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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第51話:王都の台所

 四日目の朝、街道の私兵がさらに減っていた。


 にゃん吉の報告では昨日の半分以下になっていた。


「もう機能していないですね」とリディアは言った。


「形だけ残っている状態だ」とにゃん吉が答えた。


「ただし完全に退くには命令が要る。命令が出るまでは残る」


「命令を出す人間がどのタイミングで判断するか、ですね」


「それは向こうの問題だ。こちらは関係ない」


「そうですね。今日もやることをやります」




 ヴィランから通信が届いていた。


【昨夜からの情報をまとめてご報告します。王都内部で固形スープの素を自作したという報告が、配信のコメント欄を通じて続いています。市場では素材となる干し肉と香草の売り上げが急増しています。これは王都の民衆が実際に作り始めたことを示しています。加えて、王都の下級貴族の間で「ノルドに行けば本物が食べられる」という話が広まっています。複数の下級貴族がノルドへの訪問を計画しているとの情報があります。——ヴィラン】


 続きがあった。


【セドリック殿下は昨夜、側近に対して「民衆が配信を見るのを止めさせろ」と命じたとの情報があります。ただし水晶板の普及により、全家庭を管理することは事実上不可能です。側近も実行に困っている様子です。——ヴィラン】


「配信を止めさせようとしていますね」とリディアはにゃん吉に言った。


「できるか」


「できません。水晶板は個人が持っているものです。全部を押さえるのは無理です」


「最初の中継器妨害と同じ発想だな。技術的な限界があることを分かっていない」


「分かっていないか、分かっていても他に手がないかのどちらかです」




 水晶板を起動した。


「今日の配信は王都の皆さんに向けて作ります」とリディアは言った。


 コメント欄に「王都向けか」「直接語りかけるのか」「緊張する」が流れた。


「昨日、王都で固形スープの素を作ったという報告をたくさんいただきました。今日はさらに進んで、家で作れる料理を一つお伝えします」


「何を教えてくれるんだ」というコメントが来た。


「黒穀のお粥です」




 材料を並べた。


「王都の市場で手に入るもので作れます。普通の麦でも代用できます。干し肉は安価なもので十分です。香草はなくても作れます」


「それだけか」とコメントが来た。


「それだけです。手順は三段階です」


 実演した。


 穀物を水に浸す。出汁を取る。合わせて炊く。


「水に浸す時間は一時間です。その間に出汁を取ります。出汁は干し肉を水で煮るだけです。特別な道具は要りません」


 コメント欄に「簡単だ」「これなら王都でもできる」「干し肉は家にある」が流れた。


「合わせて炊く時間は三十分です。弱火で、蓋をして待つだけです」


「魔力は要りますか」とコメントが来た。


「炉があれば作れます。魔力は補助があれば良いですが、なくても炊けます。普通の火で十分です」




 炊いている間、話を続けた。


「王都から来ている皆さんに聞きたいことがあります。今の王都の市場はどんな状態ですか」


 コメント欄に書き込みが来た。


「鉱石が高くなった」「魚が少ない」「いつもの食材が棚に少ない」「物価が上がっている」「不満の声をよく聞く」。


「ありがとうございます。今の状況は封鎖の影響が出始めています。ノルドを通じて入っていた物資が止まったことで、王都の市場にも影響が出ています」


「封鎖しているのはセドリック側なのに」というコメントが来た。


「そうです。封鎖した側が先に影響を受けています」


「皮肉だ」


「物流は止める側より動かす側が強い、というのが今回の教訓です」




 炊けた。


 蓋を開けると湯気が上がった。


 穀物が柔らかく膨らんで出汁が染み込んでいた。表面が艶やかだった。


「完成です。シンプルですが、これが基本です」


 コルトが受け取って食べた。


「昨日のリゾットより優しい味だ」


「お粥なのでそうです。疲れている時や、体が冷えている時に向いています」


