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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第6話:緊急生放送

 異変に気づいたのはにゃん吉だった。


 夕刻、リディアがマンドラゴラの下処理方法を羊皮紙にまとめていると、にゃん吉の耳が扉の方を向いた。


「来る」


「何がですか」


「人間。四人。装備が重い。隠れる気がない」


 リディアは羊皮紙を置いた。


「王都から?」


「匂いがそっちだ。王立の革鎧に染み込む特殊な油の臭いがある」


 ゆっくりと近づいてくる足音が、数秒後にリディアの耳にも届いた。石廊下に響く、金属の鳴る音。確かに四人分ある。


 リディアは水晶板を取った。


「カメラ回します」


「今か」


「今です」


 水晶板が起動した。光が灯る。リディアは扉に向けて角度を固定し、振り返ってにゃん吉を見た。


「タイトルを読み上げてください。配信用の声で」


「何と言う」


「そのまま読めばいい。私が言います」


 リディアは水晶板に向かった。


「緊急生放送です。今、王都から刺客が来ているようなので、撃退して美味しく料理する回にします」


 にゃん吉が「料理は刺客をではないよな」と素の声で言ったので、コメント欄が即座に「どっちだ」「気になって眠れない」「刺客を調理するのか」で埋まった。


 扉が蹴り破られた。




 四人組だった。


 全員が革鎧を着込んで、剣と盾を構えている。先頭の男が室内を見渡し、リディアを見つけて指を突きつけた。顔に見覚えがあった。王立学園の卒業生で、騎士団の末席にいた男だった。


「ローゼンベルクの令嬢! 殿下の命により、王都へ連行する! おとなしく——」


「ちょっと待ってください」


 リディアは水晶板を男たちに向けた。


「今生放送中なので、もう一度最初から言ってもらえますか。視聴者に状況が伝わるように」


 男が固まった。


「……は?」


「カメラです。今、十三万人以上が見てます」


 四人が水晶板を見た。コメント欄が流れているのが向こうからも見えたらしく、全員の顔色が変わった。


「な、なんだこれは」


「配信です。どうぞ、続きを」


 男が剣を構え直した。

 それがまた全部画面に映った。


 コメント欄に「王子の手下きた」「ダサい」「令嬢を追放しといて刺客まで送るのか」「王子やばすぎ」が流れ始めた。


 先頭の男が何か言いかけた瞬間。


 にゃん吉が動いた。


 動いた、というより、消えた。


 次の瞬間には四人全員が床に伏していた。音もなく、悲鳴もなく、ただ静かに倒れていた。にゃん吉はカウンターの上に戻っていて、前足を舐めていた。


 静寂。


「今のは何だったんだ」という文字がコメント欄に流れた。

 続けて「速すぎて見えなかった」「神獣マジか」「一瞬すぎて笑う」「おやすみなさい四人」が溢れた。


「縛ってください」とリディアがにゃん吉に言った。


「縄はあるか」


「棚の二段目に荷造り用の紐があります」


 にゃん吉の尻尾が光った。紐が棚から飛んできて、四人をきれいに縛り上げた。


 コメント欄に「仕事が早い」「プロだ」「スパチャ投げます」が流れた。




 四人が目を覚ますまで、約十五分かかった。


 その間にリディアは調理を始めていた。


 マンドラゴラは三日前から土の入った木箱で保管していた。根菜に似た形で、表面がぬめぬめしている。問題はここからだった。


「耳を塞いでください」とリディアは水晶板に向かって言った。


「視聴者の皆さんも、音量を下げることを推奨します」


 ぐっと両手で株をつかんだ。


 一息に引き抜いた。


 ぬぽん、という音とともに、マンドラゴラが地面から抜けた瞬間。


 「ぎゃああああああああ」


 地鳴りのような悲鳴が石部屋に響いた。


 四人のうち目が覚めかけていた一人が「うわ!」と叫んで完全に起き上がった。


 コメント欄に「びびった」「音デカすぎる」「マンドラゴラってこんな声するの」「リアルで聞いたら失神する」が流れた。


「大丈夫です、毒はないです」


 リディアはマンドラゴラを魔石灯の熱にかざした。熱を入れると悲鳴成分が抜ける。三十秒で静かになった。


「終わりです」


 コメント欄に「あっさりしてる」「手慣れすぎ」「料理人の顔だ」が流れた。




 マンドラゴラを刻んで炒めた。


 魔界チーズは改築後の棚に補充されていた素材で、見た目はゴルゴンゾーラに近いが溶かすと甘みが出る。刻んだマンドラゴラと合わせてホワイトソースを作り、前日に仕込んでおいた魔物系の薄切り肉と一緒に耐熱皿に重ねていく。


