第29話:スタミナ丼と遠くからの声
朝、クラウスに時間をもらった。
「エルダ鉱山都市のことを教えてください。詳しく」
クラウスが椅子を引いて座った。そして、少し考えてから話し始めた。
「エルダは公爵領から東に四日ほどの距離にあります。鉱山を中心に発展した都市で、人口の大半が鉱夫か、鉱夫相手の商売をしている人達です」
「食事の状況は」
「良くないです。鉱山の仕事は重労働で、一日中坑道の中にいます。食事は休憩中に食べる干し肉と固いパンが基本です。温かいものが食べられるのは帰宅後だけですが、疲れていて料理できない人も多い」
「食堂はないんですか」
「あります。ただし質が良くない。食材の流通が乏しくて、鉱山都市まで新鮮なものが届きにくい。結果として塩漬けと干物が中心になっています」
「魔物は出ますか」
「鉱山の深部から出ます。ただし鉱夫ではなく、専門の討伐隊が対応しています。素材としての魔物は豊富にいますが、調理する技術がないので廃棄されているものも多いと聞きます」
リディアは書いた。
「現地で自生している食材は」
「高地の芋類があります。標高が高くても育つ種類で、デンプンが多い。あとはにんにく系の野草が群生しているという話を聞いたことがあります」
「それは」
「それを使った料理を作ろうとしている顔ですね」とクラウスが言った。
「していますが、続けてください」
「以上です。あとは行ってみなければ分からない部分が多いです」
打ち合わせが終わってから、仕込みを始めた。
昨日の燻製肉が残っていた。薄切りのものではなく、塊のまま燻したものだった。一晩置いたので香りが落ち着いている。切ると断面が赤みがかった褐色で、香りが立った。
「スタミナ丼を作ります」とリディアはにゃん吉に言った。
「どういう料理だ」
「ご飯の上に、スモーク肉と濃い味のタレを合わせたものを乗せます。鉱夫向けです。重労働後に食べることを前提にします。濃い味で、カロリーがあって、食欲が落ちていても食べられるもの」
「重労働後に食えるものというのは」
「塩分と油脂と糖分が一緒に来るものです。疲れた体が欲しがる成分が全部入っている」
「それがスタミナ丼か」
「そういうものです」
タレから作った。
発酵調味料を鍋に入れた。蜂蜜を加えた。魔果実の甘みのある絞り汁を合わせた。火にかけて煮詰める。とろみが出てきた。
にんにく相当の野草を刻んだ。
魔導フライパンに魔物脂を引いた。にんにくを入れた。
音が出た。ジュアッという音と、香りが来た。にんにくが油で炒められる香りが部屋に広がった。
にゃん吉の鼻がひくりと動いた。
「強い香りだ」
「にんにくです。疲れた時に効きます」
「神獣には関係ないが、嫌いな香りではない」
焦げる手前でスモーク肉を加えた。タレを回しかけた。タレが熱を受けて煮詰まっていく音がした。じゅうじゅうという音だった。甘辛の香りとにんにくの香りとスモークの香りが混ざった。
ご飯を器に盛った。
肉を乗せた。タレを追いがけした。
「完成です」
試食役はクラウスと若手冒険者が三人だった。
全員に渡した。
最初に口を開いたのは若手冒険者の一人だった。
「……なんですか、この香りは」
「スモーク肉ににんにくダレです」
「食べる前から腹が減ってきました」
「どうぞ」
全員が一口食べた。
沈黙が来た。
クラウスが「仕事終わりにこれを食ったら疲れが吹き飛ぶ」と言った。
「そういうものを目指しました」
「疲れていない今食べても吹き飛ぶ気がします」
「スモークの香りが食欲を引き出して、にんにくが体を刺激します。タレの甘辛さが全体をまとめます」
「三つが全部一緒に来るのか」
「一口目に来るように順番を組んでいます」
