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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第50話:王都の悲鳴

 三日目の朝、街道の封鎖が続いていた。


 ただし物資は届いていた。


 水路から昨夜のうちに黒穀が届いていた。カイロスの保存食も来ていた。エルダの鉱石は重量があるので小分けにして複数回に分けて運んでいた。


「三本目の水路を確認しました」とダグラスが朝に報告してきた。


「この街には古い水路が網の目のように通っています。全部を把握するのに時間がかかりましたが、使えるルートが七本あります」


「七本ですか」


「私兵が三十人いても、七本全部を塞ぐのは難しいです。人数が足りない」


「では今のところ封鎖は機能していないですね」


「機能していません。街道を塞いでいる三十人は、ただ立っている状態です」




 ヴィランからの通信が来ていた。


【王都の状況をご報告します。ノルドへの封鎖を三日続けた結果、王都側に予期せぬ影響が出始めています。ノルドを中継していた物資の流通が止まったことで、王都内部での品不足が生じています。具体的には、エルダからの鉱石、カイロスからの海産物、アランヴァルからの穀物、全てが王都市場で品薄になっています。価格が上昇しています。民衆の不満が表面化し始めています。——ヴィラン】


 続きがあった。


【公爵閣下より。「封鎖した側が先に困っている。予想通りだ」とのことです。——ヴィラン】


 リディアは読んでにゃん吉に言った。


「王都で物価が上がっています」


「封鎖の影響が逆に出たのか」


「王都はノルドを通じて各地の物資を受け取っていた部分があります。ノルドを封鎖すれば、その物資が王都にも入らなくなります。向こうが自分たちの首を絞めました」


「自業自得だな」


「計算が甘かったんだと思います。ノルドを封鎖すれば私たちが困ると思っていたが、ノルドは水路で物資を受け取れた。一方で王都は別のルートを持っていなかった」




 水晶板を起動した。


「今日も配信します。今日で封鎖三日目です」とリディアは言った。


 コメント欄に「三日経っても続いてるのか」「令嬢は止まらないな」「王都の状況はどうだ」が流れた。


「王都側の状況についてお伝えします。封鎖の結果、王都内部で物価が上昇しています。エルダの鉱石、カイロスの海産物、アランヴァルの黒穀、これらが王都市場で品薄になっています」


