第16話:ハンバーガーと甘い香り
燃やした手紙の話は、翌日には王都に届いていた。
ヴィランからの通信が短かった。
【使者から報告を受けました。王子殿下は暫く書斎に籠もっておられるとのことです。公爵閣下は「よくやった」と仰っておりました。——ヴィラン】
末尾に一行。
【閣下より。昨夜のポテト配信、磯辺揚げを三回見返したとのことです。——ヴィラン】
リディアは通信を閉じた。
「父が配信を三回見ています」
「執着するな」とにゃん吉が言った。
「好きなんだろう」
「磯辺揚げをですか」
「お前の配信を」
リディアは少し考えてから羊皮紙を取り出した。次の企画の整理を始めた。
そこにクラウスから通信が来た。
【ギルド食堂の改修準備が整いました。いつでも着工できます。謝礼も込めて、食堂の使用権はリディア様にお任せします。——クラウス】
ギルド食堂は支部の奥にある横長の部屋だった。
テーブルが六つ、椅子が三十脚ほど。薄暗くて、壁が煤けている。厨房スペースは広いが、使われている道具が古い。鉄の鍋と大きな板、それだけだった。
リディアは厨房を一通り確認した。
「ここを配信の拠点として使います。実際にギルド員が食べられる場所にする」
「食堂として営業するんですか」とクラウスが聞いた。
「配信のリアル体験版です。視聴者が見て食べたくなったものを、ここに来れば食べられる。そういう場所にする」
「冒険者が毎日来ます」
「毎日来るなら毎日食べられるものを作ります。ただし今の冒険者飯には問題があります」
「問題、ですか」
「硬いパンと塩漬け肉でしょう。栄養はあるかもしれませんが、ダンジョンで長時間持ち歩いて、取り出した時に美味いものが何もない」
クラウスが苦笑した。
「おっしゃる通りです。遠征に出ると皆、食事が一番の不満になります」
「解決します」
午後、レオンが来た。
「また新しい依頼ですか」と言いながら羊皮紙を取り出した。既に慣れた動きだった。
「魔導発酵・保温パン窯を作ってほしいです」
レオンが書く手を止めた。
「発酵、というのは」
「パン生地を膨らませる工程に時間と温度の管理が必要です。今の異世界のパンは発酵が不十分で硬くなっています。一定の温度を保ちながら発酵を促進できる窯があれば、柔らかいパンが焼けます」
「発酵という技術自体は、この世界にも酒造りや保存食で使われていますが、パンへの応用は」
「ほとんどないと思います。だからやる意味があります」
レオンが書き続けた。
「温度の設定範囲は」
「発酵段階では低め、焼成段階では高め。二段階で切り替えられる構造にしてください。魔法陣で自動制御できれば理想です」
「時間はかかります。二週間以上」
「構いません。今日は先に別の配信をやります。窯は待ちます」
夜の配信はギルド食堂から中継した。
試食役はクラウスと若手冒険者が四人、それからレオンが残った。
「今夜はハンバーガーです」とリディアは水晶板に向かって言った。
コメント欄に「ハンバーガーって何」「初めて聞く」「肉か?」が流れた。
「パンに肉とポテトと魔草の葉を挟みます」
「「「は?」」」
コメント欄が一斉に同じ反応になった。
リディアは少し口角が上がるのを感じながら調理を続けた。
バンズから作った。
今日使ったのは、ギルドの倉庫にあった小麦に近い魔草の粉だった。完全な発酵パンには窯が必要だが、今日は簡易版でやる。粉に魔導フライパンの熱で活性化させた発酵菌を混ぜ、魔力で温度を保ちながら短時間で膨らませた。完璧ではないが、今ある道具で出来る最善だった。
生地を丸めてフライパンで焼いた。表面に焼き色がついた。
「厚みが出ましたね」とレオンが覗き込んだ。
「ちゃんとした発酵窯があればもっと柔らかくなります。今日は試作版です」
肉は昨日仕込んでいた。魔牛の挽き肉に香辛料を混ぜて成形したもの。平たく伸ばして魔導フライパンで焼く。特製の甘辛ダレを絡めながら仕上げた。
ダレは発酵調味料と魔果実のエキスを合わせたものだった。甘みと塩気と酸味が混ざっている。肉に絡んだ瞬間、香りが変わった。
「バンズを切ります」
