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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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62/84

第62話:煮込みの時間

 朝、市場に行った。


 開いたばかりの時間だった。売り手が少なかった。客もほとんどいなかった。


 干し肉の売り場に向かった。


 種類が多かった。


 マリウスが言っていた通りだった。鉱山から出る魔物の肉が主だった。大きさも形も色も違う干し肉が並んでいた。全部が塩漬けにして乾燥させたものだった。


 一種類ずつ触った。


 固さを確認した。匂いを嗅いだ。


 売り手の男が怪しそうに見ていた。


「買うのか買わないのか」と男が言った。


「全種類を少量ずつ買います。試したいので」


「試すというのは何だ」


「料理に使います。どれが何の肉かを教えてもらえますか」


 男が説明してくれた。


 坑道の岩蜥蜴の肉。穴熊に似た魔物の肉。鉱山近くに出る羽なし鳥の肉。深部に生息する節足類の胴体部分。


 四種類あった。


「全部をひと切れずつください」




 宿に戻って確認した。


 水晶板を起動した。


「今日は素材の確認から配信します」とリディアは言った。


「ヴェルンで手に入った干し肉が四種類あります。全部を試します」


 コメント欄に「ガルム編始まった」「四種類の干し肉か」「どれが一番使えるんだ」が流れた。


 一種類目、岩蜥蜴の肉を熱湯に入れた。


「まず茹でて臭みを確認します。最初の湯は捨てます」


 茹でた。湯が黒くなった。独特の匂いが出た。


「臭みが強いです。二回茹でこぼします」


 二回目。湯が薄くなった。匂いが落ちてきた。


「良くなっています。ただしもう一回必要です」


 三回目。湯が透明に近くなった。匂いが許容範囲に入った。


「岩蜥蜴の肉は三回の茹でこぼしが必要です。時間がかかります」




 二種類目、穴熊型魔物の肉を同じ方法で試した。


「一回で匂いが落ちました。こちらは処理が楽です」


「種類によって違うのか」とコメントが来た。


「肉の成分が違います。食べているものが違うので、脂と血の成分が変わります。処理方法も変わります」


 三種類目、羽なし鳥の肉を試した。


「これは臭みが少ないです。鶏系の素材は比較的処理が簡単です」


 四種類目、節足類の胴体を試した。


「これは匂いではなく、固さが問題です」


 触ると岩のように固かった。


「殻があります。剥くのに工夫が要ります」




 マリウスが来た。


「見ていました。四種類を全部試したのですか」


「確認してから料理を決めます。今日は穴熊型と羽なし鳥を使います」


「なぜその二種類を」


「処理が効率的です。臭みが取りやすくて、量が安定して手に入るなら、その二種類が現地での定番になります」


「節足類は使わないのですか」


「殻の剥き方を確認してから判断します。固くても剥ければ使えます」


「岩蜥蜴は」


「三回の茹でこぼしが必要です。手間がかかる。ただし使えないわけではないです。特別な料理に使う素材として位置づけます」




 午後から本格的な調理を始めた。


 穴熊型の干し肉を処理した。


 一度茹でこぼした肉を取り出した。切った。筋が太かった。繊維が固い方向に走っていた。


「筋の方向を確認します。繊維に沿って切るか、繊維を断ち切る方向で切るかで、食感が変わります」


「どちらがいいのか」とコメントが来た。


「煮込みにするなら繊維を断ち切る方向です。繊維が短くなると、煮込んだ時に柔らかくなりやすい」


 切った。


 エルダ製の二重構造魔導鍋に入れた。


 水を張った。


「ここからが肝心です」とリディアは言った。


「水ではなく、固形スープの素を溶いた出汁を使います」


 固形スープの素を三個溶いた。


「出汁で煮ることで、素材に旨味が入ります。水で煮ると素材の旨味が出ていくだけですが、出汁で煮ると双方向になります。素材から旨味が出ながら、出汁の旨味が素材に入っていく」


