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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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55/84

第55話:王都の門前

 出発の朝、厨房車の荷台を確認した。


 エルダ製フライパンが十枚。固形スープの素が百個。カイロスのオイルサーディンの瓶が二十本。アランヴァルの黒穀が六袋。公爵領のハンスから届いた魔豚肉が保冷容器に入っている。


 全部の拠点から届いた素材が一台に乗っていた。


「重いな」とにゃん吉が荷台の端から言った。


「全部必要なものです」


「俺が言ったのは事実の確認だ。文句ではない」


「分かっています」


 コルトが来た。


 仲間が五人いた。全員が冒険者の装備をしていた。


「一緒に行く」とコルトが言った。


「護衛として来てくれますか」


「そんな柄の良いものじゃない。ただ行きたかった」とコルトは言った。


「あの配信を最初から見ていた。最後まで見届けたい」


「ありがとうございます」


「礼は要らん。俺が行きたいから行く」




 道中、街道が続いた。


 公爵領を出て、街道を東に向かう。半日ほどで王都の外縁が見えてくるはずだった。


 移動しながら配信を始めた。


「王都に向かっています」とリディアは水晶板に向かって言った。


「今日、王都の外縁に到着します」


 コメント欄に「ついに王都か」「令嬢が動いた」「何をするんだ」が流れた。


「城壁の外で配信をします。今まで届けてきたものを、王都の皆さんに直接届けます」


「城壁の外で料理するのか」というコメントが来た。


「します」


「王都が止めに来るのではないか」


「来るかもしれません。来たら対処します」




 昼過ぎ、王都が見えてきた。


 最初に見えたのは城壁だった。


 高かった。


 公爵領の城門より、エルダの鉱山都市より、カイロスの港より、アランヴァルの水路よりも高い壁が、灰色に続いていた。


「でかいな」とコルトが言った。


 にゃん吉が城壁を見ながら言った。


「昔より大きくなっているな」


「来たことがあるんですか」


「数百年前だ。その頃より高い」


「それだけ時間が経っているということです」


「俺の話を聞くとそう返すのか、お前は」




 倉庫に着いた。


 父が手配していた場所だった。城壁の外縁、商業地区の入口から少し外れた場所に、石造りの古い倉庫があった。


 扉を開けた。


 中は広かった。公爵家の人間が先に来て、掃除をしていた。床が綺麗になっていた。


「使えます」とダグラスが言った。来ていた。


「ありがとうございます。厨房車を横付けにします」




 夕方、設営を始めた。


 倉庫の前に厨房車を置いた。側面の扉を開けた。魔導炉を起動した。


 水晶板を固定した。


「王都の外縁から配信します」とリディアは言った。


「後ろに見えているのが王都の城壁です」


 カメラを少し動かした。


 城壁が映った。


 コメント欄が止まった。


 一拍置いてから、流れ出した。


「王都の城壁の前だ」「ついに来た」「これは大きい」「スパチャ投げます」が画面を埋めた。


「今夜から炊き出しをします」とリディアは続けた。


「全部の拠点の素材を使います。エルダの鉱石で作ったフライパン、カイロスの海産物、アランヴァルの黒穀、公爵領の食材。全部がここに来ています」




 仕込みを始めた。


 黒穀を浸水させた。


 固形スープの素を出汁として溶いた。


 エルダ製フライパンを熱した。


 魔豚の塊肉を入れた。


 ジュアアアアッという音が出た。


 今まで聞いた中で一番、外に向かって広がる音だった。倉庫の前の広場に響いて、城壁の方向に向かっていった。


 香りが上がった。


 魔豚の脂が熱を受けた香りと、スパイスの香りが混ざった。


 風が城壁の方向に吹いていた。


「今日は良い風ですね」とコルトが言った。


「そうです」


「城門の方まで届くんじゃないか、この匂い」


