第81話 誰を守るのか
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
三日後、セレーナの屋敷の前には、ハーヴェル商会が手配した馬車が二台並んでいた。
荷物を積むための馬車が一台。
シンジたちが乗る幌馬車が一台。
荷馬車の御者台には、ハーヴェル商会の商会員が座っている。
幌馬車の御者台にいる男を見て、シンジは思わず声を上げた。
「バルトさん!」
「誰……シンジか!?」
バルトは手綱を握ったまま、固まった。
「またこの反応か。俺です、シンジです。ちょっと若返っちゃいました」
「マジか! まあ、そう聞いてはいたが、こりゃたまげたな!」
「あはは……今回も世話になります」
「おう! 今度の馬車は壊れてないから安心しな」
バルトはそう返したが、改めてシンジの顔を見て、目を細めた。
「それにしても……ずいぶん若返ったな。本当に別人かと思ったぞ」
「そのあたりは、道中で説明します」
「長くなりそうなら、途中で休憩を挟め」
「俺の説明、そんなに重いですか?」
「お前の周りで起きることは、だいたい重い」
「否定できない……」
馬車のそばには、アースも立っていた。
「アースも来てくれるのか」
「ああ」
「ガレンさんは?」
「まだ長い旅に出せる状態じゃない。本人は動けると言い張ってたけどな」
「言いそうだな」
「治療師と俺で止めた」
アースは小さく肩をすくめた。
「兄貴から伝言だ。ルカを頼む。あと、お前も勝手なことをするなってさ」
「俺まで保護対象なのか?」
「今さら何を言ってるんだ」
「反論できない」
アースの隣には、見慣れない男女が立っていた。
男は大柄だった。
高い背と広い肩。
背負った大斧が小さく見えるほどの体格をしている。
その隣には、短槍を携えた女性が立っていた。
身のこなしには隙がない。
だが、その表情は明るく、大柄な男よりもずっと話しかけやすそうだった。
アースが二人へ顎を向ける。
「こっちはブラム。隣が妻のミラだ。兄貴が紹介してくれた」
「ブラムだ」
大柄な男は、短く名乗った。
「ガレンから話は聞いてる。戦えない異邦人と、若い商人の護衛だそうだな」
「ちょっと待て」
ミラが、ブラムの脇腹へ肘を入れた。
「初対面の相手に、もう少し言い方ってものがあるだろ」
「間違ったことは言ってないぞ」
「間違ってなければ、何を言ってもいいわけじゃないよ」
ミラはブラムを睨んでから、シンジへ向き直った。
「妻のミラだ。こいつは口が悪いけど、腕は確かだから安心しておくれ」
「よろしくお願いします」
「ああ。こちらこそよろしく」
ミラは笑い、次にセレーナへ目を向けた。
「巡回書記官のセレーナ様だね」
「はい。セレーナです」
ブラムがセレーナを上から下まで見た。
品定めではない。
武器や立ち方、周囲への視線を確かめる、戦う者の目だった。
「巡回書記官に、護衛がいるのか?」
シンジは、その言葉にセレーナを見た。
「え? 護衛いらないの?」
「私個人の護衛は必要ありません」
セレーナは当然のように答えた。
「……強さが計り知れないのが怖い」
シンジが呟くと、セレーナが不安げに見上げた。
「私のこと……怖いですか?」
「い、いや、そういう意味の怖いじゃなくて」
シンジは慌てて首を横へ振る。
「セレーナは俺の大切な人だから、戦わなきゃならないような目に遭ってほしくないというか……俺の中では、強い人というより、可愛いというか、大切な人というか……」
言いながら、自分でも何を言っているのか分からなくなってきた。
セレーナの顔が、みるみる赤くなっていく。
「あ、あの、もういいですから! シンジ、止まってください」
「あはは……なんか、ごめん」
そんな二人の様子に、周囲の空気が止まる。
アースが不自然な咳払いをした。
「と、とりあえず、セレーナ様個人なら護衛はいらん。俺たちが束になっても勝てないくらい強い。それだけ覚えておけ」
「複雑な心境だが、分かった」
「護衛対象は、セレーナ様以外ということでいいか?」
ブラムが聞く。
セレーナは、まずルカを見る。
次にシンジを見た。
「ルカと、シンジです」
「俺も?」
「当然です」
「迷いがないな」
「シンジは戦えませんから」
「そこまで断言しなくても」
「事実です」
「あれ? バルトさんは?」
「御者っていうのは、馬と馬車を守る役目もある」
バルトはニヤリと笑い、親指を立てた。
「だから、自分自身ぐらいなんとでもなる。御者をなめんなよ」
よく見ると、腰に小剣を下げている。
「この世界の御者、強い」
ブラムがシンジの体を見る。
「見たところ、剣も持ってないな」
「使えないので」
「魔法は?」
「使えません」
「弓は?」
「撃ったこともありません」
「本当に何もできないのか」
