第22話:餃子
朝、ヴィランからの通信が来ていた。
【王都の状況です。王子殿下への批判が貴族層にも広がりつつあります。国王陛下が直接介入を検討しているとの噂が宮廷内で出始めました。詳細は追って。——ヴィラン】
リディアは読んで、置いた。
「王都の話か」とにゃん吉が言った。
「そうです」
「どうする」
「向こうは向こうです」
羊皮紙を取り出した。今日の仕込みのリストを書き始めた。餃子の皮の粉量、具材の比率、焼き用と揚げ用の個数の配分。数字を並べていくと頭が切り替わった。
王都がどう動いても、今日の食堂は開く。開くなら準備をする。それだけだった。
餃子を作ろうと思ったのは三日前だった。
食堂の常連が増えてきた。ガルムは週に三回来る。若手冒険者の何人かは毎日来る。移住してきた商人の家族が顔を覚えてくれた。
毎日来る人間には、毎日違うものを出したい。そう思った。
カツサンド、冷やし麺、チャーシュー丼。定番は揃ってきた。次は何かと考えていた時に、餃子が頭に浮かんだ。
一口で食べられる。皮が薄ければ冷めても食感が保てる。具材を変えれば飽きない。理由が三つ揃ったので決めた。
皮から作った。
粉に熱湯を加えた。熱湯を使うことで粉が糊化して、もちもちした食感になる。菜箸で混ぜてから、手で捏ねた。
捏ねながら、少し前のことを思い出した。
最初にスライムゼリーを作った夜、手が震えていた。原因が分からなかった。今は分かる。魔力回路が急に開いて、体が処理しきれていなかった。
今は震えていない。
捏ねる手が安定している。力の加減が分かる。どこに力を入れれば生地が均一になるか、感覚として分かる。
(変わったな)
感傷ではなくデータとしてそう思った。追放されてから何週間も経った。数字で言えばその分だけ積み上がっている。
生地を休ませた。
具材を作った。魔豚の挽き肉と、ニラに相当する香りの強い魔草を刻んで混ぜた。発酵調味料、生姜に相当する根系魔草の絞り汁、魔物脂を少量。混ぜる方向を一定にした。タンパク質の繊維を揃えることで食感が変わる。
粘りが出るまで混ぜた。
「具材の準備は終わりです」
にゃん吉がカウンターから覗き込んだ。
「匂いがきつい」
「ニラ系の魔草です。加熱すると変わります」
「本当か」
「食べれば分かります」
皮を伸ばした。
生地を小さく切り分けて、一つずつ丸めた。麺棒で伸ばす。中央を少し厚めに、端を薄く。中央が薄いと包む時に破れる。端が厚いと食べた時に皮の主張が強くなる。
均一に伸ばすのが難しかった。
難しかったが、できた。
以前は「難しくてできない」と「難しいがてきる」の間に大きな溝があった。今はそこが繋がっている。魔力の制御と同じで、感覚が体に入ってきた。
「包みます」
皮の中央に具材を乗せた。端を水で湿らせて、片側を折り曲げた。
ひだを作った。
親指と人差し指で皮の端をつまんで、折る。折って、ずらして、また折る。六回折ると一つのひだが完成する。端から端まで繰り返す。
最初の一個が完成した。
形が揃っていた。
レオンが見ていた。今日は別件の確認で来ていた。
「きれいですね」
「ひだが揃っていると加熱が均一になります。見た目の問題ではないです」
「でも綺麗です」
「それは副次的な結果です」
十個、二十個と包んだ。速度が上がってきた。手の動きが体に馴染んできた。五十個目になると、考えなくてもひだが折れるようになっていた。
配信は夕方から始めた。
試食役はガルム、クラウス、若手冒険者が四人、移住してきた商人の男が一人来ていた。商人は名前をドールと言った。前世の感覚で言えば四十代くらいの年齢に見えた。
「今日は餃子です」とリディアは水晶板に向かって言った。
コメント欄に「ぎょうざ?」「初めて聞く」「どんな料理だ」が流れた。
「薄い皮で肉の具材を包んで、焼くか揚げるかします。皮から作りました」
「皮まで手作りなのか」「令嬢の本気だ」「見たい」が流れた。
まず焼き餃子から始めた。
