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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第7話 女の子だもん

お読みいただきありがとうございます。


真司の異世界実務サバイバル、続きです。

言葉も常識も違う世界で、彼が何を見て、どう考え、どう動くのか。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。


「……やっと、話せる」


 シンジがそう言うと、セレーナは安堵したように息を吐いた。


「よかったです。仮界紋は正常に働いているようですね」

「カカイモン?」

「仮界紋です。異なる言語を話す者同士が、意思疎通をするための術式です」

「これが?」


 シンジは額を見ようとして目だけ上へ向けた。


「……あんなに痛かったのに、最低限なの?」

「文字は読めませんし、固有名詞や専門的な言葉は意味が通じない場合があります」

「なるほど。会話専用か」

「おおよそは」

「それでも十分だよ。さっきまで何を言われても全然分からなかったんだから」


 そう答えてから、シンジは改めてセレーナへ笑いかけた。


「ありがとう、セレーナさん」

「……どういたしまして」


 返事が分かる。

 それだけのことが、やけに嬉しかった。

 セレーナはシンジへ向き直った。


「改めまして。セレーナです。巡回書記官をしています」

「……巡回書記官?」

「はい」


 シンジは一度セレーナを見る。

 次に、上を向いて、彼女が魔法で魔獣をボコボコにしてたのを思い浮かべる。

 もう一度セレーナを見る。


「書記官?」

「巡回書記官です」

「いや、二回言われても俺の中の書記官と全然つながらない」

「あなたのいたところにも書記官がいるのですか?」

「いるけど……少なくとも……」

「俺が知ってる書記官は、魔法で魔獣吹っ飛ばしたり、黒い沼を凍らせたりしないから」

「……それは……そうでしょうね。こちらの普通の書記官も同じだと思います」

「普通の? でも、風使って、動き止めて、氷まで使って。治療もするし」


 シンジは感心したようにセレーナを見る。


「今のところ、書記官っていうより強い魔法使いにしか見えない」


 セレーナが少し首を傾げる。


「まあ、その辺はあとで聞かせて。こっちの常識、まだ何にも分からないし」

「分かりました」

「じゃあ、せっかく言葉が通じるようになったんだ」


 シンジは周囲を見回した。


「ちゃんとみんなの名前も聞こう」


          ◇


「ルカとガレン、それにセレーナさんの名前は分かってる。でも、そこの二人はまだ知らない」


 若い護衛が顔を上げる。


「ああ。そうだったな」

 自分の胸へ手を当てた。


「俺はアース。ガレンの弟だ」

「弟?」


 シンジはガレンとアースを交互に見た。


「兄弟なの?」

「そうだ」

「……ずいぶん歳離れてるな」

「それもよく言われる」


 アースが苦笑する。


「でも、さっきは助かった。シンジ」

「俺?」

「お前が石を投げた方向を見れば、魔獣がいた」

「ああ、あれか」

「途中からは、お前の動きを見るようにしていた」


 アースは少し表情を改めた。


「戦い慣れているようには見えなかったが、何度も助けられた」

「いや、戦ったことなんてないよ」

「……ない?」

「一度も。剣も使えない」


 アースが目を見開く。

 少し離れたところにいたセレーナも、こちらへ視線を向けた。


「それで、あれだけ周囲を見ていたのですか?」

「見てたというより……」


 シンジは少し考える。


「このままだと危ないなってところを探してただけかな」

「敵の位置を知らせ、注意まで逸らしていました」

「俺には倒せないからな。だったら、戦える人が危なくならないようにするしかないだろ」


「…………」


 セレーナがシンジを見る。

 何かを考えているようだった。


「まあ、役に立ったなら良かったよ」


 シンジは今度は口髭の御者を見る。


「で、そちらは?」

「バルトだ。御者をしている」

「シンジです。よろしく」

「こちらこそ」


 バルトは深く頭を下げた。


「ガレンと馬車を助けてくれたこと、礼を言う」

「俺だけじゃ助けられなかったよ。みんなでやったんだし」

「それでも、あんたが来なければどうなっていたか分からん」

「……そう言われると照れるな」


 シンジは頭を掻こうとして。

 白く丸く包まれた両手を見る。


「これじゃ頭も掻けん」


 バルトがふんっと口角を上げて笑う。

 さっきまで身振りと表情だけだった相手が、一気に近くなった気がした。


          ◇


「それで」


 シンジは包まれた両手を持ち上げた。


「一番聞きたいんだけど、これどうなるの?」


 セレーナの表情が仕事のものへ戻る。


「黒沼へ接触したことによる汚染です」

「やっぱり、あれ黒沼っていうんだ」

「はい」

「じゃあ、あの黒沼は?」


 シンジは来た道の方向を見る。


「セレーナさんが凍らせただろ。あれで倒した……って言い方でいいのかな」

「いいえ」


 セレーナは即答した。


「黒沼は生物ではありませんから、倒したという表現は少し違います」

「でも、あのウネウネした黒いの、全部凍ってたよな」

「あれは凍結させて拡大を止めただけです。黒沼そのものが消滅したわけではありません」


「じゃあ、氷が溶けたらまた動く?」

「私が解除しない限り、数日はあの状態を維持できます。その間に専門の浄化班が処理します」


「なるほど……」


 シンジは頷く。


 少し間を置いて。


「分かったような、分からないような」

「今はそれで構いません」

「私たちの仕事については、また説明します」

「ぜひ頼む」


 そこでシンジは思い出した。


「それで」


