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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第42話:アランヴァル編③ 繋がる点と点

 夜明け前に動きがあった。


 にゃん吉の耳が立った。


「来た」


「どこですか」


「水路の分岐点、三か所同時だ。人を配置している」


 リディアは羊皮紙を置いた。


「イルゼさんに連絡します」


「すでに動いている」とにゃん吉が言った。


「イルゼの人間も昨夜から待機していた」


「準備していましたね」


「お前が昨夜、可能性を伝えていたからだ」




 夜明けの霧の中で、水路の分岐点に人が集まっていた。


 工作員側が五人。水運の組合側が十二人。数で上回っていた。


 リディアはその場に向かおうとした。


「待て」とにゃん吉が言った。


「行かないんですか」


「お前が行く必要はない。イルゼと組合の人間の仕事だ」


「でも」


「お前が今やるべきことは別にある」


 にゃん吉がカウンターの端を指した。


「仕込みだ」




 リディアは厨房車に戻り、火を入れた。


 黒穀の新しい分を浸水させ、昨夜から準備していた出汁を温めた。


 手を動かしながら、水路の方向が気になった。声は聞こえなかった。霧で見えなかった。


「どうなっていますか」とにゃん吉に聞いた。


 にゃん吉は厨房車の屋根に乗っていた。霧の中を見ていた。


「工作員が引き始めた。数で負けていると判断したようだ」


「怪我はありますか」


「なし。声を上げただけで済んだ」


「良かったです」


「イルゼが頭が良い。武力ではなく、人数と証人で対抗した。配信が見ている状況も加わっていたから、工作員も動けなかった」




 水晶板を起動した。


「アランヴァルから配信します」とリディアは言った。


「今朝、水路で動きがありました。水運組合の皆さんが対応しています」


 コメント欄に「昨夜から何かあったのか」「工作員か」「令嬢は大丈夫か」が流れた。


「私は仕込みを続けています。現場はイルゼさんたちが対処してくれています」


 コメント欄に「仕込みを続けてる」「動じてない」「さすがだ」が流れた。


 黒穀を炒り始めた。


 音が出た。ぱちぱちという音が霧の中に広がった。




 三十分後、イルゼが来た。


 顔が少し上気していたが、落ち着いていた。


「終わりました」


「お疲れ様です」


「工作員は退きました。今後また来る可能性はありますが、今日のことが記録に残りました。証人が十二人います。次に来た時は法的に対処できます」


「配信にも記録が残っています」とリディアは言った。


「それが一番大きかったかもしれません」とイルゼは言った。


「映像として残っていれば、誰も否定できません」


 イルゼが厨房車の中を覗いた。


「仕込みをしていたのか、この間も」


「止まる理由がないので」


「組合の人間を連れてきていいか。朝飯がまだの者が多い」


「来てください。ちょうど炊き上がります」




 組合の人間が十人ほど来た。


 全員が朝の対立から戻ってきたばかりだった。疲れた顔をしていたが、どこか気が張った顔でもあった。


「座ってください」とリディアは言った。


 皆が広場の石に腰を下ろした。


 黒穀の炊き込みを盛り付けた。


 今日は少し違う工夫を加えていた。昨日の出汁の残りに、カイロスから持参した発酵ペーストを足して旨味を強くした。仕上げに香草を散らした。


「昨日より良い匂いがする」とグレンが言った。来ていた。


「出汁が昨日のものも使っています。積み重なっています」


「昨日の分が今日の味になるのか」


「そうです」


 全員が受け取り食べた。


 霧の中で、温かいものを食べる人間たちがいた。


 静かだった。声が出なかった。疲れた後に温かいものが来た時の、静かさだった。


 一番年長の組合員が椀を両手で持ったまま言った。


「久しぶりに朝から温かいものを食べた」


「いつもは何を食べていますか」


「昨夜の残りのパンです。水路の仕事は早いので、火を使う時間がない」


「朝から温かいものが食べられれば、仕事が変わりますか」


「変わります。体が動く。今日みたいな対立があっても、腹に何か入っているとやれる気がします」


 コメント欄に「朝飯の重要性だ」「体が動く、という言葉が全てだ」「スパチャ投げます」が流れた。




 昼前、グレンが別の住民を連れてきた。


「こいつに教えてやってくれ。昨日の話を聞いて、自分でも作りたいと言っている」


 グレンが連れてきたのは三十代の女だった。水路沿いの宿屋をやっていると言った。


「宿屋の食事に使いたいんです。うちに泊まる水運の人間は毎日疲れています。温かいものを出せれば喜んでもらえる気がして」


「黒穀はどのくらい手に入りますか」


「市場でたくさん余っています。安いです」


「では毎日作れます」


 宿屋の女にマニュアルを渡した。一緒に一工程ずつ確認した。疑問点に答えた。


「失敗した時はここに連絡してください」とイルゼの連絡先を書いた。


「イルゼさん経由で私に届きます」


「直接連絡できないのですか」


「水晶板の配信は見ていますか」


「見ています」


「コメント欄から質問してください。配信中に答えます」


「それで良いのですか」


「一人の質問は他の人にも役立ちます。公開の場で答えた方が、同じ疑問を持つ人全員に届きます」




 午後、配信を続けていると、にゃん吉が戻ってきた。


「工作員の様子を確認してきた」


