第47話:極厚ポークソテー
朝、ハンスからの荷が届いていた。
木箱に冷却魔導具で保冷されたままの魔豚の塊肉が入っていた。開けると、赤みがかった断面が見えた。脂の入り方が均一だった。
触ると弾力があった。鮮度が良い。
一緒に短い手紙が入っていた。
【うちで一番良い部位を選びました。農村全員で見ます。——ハンス】
「農村全員で見るそうです」とリディアはにゃん吉に言った。
「配信をか」
「ハンスさんの豚が出る回を」
「農夫が自分の素材を配信で見るのか」とにゃん吉が言った。少し面白そうな声だった。
「生産者として当然だと思います」
もう一つ荷が届いていた。
レオンからだった。
エルダ製フライパンの量産一号だった。試作と違って箱に入って届いた。蓋を開けると、布に包まれていた。
取り出すと重さが試作より少し軽かった。表面の仕上げが均一だった。縁の処理が丁寧だった。
底を見た。魔法陣が刻まれていた。線が均一だった。手彫りの試作と、型を使った量産版の違いが出ていた。量産版の方が精度が高かった。
「良い仕上がりです」
魔力を通した。
温まり方が試作一号と同じだった。全体が一度に均一に温まる。中央と端の温度差がない。
「ドランさんの工房とレオンさんの分業が上手く機能しています」
「赤鉄鉱の加工をエルダでやって、仕上げをこちらでやる体制か」とにゃん吉が言った。
「そうです。二か所が連携しているので、どちらか一か所だけでは出せなかった品質になっています」
水晶板を起動した。
「今日は二つお披露目があります」とリディアは言った。
「公爵領の農夫ハンスさんから届いた魔豚肉と、エルダ鉱山都市とユリウス商会が共同で作った量産一号フライパンです」
コメント欄に「ハンスさんの豚だ」「フライパンの量産版きた」「どちらも待ってた」が流れた。
フライパンを持ち上げてカメラに向けた。
「見てください。赤鉄鉱系の鉱石を使っています。熱伝導率が通常の鉄合金の一・四倍です。均一に熱が伝わります」
「何が変わるんですか」というコメントが来た。
「焼き色が変わります。均一に熱が伝わると、素材の全面に同じ温度がかかります。焦げる部分と生の部分が出ない」
「それが肉料理で重要なのですか」という書き込みが来た。
「今日実演します。見れば分かります」
肉の準備をした。
魔豚の肩ロースに相当する部位を厚切りにした。厚さは親指の幅ほど。塩と香辛料を全面に振った。
「常温に戻してから焼きます。冷えた肉を直接高温にかけると、中と外の温度差が大きくなりすぎます」
十五分待った。
その間に広場に人が増えていた。
昨日来たコルトが仲間を連れていた。五人いた。全員が冒険者の装備をしていた。
「仲間を連れてきた」とコルトが言った。
「昨日の話をしたら全員来ると言った」
「試食役をお願いします」
「それが目的だ」とコルトが笑った。
フライパンを熱した。
魔力を通した。魔法陣が光った。
温まっていく感覚が手に伝わった。均一に広がっている。端まで同じ温度になった。
「十分に熱しました。肉を入れます」
肉を置いた。
ジュアアアアッという音が出た。
今まで聞いた中で一番太い音だった。熱伝導率の高いフライパンが、肉の全面を一度に受け止めた時の音だった。
広場に響いた。
コルトの仲間の一人が「うわっ」と声を出した。
香りが来た。肉の脂が高温に当たった瞬間の、香ばしい香りだった。
コメント欄に「音が来た」「画面越しに聞こえた」「なんだこの音」が流れた。
「今の音がフライパンの性能の違いです」とリディアは言った。
「均一な高温が肉の全面に当たると、この音になります。音が均一なら焼き色も均一になります」
「音で焼き加減が分かるのか」とコルトが言った。
「音が変わったら返す目安になります。今は激しい音がしています。これが落ち着いてきたら片面が固まったサインです」
一分三十秒で音が変わった。
「返します」
焼き色が均一だった。端から端まで同じキツネ色がついていた。
「見てください」とリディアはカメラを近づけた。
「全面が同じ色です。均一な熱がかかった証拠です」
コメント欄に「綺麗すぎる」「焼き色が揃っている」「普通のフライパンとは違う」が流れた。
もう一分焼いてから火を止めた。余熱で仕上げた。
「三分休ませます。切る前に休ませると肉汁が落ち着きます」
待つ間、コルトの仲間たちが前に集まってきた。全員が肉を見ていた。
「早く切ってくれ」と一人が言った。
「もう少しです」
「我慢できない」
「三分の我慢が美味さを変えます」
三分経ってから切った。
包丁が入った瞬間、肉汁が出た。
じわりと、切り口から流れ出た。透明な液体が光を受けて輝いた。
断面が見えた。
外側に焼き色の層がある。その内側が均一なピンク色だった。完全なミディアムに仕上がっていた。中央まで均一な色だった。