 シンジは再び両手を見る。


「こっちは?」

「今の処置で進行は抑えています」

「治ったわけじゃない?」

「はい。ここでは完全な治療はできません」

「…………」


 シンジの顔から笑みが消える。

 セレーナは続けた。


「ですが、治ります」

「……え?」

「あなたも、ガレンも。領都まで行けば治療できます」

「治る?」

「はい」


 シンジはセレーナの顔を見る。


「本当に?」

「本当です」


「…………」


 肩から一気に力が抜けた。


「そっか……」


 黒くなった指先。

 ガレンの脚。

 何なのかも分からないまま触ってしまった。


 もしかしたら。

 このまま手が駄目になるんじゃないか。

 そんな考えも、ずっと頭の片隅にあった。


「治るんだな」

「治ります」

「よかったぁ……」


 シンジが大きく息を吐く。


 そして。

 ガレンのそばにいるルカを見る。

 ルカは俯き、ぽろぽろと涙を流していた。

 ずっと怖かったのだろう。


 シンジは思わず笑顔になる。


「良かったな! お父さん助かるってよ」

「…お父さん?」

「ん?」


 ルカが顔を上げた。

 シンジはその反応を深く考えずに続ける。


「ほら、涙拭いて。男なら、こういう時は笑うんだ」

「……男?」

「ん? どうした?」


 シンジは励ますように笑った。


「さあ少年よ! 一緒に笑おうではないか! わっはっは!」

「少年じゃない……」

「…………え?」


 シンジの笑いが止まった。


「私、女の子だもん……」


「…………」

「…………」


「わたし……?」

「私」


「女の子?」

「そう」


「…………」


 シンジは改めてルカを見た。


 短い髪。

 実用一点張りの旅装。

 土埃で汚れた頬。

 ずっと走り回っていたせいで髪も乱れている。


 だが、よく見ると。

 大きく丸い目。

 幼さを残しながらも、整った顔立ち。

 身なりを整えれば、ボーイッシュな美少女だろう。


 確かに。


「……ほんとだ」

「何が!?」

「いや、よく見たら、すごく可愛――」

「よく見ないと分からなくてごめんね!」

「違う違う違う!」

「最初から男だと思ってたんでしょ!ひどいの!」

「そ、それは……」


 さらにルカが頬を膨らませる。


「それにガレンはお父さんじゃないから!」

「え?」


「…………」


 シンジはガレンを見る。

 ガレンが横になったまま、苦笑して頷いた。


 シンジは天を仰いだ。


「俺が言ったの、全滅じゃねえか」

「全部シンジが勝手に思い込んでたんでしょ!」

「ごもっとも……です」


 ルカがまだ怒っている。

 シンジは焦った。そして考えた。


 こうなったら。

 手段は一つしかない。


「こうなったら、日本式謝罪奥義のアレしかない!」

「え?」


 シンジはその場で勢いよく膝をついた。


「すんませんでしたあああああ!」

「ええっ!?」


 白く封止された両手は地面へつけられない。

 それでも上体を深く倒し、額を地面すれすれまで下げる。


「ザ・ジャパニーズ土下座!」


「ちょ、ちょっと何してるの!?」

「本当に申し訳ございませんでしたああああ!」


「や、やめてよ! なんか私が悪者みたいになってるじゃない!」

「いいえ! ルカさんに不快な思いをさせた以上、こうするしかないのです!」

「さん付け!? ほんとにやめて! みんな見てるから!」


 実際。

 村人たちまで何事かとこちらを見ている。


 だがシンジは頭を上げない。


「ルカ様に対する許されざる暴言。このまま石畳と同化して償う所存です」

「今度は様付け!? それに、そこ、土だし!」

「……土?」

「ここ石畳じゃないから!」


 シンジがさらに深く頭を下げる。


「つまりルカ様は、お前ごとき石畳ではなく土で十分だと……」

「言ってない! なんか私、すっごいひどいこと言ってるみたいに!?」

「かしこまりました。今日から私は土となりましょう」

「ならなくていい! お願い、ならないで!」


「…………」


「もう! それやめて! なんかこっちが申し訳なく思えてくる!」

「では、お怒りを鎮めていただけると?」

「うん! 私も怒りすぎたの! なんか、ごめんね!」


「分かった」

 シンジはすっと立ち上がった。


「なら、今回は許すよ。お互い気をつけような」

「え?」


 ルカが固まる。


「あ、はい……ありがとうございます?」


 自分が何に対して礼を言っているのか分からない顔だった。


 その横で。


「……っ」


 小さく息を吐く音がした。

 シンジが振り向く。

 セレーナが口元を押さえている。


「……おや?」

「ふっ……」


 肩が震える。


「笑った?俺、笑われちゃってる?」

「ご、ごめんなさい……でも……」


 駄目だった。

 セレーナが声を上げて笑い始める。


「最後、どうしてシンジさんが許す側になったんですか……」

「日本式謝罪奥義、ジャパニーズ土下座の効果だ」

「意味わかんない!」


 ルカが即座に突っ込む。


「魔法にも匹敵するジャパニーズ土下座。恐るべし」

「自分で言わないで!」


 アースまで吹き出した。

 バルトは口髭を押さえて笑っている。

 ガレンも横になったまま、低い声で笑った。


「みんな、笑いすぎじゃない?」


 そう言いながら。

 シンジ自身も笑っていた。


 この世界へ来てから。

 初めて。

 自分の言葉が伝わって。

 冗談が返ってきて。

 みんなで一緒に笑った。


 それが、思っていたよりも、ずっと嬉しかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


真司の異世界生活は、まだまだ手探りです。

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