第12話:ギルドの使者
朝、水晶板の通知欄を開くと、昨夜の配信中に入った高額スパチャの履歴が並んでいた。
末尾に「R_F_1」のアカウントが一件。金額が他と桁が違った。
リディアはしばらくその数字を見た。
「父が使い方を覚えてきましたね」
「金の使い道を間違えている」とにゃん吉が言いながら皿を舐めた。
朝食の残りだった。
「投げ銭より直接送金した方が額が大きく届く」
「視聴者として楽しんでいるんだと思います。止めません」
にゃん吉が皿から顔を上げた。
「お前は親に甘いな」
「視聴者に甘くしているだけです」
そこに扉を叩く音がした。
入ってきたのは四十代ほどの男だった。
冒険者ギルドの支部長章を胸につけている。体格が良く、元冒険者だと遠目にも分かる動き方をしていた。名前をクラウスと言った。
「突然で失礼します。廃ダンジョン管理ギルド、現地支部の者です」
「どうぞ」とリディアは椅子を示した。
クラウスが座った。スタジオの内部を一度見渡してから、視線をリディアに戻した。
「単刀直入に申し上げます。ガルム殿とのコラボ配信以降、このダンジョンに殺到する冒険者の数が三倍になりました」
「把握しています」
「しかし問題があります。深層モンスターの素材価値が配信で広まったはいいが、解体と調理の方法を知っている冒険者がほとんどいない。素材を持ち帰っても処理できず、廃棄されるケースが続出しています。ギガントクラブの爪を苦労して取ってきたのに、甲殻の外し方が分からなくて丸ごと捨てた者もいました」
「もったいないですね」
「そこでお願いがあります。ギルドの公式依頼として、『深層モンスター素材の解体と調理講習』を配信でやっていただけませんか。依頼料はギルドが正式に支払います。冒険者への技術共有と、配信の素材、双方にメリットがあると考えました」
リディアはにゃん吉を見た。にゃん吉が尻尾をぱたりと動かした。意見はないという動きだった。
「条件を聞かせてください」とリディアは言った。
「依頼料は魔石換算で——」
「金額より先に内容を聞きます。講習の形式、頻度、対象素材、ギルド側が求める水準を教えてください。そちらが固まってから金額の話をします」
クラウスが少し目を丸くしてから、話し始めた。
三十分かけて条件を詰めた。月二回の配信講習、対象はダンジョン産の食材に限定、内容の構成はリディアに一任、ギルドは場の提供と告知の拡散を担当する。
「依頼料の話をします」とリディアは言った。
「ギルドが提示する額の一・五倍で受けます」
「それは……」
「ただし超過分の半分は講習参加者への食材配布に使います。食べて覚える方が早い。残りはスタジオの維持費に充てます」
クラウスがしばらく考えた。
「……承りました。ギルド長に確認を取りますが、おそらく通ります」
「では正式な書面を作ってください。公爵家の執事長ヴィランの連名で確認を取ります」
「公爵家が……」
「問題がありますか」
「いえ。むしろ心強い」
クラウスが帰った後、にゃん吉が言った。
「ギルドまで引き込むのか」
「向こうから来たので受けただけです」
「一・五倍を即座に出したのは計算か」
「提示額の予測がついたので。低すぎる額で受けると次の交渉で足元を見られます。最初に適切な水準を示しておく方が長期的な関係が良くなります」
「……お前と交渉したくないな、俺は」
「パートナーなので交渉しません」
ギルド講習の事前配信は五日後に設定した。
内容は「深層モンスター素材の基礎解体と、初心者向け調理法」。
対象視聴者を冒険者層に絞った告知を出した。ガルムが自分のチャンネルで告知を手伝うと申し出たので承諾した。
配信当日、スタジオに素材が運び込まれた。ギルドが用意したコカトリスの羽毛を除いた胴体と、スライムモドキの核が数個。
リディアが解説の順序を確認していると、扉が鳴った。
クラウスではなかった。
入ってきたのは三人組だった。全員が王都の文官服を着ている。代表格らしき痩せた男が、巻物を持って前に出た。
「ローゼンベルク令嬢。王都法務局の者です。この配信は王家の正式な許諾を得ていない違法行為に当たります。即刻停止してください」
水晶板はすでに起動していた。
リディアは振り返って文官を見た。
次に水晶板を見た。