「どうでしたか」


「一人が街から出た。王都の方向へ向かっている。報告に戻っているのだと思う」


「報告を受けたセドリックが次の手を出してくるでしょうね」


「早ければ数日で来る」


「では今日中にできることをやります」


 残っていた黒穀を全部使った。


 大量に炊いた。


 広場に来ていた人間全員に出した。


 足りて良かった。




 夕方、イルゼが来た。


「組合として正式に決まりました」と言った。


「何がですか」


「水運組合の内部に、食材の共同購入と保存食の生産をやる部門を作ります。マニュアルを基にして、組合員が持ち回りで朝の炊き込みを担当します」


「早いですね」


「今朝の対立があったから、まとまりやすかった。共通の問題があると人は動きます」


「黒穀の仕入れルートはどうしますか」


「市場で余っているものを買い取ります。当面は安く手に入ります。もし足りなくなったら、生産農家と直接交渉します」


「その時はマリウスさん経由でルートを繋げます」


「助かります」とイルゼが言った。


「一つだけ確認です。名前を使っていいですか」


「私の名前ですか」


「レシピの出典として。リディア・ローゼンベルクの炊き込み黒穀、という形で記録したい」


 リディアは少し考えた。


「構いません。ただし、グレンさんが二回目を一人で作りました。その記録も残してください」


「なぜですか」


「私がいなくても作れるということが重要です。私が作った、ではなく、アランヴァルの人間が作れる、という記録の方が価値があります」


 イルゼがしばらくリディアを見た。


「分かりました。グレンの名前も記録します」




 夜、ヴィランから通信が来た。


【王都の状況をご報告します。アランヴァルの工作員から報告が届いたようで、セドリック殿下が緊急の会議を開いたとの情報があります。エルダ、カイロス、アランヴァルと三か所が連動していることを把握したようです。

「包囲されている」という言葉が出たとの情報があります。——ヴィラン】


 末尾に一行あった。


【公爵閣下より。】


「よくやっている。ただし無理をするな」とのことです。——ヴィラン*


「父から連絡が来ました」とリディアはにゃん吉に言った。


「無理をするなと言っているのか」


「そうです」


「無理をしているのか、お前は」


 リディアは少し考えた。


「していません。やることをやっているだけです」


「それが無理に見えるのかもしれん、外から見れば」


「そうかもしれないですね」


 返信を打った。


【無理はしていません。仕込みを続けています。お父様もお体に気をつけてください。——リディア】


 送信した。


「包囲されていると言ったようですね、セドリックが」


「言ったようだ」とにゃん吉が言った。


「包囲しようとしたわけではなかったです。各地に仕組みを作っただけです」


「結果として包囲になった」


「人が食べたいものを食べられる場所が増えただけです。それが積み重なって、王都を回避するルートが複数できた」


「王都の方が孤立していっているのか」


「自分でそうしています。妨害を繰り返すたびに、別のルートが生まれています」




 夜遅く、グレンが来た。


「一つ聞いていいか」


「どうぞ」


「また来るか」


「来ます」とリディアは言った。


「黒穀の次の工程があります。燻製の話もしていなかった。保存食の種類をもっと増やせます」


「燻製というのは」


「煙で食材を燻す方法です。カイロスでは海産物に使いましたが、黒穀にも応用できます。炊いた後に燻すと、また別の食感と香りになります」


「黒穀を燻すのか」


「試したことはありませんが、できると思います。次に来た時に試します」


「楽しみにしてる」とグレンが言った。




 翌朝、出発の準備をした。


 マニュアルは全部渡してあった。組合の部門設立は決まった。イルゼとの連絡ルートも整備した。


 ヴォルクへの出汁マニュアルの補足を水晶板で送った。カイロスの漁師にも近況を確認する短い通信を入れた。


「三か所が繋がっていますね」とリディアはにゃん吉に言った。


「エルダ、カイロス、アランヴァルか」


「それぞれが別の素材で別の仕組みを作っています。でも全部、廃棄されていたものが基になっています」


「捨てられていたものが、全部の起点だな」


「そうですね。廃棄するものがあるということは、まだ知られていない価値があるということです」


「次もそういう場所に行くのか」


「行きます」


 荷車が動き出した。


 霧がまだあった。ただし昨日より薄かった。


 運河の向こうでグレンが手を上げた。イルゼが腕を組んで立っていた。


 リディアも手を上げた。


 霧の中に消えていく厨房車を、アランヴァルの人間たちが見送った。


「次の目的地は」とにゃん吉が言った。


「公爵領に戻ります」とリディアは言った。


「三か所を回りました。一度帰って、状況を整理します。レオンに厨房車の整備もお願いしたい。ドランのフライパンの量産状況も確認したい」


「帰るのか」


「ただし戻ってから次の計画を立てます。王都がこれだけ動いているなら、こちらも次の手を考える必要があります」


「公爵領でゆっくりできるかな」とにゃん吉が言った。


「できないと思います」


「だと思った」


 道が伸びていた。


 公爵領に向かう道だった。


 羊皮紙を広げた。


 帰ってからやることのリストを書き始めた。


 霧の中を、厨房車が進んでいった。

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