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もふもふ猫神とダンジョン飯  作者: もも
第一部 大陸・ダンジョン編

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第21話:妨害

 朝の通信は緊急だった。


 クラウスからだった。


【配信用の魔導中継器に干渉が入っています。映像が乱れています。ギルドの通信網も一部が不安定です。至急来てください。——クラウス】


 リディアは読んでから、もう一度読んだ。


「来ましたね」


「予告通りだ」とにゃん吉が言った。


 缶を置いた。今朝は飲みかけだった。


「確認に行きます」




 ギルドの通信室は食堂の隣にあった。


 入ると、水晶板が複数並んでいた。そのうちの二枚が、映像が乱れていた。砂嵐に近い状態になって、形が判別できない。


 クラウスが「朝から急にこうなりました」と言った。


 リディアは水晶板の背面を確認した。魔導中継器の接続端子がある。触ると、魔力の流れが乱れている感触があった。一定のリズムで外から干渉が入っていた。


「妨害電波です」


「でんぱ?」


「外から魔力干渉を送り込んで、こちらの通信を乱している。固定の周波数を使っているので、同じ帯域に干渉を入れれば映像が止まる仕組みです」


「止める方法はありますか」


「特定の中継器に頼っているから妨害される。複数の帯域を自動で切り替えながら送信できれば、一つを妨害されても別の帯域に逃げられます」


「そういう装置が作れますか」


「レオンに連絡します」




 通信は一文だった。


【緊急です。多重切替式の魔導中継器が必要です。今日中に来てください。——リディア】


 レオンの返信も短かった。


【向かいます。——レオン】


 二時間後に来た。


 事情を説明した。レオンが水晶板の背面を触った。干渉のリズムを確認した。羊皮紙に何かを書いた。


「できます」と言った。


「基本の魔法陣に帯域切替の術式を追加します。自動切替の速度をどのくらいにしますか」


「向こうが一つの帯域を検知して干渉を合わせるより速ければいいです。三秒以下で切り替わる設定にできますか」


「試みます。改修に四時間ほどかかります」


「その間に配信の準備をします」


 レオンが工具を取り出した。




 リディアはにゃん吉を呼んだ。


「今夜の配信の構成を変えます」


「どう変える」


「妨害が入っていることを、最初に視聴者に説明します。何が起きているかを全部見せる」


「隠さないのか」


「隠す理由がありません。向こうがやっていることを全部出した方が、視聴者に伝わります。妨害した事実を隠して配信すると、映像が乱れた時に視聴者が不安になる。全部説明しておけばそれが逆にコンテンツになります」


「妨害されていることを配信の素材にするのか」


「なります」


 にゃん吉が少し考えた。


「……まあ、お前がそう言うならそうだろう」


「料理は炙りチャーシュー丼にします。スタミナが出るものがいい。妨害をはねのけてスタミナ飯を食う配信にする」


「チャーシューは昨夜の残りがある」


「あります。今日は厚切りにして炙ります。工程が増える分、映像として見栄えがします」




 仕込みをした。


 昨夜煮ておいたチャーシューの塊を取り出した。冷えているので切りやすい。包丁で厚さを揃えて切った。厚さは指の第一関節ほど。薄すぎると炙った時に縮む。


 甘辛ダレを作った。発酵調味料と蜂蜜、魔果実の絞り汁を合わせた。前回より蜂蜜を少し多めにした。炙った時に焦げ目がつきやすくなる。


 温泉卵の準備をした。


 温泉卵は難しかった。黄身だけを半熟にして白身は固める。温度の管理が全てだった。中級魔術の火加減制御で、鍋の水温を一定に保つ。白身が固まる温度と黄身が固まる温度の間をキープする。


 二十分かかった。


 殻を割った。白身が固まっていて、揺らすと黄身がぷるぷると動いた。


「できました」


「毎回どこでそういう知識を」とクラウスが覗き込んで言った。


「前世の記憶です」とリディアは答えた。


 意味は伝わらないと分かっていたが、他に言いようがなかった。




 四時間後、レオンが「完成しました」と言った。


 水晶板の背面に新しい装置が取り付けられていた。小さな魔法陣が三つ並んでいる。


「三つの帯域を二秒ごとに自動切替します。一つを妨害されても、次の瞬間には別の帯域に移っています。追いかけようとしても間に合わない速度です」


「試してみます」


 魔力を通した。


 装置が起動した。魔法陣が順番に光る。切替のリズムが分かった。


 乱れていた映像が、戻った。


 クリアになった。干渉が来ても、次の瞬間には別の帯域に逃げている。映像が安定している。


「完璧です」


「ありがとうございます」とレオンが言った。今日は誇らしそうな顔が最初からあった。




 夜、配信が始まった。


 試食役はガルム、クラウス、若手冒険者が三人。


「今夜はまず報告があります」とリディアは水晶板に向かって言った。


「今朝から王都の方向から通信妨害が入っていました。配信用の中継器に干渉を受けて、映像が乱れていました」


 コメント欄が止まった。


「ユリウス商会のレオン氏に協力していただいて、四時間で多重切替式の中継器を作りました。今は妨害を受けても自動で別の帯域に切り替わります。この映像が届いているということは、妨害が機能していないということです」