「届いたら良いですね」




 夜になった。


 倉庫の前に人が集まってきた。


 城壁の外縁で暮らしている商人。夜番を終えた冒険者。荷運びの仕事をしていた人間。


 全員が匂いに引き寄せられてきた顔をしていた。


「食事をどうぞ」とリディアは言った。


 黒穀の炊き込みを盛り付けた。魔豚の切り身を乗せた。固形スープの素をソースとして絡めた。


 受け取った男が一口食べた。


「……なんだこれは」と言った。


「黒穀の炊き込みです」


「黒穀がこうなるのか。家畜の餌だと思っていた」


「処理次第で変わります」


「王都の中ではこういうものは食べられない」と男は言った。


「似たようなものはあるが、値段が高い。庶民には手が届かない」


「今日は無料です」


「無料か」


「炊き出しです」




 コメント欄に王都の内部から書き込みが来た。


「城壁の内側から見ている。匂いが届いている気がする」


「本当に来たんだな、令嬢が」


「王都の門番から聞いた。城壁の外で料理をしているらしいと話題になっている」


「門を開けてほしい」というコメントが来た。


「今は開けられません」とリディアは言った。


「ただし作り方はお伝えできます。今夜も配信します」




 深夜近く、遠くから足音が聞こえた。


 にゃん吉の耳が立った。


「城門の方から来ている。複数だ」


「兵士ですか」


「兵士の装備の音がする。ただし走っていない。急いで来るというより、確認しに来る動き方だ」


「様子を見に来たんですね」


「そうだ。敵対的な動きではない」


 数分後、兵士が三人来た。


 全員が制服を着ていた。王都の正規の兵士だった。


 先頭の一人が立ち止まった。


「ここで料理をしているのはローゼンベルク令嬢か」


「そうです」とリディアは言った。


「許可はあるか」


「公爵家の所有する倉庫です。公爵家の許可を得て使っています」


「王都の許可は」


「城壁の外縁です。王都の管轄外の土地です」


 兵士が少し考えた。


「……食べていいか」と言った。


 隣の兵士が「おい」と言った。先頭の兵士が「確認のためだ」と言った。


「どうぞ」とリディアは言った。


 三人に盛り付けた。


 全員が食べた。


 先頭の兵士が飲み込んでから言った。


「問題は見当たらない。合法的な活動だ」


「ありがとうございます」


「ただし上からの命令があれば動かなければならない」


「その時は正当な手続きで対処します」


 兵士が頷いた。


「明日も来るのか」


「明日も配信します。食事もあります」


「……そうか」と兵士は言った。


 三人が戻っていく前に、先頭の兵士が少し声を落として言った。


「城壁の内側でも、今夜の配信を見ている人間が多い。明日、非番の者が来るかもしれない」


「来た人全員に食事をお出しします」


 兵士が頷いて、歩いていった。




 深夜、コメント欄を確認した。


 今夜の同時接続数が過去最高を更新していた。


「数字が出ました」とリディアはにゃん吉に言った。


「どのくらいだ」


「今夜の最高が百二十万です」


「百二十万か」とにゃん吉が言った。少し間を置いた。


「ダンジョンで配信を始めた時、三百人だったな」


「そうでした」


「ずいぶん遠くまで来たな」


「ダンジョンから城壁の前まで」


「距離の話ではない」とにゃん吉は言った。


「分かっています」とリディアは言った。


「分かっています」




 羊皮紙を広げた。


 明日の計画を書いた。


 朝食の炊き出し。配信の内容。固形スープの素の配り方。王都から来る可能性のある人への対応。


「また書いているのか」とにゃん吉が言った。


「書かないと頭が整理されません」


「今夜は短くしろ。明日も早い」


「あと少しです」


「……まあいい」とにゃん吉は言った。


 倉庫の前に魔石灯の光が広がっていた。


 城壁が闇の中に続いていた。


 向こう側に、百二十万人の視聴者がいた。


 明日もここで料理をする。


 止まる理由がない。


 手が動いた。

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