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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第31話:移動厨房

 二日目の昼、木陰に停車した。


 街道を外れた場所に、広葉樹が数本まとまって立っている。日陰になっている。荷馬が休める場所でもあった。


「ここで昼にします」


 クラウスが付き添いで来ていた。御者台に座っていた彼が「休憩ですか」と聞いた。


「調理します」


「移動中にですか」


「停車中です。三十分もらえますか」


「どうぞ」


 厨房車の側面を開けた。


 初めて外で開いた。緑の中に、調理スペースが現れた。魔導炉を起動した。整然と並んだ道具が、木漏れ日を受けて光った。


 水晶板をセットした。


「今日は移動厨房車での初めての調理です」とリディアは言った。


「移動中でも、温かく美味しいものは作れます」


 コメント欄に「始まった」「外だ」「どこにいるんだ」「移動しながら配信してるのか」が流れた。


 ダッチオーブン風の魔導鍋を出した。レオンが厨房車用に設計した、ひとまわり小さい版だった。


 公爵領を出る前に保温容器に入れておいた燻製魔豚の塊を取り出した。厚切りにした。根菜を荷台から出してきた。ドウグがくれた魔薯と、道中で採取した野生の根菜が混ざっている。


「煮込みます」


 鍋に水を張った。魔導炉の火が均等に温めていく。肉と根菜を入れた。


 待つ間、コメント欄を確認した。


「うちの村にも寄ってくれ」「移動厨房車ってこういう使い方か」「外で食べるの絶対美味い」が流れていた。


 三十分で根菜が柔らかくなった。


 燻製の香りがスープに移っていた。液体が薄い琥珀色になっている。


「ポトフ風スープです」と言いながら椀に移した。


 クラウスに渡した。にゃん吉にも小さい椀で出した。


 クラウスが一口飲んだ。


「……燻製の香りがスープに入っています」


「素材の香りが溶け出します。煮込むことで一体化する」


「移動しながらこのクオリティが出るのか」とクラウスが言った。


「停車すれば据え置きとほぼ同じです」


「移動厨房車というのはこういうものですか」


「これが本来の使い方です」


 にゃん吉がスープを一口飲んだ。


「燻製の深みがスープになっている」


「昨日燻して今日煮込んだ分、馴染んでいます」


「時間が仕事をした分か」


「そういうことです」


 木漏れ日の下で、三人と一匹がスープを飲んだ。


 コメント欄に「野外で食べるやつが羨ましい」「移動しながらこのクオリティは反則だ」「スパチャ投げます」が流れていた。




 四日目の夕方、景色が変わった。


 緑が減った。


 木の本数が減り、草の色が薄くなっていった。代わりに赤茶けた岩が増えた。道の両側が岩肌になった。空気に鉱物の匂いが混じり始めた。


 やがて黒い煙が見えた。


 地面から上がっているのではなく、建物の煙突から上がっている煙だった。複数本、遠くに並んでいる。煙の色が黒に近い。鉱石の精錬に使う炉の煙だとクラウスが教えてくれた。


「エルダです」


 街に入った。


 音が変わった。金属を叩く音が遠くから聞こえる。荷車の車輪が石畳を踏む音が増えた。人が増えた。


 人の顔が疲れていた。


 一人一人の顔を見た。全身に泥と黒い粉をつけている。手が荒れている。目の下に影がある。それでも歩き続けている。仕事から帰る人間の動き方だった。


 手に持っているものを見た。


 干し肉とパンだった。歩きながら食べている人間が何人もいた。パンが固そうだった。干し肉を噛み切る力が必要そうだった。


「これが毎日の食事か」とにゃん吉が小声で言った。


「そのようですね」


「疲れた顔をしているのは仕事のせいだけではなさそうだな」


「食事が貧しいと体が回復しません。疲れが抜けないまま次の日が来る」


 移動厨房車がゆっくり進んだ。


 鉱夫の一人がこちらを見た。厨房車に書かれた紋章を見た。その横に立てかけてある水晶板を見た。


 固まった。


 隣の鉱夫に何か言った。その鉱夫もこちらを見た。


 連鎖した。少しずつ、視線が集まってきた。




 ギルドの建物の前で、男が待っていた。


 四十代ほど。がっしりとした体型で、腕が太かった。顔に古い傷がある。職長の証章を胸につけていた。


 移動厨房車が止まると、男が駆け寄ってきた。


「本当に……本当に来てくれたのか」


 声が太かった。だが震えていた。


「参りました」とリディアは言った。


「お待たせしました」


「配信でのコメントを見てくれていたのか」


「全部見ています」


 男が一度だけ目を瞑った。開けた時、目が赤かった。


「ありがとう」とだけ言った。


「ヴォルクさんですか」と聞いた。


 コメントのアカウント名から推測していた名前だった。


「そうだ。ヴォルクだ。鉱山ギルドの職長をしている」


「場所を借りていいですか。鉱山前の一角に厨房車を設置します」


「どこでも使ってくれ。全部開ける」




 鉱山の入口前の広場に厨房車を移動した。


 側面の扉を大きく開いた。


 魔導炉を起動した。魔法陣が光った。温度が上がり始める。


 荷台から素材を出した。


 仕込んできたスモーク肉の塊。にゃん吉が摘んできた高地の辛味ハーブ。隣国のスパイス。発酵調味料。蜂蜜。


 タレを合わせた。


 発酵調味料に蜂蜜を加えた。香辛料を足した。鍋で温めながら煮詰める。香りが出てきた。甘辛の、濃い香りだった。


 にんにく相当の野草を刻んだ。


 魔導フライパンに油を引いた。にんにくを入れた。


 音が出た。


 ジュアッという音が広場に響いた。


 にんにくの香りが上がった。


 広場から鉱山の方へ、風が運んでいった。


 ヴォルクが「来るぞ」と言った。


 鉱山の入口から人が出てきた。


 最初の一人が鼻を上に向けた。止まった。


 次の一人も止まった。


 連鎖した。


 作業を終えて出てきた鉱夫たちが、一人また一人と足を止めた。香りの方向を向いた。厨房車を見つけた。


 歩いてきた。


 スモーク肉をフライパンに入れた。タレを回しかけた。


 ジュワァァッという音が出た。


 コロッケの時より低く、スタミナ丼の試作の時より強い音だった。スモークの香りとにんにくの香りとタレの焦げる香りが一度に来た。


 広場に人が増えた。


 鉱夫たちが集まってきた。泥と鉱粉のついた顔のまま、全員が厨房車の方を向いていた。


「お待たせしました」とリディアは言った。


 水晶板に向かって言ったのか、集まった鉱夫に向かって言ったのか、自分でも分からなかった。


「本日のスタミナ飯です」


 コメント欄に「着いた」「エルダに届いた」「鉱夫が集まってる」「ジュワァァッの音が最高」が流れた。


 エルダ鉱山ギルドのアカウントから書き込みが来た。


「届いた。本当に来た。全員が待ってた」


 リディアはフライパンを返した。


 肉の両面に焼き色がついた。タレが絡んで光っている。


 ご飯を盛り始める頃には行列ができていた。

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