若手冒険者の一人がもう一口食べた。
「これは美味すぎます」
「鉱夫向けなので量も重要です。器のサイズを大きくして、肉の量を増やします」
「今のサイズでも十分すぎますが」
「重労働をした後の人間は、これの倍食べます」
夜、配信を始めた。
「遠征用スタミナ飯の開発実験です」とリディアは水晶板に向かって言った。
「移動厨房車が完成した時に最初に作るものを試作しています」
コメント欄に「移動厨房車が楽しみ」「スタミナ飯か」「腹が減る予感がする」が流れた。
フライパンを熱した。
にんにくを入れた瞬間、音と香りが来た。
コメント欄に「音が来た」「にんにくの香りがした気がする」「食欲が出てきた」が流れた。
スモーク肉を加えた。タレを回しかけた。
じゅうじゅうという音が続いた。タレが焦げ始める香りが加わった。
コメント欄に「夜中に見せるな」「腹が減って死にそう」「どこで買えるんだ」が埋まった。
盛り付けた。
大きめの器に、ご飯を盛った。肉を大ぶりに乗せた。タレを追いがけした。にんにくの刻みを散らした。
水晶板に向けた。
「鉱山で重労働をした後に食べることを前提にしています。量は今の倍を想定しています」
コメント欄の流れが速くなった。
その中に、少し違う書き込みが来た。
「エルダ鉱山ギルドの者だ。うちに来てくれ。全員がウンザリしてる。干し肉と固いパンにもう限界だ」
リディアは書き込みを見た。
読み直した。
水晶板に向かって言った。
「エルダ鉱山ギルドの方が来ていますね」
コメント欄に「本物だ」「現地からコメント来た」「繋がった」が流れた。
「移動厨房車が完成次第、真っ先に向かいます」
コメント欄が止まった。
一拍後に爆発した。
「本当か」「来るぞ」「待ってます」「鉱山の飯が変わる」「スパチャ投げます」が画面を埋めた。
エルダ鉱山ギルドのアカウントから、追加の書き込みが来た。
「待ってる。全員で待ってる」
にゃん吉がカウンターから水晶板を覗いた。
「約束をしたな」
「しました」
「守れるか」
「レオンが一ヶ月で仕上げると言っていました」
「信用しているのか」
「仕事を見てきたので信用しています」
配信が終わった後、レオンから通信が来た。
文面が興奮していた。
【配信を工房全員で見ていました。エルダ鉱山からコメントが来た瞬間、職人たちが「あの丼を鉱山で食わせるために厨房車を絶対に予定より早く仕上げる」と言い始めています。当初の一ヶ月を、三週間に短縮できると思います。——レオン】
リディアは読んだ。
「三週間になったようです」とにゃん吉に言った。
「一ヶ月が三週間に縮んだのか」
「配信を見て職人が燃えたようです」
「人間は面白いな」とにゃん吉が言った。
「画面の向こうの鉱夫が待っていると分かっただけで、出力が上がるのか」
「そういうものです。誰かに届くと分かっている仕事と、分からない仕事は、同じ人間でも動き方が変わります」
「お前も同じか」
リディアは少し考えた。
「多分そうです。ダンジョンに来た最初の頃より、今の方が手が速い気がします」
「何が違う」
「届く相手の顔が見えているからだと思います。最初はにゃん吉さんだけでした。今はクラウスさんもレオンもドウグさんも、エルダの鉱夫も、コメント欄も」
「増えたな」
「増えました」
にゃん吉が缶を置いた。
「まあ、悪くない状況だ」
「そうですね」
羊皮紙を広げた。
エルダ鉱山都市の調査リストに、新しい項目を追加した。
「鉱夫の一日のカロリー消費量(概算)」
「現地の食材調達可能品目」
「ギルドとの事前交渉窓口」。
三週間で厨房車が出来る。
出来たら東に向かう。
やることが増えた分だけ、先が見えてきた。




