表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/26

第8話 灰線の内側

お読みいただきありがとうございます。


真司の異世界実務サバイバル、続きです。

結局、村に着いても入ることが出来ない真司。

どこまでも、世知辛い異世界。


引き続きお付き合いくださいませ。


 セレーナの一言で、止まっていた者たちが動き出した。


 ただし、門はまだ開かない。

 灰線も消えない。


 先ほど灰線を引くために出された物資とは別に、

 今度は処置のための戸板と厚手の布が用意された。


 水袋、薬草らしき束、そして追加の灰の小袋も続く。


 それらは門の下にある小さな受け口から、順に外へ押し出された。


 直接手渡しではない。

 誰も不用意に門の外へは出ない。


 御者がそれらを受け取り、若い護衛が馬車の後ろへ運ぶ。

 ルカは幌の内側から身を乗り出し、震える声でガレンの名を呼んでいた。


 真司は、黒く染まった両手を身体から少し離して立っていた。


 何もしない方がいい。


 今のところ、それだけは分かる。


 動けば警戒される。

 触れば嫌がられる。

 近づけば人が下がる。


 自分が助けを求める側なのか、危険物として運ばれてきた側なのか、もう分からなくなっていた。


「……まあ、こんな手してりゃな」


 真司は小さくつぶやいた。


【黒沼接触:継続観察】

【周囲反応:警戒】

【推奨:不用意な接近の回避】


「はいはい。大人しくしてますよ」


 返したところで、女が真司を見た。


 こちらの言葉は分からないらしい。


 だが、真司が空中の何かに返事をしたことには気づいたようだった。


 その視線は鋭い。

 けれど、刺すようなものではなかった。


 冷たい、とは違う。


 濁りがない。


 真司はなぜか、そんな印象を受けた。


   ◇


 女は、門の内側で外套の裾を軽くまとめた。


 腰元の小瓶を確認する。

 革袋を開ける。

 白い札の束を取り出す。

 細い筆と、小さな銀粉の入った筒も取り出した。


 村人の一人が慌てて何かを言う。


 止めているのだと分かった。


 女は相手を見た。


 強くはない。

 けれど、退く気のない目だった。


 そして、自分の胸に手を当てる。


「セレーナ」


 名乗ったのだと、真司は思った。


 年配の男が深く息を吐き、門の脇にある小さな潜り戸へ手をかけた。


 大きな門ではない。

 人ひとりが通れるだけの、狭い戸だった。


 潜り戸が開く。


 セレーナは外へ出た。


 出た瞬間、潜り戸はすぐに閉じられる。


 村人たちは、門の内側に残ったままだ。


 セレーナだけが、外にいる。


 真司は思わず背筋を伸ばした。


 この人は、今、自分から危険な側へ出てきた。


 ただの親切心ではない。

 覚悟だけでもない。


 手順を知っている者の動きだった。


 セレーナはまず、自分の足元に灰を少し撒いた。

 靴の周りに、細い輪を作る。


 さらに外套の裾にも、銀色の粉を軽く払う。


 それから、馬車を囲う灰線の前で足を止めた。


 線をそのまま踏み越えない。


 持っていた小瓶を線へかざす。

 中の青白い光が、かすかに揺れる。


 セレーナは小さく頷き、灰線の一部に新しい灰を重ねた。

 そこだけを短く切るように開き、自分が通れる分だけの口を作る。


 線の中へ入る。


 すぐに、背後の口へ灰を戻した。


 開けたら閉じる。


 まるで作業現場の安全柵だった。


 真司は、その一連の動きを見て息を呑んだ。


 この人は、感覚でやっていない。


 決まった手順で危険区域へ入っている。


   ◇


 ガレンを荷台から下ろす作業は、灰線の内側で行われた。


 村人たちは門の内側から見守るだけだ。

 手は出さない。


 戸板の上に厚手の布を敷き、さらに乾いた布を重ねる。

 若い護衛がガレンの肩を支え、御者が板の位置を合わせる。

 ルカは震える手で布の端を押さえた。


 セレーナは近づきすぎない距離から指示を出した。


 真司は手を貸したくなった。


 戸板に移す時は、人手が要る。

 ガレンは大柄だ。

 揺らせば足に響く。


 けれど、真司の手には黒沼の染みが残っている。


 いや、正確には、黒沼の何かを抱えているかもしれない。


 近づけば、誰かが止めるだろう。

 何より、真司自身が怖かった。


 ガレンが戸板に移される。


 呻き声が、灰線の内側に低く響いた。


 戸板は、門の外側にある小さな屋根の下へ運ばれた。

 雨除けか、荷受け用の場所かもしれない。

 そこも灰で囲われた。


 その中央に厚手の布が敷かれ、ガレンは横たえられた。


 ここまで来ると、門の内側からもガレンの足が見えた。


 裂けた布。

 黒く浮いた筋。

 皮膚の下を這うような、嫌な色。


 村人たちが息を飲む。


 その中の一人が、低い声で何かを言った。


 言葉は分からない。


 けれど、男はガレンの足を指した。

 次に、自分の膝下を手で示す。

 そして、手刀のように空を横へ払った。


 真司の胃が冷たくなる。


「おい、まさか」


 切る。


 そういう意味に見えた。


 ルカが鋭い声を上げた。

 若い護衛も門へ向かって怒鳴る。


 村人の男は、ガレンを憎んでいるわけではない。


 怯えているのだ。


 黒い筋が足から身体へ上がる前に、足を落とせばいい。

 そう考えたのかもしれない。


 乱暴だ。


 だが、この世界の人間にとっては、それが生き残るための選択肢として存在しているのだろう。


 男の視線が、真司へ向いた。


 正確には、真司の両手へ。


 黒く染まった指先。

 さきほど小瓶に微かに反応した手。


 男は今度、自分の手首を横に払うような仕草をした。


 真司の背筋が冷えた。


「……俺もかよ」


 その瞬間、初めてはっきり分かった。


 彼らにとって危険なのは、ガレンだけではない。

 黒沼に触れた自分も、同じ線の内側にいる。


 ガレンの足。

 真司の手。


 どちらも、村へ入れていいものではない。


「冗談じゃないぞ。

異世界初日で両手なくなるイベントとか、ヘルモード過ぎるだろ」


 真司は一歩、前へ出かけた。


 だが、黒沼の染みがついた自分の手を見て止まる。


 今、自分が動けば混乱を増やすだけだ。


 その時、セレーナが動いた。


 速くはない。

 けれど、迷いがなかった。


 セレーナは門の方へ顔を向け、短く何かを告げた。


 大声ではない。

 怒鳴りもしない。


 ただ、短く、はっきりと。


 刃物を示していた村人が口を閉じた。


 セレーナは首を横に振る。


 そして、ガレンの足を指した。

 次に真司の両手を指した。

 最後に、自分の持つ白い札を示す。


 切らない。


 封じる。


 言葉は分からない。

 それでも、真司にはそう見えた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