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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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45/84

第45話:黄昏の街ノルド

 一週間、公爵領で過ごした。


 毎朝仕込みをしたし、ギルド食堂の巡回指導の仕組みを作った。固形スープの素の量産型をレオンと詰めた。エルダ製フライパンの分業協定書に署名した。カイロスとアランヴァルに近況確認の通信を入れた。


 七日目の夜、ヴィランから羊皮紙が届いた。


 ノルドの情報だった。




 翌朝、ヴィランに来てもらった。


「口頭でも教えてください」


「はい」とヴィランは言って、羊皮紙を手に話し始めた。


「ノルドは王都から馬車で半日の距離にある中規模の都市です。王都との地理的な近さと、王都の法が完全には及ばないという独自の事情から、王都の規制を嫌う中小の商人や冒険者が集まっています」


「なぜ王都の法が及ばないんですか」


「建国時の特例があります。ノルドはかつて独自の自治権を持っていた街で、その権利の一部が今も残っています。完全な王都の支配下ではないが、完全に独立もしていない。グレーゾーンの街です」


「誰が治めていますか」


「市長が自治を担っています。王都との関係は良好ではないですが、対立するほどでもない。今のところ、という状態です」


「今のところ、ですか」


「ノルドの商人たちは王都に依存している部分もあります。完全に袂を分かつことへの躊躇がある。ただし、利益になる選択肢があれば動く準備はできていると思われます」


 リディアは羊皮紙に書いた。


「王都はノルドをどう見ていますか」


「都合の良い中継地として使っています。王都の商人が規制を嫌う取引をノルドを通して行うことがある。黙認している部分があります」


「その黙認が、今後も続くかどうかは分からない、ということですね」


「そうです。王都側が本気でノルドを締め付けようとすれば、できる。ただしそれをすると自分たちの抜け道も塞がるので、今まで手を出してこなかった」


「私がノルドに入れば、バランスが崩れる可能性がある」


「その可能性はあります」とヴィランは言った。


「ただし公爵閣下は、それでも進むべきと判断されています」


「父がそう言っていましたか」


「昨夜、閣下とこの件を話しました。護衛を同行させることを条件に、進めてよいとのことです」


「護衛というのは」


「公爵家の暗部です。表には出ません。ただし何かあった時に動けます」


 リディアはにゃん吉を見た。


「にゃん吉さんがいますが」


「閣下は両方あった方がいいとおっしゃっていました」


 にゃん吉が缶を傾けた。


「公爵の判断は正しい」と言った。




 出発は翌日にした。


 前日の夜、固形スープの素を新しいロットで五十個作った。量産型の型でレオンの工房が作ったものが届いていた。全部を保温容器と一緒に厨房車に積んだ。


 エルダ製フライパンの量産一号も積んだ。ドランの工房から届いたものだった。試作一号より表面の仕上がりが均一だった。


「道具が揃いましたね」とリディアは言った。


「旅先と比べると手元が豊かだ」とにゃん吉が言った。


「公爵領を拠点にして動くと、補充ができます。旅先では持参した分だけでやるしかなかった」


「それが強みになるのか、今回は」


「なります」




 朝、厨房車が動き出した。


 護衛は三人いた。一人は御者台に乗った。残り二人は後ろを走る別の荷車に乗っていた。全員が普通の商人か旅人の服装をしていた。


 にゃん吉が荷台に乗って耳を立てた。


「護衛の匂いがするが、遠目には分からない」


「それが目的の人たちです」


「腕は立つのか」


「公爵家の暗部なので、問題ないと思います」


「確認しなくていいのか」


「父が選んだ人たちです。信用します」


 道が続いた。


 公爵領の農村を通り過ぎた。ハンスの農村の前を通った。ハンスが畑から顔を上げた。リディアが手を上げた。ハンスが大きく手を振った。


「顔を覚えていますね」とリディアは言った。


「当然だ。あの農夫の豚はうちの配信に何度も出ている」


「そうですね」




 昼過ぎ、街が見えてきた。


 最初に見えたのは煙だった。複数の煙が上がっていた。鍛冶か調理か、両方かもしれなかった。


 次に音が来た。


 活気のある音だった。人の声、馬の蹄、荷車の音が混ざっている。


 カイロスとは違う活気だった。カイロスは開いた港の活気だった。ここは路地の活気だった。


「密度が高いですね」とリディアは言った。


「人が集まっている」とにゃん吉が言った。


「様々な種類の人間がいる。商人、冒険者、それから王都からの逃げ出した人間も混じっている」


「逃げ出した人間」


