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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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44/84

第44話:帰還

 翌朝、久しぶりに天井が低いスタジオの石の部屋で目が覚めた。


 旅先では空か、宿の木の天井を見ていた。久しぶりに石の天井に戻ってきた。


「帰ってきましたね」


 声に出したが、返事がなかった。


 にゃん吉はまだ寝ていた。旅の疲れが出ているのかもしれなかった。神獣も疲れるのかは分からなかったが、起こさなかった。


 水晶板を確認した。


 三か所からの返信が全部来ていた。


 エルダのセルムから。

「角煮丼を今週三回作りました。ヴォルクさんが毎回食べています。ドランさんの工房からフライパンの試作が二号まで出ました」


 カイロスの漁師組合から。

「オイル漬けの一週間後を確認しました。香りが変わっていて驚きました。もう一週間置いたものが食べたいです。タスカさんたちが次回の来訪を楽しみにしています」


 アランヴァルのイルゼから。

「水運組合の食材部門が正式に発足しました。グレンが初回の炊き込みを担当しました。問題なく作れています」


 三か所全部が動いていた。




 朝食を作った。


 久しぶりのスタジオの厨房だった。設備が旅先より整っている。棚に素材が並んでいる。発酵窯がある。魔導フライパンがある。


 シンプルなものにした。


 卵を焼いた。パンを切った。蜂蜜を出した。


 にゃん吉が起きてきた。


「珍しいな、簡単なものを作っている」


「疲れているのかもしれません」


「認めるのか」


「事実です」とリディアは言った。


「旅先では止まれないので動き続けましたが、帰ってきたので少し落とします」


「それでいい」とにゃん吉が言った。


 二人で朝食を食べた。


 静かだった。


 前世も含めてこのくらいの静けさが一番落ち着く、とリディアは思った。




 午前中、ヴィランが来た。


「昨日はゆっくりお休みになられましたか」


「よく眠れました」


「それは良かったです。公爵閣下からお話があります。今日の昼にお時間をいただけますか」


「大丈夫です。ただし昼前にレオンさんと打ち合わせがあります」


「承知致しました。昼過ぎにご用意いたします」


 ヴィランが帰りかけて、振り返った。


「リディア様、配信のアーカイブを確認しましたか」


「まだです」


「エルダ、カイロス、アランヴァルの配信が全部で二十三回あります。累計再生数が出ていました」


「どのくらいですか」


「三か所合計で、四百万を超えています」


 リディアは少し止まった。


「四百万」


「はい。一回の配信の平均が十七万ほどです。アランヴァルの対立の回が特に多く、単独で五十万を超えています」


「ありがとうございます。後で確認します」




 レオンが来た。


 工房の資料を持っていた。分厚かった。


「量産の話から始めましょう」とリディアは言った。


「固形スープの素から始めてください」とレオンが言った。


「昨日の試作を工房に持ち帰って職人に見せたら、全員がすぐに量産できると言いました」


「素材の配合は決まっています。成形の型を作れますか」


「作れます。一週間で試作型を出します」


「並行してエルダ製フライパンの量産ラインも整備してください」


「そちらは今週中に分業の協定書をドランさんと取り交わします」


 二人で次々に項目を確認した。


 固形スープの素の量産。フライパンの分業ライン。保温容器の改良版。カイロスの海産保存食の流通ルートの正式化。アランヴァルの黒穀を原材料として仕入れるルートの開拓。


「まとめると」とリディアは羊皮紙に書いた。


「今月中に着手するものが五つ、来月中に形にするものが三つです」


「多いですが、全部並行して動かせます」とレオンが言った。


「無理がありますか」


「工房の職人が全員燃えています。旅先の配信を全員で見ていたので、自分たちも関わりたいと言っています」


「レオンさんも見ていましたか」


「全部見ていました。工作員が来た回は工房で実況のような状態になっていました」


「それは知りませんでした」


「にゃん吉さんが一瞬で取り押さえた場面で歓声が上がりました」


 リディアはにゃん吉を見た。


「見ていたようですよ」


「知っている」とにゃん吉が渋い声で言った。


「配信中にコメントが来ていた」




 昼過ぎ、父の部屋に通された。


 窓から公爵領の街が見えた。


 父が席についていた。ヴィランが隣に立っていた。


「座れ」と父が言った。


 座った。


「無事に戻ったな」


「はい」


「三か所を回ってきたと聞いている。鉱山、港、湿地の街」


「そうです」


「報告を聞かせろ」


 リディアは羊皮紙を出した。


 エルダ、カイロス、アランヴァルの状況を順番に説明した。各地で何を作り、誰に教えて、どういう仕組みを残してきたか。取引ルートがどう繋がっているか。王都の妨害がどこで来て、どう対処したか。