「王都の人間が今ちょうどそういう状態じゃないか」とコルトが言った。


「物価が上がって、封鎖で不満が溜まって、疲れている」


「そういう時に食べてほしいものを作りました」


 コメント欄に「令嬢が分かっている」「今の王都の状態を理解して作ってくれた」「作ります」「ありがとう」が流れた。




 午後、配信を続けながら追加の内容を入れた。


「固形スープの素を応用した料理を三つお伝えします。全部、王都の市場で手に入るもので作れます」


 一つ目。固形スープの素をパンに塗る。


「溶かして塗るだけです。道具は要りません。固いパンが美味くなります」


 二つ目。固形スープの素で炒め物を作る。


「野菜を炒めて、溶かした素を加えます。それだけで味が決まります」


 三つ目。固形スープの素をスープに加える。


「普通の水で作ったスープに加えるだけで、深みが出ます。追い素、と呼んでいます」


 コメント欄に「追い素という概念が出てきた」「全部試す」「今日の配信は保存したい」「スパチャ投げます」が流れた。




 夕方になった。


 コメント欄に新しい種類の書き込みが来た。


「下級貴族です。今日の配信を家族全員で見ました。明日ノルドに行きます」


「王都の商人です。ノルドへの訪問を計画しています。許可が下りるか分かりませんが、行きます」


「王都の兵士です。非番の日にノルドへ行ってみたいと思っています」


 リディアはコメント欄を読んだ。


「王都の兵士も来ようとしていますね」とにゃん吉に言った。


「封鎖を命じた側の兵士が来ようとしているのか」


「非番の日、と書いています。命令に反しているわけではない。ただしセドリックが知れば止めようとするでしょうね」


「止められるか」


「非番の行動を全部管理するのは難しいです。それをやろうとすれば、兵士たちの不満が高まります」


「板挟みになるな、セドリックが」


「板挟みを自分で作っています」




 夜、ヴィランから通信が来た。


【重要な報告があります。王都の貴族院内部で、今回の封鎖について批判的な意見が出始めています。複数の貴族が「民衆の不満が高まっている。封鎖を続けることの利益と損害を再評価すべきだ」という趣旨の発言をしているとの情報です。セドリック殿下の側近も、このまま続けることへの懸念を非公式に漏らし始めているようです。——ヴィラン】


【公爵閣下より。「貴族院が動き始めた。次は加速する」とのことです。——ヴィラン】


「貴族院が動いています」とリディアはにゃん吉に言った。


「セドリックの足元が崩れ始めたか」


「民衆の不満が貴族に伝わり、貴族が動く。順番として自然です」


「お前が仕掛けたのか、この流れを」


「仕掛けていません。ただ、配信を続けて、レシピを教えて、食材を届けました。その結果として流れができました」


「意図していなかったのか」


「予想はしていました」とリディアは言った。


「ただし意図して仕掛けるのとは違います。自然に動いた結果です」


「どう違うんだ」


「意図して動かすと、どこかに不自然さが出ます。食べたい人間が自分で選んで動いた結果の方が、止まりにくい」


 にゃん吉が少し間を置いた。


「……なるほど」とだけ言った。




 羊皮紙を開いて今日の数字を書いた。


 コメント欄への王都からの書き込みの割合が、今日は四割を超えていた。自作の報告が昨日の倍になっていた。ノルドへの訪問を予告したコメントが二十件を超えていた。


「明日、実際に王都から人が来ます」


「どう対応する」とにゃん吉が言った。


「来た人全員に食べてもらいます。それだけです」


「特別なことはしないのか」


「特別なことをする必要がありません。今まで通りのことをすれば十分です」


 明日の準備を書いた。


 朝の仕込み。配信の構成。固形スープの素の在庫確認。フライパンの新規注文対応。


「やることが変わらないな」とにゃん吉が言った。


「変える理由がありません」


「王都が崩れ始めていても」


「崩れているのは向こうの問題です。こちらがやることは変わりません」


 ノルドの夜が続いた。


 王都が近かった。


 でも今夜は遠くのことを考えなかった。


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