「王都の規制を嫌って出てきた人間だ。服装で分かる。王都系の良い服を着ているが、くたびれている」


 街に入った。


 路地が細かった。看板が密集していた。何を売っているのか分からない店も混じっていた。


 人がこちらを見た。


 移動厨房車が珍しいのかもしれなかった。子供が走って追いかけてきた。


「何の車だ」と子供が叫んだ。


「料理をする車です」とリディアは答えた。


「料理」と子供が言って、走って先に行った。誰かに知らせに行ったようだった。




 設営場所はヴィランが事前に手配していた。


 街の中央に近い広場だった。四方を建物に囲まれていて、昼でも少し薄暗かった。でも広さがあった。


 移動厨房車を止めた。


 側面を開けた。


 匂いが出た。旅の道中に仕込んでいたものの匂いだった。


 広場の端にいた男が立ち上がった。商人風の服を着ていた。


「何の匂いだ」


「道中で作っていたものです。今夜は配信をしますので、来てください」


「配信というのは、あの水晶板のやつか」


「そうです」


「令嬢の配信か」と男が言った。


 顔が変わった。


「あのバズ猫の配信を作っている令嬢か」


「そうです」


「本物が来たのか」




 夕方、水晶板を起動した。


「ノルドから配信します」とリディアは言った。


「王都から馬車で半日の距離にある街です」


 コメント欄に「ノルドだ」「知ってる街だ」「王都の近くじゃないか」「王都に近づいた」が流れた。


「これから何回か、この街で配信します。今夜は最初なので、街を紹介しながら仕込みをします」


 カメラを動かした。


 広場の周囲の建物が映った。看板が並んでいる。人が行き交っている。


「様々な人が集まっている街です。商人、冒険者、それぞれの事情を持った人たちがいます」


 コメント欄に「王都から来た人間もいる」「ノルドは自由な街だ」「令嬢が来るとは思わなかった」が流れた。


 仕込みを始めた。


 固形スープの素の試作をしながら、明日以降の配信の素材を確認した。


 空気が違った。


 エルダの金属の匂いでも、カイロスの塩の匂いでも、アランヴァルの水の匂いでもなかった。


 人の匂いが濃かった。


 様々な場所から来た人間が集まった街の匂いだった。


「にゃん吉さん、この街はどう感じますか」


「密度が高い」とにゃん吉が言った。


「そしていろいろなものを待っている人間が多い」


「待っているものが何かは分かりますか」


「変化だろう」とにゃん吉は言った。


「王都のやり方に不満があって、別の何かを待っている。ただし自分では動けない人間たちだ」


「動けない理由は」


「王都に依存している部分がある。怖い。先が見えない。そういうところだと思う」


「変化が見えれば動く人たちですね」


「そうだと思う」


 コメント欄に「にゃん吉の分析が鋭い」「ノルドの空気が伝わってくる」が流れた。


「では明日から、変化を見せます」とリディアは水晶板に向かって言った。




 夜、広場に人が集まってきた。


 配信を見て来た人間、匂いに引き寄せられてきた人間、たまたま通りかかった人間が混ざっていた。


 固形スープの素の説明をしながら、試作を配った。


 受け取った人間が飲んだ。


「お湯をかけるだけでこれが飲めるのか」と一人が言った。


「そうです」


「旅先で重宝する」


「冒険者の方ですか」


「そうだ。ダンジョンに持って入れるのか」


「持ち運べます。重さは一個が指先ほどです」


「それは助かる」


 別の人間が「王都にはこういうものがないな」と言った。


「売っていませんか」


「売っていない。似たようなものは高価なものしかない。これは安い素材で作っているのか」


「安い素材です。エルダ鉱山都市の黒穀と、カイロスの海産物の廃棄部分と、公爵領の干し肉です」


「廃棄部分が」


「廃棄するはずだったものが素材になっています」


 男が飲み終えた椀を見た。


「それがこの味になるのか」


「加工の方法次第です」




 配信が終わった後、にゃん吉が言った。


「手応えがあるか」


「あります」とリディアは言った。


「ここの人たちは何かを待っていると言っていましたね。その何かが見えた時の顔をしていた人間が今夜何人かいました」


「何の顔だ」


「良いものを見た時の顔です。知らなかったものを知った時の顔です。変化の入口に立った顔です」


「それが見えたのか」


「前世から人の顔を見る仕事をしていました。慣れています」


 王都が近かった。


 ここからなら王都の城壁が見えるかもしれなかった。見に行かなかった。今夜はまだその必要がなかった。


 羊皮紙を広げた。


 明日の配信の構成を書いた。


 固形スープの素の正式お披露目。量産型の最初の実績になる回だった。


 ノルドの夜が続いていた。

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