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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第72話:最深層仕様への改修

 翌朝、レオンが来た。


 珍しく、ドランも一緒だった。


 エルダからわざわざ来ていた。


「連絡を受けて来ました」とドランが言った。相変わらず腕が太く、日焼けした顔だった。


「最深層仕様の改修と聞けば来ないわけにはいかない」


「遠路はるばらありがとうございます」


「礼は要らん。仕事だ」


 レオンが設計図を広げた。


「現在の厨房車の仕様を全部確認しました。最深層への対応で問題になる箇所が二つあります」


「教えてください」




「一つ目」とレオンが言った。


「魔導炉の問題です。最深層は高濃度の魔力が充満しています。それも安定した魔力ではなく、乱れた魔力波です。現在の魔導炉はその乱れた魔力を吸い込むと、出力が暴走するか、逆に停止します」


「どちらも調理中に起きれば致命的ですね」


「致命的です。最深層での調理中に炉が止まれば、素材の処理が途中で終わります。暴走すれば爆発の危険があります」


「解決策は」


「炉の吸気口に外部の魔力を遮断するフィルタを組み込みます。ただし完全に遮断すると炉自体が機能しなくなります。必要な魔力だけを取り込んで、乱れた成分を除去するフィルタが要ります」


「それは作れますか」


「考えていました。アランヴァルの竹筒の密封原理が使えます。竹は特定の成分だけを通す性質があります。あれをフィルタの設計に応用できます」




「二つ目」とドランが言った。


「金属の問題だ」


「どういう問題ですか」


「最深層は極熱と極寒が交互に発生する。急激な温度変化が繰り返される。金属はそういう環境で膨張と収縮を繰り返す。繰り返しが続けば金属が歪んで、最終的に割れる」


「今の鍋や調理台が割れるということですか」


「割れる。ただしエルダの赤鉄鉱は熱膨張率が特殊だ。急激な温度変化に対して、他の金属より安定している。そこにダンジョンで採取した氷結晶を組み合わせれば、二層構造の断熱調理器が作れる」