 父は黙って聞いていた。


 途中で一度だけ口を開いた。


「カイロスで工作員を捕まえた時、お前はどこにいた」


「厨房車の中で仕込みをしていました」


「妨害が来ても仕込みを続けたのか」


「止まる理由がなかったので」


 父がヴィランを見た。ヴィランが無表情で正面を向いた。


 父が何か言いかけて、止めた。


「続けろ」


 話を続けた。


 全部話し終わった後、しばらく沈黙があった。


「公爵領の食材流通の件だが」と父が言った。


「お前が旅先を回っている間に、領内の商人たちから声が上がっていた」


「どういう声ですか」


「お前の配信を見た商人が、公爵領の食材を外に売る機会を作ってほしいと言ってきた。農村の生産者からも同じ声がある。ハンスという農夫が直接、公爵家に申し出てきた」


「ハンスさんが」


「娘の作った料理で魔豚の問い合わせが増えた。もっと広く販路を開きたいと言っていた」


 リディアは少し考えた。


「エルダ、カイロス、アランヴァルのルートと、公爵領の生産者を繋げることができます。それぞれの拠点で食材を需要しているので、供給できます」


「そこまで考えていたか」


「輪郭は旅先で見えていました。具体的にはこれから詰めます」


 父が腕を組んだ。


「一つだけ言う」


「はい」


「無理をするな、とヴィランを通じて言った。聞こえたか」


「聞こえました」


「守っていたか」


「守っていました。やることをやっていただけです」


「やることをやっていただけ、というのがお前の無理だ」と父が言った。


 リディアは少し止まった。


「……肝に銘じます」


「銘じなくていい。ただ、疲れた時は言え」


 父が立ち上がった。


「今夜は食堂で食事をする。連れてこい、その猫も」


「にゃん吉さんに伝えます」


「猫の飯も用意させる」


「神獣です」とリディアは言った。


「神獣の飯も用意させる」




 夕方、ギルド食堂に行った。


 久しぶりだった。旅に出る前より少し変わっていた。席数が増えていた。厨房の道具が一部新しくなっていた。クラウスが整備していたらしかった。


「お帰りなさい」とクラウスが言った。


「ただいまです。食堂の様子を教えてください」


「毎日満席です。カレーパンは今も行列ができています。ライセンスを持った近隣の店でも売っています」


「問題は出ていませんか」


「品質のばらつきが少し出ています。マニュアルがあっても、慣れていない人間が作ると差が出る場合があります」


「巡回指導が必要ですね。週一回、各店を確認する仕組みを作ります」


「誰がやるんですか」


「クラウスさんかギルドの人間にお願いしたいです。確認の基準をマニュアル化します」


「また仕組みを作るんですね」


「仕組みがあれば私がいなくても続きます」




 夜、食堂に父が来た。


 ヴィランと護衛が二人いた。


 食堂の常連の冒険者たちがざわめいた。公爵が来たからだった。


 父は気にしなかった。席についた。


「何があるか」と父は言った。


「今夜は帰ってきたばかりなので、シンプルなものです」とリディアは言った。


「スタミナ丼を作ります」


「それでいい」


 厨房に入った。


 スモーク肉を炙った。タレを絡めた。ご飯に乗せた。温泉卵を乗せた。


 二人分作った。にゃん吉の分は小さい器に少量作った。


 父の前に置いた。


 父が黄身を崩した。タレと混ざった。一口食べた。


 何も言わなかった。


 ただ、二口目に進むのが早かった。


 にゃん吉が自分の器を前足で押さえながら食べた。


「炙り肉が久しぶりだ」


「旅先ではあまり作れなかったので」


「公爵領に戻ったな、という味がする」


「そういうものですか」


「場所の味がする。食材も、道具も、同じでも場所が変わると少し違う」


 父がにゃん吉を見た。


「神獣というのは、そういうことを言うものなのか」とつぶやいた。


「言います」とリディアは答えた。


「初めて聞いた」


「机の上では分からないことを知っています」


 父が丼を半分ほど食べてから、リディアを見た。


「次はどうする」


「帰ってきたばかりです」とリディアは言った。


「一週間は公爵領で仕込みをします」


「一週間で次に動くのか」


「動きます。ただし今回は遠くではなくて、王都に近い場所で動きます」


「王都に近い場所とは」


「王都の中ではないですが、近くにある街です。王都系でない商人が集まっている場所があります。そこに拠点を作れれば、王都の内側から別のルートができます」


「王都の近くで動くのか」と父が言った。危険を心配する声だった。


「動ける状況なら動きます。状況次第では変えます」


 父が丼の残りを食べた。


「考えておく」と言った。


「何をですか」


「王都の近くで動く際の、公爵家としての動き方だ。一人で動かせない部分がある」


「ありがとうございます」


「礼は要らん」と父が言った。


「親がやることだ」


 にゃん吉が小さい声で「素直でないな」と言った。


 父が聞こえたかもしれなかった。何も言わなかった。ヴィランが目を逸らした。




 夜遅く、スタジオに戻った。


 石の天井と魔石灯の光があった。


 羊皮紙を広げた。


「また書くのか」とにゃん吉が言った。


「今日確認したことを整理します。明日からやることを書きます」


「帰ってきた日にやることか」


「頭にあるうちに書かないと消えます」


 にゃん吉が缶を開けた。


「それなら、お前は書いたら寝ろ」


「分かりました」


 ペンを動かした。


 今月中に着手するもの。来月中に形にするもの。王都近郊の街の調査。公爵領の生産者との連携。エルダ製フライパンの量産ライン。固形スープの素の商品化。


 書いた。


 石の部屋が静かだった。


 旅先の風音も、運河の水音も、鉱山の金属音もなかった。


 静かな分だけ、頭が整理されていく感じがした。


 これも必要な時間だと思った。


 眠くなっていた。


 魔石灯を少し暗くし、羊皮紙を閉じた。


 明日から始まる。

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