第15話:魔薯(じゃがいも)料理
朝、クラウスが来た。
顔色が良くなかった。
「どうかしましたか」
「相談があります」とクラウスは言って、帽子を脱いだ。
「農村の拠点から連絡が来まして」
話を聞いた。
今季、公爵領の農村地帯で魔薯の豊作が続いた。市場に大量に出回ったため値が崩れ、売れ残りが農村とギルドの倉庫に積み上がっている。魔薯は他の食材より日持ちするが、限度がある。このまま消費できなければ廃棄になる。量が多すぎて処理しきれないとのことだった。
「量はどのくらいですか」
「荷車で八台分です」
リディアは少し計算した。
「全部買い取ります」
クラウスが目を丸くした。
「全部、ですか」
「格安でいいですよ。廃棄するくらいなら売ってもらえますよね」
「それは構いませんが……八台分を全部使い切れますか」
「じゃがいもは調理法で化ける食材です。蒸すか煮るかしか使い道がないと思っているから余るんです」
クラウスが首を傾けた。
「他にどんな使い方が」
「今夜の配信で見てください」
午前中に荷車が届いた。八台分の魔薯が、スタジオの前の通路に積み上がった。大きさが不揃いで、泥がついているものもある。見た目は素朴だが、触ると密度が高い。
ユリウス商会の開発担当から連絡が来ていた。
【新しい試作品を持参してもいいですか。——開発担当・レオン】
返信した。来てもらうことにした。
昼過ぎにレオンが来た。今回は細長い箱を抱えていた。
「魔導油鍋です」と言って蓋を開けた。
「油の温度を一定に保つ魔法陣を組み込みました。使用者が設定した温度から上下二度以内に自動で調整されます」
取り出して確認した。深めの鍋で、側面に目盛りが刻まれている。底部の魔法陣が、油量と温度を感知する仕組みになっているらしい。
「揚げる調理法をやる予定ですか」とレオンが聞いた。
「揚げます。温度の安定が全てですから、これは助かります」
「揚げるというのは、この地域ではあまり一般的ではないですよね」
「油が高価なのと、温度管理が難しいのが理由だと思います。道具があれば広まります」
レオンが羊皮紙を取り出した。メモを始めた。このやり取りが毎回ある。開発担当としての仕事の仕方が、リディアのやり方と似ていた。
配信の準備を始めた。
魔薯を洗って、用途ごとに分けた。細く切るもの、くし形に切るもの、丸ごと使うもの、潰すもの。並べると思ったより種類が増えた。
にゃん吉がカウンターから眺めていた。
「ただのポテトをそんなに分けるのか」
「切り方で食感が変わります。全部違う料理になります」
「信じられんな」
「見ていてください」
魔導油鍋に油を張った。レオンが試作品の初起動を緊張した顔で見守っていた。魔法陣に魔力を通すと、底から均等に熱が広がった。目盛りの数字が上がっていく。
「安定していますね」
「ありがとうございます」とレオンが言った。安堵した声だった。
配信が始まった。
試食役はクラウスとレオン、それからギルドの若手冒険者が二人。全員がカウンターの前に並んでいる。
「今夜は魔薯だけを使います」とリディアは水晶板に向かって言った。
「捨てられるはずだった食材です。蒸すか煮るかしか使い道がないと思われていました」
コメント欄に「魔薯ってあれか」「普通の芋じゃないの」「どう化けるんだ」が流れた。
まず細切りから始めた。
均一な細さに切って、水にさらした。でんぷんを抜く。十分置いてから水気を切った。
「一度目は低温で揚げます」
油に入れた。しゅわ、という音が出た。泡が細かく立つ。温度が低いので激しくはない。ゆっくりと火を通す。三分で引き上げた。この段階では色がついていない。柔らかい状態で止める。
「二度目は高温です」
油の温度を上げた。魔導油鍋の魔法陣が反応して、数字が動く。設定温度に達した瞬間、同じポテトを戻した。
音が変わった。
ジュアアアッ、という激しい音。表面の水分が一気に飛ぶ音だった。泡が大きく立って、すぐに収まる。三十秒で引き上げた。
色がついていた。黄金色だった。
皿に出して、塩を振った。
「どうぞ」
クラウスが一本取った。
かじった。
音が出た。カリッ、という乾いた音。続けてザクッ。
クラウスが止まった。
「……何ですかこれは」
「フライドポテトです」
「外が固くて中が柔らかい。なんでこうなるんですか」
「二度揚げです。一度目で中まで火を通して、二度目で外だけ素早く固める。温度と時間の問題です」
コメント欄に「音が聞こえた気がした」「カリッって画面越しに伝わってくる」「今すぐ食いたい」が流れた。
次はくし形のウェッジカットを揚げた。厚みがあるので時間が変わる。低温でじっくり、高温で仕上げる。出てきたものは外側がザクザクで、中がホクホクになった。
