↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
79/84

第79話:最初の珍味

 公爵領で一週間過ごした。


 この間に、エルザからチーズの状態の報告が来た。ブルンから氷雪根スープの生産量、ラムから山魔胡椒フレークの出荷量について、マルコからもトマトペーストの販売状況が来た。


 私がいなくても全部動いていた。




 マリウスに連絡を入れた。


【新大陸への海路について相談したいです。カイロスで会えますか。——リディア】


 返信が速かった。


【待っていました。実は以前から新大陸への取引を考えていました。一緒に行きましょう。——マリウス】




 出発前夜、父が来た。


「また行くのか」


「行きます」


「いつ戻る」


「分かりません。ただし戻ります」


「カレーパンを持っていけ」とヴィランが横から言った。


「閣下がそうおっしゃっていました」とヴィランが続けた。


「言っていない」と父が言った。


「昨夜、私にそうおっしゃっていました」


「……言ったかもしれない」




 翌朝、移動厨房車で出発し、カイロスへの道を走った。


 にゃん吉が荷台に乗った。


「また旅が始まるな」


「始まります」


「今回は海か」


「海を越えます」


「海の上での調理は経験があるか」


「ありません。どうなるか分かりません」


「分からないのに行くのか」


「行ってから分かります」




 カイロスに着くとオルセンが港で待っていた。


「来たか」とオルセンが言った。


「来ました。マリウスさんはどこですか」


「あそこだ」


 港の端に大きな船があった。


 マリウスの商会の船で、帆が三枚ついていた。荷を積む空間が広かった。


 マリウスが甲板から降りてきた。


「準備できています」とマリウスが言った。


「いつでも出航できます」


「今日出航できますか」


「できます。風向きが良いです」


「では今日にします」




 荷を積んだ。


 移動厨房車は船の荷室に積み込み、固定した。


「船が揺れても厨房車が動かないようにします」とマリウスが言った。


「海の上でも調理できますか」


「穏やかな日なら可能です。ただし嵐の日は難しい」


「嵐の日は別のものを作ります」


「別のものというのは」


「固形スープの素があります。お湯で飲めれば十分です」


「そういう考え方をするのか」


「状況に合わせます。良い状況なら良い料理を。難しい状況なら基本の食事を。どちらにも対応します」




 


