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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第8話 もう一つの黒沼

お読みいただきありがとうございます。


真司の異世界実務サバイバル、続きです。

どこまでも、世知辛い異世界。


引き続きお付き合いくださいませ。


 ひとしきり笑ったあと。

 シンジたちの周囲には、ようやく少しだけ穏やかな空気が戻っていた。


 だが。

 状況そのものが解決したわけではない。

 村へは入れない。

 ガレンは横になったまま。

 シンジの両手も白く封止されたままだ。


 そして、街道の先には氷に閉ざされた黒沼が残っている。


「そういえば」


 シンジがセレーナを見る。


「どうしてセレーナさん、あの場に?」

「どうして、とは?」

「いや、ものすごく助かったんだけどさ」


 シンジは来た道を指した。


「ちょうどあの場面で現れるって、ずいぶん都合がいい偶然だなと思って」

「ああ」


 セレーナは納得したように頷いた。


「偶然ではありません」

「違うの?」

「三日前、このリーヴェ近くで黒沼が確認されています」

「三日前?」


 シンジが眉を上げた。


「俺たちがいたところ?」

「いいえ。リーヴェへ続く本街道の脇です」


 セレーナが地面へ細い枝で簡単な線を引いた。


 一本の道。

 そこから分かれる、もう一本。


「こちらが本街道。そして、シンジさんたちが通っていたのが旧街道です」

「なるほど」

「三日前に確認されたのはこちらです」


 本街道側を指す。


「規模は小さく、確認された時点ではほとんど拡大していませんでした。ですが黒沼である以上、そのまま放置することはできません」


「だから浄化班?」

「はい。すでに報告は出ていて、浄化班はこちらへ向かっています」

「……ん?」


 シンジは少し考えた。


「じゃあ、セレーナさんは浄化班より先に来た?」

「私はちょうどこの地域を巡回していましたから」

「なるほど」


「本街道側の状態を確認しましたが、急激な拡大は見られませんでした。浄化班が到着するまで多少時間があったので、念のため周辺の街道も確認しておこうと思ったんです」


 セレーナが旧街道を示した。


「そこで、俺たちを見つけたと」

「はい」

「……見回り、大事だな」

「今回は特にそう思います」


 セレーナの声が少し硬くなる。


「旧街道側の黒沼は、本街道側より明らかに規模が大きい。拡大もしていました。それに魔獣まで集まっていました」


「魔獣は、やっぱり黒沼の影響だったの?」

「可能性は高いと思います。ただ、現場を詳しく確認する前に断定はできません」

「ああ。そういうところ、ちゃんとしてるんだな」

「何がです?」

「分からないことを、分かったふりしないところ」

「記録する仕事ですから」

「なるほど。そこは確かに書記官っぽい」

「そこは、ですか?」


 セレーナが少しだけ目を細める。


「あ」


 シンジは笑って誤魔化した。


「いやいや。風で魔獣を吹っ飛ばしてた印象が強すぎるだけで」

「……まだ言いますか」

「だって初対面が、あれだぞ? 大魔導士か聖女が来たのかと思った」

「巡回書記官ですが、何か?」

「もしかしてだけど、この世界は聖女を巡回書記官と呼ぶのか?」

「呼びません。聖女ってもっと神々しいイメージだと思うのですが」

「いや、じゅうぶん神々しかったぞ?すっごい綺麗な人きたって、女神って言われても違和感――」


「ちょ、ちょっと待ってください! い、言い過ぎです……」


 セレーナの顔がみるみる赤くなっていく。


「あ、やっちまった……」


 元々、女性に対して朴念仁だったシンジは、長年、妻から英才教育を受けていた。

 お世辞じゃなく、感じた良い部分をサラッとさりげなく伝える。

 特に夫婦生活において、

 シンジは飾らない褒め言葉を女性へ贈る大切さを仕込まれてきた。


 その結果、今では、自然とそういうセリフを、

 純粋な思いで伝えれるようになっていた。

 嫌味にならない。下心がない。しかも無意識に。

 だから、良くも悪くも質が悪い、と周りに言われてきた。

 セクハラで訴えられなかったのは、シンジの人柄だろう。


「ごめん、思ったことをつい口に出してしまうのは、俺の悪いくせで……」

「思ったことですか!? あの、本当に、そのあたりで……」


 セレーナも自分の容姿が、男性にどう見られているのかぐらいわかっている。

 今まで多くの社交辞令や下心のある言葉をかけられて、慣れてはいた。

 だが、ここまで無防備な心に、素直に響いたのは初めてのことだった。


 相変わらず顔が赤いセレーナだったが、口元がわずかに緩んでいた。


          ◇


 ようやく、顔の赤みと心が落ち着いて。

 セレーナは村から届けられた小さな道具箱を開いた。

 取り出したのは、一枚の薄い紙だった。


「それ、何するの?」

「追加の報告を出します」

「追加?」

「黒沼が二か所になりましたから」

「ああ、そりゃそうか」


 シンジは隣から覗き込もうとして。


「…………」


 紙に書かれている文字を見る。


「読めん」

「仮界紋では文字までは読めません」

「さっき聞いたけど、実物見ると地味にショックだな」


 セレーナは小さく笑いながら、紙へ素早く文字を書き込んでいく。


 本街道側の黒沼。

 旧街道側の黒沼。

 負傷者。

 凍結処置。


 おそらく、そんな内容なのだろう。


「これ、誰か持っていくの?」

「いいえ」


 書き終えたセレーナが、紙へ指を置いた。

 淡い光が灯る。


「お?」


 光が紙全体へ広がっていく。

 次の瞬間、紙がひとりでに折れ始めた。


「えっ」


 一度。

 二度。

 三度。

 細長く折れた紙から翼が生まれる。


「……鳥?」


 小さな鳥の形になった紙が、淡い光をまとってセレーナの手の上で震えた。


「灯文鳥です」

「とうぶんちょう?」

「短い報告や連絡に使います」

「手紙が鳥になるのか」


 セレーナが手を開く。

 光る紙の鳥が、ふわりと浮いた。


 一度だけ頭上を旋回し、夜の空へ向かって飛んでいく。


「…………」


 シンジは口を開けたまま見送った。


「こういう異世界っぽいやつ、もっと早く見たかったなあ」

「どんな世界を期待していたんですか?」

「それはもう、剣と魔法で冒険したり」


 シンジは白く丸い両手を見る。


「現実は初日から両手こんなだけど」

 セレーナに向かって両手でバイバイの仕草をする。


「ぷっ、ふふふっ」

 その仕草に、セレーナは不意を突かれたように笑った。


「笑いすぎじゃないかなあ」

 今度はその手がお辞儀をするように下へ垂れる。


「くふっ、す、すみません、それ、やめてくれませんか、ふふっ」


 シンジは首を傾げて、

 いつまでも笑い続けるセレーナを不本意そうに見つめる。


 セレーナはシンジの、その態度にすら、楽しそうに笑い続けた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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