第55話:王都の門前
出発の朝、厨房車の荷台を確認した。
エルダ製フライパンが十枚。固形スープの素が百個。カイロスのオイルサーディンの瓶が二十本。アランヴァルの黒穀が六袋。公爵領のハンスから届いた魔豚肉が保冷容器に入っている。
全部の拠点から届いた素材が一台に乗っていた。
「重いな」とにゃん吉が荷台の端から言った。
「全部必要なものです」
「俺が言ったのは事実の確認だ。文句ではない」
「分かっています」
コルトが来た。
仲間が五人いた。全員が冒険者の装備をしていた。
「一緒に行く」とコルトが言った。
「護衛として来てくれますか」
「そんな柄の良いものじゃない。ただ行きたかった」とコルトは言った。
「あの配信を最初から見ていた。最後まで見届けたい」
「ありがとうございます」
「礼は要らん。俺が行きたいから行く」
道中、街道が続いた。
公爵領を出て、街道を東に向かう。半日ほどで王都の外縁が見えてくるはずだった。
移動しながら配信を始めた。
「王都に向かっています」とリディアは水晶板に向かって言った。
「今日、王都の外縁に到着します」
コメント欄に「ついに王都か」「令嬢が動いた」「何をするんだ」が流れた。
「城壁の外で配信をします。今まで届けてきたものを、王都の皆さんに直接届けます」
「城壁の外で料理するのか」というコメントが来た。
「します」
「王都が止めに来るのではないか」
「来るかもしれません。来たら対処します」
昼過ぎ、王都が見えてきた。
最初に見えたのは城壁だった。
高かった。
公爵領の城門より、エルダの鉱山都市より、カイロスの港より、アランヴァルの水路よりも高い壁が、灰色に続いていた。
「でかいな」とコルトが言った。
にゃん吉が城壁を見ながら言った。
「昔より大きくなっているな」
「来たことがあるんですか」
「数百年前だ。その頃より高い」
「それだけ時間が経っているということです」
「俺の話を聞くとそう返すのか、お前は」
倉庫に着いた。
父が手配していた場所だった。城壁の外縁、商業地区の入口から少し外れた場所に、石造りの古い倉庫があった。
扉を開けた。
中は広かった。公爵家の人間が先に来て、掃除をしていた。床が綺麗になっていた。
「使えます」とダグラスが言った。来ていた。
「ありがとうございます。厨房車を横付けにします」
夕方、設営を始めた。
倉庫の前に厨房車を置いた。側面の扉を開けた。魔導炉を起動した。
水晶板を固定した。
「王都の外縁から配信します」とリディアは言った。
「後ろに見えているのが王都の城壁です」
カメラを少し動かした。
城壁が映った。
コメント欄が止まった。
一拍置いてから、流れ出した。
「王都の城壁の前だ」「ついに来た」「これは大きい」「スパチャ投げます」が画面を埋めた。
「今夜から炊き出しをします」とリディアは続けた。
「全部の拠点の素材を使います。エルダの鉱石で作ったフライパン、カイロスの海産物、アランヴァルの黒穀、公爵領の食材。全部がここに来ています」
仕込みを始めた。
黒穀を浸水させた。
固形スープの素を出汁として溶いた。
エルダ製フライパンを熱した。
魔豚の塊肉を入れた。
ジュアアアアッという音が出た。
今まで聞いた中で一番、外に向かって広がる音だった。倉庫の前の広場に響いて、城壁の方向に向かっていった。
香りが上がった。
魔豚の脂が熱を受けた香りと、スパイスの香りが混ざった。
風が城壁の方向に吹いていた。
「今日は良い風ですね」とコルトが言った。
「そうです」
「城門の方まで届くんじゃないか、この匂い」
「届いたら良いですね」
夜になった。
倉庫の前に人が集まってきた。
城壁の外縁で暮らしている商人。夜番を終えた冒険者。荷運びの仕事をしていた人間。
全員が匂いに引き寄せられてきた顔をしていた。
「食事をどうぞ」とリディアは言った。
黒穀の炊き込みを盛り付けた。魔豚の切り身を乗せた。固形スープの素をソースとして絡めた。
受け取った男が一口食べた。
「……なんだこれは」と言った。
「黒穀の炊き込みです」
「黒穀がこうなるのか。家畜の餌だと思っていた」
「処理次第で変わります」
「王都の中ではこういうものは食べられない」と男は言った。
「似たようなものはあるが、値段が高い。庶民には手が届かない」
「今日は無料です」
「無料か」
「炊き出しです」
コメント欄に王都の内部から書き込みが来た。
「城壁の内側から見ている。匂いが届いている気がする」
「本当に来たんだな、令嬢が」
「王都の門番から聞いた。城壁の外で料理をしているらしいと話題になっている」
「門を開けてほしい」というコメントが来た。
「今は開けられません」とリディアは言った。
「ただし作り方はお伝えできます。今夜も配信します」
深夜近く、遠くから足音が聞こえた。
にゃん吉の耳が立った。
「城門の方から来ている。複数だ」
「兵士ですか」
「兵士の装備の音がする。ただし走っていない。急いで来るというより、確認しに来る動き方だ」
「様子を見に来たんですね」
「そうだ。敵対的な動きではない」
数分後、兵士が三人来た。
全員が制服を着ていた。王都の正規の兵士だった。
先頭の一人が立ち止まった。
「ここで料理をしているのはローゼンベルク令嬢か」
「そうです」とリディアは言った。
「許可はあるか」
「公爵家の所有する倉庫です。公爵家の許可を得て使っています」
「王都の許可は」
「城壁の外縁です。王都の管轄外の土地です」
兵士が少し考えた。
「……食べていいか」と言った。
隣の兵士が「おい」と言った。先頭の兵士が「確認のためだ」と言った。
「どうぞ」とリディアは言った。
三人に盛り付けた。
全員が食べた。
先頭の兵士が飲み込んでから言った。
「問題は見当たらない。合法的な活動だ」
「ありがとうございます」
「ただし上からの命令があれば動かなければならない」
「その時は正当な手続きで対処します」
兵士が頷いた。
「明日も来るのか」
「明日も配信します。食事もあります」
「……そうか」と兵士は言った。
三人が戻っていく前に、先頭の兵士が少し声を落として言った。
「城壁の内側でも、今夜の配信を見ている人間が多い。明日、非番の者が来るかもしれない」
「来た人全員に食事をお出しします」
兵士が頷いて、歩いていった。
深夜、コメント欄を確認した。
今夜の同時接続数が過去最高を更新していた。
「数字が出ました」とリディアはにゃん吉に言った。
「どのくらいだ」
「今夜の最高が百二十万です」
「百二十万か」とにゃん吉が言った。少し間を置いた。
「ダンジョンで配信を始めた時、三百人だったな」
「そうでした」
「ずいぶん遠くまで来たな」
「ダンジョンから城壁の前まで」
「距離の話ではない」とにゃん吉は言った。
「分かっています」とリディアは言った。
「分かっています」
羊皮紙を広げた。
明日の計画を書いた。
朝食の炊き出し。配信の内容。固形スープの素の配り方。王都から来る可能性のある人への対応。
「また書いているのか」とにゃん吉が言った。
「書かないと頭が整理されません」
「今夜は短くしろ。明日も早い」
「あと少しです」
「……まあいい」とにゃん吉は言った。
倉庫の前に魔石灯の光が広がっていた。
城壁が闇の中に続いていた。
向こう側に、百二十万人の視聴者がいた。
明日もここで料理をする。
止まる理由がない。
手が動いた。




