第48話:封鎖命令
朝、通信が来た。
差出人はヴィランだった。
【緊急の報告です。王都から公式の通達が出ました。内容は二点。一、ノルドにおけるリディア様の営業活動の即時停止。二、王都商人とリディア様、およびその関係者との取引禁止。通達は今朝、ノルド市長のもとに届けられています。公爵閣下はすでに把握されています。——ヴィラン】
リディアは読んだ。
「来ましたね」
「予想より早かったか」とにゃん吉が言った。
「フライパンの注文が十五件を超えた昨夜の時点で、報告が上がったんだと思います。数字が動き始めたから動いてきた」
「どうする」
「まずノルドの市長に会います」
市長室は街の中央にある石造りの建物の二階だった。
市長の名前はヘンドリックといった。六十代の男で、白髪が多く、目が細かった。長年この街を治めてきた目だった。
「昨日届きました」とヘンドリックは言った。通達の羊皮紙を机に置いていた。「王都の紋章入りの正式文書です」
「見せてもらえますか」
受け取り読んだ。
文面は丁寧だった。ただし内容は明確だった。リディアの営業を即時停止しろ、王都商人との取引を禁じる、従わない場合は別途措置を検討する。最後の一文が重かった。
「市長として、どう対応しますか」とリディアは聞いた。
ヘンドリックが少し間を置いた。
「正直に言います」
「お願いします」
「私はこの街に三十年いる。王都との関係は複雑です。完全に反旗を翻すことはできない。ただし」
「ただし?」
「この一週間、あなたが来てからの変化を見ていました」とヘンドリックは言った。
「固形スープの素を買った商人の顔が変わった。フライパンを使い始めた冒険者が食事の話をするようになった。街の中に活気が戻ってきた部分がある」
「街として利益が出始めていますか」
「出始めています。昨日一日の市場の売り上げが、先週の同じ日の倍以上になりました」
リディアは羊皮紙に書いた。
「ノルドとして、この通達に従う予定はありますか」
ヘンドリックが腕を組んだ。
「王都の不当な命令には従えない」と言った。
「ただしそれを公式に発表するには、理由が要ります」
「理由を作ります」
「どうやって」
「今日の配信で全部話します。この通達の内容と、ノルドが拒絶した事実を、視聴者全員に伝えます。公開の場で事実が記録されれば、王都も簡単に動けなくなります」
ヘンドリックが目を細めた。
「それがあなたの方法ですか」
「カイロスでもアランヴァルでも同じことをしてきました。見られている状況が最大の抑止力になります」
広場に戻った。
コルトが来ていた。
「聞いた。王都から通達が出たそうだな」
「そうです」
「ノルドはどうする」
「市長が拒絶しました」
「本当か」とコルトが言った。顔が変わった。
「ヘンドリックが動いたのか」
「利益と事実の両方が揃いました。拒絶する理由になります」
「王都が黙っていないぞ」
「次の手が来ます。来た時に対処します」
「落ち着いているな」
「焦る理由がないので」
水晶板を起動した。
「今日は最初に報告があります」とリディアは言った。
コメント欄がすでに流れていた。「通達が出たらしい」「営業停止命令か」「王都が動いた」が来ていた。
「王都から二点の通達が届きました」とリディアは続けた。
「一つ、私の営業活動の即時停止。二つ、王都商人との取引禁止。ノルドに届いています」
コメント欄が止まった。
「ノルドの市長ヘンドリックさんは今朝、この通達を受け取りました。市長の返答をお伝えします」
ヘンドリックが隣に来た。昨日話した後、一緒に来ることを頼んでいた。
「ノルドを代表して申し上げます」とヘンドリックは言った。
カメラに向かって話すのは慣れていない様子だったが、声は安定していた。
「王都の不当な命令には従えません。私どもノルドは、合法的な商業活動を支持します。リディア・ローゼンベルク様の営業継続を認めます」
コメント欄が爆発した。
「市長が直接言った」「ノルドが拒絶した」「王都対ノルドになった」「スパチャ投げます」が画面を埋めた。
「ありがとうございます」とリディアはヘンドリックに言った。
「礼は要りません。街のためです」
ヘンドリックが退いた後、リディアは配信を続けた。
「通達の内容と、ノルドの判断をお伝えしました。次に私の立場をお伝えします」
コメント欄が静かになった。
「私は誰かを傷つけようとしたことはありません。廃棄されていた食材を使えるようにして、食べられるものを届けて、仕組みを残してきました。エルダでもカイロスでもアランヴァルでも。ノルドでも同じことをしています」