 コメント欄が爆発した。


「王都汚すぎる」「令嬢の技術力どうなってんの」「四時間で対応したの怖すぎる」「完全論破」「王子のやることなすこと裏目に出る」「スパチャ投げます」が画面を埋めた。


「報告は以上です。料理をします」


 コメント欄に「切り替えが早すぎる」「妨害の話が三十秒で終わった」「令嬢にとって大した問題じゃなかったのか」が流れた。




 チャーシューを炙った。


 魔導フライパンを高温にして、タレを絡めた厚切りチャーシューを入れた。ジュアッという音が出た。表面にタレが焦げ始める匂いがした。蜂蜜が熱で変化して、甘い焦げた匂いが加わった。


「一面が固まったら返します」


 返した。もう一面を炙る。


 焦げ目が両面についた。タレが固まって、表面に艶が出た。


「盛り付けます」


 ご飯に相当するダンジョン産の穀物を炊いていた。温かいうちに器に盛った。チャーシューを三枚、扇形に並べた。温泉卵を中央に乗せた。


「タレを追いがけします」


 鍋に残ったタレに少量の水を加えて伸ばした。器に回しかけた。


 温泉卵の表面がタレでコーティングされた。チャーシューの焦げ目に光が当たって艶が出た。


 コメント欄が止まった。


 止まってから、じわじわと動き始めた。


「芳醇だ」「脂の香りが伝わってくる」「黄身が崩れる前に食べてくれ」「このビジュアルは反則」が流れた。


「崩してください」とリディアはガルムに言った。


 ガルムが黄身に箸を入れた。


 黄身が崩れた。


 とろりと出てきた。ご飯の上とチャーシューの上を流れた。タレと混ざった。


 コメント欄に「崩れた」「黄身が流れてる」「夜中に見せるな」が来た。


 ガルムが一口食べた。


「肉が炙られてる分、昨日より香りが強い」


「炙ることで脂が高温になって香りが変わります」


「黄身が全部に絡まってる」


「そのために中央に乗せています」


「……美味すぎる。力が爆発する気がする」


 コメント欄に「ガルムがポエムになってる」「力が爆発する草」「でも分かる」「スタミナ飯という概念が正しい」「スパチャ連打」が流れた。


 クラウスが食べた。


「今まで食べた丼の中で一番です」と言った。


「丼という形式が初めてですか」


「ご飯の上に何か乗せるのは今まであまりやりませんでした」


「ご飯は土台です。何を乗せるかで全部変わります」


 若手冒険者の一人が黄身を崩すのが怖くてしばらく眺めていた。別の冒険者に「早く崩せ」と言われて崩した。食べた瞬間に「あ」と声が出た。それだけだった。


「あ、ですか」とリディアは聞いた。


「言葉が出ませんでした」


 コメント欄に「あ、で通じる美味さ」「語彙を失うやつだ」「投げ銭連打」が流れた。


 にゃん吉が丼を食べた。チャーシューを前足で押さえた。炙った部分に爪が当たってカリッと音がした。


「……炙った部分の香りが違う」


「直火で変性しています」


「前回のチャーシューより好きだ」


「炙り方の好みがはっきりしてきましたね」


「食い物には正直だ」




 配信が終わった後、ヴィランから通信が来た。


【王都の状況をご報告します。本日の配信後、王子殿下への批判が民衆から公然と上がり始めています。側近の一人が職を辞したとの情報が入りました。詳細は確認中です。——ヴィラン】


 続きがあった。


【公爵閣下より。「娘が心配なら直接会いに行くべきか」とのご意見が出ています。一応ご報告まで。——ヴィラン】


 リディアは少し止まった。


「父が来ようとしています」


「会いたいのか」とにゃん吉が言った。


「会っても構いませんが、今来られると食堂が忙しい時期に重なります」


「父親に言うことか」


「事実です」


 返信を打った。


【公爵領には今後いつでも来てください。ただし食堂が繁忙期なので、来週以降の方が良いです。ナンも焼けるようになっています。——リディア】


 送信した。


 レオンが帰り際に言った。


「中継器の量産を検討したいです。同じ妨害が他の地域でも起きた時に対応できます」


「量産してください。ギルドの各拠点と公爵領の主要都市に設置します。設置費用はユリウス商会と折半にしましょう」


「商会に確認します」


「確認してください。急ぎで」


 レオンが帰った。


 厨房の片付けをした。


 炙った時の脂の匂いがまだ残っていた。


「明日の仕込みをしてから寝ます」


「今夜もか」とにゃん吉が言った。


「明日の食堂の分です。チャーシューを仕込んでおかないと間に合いません」


「……俺が手伝えることはないか」


 リディアは少し考えた。


「タレの味見をしてください。甘辛のバランスを確認したいです」


「それなら出来る」


 にゃん吉がカウンターに乗った。


 リディアは発酵調味料と蜂蜜を合わせ始めた。魔石灯の光の下で、タレが混ざっていった。


 王子の側近が離反し始めているとヴィランは言った。



 詰みが近いとしても、今夜の仕込みは変わらない。明日の食堂は開く。チャーシューは必要だ。


 それだけだった。

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