 コメント欄に「封鎖した側が困ってる」「自滅だ」「計算違いじゃないか」が流れた。


「物流は止まる側より動かす側が強い、というのがこの三日間で証明されました。ノルドは水路で物資を受け取り続けています。私たちの料理も続いています」


「今日も作るのか」とコメントが来た。


「作ります」




 仕込みを始めた。


 アランヴァルの黒穀と、カイロスの海産発酵ペーストを使ったリゾット風の料理にした。


 黒穀を炒ると音が出た。広場に香りが広がった。


 固形スープの素を出汁として溶いた。黒穀に加えて炊いていく。


 ここで風向きが変わった。


 南から風が吹いていた。ノルドから王都の方向への風だった。


 香りが運ばれていく。


 コルトが広場の端を見ながら言った。


「今日は南風だ」


「そうですね」


「王都の城門まで、ここからどのくらいあると思う」


「馬車で半日ですから、距離としては相当あります」


「でも今日みたいな風の日は、匂いがどこまで届くか分からない」


 リディアは少し考えた。


「届いたらいいですね」


「届いたら王都の門番たちが気の毒だな」とコルトは笑った。




 王都の様子を想像した。


 物価が上がっている。市場の棚が薄くなっている。いつも買えていたものが高くなっている。民衆が不満を持ち始めている。


 その状態で、風がノルドの調理の香りを運んでいく。


 城門を守る兵士たちが鼻を動かす。


 壁の向こうから香ばしい匂いがする。


「水晶板でノルドの配信を見ている王都の人間が今日は多いと思います」とリディアは水晶板に向かって言った。


 コメント欄に「王都から見ているぞ」「毎日見てる」「匂いが届いた気がする」「こっちには届かない」が流れた。


「王都の皆さんに向けて今日は話します。今ノルドで作っているものを、王都でも作れます」


 コメント欄が止まった。


「固形スープの素の作り方を今日の配信で全部お伝えします。材料は安価なものです。市場で手に入るものだけで作れます」


「教えていいのか」とコメントが来た。


「届けたい人がいる、と言いました。王都の皆さんに届けます。直接届けられないなら、作り方を届けます」




 固形スープの素の作り方を全工程配信した。


 素材の選び方から始めた。


「安価な干し肉で構いません。廃棄される寸前の安いものでも、加工すれば美味くなります」


「乾燥した香草でいいです。市場の端に安く売っているものを使います」


「穀物は何でも代用できます。アランヴァルの黒穀が手に入らなければ、普通の麦でもできます。少し味が変わりますが、基本は同じです」


 成形の工程を見せた。


「型がなければ手で丸めます。少し不揃いになりますが、同じものができます」


「乾燥は魔石灯の熱で十分です。一時間当てれば乾きます」


 コメント欄に「本当に教えてくれた」「市場で材料を探す」「明日作ってみる」「王都でもできるのか」「ありがとう」が流れた。




 昼過ぎ、コメント欄の様子が変わってきた。


「王都で材料を買ってきた」という書き込みが来た。


「配信見ながら作っている」という書き込みが来た。


「できた」という書き込みが来た。


 文字だけだったが、その後にスパチャが来た。


「初めて作ったものが美味かったです。ありがとう」という書き込みと一緒に、高額のスパチャが届いた。


 リディアは水晶板の前で少し止まった。


「ありがとうございます」と言った。


 コメント欄に「令嬢が珍しく止まった」「感情が動いた顔だ」「スパチャ投げます」が流れた。




 夕方、にゃん吉が戻ってきた。


「街道の私兵が減っている」


「退き始めましたか」


「全員ではない。ただし昨日より人数が少ない。交代の要員が来ていないのかもしれない」


「資金か、意志か、どちらかが続かなくなってきた」


「三日間、何も成果を上げていない人間を雇い続けるのは難しい」とにゃん吉が言った。


「私兵は成果を出せなければ使い続ける理由がなくなります。向こうも判断するはずです」


「撤退するか」


「判断が遅い人間かどうかによります。セドリックがどういう人間かはある程度分かります」


「どういう人間だ」


「プライドが高い。だから撤退の判断が遅くなります。ただし周囲の状況が変わってくると引き下がらざるを得なくなります。今その状況が作られつつあります」




 夜、コメント欄を確認した。


 王都から「作ってみた」という報告が続いていた。


 固形スープの素を作った人。レシピ通りにやったら美味かったと書いた人。家族で食べたと書いた人。


「王都内部で動いていますね」とリディアはにゃん吉に言った。


「封鎖している間に、内側から崩れていく」


「封鎖した理由が情報の遮断だとしたら、既に意味がなくなっています。配信で全部届いています」


「水晶板を止めることはできなかったのか、向こうは」


「試みましたね。最初に中継器への妨害がありました。多重切替式の中継器で対処しました」


「それ以降は試みていないな」


「技術的に難しいと判断したか、別の手に切り替えたか。いずれにしても配信は続いています」




 ヴィランから短い通信が来た。


【本日の報告。王都内部で、固形スープの素の材料と思われる素材の購入が急増しているとの市場情報があります。配信を見た民衆が作り始めているようです。公爵閣下は「内側が動いた」と仰っておられます。——ヴィラン】


「内側が動いた」とリディアはにゃん吉に繰り返した。


「お前が狙っていたことか」


「狙っていたというより、起きうることとして考えていました。情報を届ければ人は動きます。動いた人間の数が増えれば、流れが変わります」


「流れが変わると何が起きる」


「封鎖している意味がなくなります。外から届かなくても、内側で作れるようになれば同じことです。封鎖の目的が崩れます」


「王都が自分で気づくのか、それを」


「気づかない間に広がります。気づいた時には止められない数になっています」




 羊皮紙を広げた。


 今日一日の記録を書いた。物資の搬入量。配信の同時接続数。王都からの書き込みの傾向。固形スープの素を自作したという報告の数。


 数字を並べた。


 三日前と比べると、変化が見えた。ノルドへの物資搬入は安定していた。配信の数字は三日で倍になっていた。王都からの書き込みが全体の三割を超えていた。


「三日で変わりましたね」


「変化が速いな」とにゃん吉が言った。


「封鎖が注目を集めました。注目が情報の拡散を加速しました。情報が広まれば動く人間が増えます。全部が繋がっています」


「アクセスが魔力になるこの世界の仕組みが、そのまま動いているのか」


「最初からずっとそうでした」とリディアは言った。


「ダンジョンで配信を始めた日から変わっていません」


 魔力を感じた。


 指先に意識を向けた。三日前より少し増えていた。配信の数字が上がった分だった。


「まだ伸びています」


「限界はあるのか」


「まだ分かりません。ただし制御できる量でなければ意味がありません。量より安定が重要です」


「賢明だ」とにゃん吉が言った。




 夜遅くなった。


「寝ます」とリディアは言った。


「珍しいな、自分から言うのは」


「明日も続くので。今夜休めるうちに休みます」


「成長したな」


「にゃん吉さんに言われ続けた結果です」


 にゃん吉が缶を置いた。


「明日、何かが動くと思うか」


「動きます。王都の内側が動いている。外側の封鎖が続かなくなります。何らかの変化が来る」


「それを待つのか」


「来てから対処します。今夜考えても分からないことは今夜考えません」


 魔石灯を暗くした。


 ノルドの夜が静かになった。


 王都が近かった。


 でも今夜はそれ以上のことを考えなかった。


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