「それの何が問題なのかと思います。ただし、物流の独占が崩れることで利益を失う人たちにとっては問題になります。だから止めようとする」
「止まりません」と言った。
「これまでも止まらなかったし、これからも止まりません。理由は単純です。届けたい人間がいるからです」
コメント欄に「令嬢強すぎる」「この宣言が聞きたかった」「スパチャ連打」が流れた。
料理を始めた。
「今日は固形スープの素と、昨日好評だったフライパンを組み合わせます」とリディアは言った。
「妨害の話の後に料理するのか」とコメントが来た。
「止まらないと言ったので」とリディアは答えた。
コメント欄に「この切り替えが令嬢らしい」「飯は継続宣言だ」「草」が流れた。
固形スープの素をお湯で溶いた。
エルダ製フライパンで魔豚の薄切り肉を炒めた。
音が来た。ジュアアッという音が広場に響いた。
スープに炒めた肉を加えた。
「肉のスープです。通達の日でも、朝食は食べます」
コメント欄に「今日一番笑った」「哲学がある」「腹が減ってきた」が流れた。
昼過ぎ、商人が一人来た。
王都の服を着ていて昨日観察していた人間とは別の顔だった。
「少し話を聞かせてもらえますか」と言った。
「どうぞ」
「私は王都の中規模商会の者です。今回の通達について、正直な感想を言いたくて来ました」
「聞きます」
「王都の大商会が後ろにいます。彼らが殿下に働きかけて、この通達を出させた。私たち中小の商会は相談されていない」
「中小商会には影響がありますか」
「あります。取引禁止になれば、ノルド経由で仕入れていたものが全部止まります。私たちにとっては損害です」
「王都の商会全体が賛成しているわけではないですね」
「賛成していない商会が複数あります。ただし公式には声を上げられない」
「なぜですか」
「大商会に睨まれます。取引を切られます」
リディアは少し考えた。
「名前を出せますか、その商会の方々の」
「今は出せません。ただし何かが変わる時、動ける準備はある商会がいます」
「分かりました。覚えておきます」
商人が帰った。
夕方、ヴィランから通信が来た。
【王都の状況をご報告します。通達を出した後、王都内部の中小商会から非公式の反発の声が上がっています。公爵閣下はこれを把握されています。閣下より一言。「ノルドが動いた。次は王都内部だ。焦るな、ただし手は止めるな」とのことです。——ヴィラン】
「父から連絡が来ました」とリディアはにゃん吉に言った。
「何と言っている」
「焦るな、ただし手は止めるな」
「お前にそれを言う必要があるのか」とにゃん吉が言った。
「父なりの応援だと思います」
「素直でない応援だな」
「そういう人です」
夜、コルトが仲間と残っていた。
「明日、王都側が動いてくると思うか」とコルトが言った。
「動いてきます」とリディアは言った。
「通達が拒絶された以上、次の手を打ってきます。物理的な妨害の可能性が高いです」
「街道か」
「街道か、ノルドへの物資の流入を塞ぐか。どちらかだと思います」
「対策は」
「あります。全部ではないですが」
「全部ではない部分は」
「来てから考えます」とリディアは言った。
「今夜考えられることは考えます。来てから分かることは来てから対処します」
「それでいいのか」
「来ていない問題に今夜の時間を使っても仕方がないです。今夜は今夜のうちにできることをします」
コルトが「何をするんだ」と言った。
「仕込みです。明日の配信の準備と、固形スープの素の追加ロットの製造と、フライパンの注文管理です」
「妨害が来るかもしれない夜にそれをやるのか」
「やります。止まらないと言いました」
コルトたちが帰った。
にゃん吉が言った。
「中小商会の男が来たな」
「来ました」
「あれは本物か」
「本物だと思います。王都内部に割れ目があることを知らせに来た。リスクを取って来ている」
「利用できるか」とにゃん吉が言った。
「利用ではなく、利益が一致する相手です。王都の独占が崩れれば、中小商会も自由に動けます。同じ方向を向いている」
「次に繋がるな」
「次の仕事が始まります」とリディアは言った。
羊皮紙を広げた。
明日の仕込みリストを書いた。
固形スープの素の追加ロット。フライパンの注文対応。王都側の次の手への想定と対策案。公爵領への状況報告。
手が動いた。
ノルドの夜が来ていた。
王都が近かった。
でも今夜の仕事は変わらなかった。




