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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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23/84

第23話:揚げたてカレーパン

 朝、羊皮紙が十二枚届いた。


 公爵家からの契約書の修正版だった。前回リディアが追記した三点が反映されていて、新たに五項目が追加されている。ヴィランらしい仕事ぶりだった。抜けがない。ただし抜けがないがゆえに、条件が増えれば増えるほど細部に確認が要る。


 リディアは一枚目から読んだ。


「朝から難しい顔をして何を読んでる」


 にゃん吉が寝床から声をかけた。


「公爵領との契約書です。第四条の利益配分の比率が、食材の保冷魔法陣の維持費を加味していない計算になっています。このまま進むと輸送コストが利益を圧迫します」


「また条件を追加するのか」


「修正を求めます。父の厚意に甘えて丸呑みにする理由がないので」


 にゃん吉が伸びをした。


「美味いものを届けるには、戦う場所をダンジョンの中だけにしてちゃダメなんですよ」


 リディアは言ってから、少し自分の言葉を反芻した。前世で似たことを思ったことがあった。良いものを作るだけでは届かない。届ける仕組みまで設計して初めて仕事になる、と。


「好きにしろ」とにゃん吉が言った。


「だが朝飯が先だ」


 缶が差し出された。


 マタタビ酒だった。リディアは受け取らなかった。


「私の朝飯はこれじゃないです」


「俺のだ」


「先に食べていてください。私はパンを焼きます」




 パンを焼きながら契約書を読んだ。


 第四条の修正案を余白に書いた。保冷魔法陣の維持費を輸送コストとして別立てにして、利益配分の計算から切り分ける。こうすれば素材の品質に関係なく輸送コストが明確になる。


 第七条に気になる記述があった。


「にゃん吉さん、公爵領の土地の管轄についてどこまで把握していますか」


「そこまで詳しくない。ヴィランに聞け」


「そうします」


 パンが焼けた。切ってバターを塗った。にゃん吉の皿に小さく切ったものを置いた。自分の分は立ったまま食べた。


 契約書の修正箇所に印をつけた。五箇所あった。




 午前中、次の配信の仕込みを始めた。


 前回のカレーの残りを確認した。冷却魔導具で保存していたものだった。一日置いたカレーは旨味が増している。スパイスが馴染んで、最初より深みが出た。


 これをカレーパンの中身にする。


 包丁を取った。


 スパイスの塊をほぐすために、具材を細かく刻む作業があった。指先に薄く魔力を通して、包丁の刃に沿わせる。魔物食材の余分な魔力が刃に誘導されて、素材のクセだけが削ぎ落とされていく。


