてください。——リディア】
送信した。
にゃん吉が「眠い」と言って寝床に向かった。
リディアは水晶板を置いて、今夜の収益の計算を始めた。魔界キノコの案件分、配信の投げ銭分、ユリウス商会との定期契約分。数字を足していくと、一週間前とは桁が変わっていた。
指先に魔力を灯した。
部屋の天井まで、しっかりと届く光だった。
ちょっといろいろあったので、毎日更新に変更しました。