「氷結晶を一緒に使いますか」


「氷結晶は魔力を安定させる性質がある。赤鉄鉱の熱安定性と、氷結晶の魔力安定性を組み合わせれば、温度変化にも魔力変化にも対応できる二重断熱構造になる」


「それは今まで試したことがある技術ですか」


「ない」とドランが言った。顔が少し変わった。


「だから来た。やってみたかった」




 水晶板を起動した。


「最深層用の厨房車改修の配信を始めます」とリディアは言った。


「レオンさんとドランさんに依頼しています」


 コメント欄に「最終改修だ」「職人二人が揃った」「どんな改修になるんだ」が流れた。


「課題が二つあります。魔導炉の乱魔力対応と、金属の温度変化への耐久性です。それぞれに解決策があります」


「全部の拠点の素材が使われるのか」とコメントが来た。


「使われます。エルダの鉱石、ガルムの無凍降脂、アランヴァルの竹。今まで訪れた場所の素材が全部ここに集まります」




 改修が始まった。


 レオンが設計図を確認しながら、吸気口の分解を始めた。


「竹筒のフィルタ原理を応用します。竹の繊維構造が特定の成分だけを通します。これを魔法陣と組み合わせて、必要な魔力だけを選別します」


「複雑な工程ですか」


「複雑です。ただし原理はアランヴァルで確認しています。設計を正確にやれば再現できます」


 ドランが炉の本体を外した。


「赤鉄鉱と氷結晶の組み合わせを試します。先に氷結晶の性質を確認します」


「氷結晶はケセルの洞窟で採取したものです」


「あの氷か」とドランが言った。「魔力が安定している素材だ。叩いてみる」


 ハンマーを振るった。


 音が出た。金属を叩く音ではなく、澄んだ音だった。


「割れない。硬い。ただし赤鉄鉱と比べると脆い部分がある。組み合わせ方が重要だ」


「どう組み合わせますか」


「内側に赤鉄鉱、外側に氷結晶を薄く張る。赤鉄鉱が熱と物理衝撃を受け持ち、氷結晶が魔力の乱れを吸収する。二役に分けるのが正解だと思う」


「試してみてください」




 ガルムの無凍降脂を取り出した。


「これを駆動部に注入します」とリディアはレオンに言った。


「どういう効果が期待できますか」


「凍らない脂なので、極寒環境でも駆動部の動きが止まりません。逆に極熱環境では、通常の油より高温に耐えます。潤滑油として最適です」


「なるほど」とレオンが言った。


「温度変化を受けながら動き続ける部分には、温度変化に左右されない素材が要る。それが無凍降脂だということか」


「ガルムのフロストボアから採った素材です。氷系の魔獣の脂は環境への適応性が高い」


「最深層の極限環境で使う素材を、各地の厳しい環境から集めてきたのか」とレオンが言った。


「結果的にそうなりました」




 作業が続いた。


 レオンが細かい部品を分解して確認していた。ドランが鍛冶台に向かっていた。


 ハンマーの音が続いた。


 コメント欄に「ドランの槌音が聞こえた気がする」「職人回の最高峰だ」「これが最終決戦仕様か」「スパチャ投げます」が流れた。




 夕方、ドランが来た。


「試作ができた。見てくれ」


 金属の板を持っていた。


 内側が赤みがかった色だった。外側が青白く、光を受けると薄く光った。


「これが二重構造の一部です」とドランが言った。


「触っていいですか」


「ああ」


 手に取った。


 内側が温かかった。外側が冷たかった。同じ板の中で温度差があった。


「内側と外側で温度が分かれています」


「そうだ。赤鉄鉱が熱を保持して、氷結晶が外側を安定させている。これで極熱環境でも外側は一定の温度を保つ。調理中の安全性が上がる」


「完璧です」


「完璧ではない」とドランが言った。


「まだ試作段階だ。実際に取り付けてみないと分からない部分がある。ただし方向性は正しい」




 一週間が経っても改修が続いていた。


 配信のたびに進捗を見せた。吸気口のフィルタが付いた。二重断熱構造の調理台が固定された。無凍降脂が各駆動部に注入された。


 コメント欄が毎回盛り上がった。


「また部品が増えた」「どんどん別の乗り物になっていく」「最深層仕様という言葉が本当になってきた」が続いた。




 九日目の夕方、レオンが「完成しました」と言った。


 厨房車の前に全員が集まった。


 外見が変わっていた。


 以前より重厚に見えた。側面の素材が変わっていた。光の当たり方が違った。


 扉を開けると、内部が変わっていた。


 調理台が二重構造になっていた。内側の赤みと外側の青白さが見えた。魔導炉の吸気口に新しい構造物がついていた。竹の繊維が組み込まれているのが分かった。


「魔力を通します」とリディアは言った。


 炉に魔力を通すと、起動した音が違った。


 以前より落ち着いた音だった。安定していた。乱れがなかった。


「出力が安定していますね」


「フィルタが機能しています」とレオンが言った。


「外部の魔力波を選別して、必要な成分だけを炉に送っています。これで最深層の乱魔力環境でも安定稼働できるはずです」




 ドランが炉の横に来た。


「使い方を一つだけ確認しておく」と言った。


「どうぞ」


「極熱と極寒が交互に来る環境では、調理の工程を変える必要がある。熱が来た時に一気に加熱する工程を入れて、寒が来た時に保温する工程を入れる。タイミングが重要だ」


「環境の変化を料理に組み込むということですか」


「そうだ。環境に逆らうのではなく、合わせる。それが最深層での調理の基本になると思う」


「分かりました。覚えておきます」




 レオンとドランが並んで厨房車を見た。


「七日間でここまで来ましたね」とリディアは言った。


「俺たちがやりたかった仕事だ」とドランが言った。


「エルダの鉱石が最深層仕様の調理器具になる。鍛冶師として、これ以上の仕事はない」


「俺も同じです」とレオンが言った。


「竹のフィルタ原理が魔導炉に応用される。アランヴァルで採取したものが、最深層対応の技術になる。やってきた仕事が全部ここに繋がりました」




 水晶板に向かった。


「完成しました」とリディアは言った。


「最深層仕様の移動厨房車です。エルダの鉱石、ガルムの無凍降脂、アランヴァルの竹、ケセルの氷結晶。全部の拠点の素材と技術が入っています」


 コメント欄に「全拠点が一台に集まった」「これで最深層に行けるのか」「職人たちの仕事が凄すぎる」「スパチャ連打」が流れた。


 レオンとドランが横に来た。


「二人から一言あります」とリディアは言った。


「いってこい」とドランが言った。短かった。鍛冶師らしかった。


「これで食えないものはない」


「全部の技術が入っています」とレオンが言った。


「工房の職人たち全員で作りました。最深層から戻ってきたら、結果を教えてください」




 その後、レオンが鍵を渡してきた。


 元々の鍵と同じだったが、少し重かった。新しい魔法陣が刻まれていた。


「改修した部分を制御する追加の鍵です。扉を開ける時に使ってください」


「ありがとうございます」


「ドランさんから言伝があります」とレオンが続けた。


「何ですか」


「一言だけ言っていました。『次にエルダに来た時、虚ろの王の味を教えてくれ』と」


 リディアは少し笑った。


「教えます。必ず戻ってきます」




 夜、スタジオに戻った。


「完成しましたね」とにゃん吉に言った。


「良い仕事だったな」


「九日間でここまで仕上げるのは並大抵ではないです」


「お前が各地で集めた素材があったからだ。素材がなければ設計できなかった」


「全部が繋がっています」とリディアは言った。


「そうだな」


「次は最終仕込みと、メンバーへの連絡です。コルトに話をします」


「コルトは来るか」


「来ると言っていました。止めても来ると言っていました」


「それがコルトだな」




 羊皮紙を広げた。


 次の準備を書いた。


 コルトへの正式な依頼。各拠点への出発報告。持参素材の最終確認。最深層への降下計画の骨子。


「書くことが多いですね」とにゃん吉が言った。


「最後の準備です。漏れがないようにします」


「最後ではないぞ。始まりだ」


「そうですね」とリディアは言った。


「最深層への始まりです」


 改修が終わった厨房車が、スタジオの外に静かに停まっていた。


 全部の素材と技術が詰まった厨房車だった。


 最深層が、もう目の前にあった。

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