横から包丁を入れた。断面が出た。思ったよりきめが細かい。
「挟みます」
下のバンズに肉を乗せた。昨日のフライドポテトを数本置いた。魔草の葉を一枚。上のバンズを被せた。
手で押さえて持った。
「どうぞ」とクラウスに渡した。
クラウスが両手で受け取った。少し迷ってから、そのままかぶりついた。
音が出た。バンズのふんわりした抵抗と、肉の焼き目のカリッとした音が重なった。
クラウスが噛み続けた。止まらなかった。そのまま半分食べた。
「……パンと肉とポテトが」
「合体しています」
「一緒に食べるものだったのか」
「一緒に食べると全部の味が変わります」
クラウスが残り半分を食べた。飲み込んでから言った。
「持ち運べますか、これ」
「包めば持ち運べます。冒険者の携帯食に向いています」
「ダンジョンに持って入れますか」
「包み方を工夫すれば三時間は保ちます」
「……」
クラウスが若手冒険者たちを見た。全員がすでに食べ始めていて、全員が黙っていた。
一人が飲み込んでから言った。
「至高の飯だ」
別の一人が「持ち運べる至高の飯だ」と訂正した。
コメント欄に「令嬢が食文化を変えていってる」「ハンバーガーという概念が天才」「公爵領の食堂でこれ出されたら移住する」「挟む発想がなかった」「スパチャ連打」が流れた。
にゃん吉がバンズの端をかじった。
ゆっくり噛んだ。
「柔らかい」
「発酵窯ができればもっと柔らかくなります」
「今でも十分だと思うが」
「上を目指します」
コメント欄に「向上心がすごい」「今でも美味いのにまだ上があるのか」が流れた。
配信の終盤、クラウスが手を挙げた。
「一つ報告があります。ギルドの定期連絡に、少し奇妙なものが入っていまして」
「奇妙なもの?」
「中層の特定エリアからです。冒険者が巡回中に、甘い香りを放つ魔草と魔物が大量発生しているという報告でした。毒性は不明で、手をつけていないんですが」
リディアは手を止めた。
「甘い香りですか」
「ええ。花のような、果物のような、とにかく甘い香りだと。近づくと眠くなる個体もいるらしく、冒険者が警戒して立ち入り禁止にしています」
リディアはにゃん吉を見た。
にゃん吉の耳が前を向いた。
「覚えはありますか」とにゃん吉に聞いた。
「中層に甘い香りのエリアが生まれることは、稀にある」
「稀に」
「ダンジョンの魔力濃度が変化した時に、特定の素材が集まることがある。甘い香りなら蜜系か、糖質を多く持つ魔草の群生だと思われる」
「食材として使えますか」
「可能性はある。ただし眠気を誘う個体がいるなら、成分の確認が要る」
リディアは羊皮紙を取り出した。
「調査に行きます」と水晶板に向かって言った。
「甘い香りの正体を確かめて、使えるなら配信で使います」
コメント欄に「スイーツ回来るか」「甘いやつ待ってた」「令嬢がお菓子作ったらどうなる」「絶対見る」が流れた。
配信が終わった後、リディアとにゃん吉だけになった。
「本当に調査に行くのか」とにゃん吉が言った。
「行きます。甘い素材が手に入るなら企画の幅が広がります」
「眠気を誘う個体がいると言ったが」
「あなたがいれば大丈夫です」
「買いかぶりだ」
「今まで一度も頼って失敗していないので」
にゃん吉が缶を傾けた。
「お前は俺への信頼が高すぎる」
「実績に基づいています」
缶を置いて、にゃん吉が静かに言った。
「……甘い香りのエリアは、ダンジョンが活性化している証拠でもある。良いことだけとは限らない」
「それも含めて確認します」
「分かった。明日、先に俺が気配を見てくる。お前は仕込みをしていろ」
「発酵パンの試作をします」
「窯がないのに」
「今ある道具で出来ることを続けます。窯が来てからでは遅いです」
にゃん吉が「変わらんな」と言った。
褒めているのか呆れているのか、どちらとも取れる声だった。
リディアは羊皮紙に「スイーツ素材・調査」と書いた。
その下に「発酵パン・試作継続」と書いた。
やることが増えていく。増えるたびに、何かが前に進んでいる気がした。
魔石灯の光が、今夜も部屋の隅まで届いていた。