「双方向というのが大事なのか」とコメントが来た。


「仕上がりが全然違います。水煮と出汁煮を比べると分かります」




 火を入れた。


 弱火だった。


「時間をかけます。急ぎません」


「どのくらいかかるんだ」とコメントが来た。


「二時間から三時間です。固い肉を柔らかくするには時間が必要です」


「エルダの岩角豚の時も時間をかけていたな」とコメントが来た。


「同じです。固い素材は時間が解決します。火力ではなく、時間です」


 保存脂を少量加えた。


「ハンスさんの保存脂です。隠し味として加えます。脂が全体に丸みを加えます」


 コメント欄に「公爵領の素材がガルムで使われている」「ハンスさんの豚がここまで来た」が流れた。




 一時間経った。


 蓋を開けた。


 香りが変わっていた。最初の肉の匂いが、深みのある煮込みの香りに変わっていた。


「変化しています。あと一時間以上かかります」


 マリウスが蓋を開けた瞬間に近づいてきた。


「匂いが変わりましたね」


「変わっています。良い方向に変化しています」


「これが毎日の干し肉になるのですか」


「なります。処理方法とレシピが分かれば、ヴェルンの人間が自分で作れます」


「ここでも仕組みを作るつもりですか」


「作ります。私がいなくなった後も続くものでないと、意味がありません」




 にゃん吉が鍋の隣に座っていた。


 蒸気が断続的に出るたびに鼻を動かしていた。


「確認しているんですか」


「匂いの変化を追っている。最初は生臭さがあった。今は消えた。代わりに旨味の香りが出てきた」


「正確に追えますか」


「神獣の嗅覚だ。人間の何倍も感知できる」


「では今の状態はどうですか」


「もう少しだ。あと三十分ほど経てば繊維が十分に緩む。そこで火を止めれば良い」


「正確ですね」


「感覚だ。計れるものではない」とにゃん吉は言った。


「ただし経験と感覚を組み合わせれば、数値がなくても判断できる」


「それが料理人の技術ですね」


「お前もそれでやっているのではないか」


「私は知識と感覚の両方を使っています。知識が土台で、感覚が調整です」




 三十分後、にゃん吉が「今だ」と言った。


 火を止めた。


 蓋を開けた。


 香りが満ちた。


 出汁と肉の旨味が混ざった、重みのある香りだった。宿の部屋全体に広がった。


「取り出します」


 肉を箸で触った。


 スッと入った。


 抵抗がなかった。


「柔らかくなっています」


 器に移した。


 出汁を一緒に注いだ。濃い褐色の液体が肉を覆った。


「マリウスさん、食べてください」


 マリウスが受け取った。


 肉に箸を当てた。


 崩れた。


「……崩れた」とマリウスが言った。


「柔らかくなっています。食べてください」


 一口食べた。


 止まった。


 しばらく動かなかった。


「これが」とマリウスが言った。


「あの固い干し肉が」


「そうです」


「噛み切れなかったものが、口の中でほどける」


「時間と出汁の効果です」


「ヴェルンの人間はこれを毎日食べられるのですか」


「材料はあります。方法を伝えれば作れます」




 コメント欄に「柔らかくなった」「マリウスさんの顔が」「ガルムにも届いた」「スパチャ連打」が流れた。


 コルトが受け取って食べた。


「体が温まる」と言った。


「寒い場所ではこういう料理が必要です。温かくて、栄養があって、柔らかい」


「これが毎日食べられれば、体の状態が変わってくる」


「変わります。体が温まれば仕事の質も変わります」




 夕方、ヴェルンの宿屋の女将が来た。


 匂いを嗅ぎつけて来たと言った。


「何を作っているんだ」


「干し肉の煮込みです」


「あの固い肉がこんな匂いになるのか」


「なります。食べてみますか」


 女将が食べた。


 目が大きくなった。


「うちで出せるか、これを」と言った。


「作り方を教えます」


「本当か」


「明日、一緒に作りましょう。覚えれば毎日出せます」


 女将が「ありがとう」と言った。


 声が少し震えていた。


「どうかしましたか」


「この街の食事を二十年やってきた。ずっとこれしかないと思っていた。変えられると思っていなかった」




 夜、羊皮紙を広げた。


 今日の工程をマニュアルにまとめた。


 茹でこぼしの回数。切り方の方向。出汁の比率。煮込みの時間の目安。


「また書いているのか」とにゃん吉が言った。


「明日、女将さんに教えます。書いておかないと漏れが出ます」


「女将に教えるのか、最初から」


「現地の人間が一番最初に覚えるべきです。宿屋が作れれば、客に提供できます。客が食べれば広まります」


「エルダと同じ順番だな」


「同じです。まず一人に教えます。その一人が次の人に教えます。私がいなくなっても続く」


 にゃん吉が缶を開けた。


「今日は上手くいったな」


「上手くいきました。ただし乳の問題がまだ残っています。明日以降に進めます」


「焦らないな」


「焦っても乳の処理は今夜では終わりません。今夜は今日分のことをします」


 暖炉の火が続いていた。


 外の風が窓に当たっていた。


 ヴェルンの夜は冷えた。


 でも部屋の中は煮込みの余熱が残っていた。


 

話が飛んでた…m(_ _)m

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