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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第46話:お湯一杯の美味

 朝、広場に霜が降りていた。


 ノルドは公爵領より北にある。朝の冷え込みが違った。吐く息が白くなった。


 厨房車の側面を開けると、冷えた空気が入ってきた。


 リディアは火を入れた。魔導炉が起動して、すぐに厨房車の内部が温まり始めた。


「寒いですね」


「この辺りの冬は早い」とにゃん吉が言った。荷台の端で丸まっていた。


「もうすぐ本格的に冷えてくる」


「冷えると温かいものが売れます」


「商売の話に変えるのが早い」


「事実です」




 昨夜、広場に来た冒険者が今朝も来ていた。


 名前をコルトといった。三十代の男で、体格が良かった。ダンジョン攻略を生業にしているらしかった。


「昨夜のスープが忘れられなくて来た」と言った。


「買っていきますか」


「いくらだ」


「一個、銅貨二枚です」


 コルトが財布を出した。少し迷ってから五個買った。


「五日分ですか」とリディアは言った。


「一日一個は多いかもしれんが、寒い朝に飲みたい」


「お湯をかけて三十秒で飲めます。ダンジョン内でも使えます」


「火が使えれば、ということか」


「小型の魔石があれば十分です。お湯を沸かせる程度の火力で済みます」


 コルトが固形スープの素を手に取った。指先ほどの大きさだった。


「これだけのものがあれば、荷物が減る。今まで重い保存食を持って入っていた」


「重さが解決するのが一番の強みです」




 水晶板を起動した。


「今日は固形スープの素の正式お披露目です」とリディアは言った。


「量産型の最初のロットが届いています」


 コメント欄に「やっとお披露目か」「道中で試作してたやつだ」「量産されたのか」が流れた。


「まず作り方を説明します。エルダの黒穀、カイロスの海産発酵ペースト、公爵領の干し肉、アランヴァルの香草。四か所の素材が入っています」


 コメント欄に「全部の拠点が入ってる」「繋がってる」「伏線回収みたいだ」が流れた。


「製造工程は三段階です。素材を加工してから合わせて、成形して乾燥させます。量産型は型を使って成形を揃えています」


 型を見せた。


 木製の型だった。レオンの工房が作ったものだった。一度に十個成形できる。


「これで均一な大きさになります。均一なら溶ける速度も揃います」


 お湯を沸かした。


「実演します」


 器に固形スープの素を一個入れた。


 お湯を注ぐと音が出た。素が溶け始める、じわりとした音だった。


 湯気が上がり香りが来た。海の旨味と、穀物の香ばしさと、肉の深みが混ざった香りだった。


 広場に広がった。


 コルトが「また来た、この匂いが」と言った。


「混ぜてください」


 スプーンで混ぜた。三十秒経った。


「飲んでください」


 コルトが飲んだ。


「変わらない」と言った。


「何がですか」


「昨夜と同じ味だ。量産されても同じなのか」


「型で形を揃えて、素材の配合を固定しています。同じ工程なら同じ結果になります」


「それが当たり前のことのように聞こえるが、実際にやるのは難しいんじゃないか」


「難しいです。だから時間をかけました」




 昼になり噂が広まっていて、広場の人が増えていた。


 朝来たコルトが仲間に話したらしかった。昨夜来た商人が家族を連れてきた。


 配信の同時接続数が上がっていた。


 コメント欄に「王都にも売ってくれ」「これが欲しい」「流通ルートはどこだ」が流れ始めた。


「王都からも声が来ていますね」とリディアは水晶板に向かって言った。


「王都には売らないのか」とコメントが来た。


「流通ルートを整えれば届けられます。ただし今はノルドが優先です」


「なぜですか」


「ここで仕組みを作ってからです。急いで広げると品質が保てなくなります」


 コメント欄に「令嬢らしい答え方だ」「焦らないのがすごい」が流れた。




 午後、配信を続けながら追加の実演をした。


 固形スープの素をそのままではなく、応用する方法を見せた。


 お湯で溶いてから、炊いた黒穀を加えた。


「スープ雑炊になります」とリディアは言った。