魔導フライパンに魔物脂を薄く引いた。餃子を並べた。底面を下にして、並べた。
「強火で底面を焼きます」
二分で焼き色がついた。
「お湯を入れます」
フライパンに少量の熱湯を入れた。蓋をした。蒸気が上がる音がした。
「三分蒸らします」
待った。蓋の隙間から蒸気が出ている。匂いが変わってきた。ニラの香りが丸くなって、肉の旨味と混ざった。
「最後に火を強くして、水分を飛ばします」
蓋を開けた。最後に薄く溶いた小麦系の粉入りの水を回しかけた。蓋を再び閉めてもう一分。
開けると、羽ができていた。
フライパンの底全体に、薄い膜が張っていた。その膜が餃子を繋げている。キツネ色の羽が、全部の餃子を一つに繋いでいる。
「皿に返します」
皿を被せて、フライパンごとひっくり返した。
餃子が皿の上に来た。羽が上になった。
薄い、パリパリの羽が扇形に広がって、その上に焼き目のついた餃子が並んでいる。焼き目が均一だった。
コメント欄が「羽ってこういうことか」「綺麗だ」「食欲が刺激される」「この見た目は初めて見た」に変わった。
「ラー油に相当する辛味魔油と、酢醤油を添えます」
小瓶を二つ出した。
「どうぞ」
ガルムが一個取った。タレをつけた。
かぶりついた。
音が出た。羽の部分がパリッと割れた。直後に皮がもちもちとした抵抗を返した。それから。
「……っ」
「どうですか」
「肉汁が」
「弾けましたか」
「弾けた。口の中に全部来た」
コメント欄に「ガルムが言葉を失いかけてる」「肉汁が弾けるやつだ」「パリパリとモチモチが一緒に来るのか」「スパチャ投げます」が流れた。
クラウスが食べた。辛味魔油をつけた方を選んだ。
「辛みが肉の旨味を引き立てている」
「そのためにあります」
「皮の端の部分と中央の部分で食感が違います」
「端を薄く、中央を厚く作っています」
「計算されているんですね」とクラウスが言った。
「計算しています」
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次は揚げ餃子だった。
魔導油鍋に油を張った。最初から高温にした。焼き餃子は蒸らすが、揚げ餃子は水分を使わない。全体を油で包んで一気に仕上げる。
「低温からゆっくり揚げると皮が油を吸います。高温で短時間が正しいです」
入れた。泡が立った。皮が膨らんだ。
二分で引き上げた。
表面が全面サクサクになっていた。焼き餃子より色が薄いが、音が違う。触ると固い。
「どうぞ」
ドールが一個取った。商人の男は今日初めて来たが、試食には積極的だった。
かじった。
「サクサクだ」
「揚げ餃子です。焼き餃子とは全部違います」
「中は同じ具材なのに外の食感が全然違う」
「調理法の違いです。外が変われば食べた時の感覚が変わります」
「……商売で扱いたい素材ですね」と商人らしいことを言った。
「公爵領の流通ルートを通じて売れます。クラウスに相談してください」
ドールがクラウスを見た。クラウスが「後で詳しく話しましょう」と言った。
コメント欄に「食堂でビジネスの話が始まった」「公爵領の経済が動いてる」「令嬢が一つの料理で複数のことを同時に動かしている」が流れた。
にゃん吉が揚げ餃子を前足で押さえた。サクッと音がした。食べた。
しばらくして「焼きと揚げ、どちらが好きか聞くな」と言った。
「聞きません」
「どちらも好きだからだ」
「それが正解です」
配信が終わった後、チャンネルの数字を確認した。
登録者数が過去最高を更新していた。同時接続の最高値も更新した。今夜の投げ銭の総額を計算した。
数字を見て、一つ思った。
(足場が固まった)
感傷的な表現だが、正確だった。最初の夜、にゃん吉の画角に映り込んで、空腹でそこにいた。今は食堂があり、商会との取引があり、ギルドとの契約があり、父が隠れて視聴している。
全部、ここ数週間で積み上がったものだった。
明日の仕込みリストを書いた。
魔石灯の光が今夜も変わらなかった。