「改めて確認されると、心へくるな……」
ミラが吹き出した。
「戦えないのを隠さないだけ、ずっといいよ」
「褒められた気がしません」
「褒めてるんだよ。下手に剣を振り回す素人が、一番守りにくいからね」
ミラはシンジの肩を軽く叩いた。
「あんたは危なくなったら、勝手に動かず私たちの指示に従う。それが仕事だ」
「分かりました」
「素直でよろしい」
その様子を見ていたセレーナが口を開く。
「ただし、シンジを守るのは私も同じです」
「セレーナ?」
「シンジの護衛を、すべて皆さんに任せるつもりはありません」
その場にいた全員が、セレーナを見る。
セレーナは平然としていた。
「私が同行する以上、シンジの安全は私も守ります」
ミラの眉が、わずかに上がった。
「なるほどね」
「何がですか?」
「いや。聞いていた話より、ずいぶん大切な相手みたいだと思ってね」
「……っ」
セレーナの顔が、また赤くなる。
だが、否定はしなかった。
「はい。大切な人です」
今度は、シンジの心臓が跳ねた。
「セレーナさん」
「何ですか?」
「そういうことを急に言うと、俺の心臓が持ちません」
「慣れてください」
「それ、最近の決め台詞になってないか?」
ミラは面白そうに二人を見比べた。
一方、ブラムはよく分かっていない顔をしている。
「結局、俺たちが守るのは誰だ?」
「ルカとシンジだよ」
ミラが呆れたように答える。
「それと荷、馬車、道中の野営。セレーナ様は、自分で自分を守れる」
「最初からそう言えばいいだろ」
「最初から言ってただろう!」
ミラがブラムの背中を叩く。
大きな音がした。
だが、ブラムは少しも揺れなかった。
「この二人、ずっとこんな感じだから」
アースが小さく息を吐く。
「仲がいいんだな」
シンジが言うと、ミラが笑った。
「まあね。長く一緒に旅をするなら、言いたいことを溜め込まない方がいい」
そう言って、シンジとセレーナへ意味ありげな視線を向ける。
「お二人も、覚えておくといいよ」
「なぜ、私たちを見るのですか?」
「さあね」
ミラは楽しそうに笑った。
ブラムは、すでに残っていた荷箱を持ち上げている。
「話が終わったなら、さっさと積むぞ」
「本当に細かいことを気にしない男だな」
「気にしても荷物は軽くならないからな」
「確かに」
シンジが頷くと、ミラがまた笑った。
話している間にも、商会員とエドガーたちの手で、荷物は次々と馬車へ積み込まれていた。
ブラムが最後の荷箱を載せ、荷台を固定する縄が締められる。
「そろそろ出発のようでございます」
エドガーが静かに告げた。
玄関先には、エドガー、マーサ、ミア、ノーラが並んでいる。
「お気をつけて行ってらっしゃいませ」
「行ってきます、エドガーさん」
「屋敷のことは、私どもへお任せください」
「はい。お願いします」
セレーナがエドガーへ頷く。
マーサは、食料の入った包みをシンジへ手渡した。
「道中で召し上がってください」
「こんなに?」
「足りないよりはよいと思いまして」
「ありがとうございます」
「きちんと食べてくださいね」
「はい」
ミアとノーラは、名残惜しそうにセレーナとシンジを見ていた。
「お嬢様」
「何ですか?」
「シンジさんとお嬢様、本当にお似合いです!」
「ミア!」
「もう……行ってきます!」
「道中、お気をつけて。行ってらっしゃいませ!」
ミアとノーラは笑いながら、深々と頭を下げた。
「帰ったら、きちんと話をします」
「やめた方がいいと思うよ」
「なぜですか?」
「また喜ばせるだけだから」
セレーナは言い返そうとして、諦めたように息を吐いた。
ルカは、すでに幌馬車の中へ座っていた。
シンジとセレーナが並んで乗り込むと、二人の間をじっと見た。
「今日は、手をつながないの?」
「ルカまで言うのか」
「別に、つないでもいいの」
ルカは窓の外を向いた。
「その代わり、私のことも忘れないでね」
「忘れないよ」
「絶対なの」
「ああ」
セレーナも、ルカへ静かに頷いた。
「ルカ。これまでどおりでいてください」
「……分かったの」
バルトが手綱を鳴らす。
馬車がゆっくりと動き始めた。
玄関先に並ぶエドガーたちが、少しずつ遠ざかっていく。
領都の門を抜ける頃、シンジは隣に座るセレーナの手を取った。
誰かに促されたからではない。
ただ、自分がそうしたかったから、セレーナの指が、静かに握り返してくる。
その温かさを感じながら、シンジは前を見た。
道の先には、ローデンがある。
そして胸の奥には、モリスの言葉が残っていた。
その手を取った意味。
答えを知らないまま。
シンジたちは、再びローデンへ向かった。
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