 チーズを表面に厚めに乗せた。


 魔石オーブンに入れた。


 待つ間、コメント欄が「チーズの量がおかしい」「良い量だ」「焦げ目がつく前に取り出せよ」「いやもっと焼け」で割れた。


 目を覚ました四人は、縛られたまま壁際に並ばされていた。リディアが振り返った。


「王子殿下に頼まれましたか」


「……」


「答えたくなければいいです。今生放送中なので、視聴者の判断に任せます」


 コメント欄に「王子が手配したに決まってる」「全部バレてる」「令嬢追放してた王子の件もう知ってるぞこっちは」が流れた。


 先頭の男が観念したように口を開いた。


「……殿下から、お前の配信を潰すよう言われた」


 コメント欄の流れが止まった。


 一秒後に爆発した。


「王子自爆した」「言っちゃった」「全部喋れ」「スパチャ投げる続けて」が画面を埋めた。


「そうですか」とリディアは言った。


「正直に言ってくれてありがとうございます」


 にゃん吉が素の声で「お前は本当に動じないな」と言った。


「動じてる暇がないんです」


 魔石オーブンからグラタンを取り出した。


 表面のチーズが綺麗な焦げ目をつけていた。端がぷつぷつと泡立って、中から白いソースがとろりと溢れそうになっている。スパイスと魔界チーズが混ざった香りが部屋に広がった。


 重厚な、深みのある匂いだった。


 壁際の四人が全員、鼻を動かした。


「なんだその匂いは」と一人が言った。


「マンドラゴラと魔界チーズのグラタンです。今夜の配信メニューです」


「……」


「食べますか」


 四人が顔を見合わせた。


 縛られたまま、顔を見合わせた。


 先頭の男が「食べます」と言った。

 残り三人が「俺も」「食べたいです」「頼む」と続いた。


 にゃん吉が「縛ったまま食わせるのか」と聞いた。


「手だけ解きます。逃げる気力は残ってなさそうですし」


 コメント欄に「情けをかけるの」「いやでも飯の前では人間は平等か」「グラタンに勝てる人間はいない」が流れた。




 木のスプーンを四人に渡した。


 全員がグラタンを一口食べた。


 ほぼ同時に表情が変わった。


 先頭の男が「……んま」と呟いた。


 隣の男が「チーズがとろとろだ」と言った。


 三人目が何も言わずにもう一口食べた。


 四人目がスプーンを止めて「なんで追放されてんだこの人」と言った。


 コメント欄が「寝返った」「早い」「飯の力は正義」「もうリスナーじゃないか」「スパチャ投げます私も食べたい」で溢れた。


 にゃん吉がグラタンを一口食べて「深みがある」と渋い声で言った。それだけでまたコメントが伸びた。


 配信の最高同時接続数が、今夜また更新された。




 翌朝、王都ではその一部始終が広まっていた。


 生放送だったので、全部リアルタイムで見られていた。刺客が縛られる場面も、喋る場面も、グラタンを食べて「んま」と言う場面も、全部。


 セドリックの名前が、良くない形で王都中を流れていた。


 一方、リディアの魔力は配信終了直後にまた伸びていた。


 起き抜けに指先に意識を向けると、ランタン程度だった光が、部屋の隅まで照らせる程度の大きさになっていた。


「また上がりましたよ」とにゃん吉に言った。


「次は初級魔術師の上限に届くな」とにゃん吉が缶を開けながら言った。


「上限まで行ったらどうなりますか」


「中級だ」


 リディアは指先の光を見た。


 四日前は何もなかった場所に、今は確かなものがある。


「次の企画を考えます」


「もう考えてるだろう」


「魔界産のきのこリゾットはどうかと思って」


「神経を疑う」とにゃん吉が言った。


 悪い意味ではないと分かったので、リディアは羊皮紙を取り出した。

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