 均一な動きだった。


 止まらなかった。前に止まっていた場所で、今は止まらなかった。


「……手元、ブレなくなったな」


 にゃん吉がカウンターの端から言った。見ていたとは思っていなかった。


「震えなくなりました」


「いつからだ」


「はっきりした日はないです。気づいたら変わっていました」


 にゃん吉が缶を傾けた。それ以上は何も言わなかった。言わないことが、この相棒の褒め方だとリディアは分かっていた。




 パン生地を作った。


 発酵窯で膨らませた生地を、手のひら大に分けた。カレーの具を中央に包んで、成形する。丸く閉じて、継ぎ目をしっかり押さえた。


 仕上げに細かいパン粉を全面にまぶした。


「二度揚げします」とリディアは後で確認用に羊皮紙にメモした。


 一度目は低温で。生地に火を通す。引き上げて休ませる。二度目は高温で。表面を一気に固める。時間は短い。引き上げた瞬間に音が変わった。


 皿に乗せた。


 触ると、表面がカリッとしていた。




 配信は夕方に始めた。


 タイトルは「いつでもサクサクのカレーパン」にした。


 試食役はガルム、クラウス、若手冒険者が二人。


「今夜はカレーパンです」


 皿を持ち上げた。


 コメント欄に「カレーパン?」「揚げパンか」「中にカレーが入ってるの?」が流れた。


「ガルムさん、持ってみてください」


 ガルムが受け取った。大きな手のひらに、カレーパンが一個乗った。


「片手で持てますか」


「余裕だ」


「歩きながら食べられるサイズにしています。遠征中でも食べやすいように」


「気が利いてる」


「かじってください」


 ガルムがかじった。


 音が出た。


 サクッという、乾いた音だった。続けてジュワ、という音。カレーが熱を持っていて、切り口から蒸気が出た。スパイスの香りが広がった。


 コメント欄に「音がすごい」「中から匂いが来てる気がする」「断面を見せてくれ」が流れた。


「ガルムさん、断面を見せてください」


 ガルムが噛んだまま、カレーパンをカメラに向けた。切り口からカレーが覗いている。具が詰まっていた。


「……中まで熱い」とガルムが飲み込んでから言った。


「揚げてから時間が経っても温かさが保たれます。真空保温容器に入れれば三時間は持ちます」


「遠征先で食えるのか」


「食べれます」


「歩きながら食えるカレーかよ」とガルムが言った。もう一口かじった。


「遠征の最高の相棒だな」


 コメント欄に「遠征の相棒草」「でも本当にそれだ」「これなら野営地でも食える」「スパチャ連打」が流れた。


 クラウスが食べた。


「外がサクサクで中が熱い。時間差がある食べ物ですね」


「外と中の温度差です。揚げた後も表面は温度が下がりやすいですが、中は保温性が高い」


「このバランスが気持ちいいです」


 若手冒険者の一人が「前回のカレーも好きでしたが、これは持ち歩けるのが強い」と言った。


「遠征に特化した形です。座って食べるカレーとは別の料理です」


 にゃん吉がカレーパンに前足を当てた。音を確かめるように叩いた。カリッと音がした。


「表面の硬さが均一だ」


「二度揚げの効果です」


「一度目と二度目の間の休ませ方が重要か」


「そうです。一度目で十分に火を通してから、二度目で一気に表面を固める。順番を間違えると中が生になります」


 にゃん吉が食べた。


 しばらく噛んだ。


「……中のカレーが熱い」


「揚げることで中の温度が上がります」


「スパイスが口の中で広がる」


「一日置いたカレーなので馴染んでいます」


「熟成した分か」とにゃん吉が言った。


「昨日より深みがある」


 コメント欄に「神獣の食レポが毎回的確」「熟成した分という表現が詩」「スパチャ投げます」が流れた。




 配信が終わった後、コメント欄の履歴を確認した。


 今夜の数字を確認した。それから過去二週間のデータを並べた。


 数字が変わっていた。


 同時接続の最高値が上がっていることより、平均値が上がっていることに目が行った。毎回来る人間が増えている。初見のコメントより「また来た」「前回も見た」「次も来ます」の割合が増えている。


(固定層が定着してきた)


 コメント欄の掲示板機能を確認した。視聴者同士が書き込めるスペースがある。


「次の配信いつ?」という書き込みが複数あった。


「あの揚げ物真似してみたけど魔力が暴発したw」という書き込みがあった。


「公爵領の市場に謎のポテトが出回ってるらしい」という書き込みがあった。


 リディアは最後の一件を読み返した。


「にゃん吉さん、公爵領の市場でポテトが流通し始めているようです」


「ギルドが動いたのか」


「クラウスが配信後に動いたんだと思います。こちらに相談なしに」


「良いことか悪いことか」


「良いことです。こちらが全部管理しようとするより、各拠点が自律的に動く方が規模が出ます。ただし品質管理のマニュアルが必要です。明日ヴィランに連絡します」


 にゃん吉が缶を開けた。


 その時、水晶板に通知が来た。


 差出人は「R_F_1」だった。


 開いた。


【今夜のカレーパンというやつ、遠征に持っていけるのか。食べてみたい。——父より】


 リディアは少し止まった。


「父が遠征食を欲しがっています」


「送るか」


「保温容器で送ります。ただし揚げてすぐでないと表面の食感が変わります。そこが難しいですね」


 返信を打った。


【揚げてすぐが一番美味いです。公爵領に来た時にお作りします。——リディア】


 送信した。


 羊皮紙を広げた。


 契約書の修正案の最後の確認をした。五箇所の修正点に全部印がついていた。明日ヴィランに送れる状態になった。


 ペンを置いた。


 魔力はランタン一個分から中級魔術まで来た。道具は何もない状態から魔導フライパン、油鍋、発酵窯、保温容器まで揃った。取引先はにゃん吉一匹から、ユリウス商会、冒険者ギルド、公爵家、隣国商会まで広がった。


 技術がついた。ファンがついた。流通が整いつつある。


 魔石灯の光が今夜も変わらず、石の部屋を照らしていた。

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