「それも美味そうだ」とコルトが言った。


「固形スープの素は単独でも使えますが、食材を加えれば別の料理になります。元は素材なので、応用が利きます」


 次に、固形スープの素を油で炒めた。


「炒めると香りが立ちます。炒めてから水を加えると、また別の味になります」


「一個でそんなに使い道があるのか」とコルトが言った。


「まだあります。パンに溶かして塗っても美味いです」


「試していいか」


「どうぞ」


 コルトがパンに溶かした素を塗った。一口食べた。


「……旨い。旨すぎる。シンプルなのに旨い」


「素材の旨味が凝縮されているので、何に使っても旨味が加わります」


 コメント欄に「使い方が無限にある」「一個持ってれば旅が変わる」「量産してどんどん売ってくれ」「王都に届けてくれ頼む」が流れた。




 夕方、人込みの端でにゃん吉の耳が動いた。


 リディアは配信を続けながら確認した。


「何かいますか」


「王都の商人が来ている」とにゃん吉が低い声で言った。


「どういう商人ですか」


「王都の大手商会の者だ。匂いで分かる。ただし今日は買い物客に化けている」


「様子を見に来た、ですね」


「そうだ。配信を報告している可能性がある」


「構いません」とリディアは言った。


「見たいものを見せます」


 水晶板に向き直った。


「今日はここまでです。明日は別の料理を配信します」とリディアは言った。


「ハンスさんから届いた公爵領の魔豚肉と、新しいフライパンを使います」


 コメント欄に「魔豚きた」「ハンスさんの豚か」「フライパンも楽しみ」が流れた。




 夜、コルトが残っていた。


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「あんた、ここで何をするつもりなんだ。ただスープを売りに来ただけじゃないだろう」


「どうして思いますか」


「王都の商人が様子を見に来ていたのを俺も気づいた。そういう注目を受けながら動いているということは、向こうが警戒している何かをしているということだ」


「鋭いですね」


「ダンジョンで生き残るには人を読む力が要る。で、答えてくれるか」


 リディアは少し考えた。


「食べ物と仕組みを届けます」と言った。


「エルダでもカイロスでもアランヴァルでも、同じことをしてきました。廃棄されていたものを食材にして、現地の人間が自分で作れるようにして、流通ルートを繋げます。ノルドでも同じことをします」


「それで王都が困るのか」


「王都は物流を独占することで利益を得ています。別のルートができれば独占が崩れます。だから妨害してきます」


「妨害が来た時はどうするんだ」


「今まで全部対処してきました」


「どうやって」


「食事を作り続けます」とリディアは言った。


 コルトが少し間を置いた。


「……それだけか」


「それだけです。妨害が来ても止まらないことが一番効きます。止まらなければ向こうの手が無力になる」


「単純だな」


「単純なことが一番続きます」


 コルトが「なるほど」と言った。


「明日の配信、また来ていいか」


「来てください。試食もしてもらえると助かります」


「分かった。仲間も連れてくる」




 コルトが帰った後、にゃん吉が言った。


「王都の商人が報告を入れたとしたら、明日以降に動きがある可能性がある」


「来るとしたら早いですね」


「そうだ。ただし最初は様子見が続く。本格的に動いてくるのはもう少し先だと思う」


「その間に仕込みを進めます」


「フライパンの配信か」


「明日はハンスさんの魔豚を使います。フライパンの性能を一番分かりやすく見せるには肉が向いています」


「高火力で表面を焼き固める話か」


「そうです。音と香りが画面越しに伝われば、見ている人間の食欲が引き出されます。食欲が引き出されれば欲しがります。欲しがれば人が動きます」


 にゃん吉が缶を傾けた。


「変わらないな、基本は」


「変わりません。食欲が基本です。人間が食べたいと思う瞬間が、全部の起点です」


 ノルドの夜が来ていた。


 王都が近かった。


 でも今夜やることは変わらなかった。


 羊皮紙を広げた。


 明日の配信の構成を書いた。


 手が止まらなかった。

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