「厚さが違うだけで食感が全然違う」と若手冒険者の一人が言った。
「切り方で変わります」
次はポテトボールだった。
魔薯を茹でて潰した。塩と少量の魔物脂を混ぜて、滑らかにする。中央にユリウス商会から仕入れていた魔界チーズを一切れ入れて、丸く包んだ。
揚げた。
表面が固まったところで皿に出した。
「切ります」
真ん中からナイフを入れた。
チーズが伸びた。
とろりと、糸を引きながら出てきた。黄色い、濃いチーズが、切り口から溢れるように伸びる。
コメント欄が止まった。
止まってから、爆発した。
「チーズが伸びてる」「やばい」「なんで伸びるの」「このビジュアルは反則」「スパチャ投げます」「夜中に見せるな」。
レオンが「食べてもいいですか」と前のめりになった。
「どうぞ」
口に入れて、目が細くなった。
「……外はカリカリで中が柔らかくてチーズが」
「続けてください」
「チーズが口の中でまだ伸びてます」
コメント欄に「食レポが正直すぎる」「商会の人がダイレクトだ」「にゃん吉の反応は」が来た。
にゃん吉がポテトボールを前足で掴んで食べた。
チーズが前足に絡まった。
にゃん吉の顔が固まった。前足を見た。チーズが糸を引いている。
「……」
「ウェットティッシュ代わりのものを取ってきます」
「要らん」
にゃん吉がチーズを舌で舐め取った。それがまたコメント欄を爆発させた。「猫がチーズ取ってる」「可愛すぎる」「スパチャ連打」。
最後はトマトソースとけた磯辺揚げだった。
ピリ辛のトマト系魔果実をソースにしたものと、青のりに似た海藻系魔草を衣に混ぜたものを揚げて並べた。二種類を皿に盛ると、色が対比になった。赤と緑。
「味変です」とリディアは言った。
「同じポテトでも味付けで全部変わります」
冒険者の一人がトマトソースをつけて食べた。
「辛い。でも止まらない」
もう一人が磯辺揚げを食べた。
「海の匂いがする。なんか懐かしい気がする」
「どこかで嗅いだことがある匂いです」
「ダンジョン産の魔草ですけどね」とリディアは言った。
コメント欄に「今日うちの夕飯じゃがいもにするわ」「公爵領の店舗でこれ出されたら毎日通う」「ポテトを見る目が変わった」「令嬢の配信見てから食への解像度が上がってる」が流れた。
クラウスが四種類全部を少しずつ食べてから言った。
「八台分、買い取り先が決まりそうです」
「どこにですか」
「うちのギルド員全員分と、公爵領の拠点に少しずつ。揚げ方を教えれば現地でも作れます」
「マニュアルを作ります。魔導油鍋のプロトタイプも貸し出せますか」とレオンに聞いた。
「商会に確認しますが、おそらく問題ありません」
コメント欄の流れが、配信が長くなるにつれて増えていた。途中からガルムのチャンネルで告知が出たらしく、冒険者系のコメントが増えた。「ガルムに言われてきた」「冒険者飯の参考にする」「野営地でこれ作れるか?」という質問がいくつも来た。
配信が終わった後、スタジオに使者が来た。
王都の紋章が入った封筒を差し出した。
「セドリック・ヴァルム第一王子殿下より、リディア・ローゼンベルク様へのお手紙です」
リディアは封筒を受け取った。
「返事はいつ頃」と使者が聞いた。
「お待ちください」
その場で開けた。
読んだ。
一枚だった。内容を確認した。要点は一つ。戻ってこい、という内容だった。事情の説明も詫びの言葉も形式的で、中心にあるのはその一点だった。
リディアは手紙を折り直した。
魔導油鍋の火がまだついていた。
揚げ終わった後の油を処理しようとしていたところだった。
手紙を鍋の脇の燃料用の小さな台に置いた。
「良い燃料ですね」
台に置いたまま、火に当てた。紙が端から燃えた。
使者が固まっていた。
「お返事はそちらです」とリディアは使者に向かって言った。
「殿下にそのままお伝えください」
使者が何か言いかけて、止めた。頭を下げて出ていった。
にゃん吉が見ていた。
「燃やしたな」
「読んで燃やしました」
「怒っているのか」
リディアは鍋の油を処理し始めた。配信後の片付けをする手が、いつもと変わらない速度で動いている。
「怒る必要がないです。向こうの都合で動いた人が、向こうの都合が悪くなったから声をかけてきた。それだけの話です」
「冷たいな」
「冷静です」
油を移し終えてから、鍋を洗った。
にゃん吉が缶を開ける音がした。
「ポテトが余っている」とにゃん吉が言った。
「揚げますか」
「揚げてくれ。磯辺揚げのやつを」
リディアは油鍋に火を入れた。
魔法陣が光って、温度が上がり始めた。
窓のない石の部屋で、魔石灯と油鍋の熱が、静かに空気を温めていた。