「全面が同じ焼き加減です」とリディアは言った。
「均一な熱の結果です」
コメント欄が止まった。
一拍後に流れ出した。
「断面が美しい」「肉汁が光ってる」「均一なピンクだ」「このフライパンが欲しい」「どこで買えるか」が画面を埋めた。
「食べてください」
コルトが受け取った。
かじった。
音が出た。表面のカリッとした音と、中のジューシーな感触が同時に来る音だった。
コルトが噛んだ。止まった。
「……」
「感想を」
「肉汁が全部入ってる」とコルトが言った。
「切った時に出たのに、まだ中に残ってる」
「休ませた効果です。肉汁が落ち着いて、均一に分散します」
「焼き色も全面ついてる」
「フライパンの効果です」
「普通のフライパンとこんなに違うのか」
「違います。今まで使ってきたフライパンで同じ厚さを焼くと、端が焦げて中が生になる可能性があります」
「それが解決されてるのか」
「エルダのドランさんとレオンさんが解決しました。私は調理の側を担当しているだけです」
コルトの仲間が全員食べた。
全員が黙った。
一番年長の冒険者が言った。
「俺は長年旅をしている。宿で食べる飯も、野営の飯も、色々食べてきた。この焼き加減は初めて見た」
「外がカリッとして中がジューシーなのが初めてでしたか」
「両方が同時に来るのが初めてだ。普通はどちらかが勝つ。外が固ければ中が固い。中が柔らかければ外が生っぽい」
「フライパンが解決します」
「この道具があれば俺たちでも作れるのか」
「作れます。火加減と時間さえ守れば」
「売ってくれ」
「ユリウス商会で販売します。今日から注文を受け付けます」
午後、注文が入り始めた。
レオンへの通信で報告した。
【フライパン、午後の時点で十五件の注文があります。来週中に届けられますか。——リディア】
返信が速かった。
【量産ラインが動いています。来週中に対応できます。追加の注文が来る予感がするので、ライン増強の準備を始めます。——レオン】
【工房の職人一同より:配信を見ました。音が聞こえました。ドランさんの鉱石と俺たちのフライパンが活躍しているのが嬉しいです。——レオン(工房代表として)】
リディアは文面を読んだ。
「工房の皆さんが見ていたようです」
「農村に続いて工房か」とにゃん吉が言った。
「配信は届いているんですね。作った人間のところまで」
「それが配信の力だろう」
夕方、広場の人込みの中に、昨日と違う顔があった。
にゃん吉の耳が動いた。
「昨日と別の王都商人が来ている」
「増えましたね」
「二人だ。昨日より近い位置で観察している」
「報告が上がって、上の人間が確認しに来た、ということですね」
「そう思う」
リディアは配信を続けながら言った。
「見てもらえれば分かります。止まらないということが」
「止まらないことが抑止力になるのか」
「妨害しても効果がないと分かれば、別の手を考えます。別の手に変わるたびに、こちらは対処しながら前に進みます」
「その繰り返しが続いてきたのか」とにゃん吉が言った。
「ダンジョンから始まって、ずっとそうでした」
夜、配信を終えた。
コルトが最後に残っていた。
「明日も来ていいか」
「どうぞ」
「王都の商人が増えてきているのを気づいているか」
「気づいています」
「奴らが動いてくる前に、ノルドで何か仕掛けておいた方がいいのではないか」
「仕掛けるというより」とリディアは言った。
「仕込みを続けます」
「それだけか」
「固形スープの素の流通を今週中に整えます。フライパンの注文を捌きます。明日は別の料理を作ります。それだけです」
「それが仕掛けなのか」
「仕掛けている間は、向こうはまだ動けません。こちらが止まった時が向こうの機会です。だから止まりません」
コルトが少し考えた。
「……俺が長年ダンジョンで生き残ってきた方法と似ているな」
「どういう方法ですか」
「動き続ける。止まると狙われる。ダンジョンでは立ち止まった時が一番危ない」
「そうだと思います」
「俺たち冒険者と、あんたのやり方は同じなのかもしれない」
「素材を探す意味では同じかもしれません」とリディアは言った。
コルトが帰ると羊皮紙を広げ、明日の配信の構成を書いた。
フライパンの注文対応の段取り。固形スープの素の流通窓口の設定。ハンスへの礼の通信。
「書くことが多いな」とにゃん吉が言った。
「一日が終わるたびに増えています」
「それが成長している証拠か」
「やることが増えるのは良いことです。やることがなくなった時が停滞している時です」
にゃん吉が缶を開けた。
「飲むか」
「飲みません。書いたら寝ます」
「分かった」
魔石灯の光の下でペンが動いた。
ノルドの夜が続いていた。
王都が近かった。
でも今夜の仕事は変わらなかった。