コメント欄に「また来た」「今度は法務局」「令嬢大丈夫か」が流れ始めた。
「少し待ってください」とリディアは言った。
「何を待つのですか。これは命令です」
「書類を取ってきます。立っていてください」
棚から羊皮紙の束を取り出した。三枚選んで、文官の前に置いた。
「一枚目。ローゼンベルク公爵家と王家の間で取り交わされた合意書の写し。公爵家令嬢が独自に事業を行う権利は、今次の国王陛下への抗議の和解条件として認められています。王家が認めた活動です」
文官が書類を見た。顔色が変わった。
「二枚目。ユリウス商会および冒険者ギルドとの正式契約書。商業ギルドの認証印が押されています。不正取引ではありません」
「し、しかし配信自体の許諾が——」
「三枚目です」
リディアは最後の一枚を示した。
「この場所は神獣・主夜神の聖域として登録されています。神獣の聖域内での活動は王法の管轄外です。これは建国時からの条約に基づくものであり、王法務局の権限が及びません」
沈黙。
三人の文官が顔を見合わせた。
コメント欄に「全部潰した」「書類を用意してあったのか」「令嬢強すぎる」「使者三連敗」が流れた。
痩せた文官が巻物を持ったまま固まっている。
「他に何かありますか」とリディアは聞いた。
「……いえ」
「では講習を始めます。折角来ていただいたので、試食役をお願いします。そこに座ってください」
「試……食?」
「来客に食事を出すのは礼儀です」
文官三人は、どういうわけかそのまま座った。
講習は予定通り進めた。
コカトリスの解体から始めた。羽の付け根の切り方、胸肉と腿肉の分け方、骨を残して旨味を逃がさない処理。実演しながら説明する。
コメント欄に「分かりやすい」「初めて見た」「ギルドの新人に見せたい」が流れた。
調理は「魔牛ガーリックスタミナ丼」にした。
ギルドが持参した魔牛の薄切り肉は、深層の魔物から取れる高栄養の素材だった。鉄分が多く、焼いた瞬間に香りが強く出る。
魔導フライパンを熱した。
ガーリック相当の魔草を先に炒めた。香りが立った瞬間に肉を加える。魔力で温度を一定に保ちながら、表面に焼き色をつけていく。発酵調味料と甘みのあるタレを絡めた。ご飯に相当するダンジョン産の穀物の上に乗せた。
仕上げに半熟の目玉焼きを乗せた。黄身が固まりすぎないよう、魔力で微調整した。
三人分の丼が並んだ。
香りが部屋に満ちた。
文官の一人が「……」と声にならない何かを出した。
「どうぞ」
三人が箸を取った。食べた。
しばらく経ってから、真ん中の文官が言った。
「……っ、これは」
「スタミナ丼です」
「ひ……違法な飯が」
「違法ではありません。さっき証明しました」
「違法じゃない飯がこんなに……!」
三人目が黙って二口目を食べた。黄身が崩れてタレと混ざった瞬間、目が細くなった。
コメント欄が「また使者が落ちた」「飯に負けた」「笑う」「完食するに十スパチャ賭ける」「スパチャ受け取った全員完食しろ」で埋まった。
三人とも完食した。
翌日、王都でその配信が拡散した。
イザベラが文官に圧力をかけた話は、使者自身が帰還後に漏らした。丼を食べながら涙目になった映像が切り抜かれて広まった。
セドリックがイザベラを執務室に呼んだという話は、公爵家経由でヴィランから届いた。
【王子殿下がイザベラ嬢を叱責されたとの情報あり。詳細は不明。——ヴィラン】
リディアはその通信を読んで、羊皮紙を取り出した。
「崩れてきましたね」
「王子の側がか」
「イザベラが単独で動いたのは焦りです。王子との間に認識のズレが出てきた証拠です。組織が崩れる時は大抵そこから始まります」
「前世の経験か」
「クライアント内の派閥争いを何度も見てきました。パターンがあります」
にゃん吉が缶を傾けた。
「で、お前はどうする」
「何もしません。向こうが崩れるのを待ちます。こちらが手を出すより、自分で転んでもらう方が早い」
「ずいぶん冷静だな」
「怒る元気があるなら次の企画を考えます」
魔力が昨日より少し安定している。魔導フライパンを毎日使うようになってから、力任せに押し込まずに流す感覚が体に馴染んできた。
指先に魔力を灯した。
揺れなかった。
それだけでは何の役にも立たないが、積み上がっているとは分かった。