 オルセンが見送りに来た。


「また来るか」と言った。


「来ます。新大陸の素材を持って帰ります」


「それは試食させてもらうぞ」


「もちろんです」


 出航し、港が遠くなり、カイロスが小さくなった。



 海は広くて、今まで見た景色とは全然違って、遠くの地平線までずっと海水だった。


 「広いですね」とリディアは言った。


「この広さは慣れるものではない」とにゃん吉が言った。


「数千年生きてきて、海を見るたびに広さに驚く」


「来たことはありますか、この海に」


「来たことはある。ただし向こう側まで行ったことはない」


「新大陸は」


「噂では知っている。ただし神獣として確認したことはない。俺にも未知の場所だ」


「にゃん吉さんにも未知の場所があるんですね」


「あって当然だ。世界は広い」




 水晶板を起動した。


「カイロスを出港しました。新大陸に向かっています」とリディアは言った。


 コメント欄に「出た」「海路編が始まった」「新大陸とはどんな場所だ」が流れた。


「海の上からの配信です。見えているのは全部海水です」


「令嬢の冒険が海に出た」とコメントが来た。


「ダンジョンから始まって、各地を回って、最深層まで行って、今度は海です。行ける場所に行きます」


「まだ届けていない人間がいるからか」


「そうです」




 一日目の夜は穏やかだった。


 波が静かで、船が緩やかに揺れていた。


 甲板で食事を作ることにした。


「今夜は船上調理の試作です」とリディアは言った。


「何を作るんだ」とマリウスが来た。


「持参した素材で作ります。ただし今日は別のものも試したいです」


「何ですか」


「漁師に聞いたのですが、この海域で取れる素材があると聞きました」


「ああ、それか」とマリウスが言った。少し顔が変わった。


「何か問題がありますか」


「問題ではないですが、変わったものです。船乗りは食べますが、普通の人間にはクセが強いと言われています」


「見せてください」




 マリウスが甲板の端にある木箱を示したので開けると海藻だった。


 ただし普通の海藻ではなかった。


 深い紫色だった。光沢があった。触ると弾力があった。


「これは何ですか」


「夜光海草です。夜になると光ります。魔力を含んでいます」とマリウスが言った。


「食べたことはありますか」


「船乗りが塩漬けにして食べます。ただし生では苦くて食べにくい」


 一本取って、匂いを嗅ぐと、海の匂いと、少し独特の匂いがした。


 端を少し切って口に含むと苦かった。


 ただし苦みの奥に、旨味があった。


「処理できます」


「本当に食べるのか、これを」とコルトが来て言った。


「食べられます。苦みを取れば使えます」




「配信します」とリディアは言った。


「海上で食材を見つけたのか」とコメント欄が来た。


「夜光海草という素材です。船乗りが食べるものですが、適切に処理すれば料理になります」


 水でさらした。


「苦みの成分を水に溶かします。時間をかけます」


 一時間晒した。


「次に固形スープの素の出汁で下煮します。旨味成分を加えながら、さらに苦みを抜きます」


 煮ると、色が変わり深い紫から、落ち着いた青緑になった。


「変化しています。苦みが抜けてきました」




 仕上げに、ミストルの山魔胡椒を少量振った。


「香りを加えます」


 マリウスに渡すとマリウスが食べた。


「……いつも食べている夜光海草と全然違う」と言った。


「苦みが抜けて、旨味が出ています」


「これが同じ素材から出てくるのか」


「処理次第です。素材は変わりません。扱い方が変わります」




 コルトが食べた。


「海の旨味がある。昆布に似ているが違う。何か独特のものがある」


「魔力を含んでいるからです。最深層の素材と同じ発想です。処理して魔力を安定させれば、旨味になります」


「最深層で覚えたことが海でも使えるのか」


「使えます。素材の性質は違っても、原理は同じです」




 にゃん吉が食べた。


「海の底の旨味だ」


「どういう意味ですか」


「この草は海の深いところで育っている。深いところの成分が入っている。それが旨味として出ている」


「深い場所の素材は旨味が濃い、ということですね」


「そうだ。ダンジョンの深層も、海の深層も、同じかもしれない」


「面白い発見ですね」


「新大陸に着いたら、もっと深い場所の素材があるかもしれない」


「楽しみです」




 夜、甲板に出ると星が見えた。


 ガルムの高地の星とはまた違う星だった。海の上の星は、どこまでも広い空に広がっていた。


「綺麗ですね」とリディアは言った。


「海の上の星は格別だ」とにゃん吉が言った。


「来たことがありましたよね、この海に」


「来たことはある。ただし今夜のように誰かと見たことはなかった」


「一人でいつも見ていたんですか」


「神獣は基本的に一人だ」とにゃん吉が言った。


「人間と組むことはあっても、長く続くことはなかった。短い命の相手に深く関わっても、すぐに別れが来る。だから関わらないようにしていた」


「でも今は」


「今は違う」とにゃん吉が言った。


「何が違いますか」


「お前が止まらないからだ。行く先が続いている。行く先が続いている間は、別れが来ない。だから続けて見ていられる」




「にゃん吉さんはどこから来たんですか」とリディアは言った。


「神獣に出自はない。ただ生まれた」


「いつから主夜神だったんですか」


「ずっと前だ。覚えていないくらい前から」


「ずっと一人で」


「一人だった」とにゃん吉が言った。


「ダンジョンに入ったのも、一人の方が静かだったからだ。人間が来ない場所で、静かにいた」


「それがあの夜、私が入ってきた」


「入ってきた。画角を邪魔した」


「すみませんでした」


「謝らなくていい」とにゃん吉が言った。


「続きが見たかった。今もそうだ」




 星が続いて船が波を切っていた。


 新大陸まで、まだ何日もある。


「明日は別の海の素材を探します」とリディアは言った。


「船の中にあるか」


「マリウスさんに聞きます。船の食材庫に何があるか確認します」


「今夜は寝ろ」


「書いてから寝ます」


「短くしろ」


「短くします」




 羊皮紙を取り出した。


 夜光海草の処理方法を書いた。


 水さらしの時間。出汁煮の方法。山魔胡椒との組み合わせ。


 書きながら、海の音を聞いた。


 波が続いていて、船が揺れて新大陸まで向かっていた。


 新しい素材が、新しい人たちが待っていた。


 まだ捨てられている食材が、まだ届けていない人間がいた。


 移動厨房車は、今度は海の上を進んでいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。