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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

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第80話 その手を取った意味

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。



「お話は、そのくらいでよろしいでしょうか」


 穏やかな声が聞こえた。モリスが、帳簿を抱えて立っている。


「モリスさん」

「お待ちしておりました、シンジさん。セレーナ様」


 モリスは二人へ丁寧に頭を下げた。


「領都の噂は、馬車よりも速いようですね」

「もう聞いていたんですか?」


「お二人が大通りへ出られた直後には」

「そんなに?」


「セレーナ様のお立場を考えれば、不思議なことではありません」


 モリスの視線が、二人のつないだ手へ向けられる。


「差し支えなければ、一つお尋ねしてもよろしいでしょうか」

「はい」


「シンジさんは、その手を取った意味を、どのようにお考えですか?」


 シンジは少し考えた。


「セレーナと互いに気持ちを伝え合って、恋人になりました」

「さようですか」


「いい加減な気持ちで、セレーナの手を取ったわけではありません」


 シンジはセレーナの手を握り直した。


「俺なりに、セレーナを大切にしています」


 モリスは、すぐには答えなかった。

 シンジの顔を静かに見ている。値踏みするような視線ではない。

 言葉の奥にあるものまで確かめているような目だった。


「シンジさんが、誠実なお気持ちであることは分かりました」

「ありがとうございます」


「ただ」


 モリスはわずかに間を置いた。


「セレーナ様の手を取ったことが、何を意味するのか。シンジさんは知っておかれた方がよいと思います」


「意味?」

「セレーナ様が、どのような思いでその手を差し出されたのか」


 モリスの声は穏やかなままだった。


「そして、その手を取った方が、今後どのような立場になるのかを」


 シンジは眉を寄せた。


「俺が、何か勘違いしているということですか?」

「そこまで申し上げるのは、私の役目ではありません」


 モリスはセレーナへ目を向けた。


「セレーナ様。僭越ながら、その点については、お二人で一度お話し合いになられた方がよろしいかと存じます」


「……」


「将来、お二人が困ることになる前に」


 モリスは深く頭を下げた。


「失礼いたしました。出過ぎたことを申し上げました」


 セレーナは、しばらくモリスを見ていた。

 怒ってはいない。

 戸惑ってもいない。

 静かな表情で、つないだ手へ視線を落とす。


「私が受け入れた。それだけの話です」


 セレーナの指が、シンジの手を握る。


「そして、シンジのそばにいる」


 セレーナは顔を上げた。


「それが答えであり、すべてですから」


 モリスは何も言わず、もう一度頭を下げた。


「どういうことだ?」


 シンジが尋ねる。セレーナは穏やかに微笑んだ。


「今申し上げたとおりです」


 シンジの胸に、小さな引っかかりが残った。

 モリスは何を言おうとしたのか。セレーナは何を受け入れたのか。

 尋ねれば、もう少し答えてくれるかもしれない。

 だが、セレーナが「それがすべて」と言った以上、ここでさらに問い詰めるのも違う気がした。


「分かった」


 シンジは一度だけ頷いた。引っかかりは残ったままだった。


     ◇


「それでは、ローデンの件についてお話しします」


 モリスは机の上へ一通の書状を置いた。封には、ローデン卿の印が押されている。


「ローデン卿から、受け入れの準備が整ったとの返書が届きました」

「女将さんから?」

「はい」


 モリスが書状を開く。


「以前シンジさんが提案された、ぬくみ石の運搬方法と運用について、改めて詳しく話を聞きたいとのことです」


「前に話した改善案の続きか」

「旅費と相談料も、ローデン卿からお預かりしております」


 シンジは、机の上の書状を見る。


 ローデンで話したのは、ぬくみ石を人の手だけで運ぶ負担を減らせないか、という小さな提案だった。


 それが正式な相談として、自分のところへ戻ってきた。


「商会へご注文いただいた商品も、すでに用意できています」


 モリスが続ける。


「三日後、注文品を運ぶ荷馬車をローデンへ出します。シンジさんたちにも、そちらへ同乗していただくのが最も無駄がないでしょう」


 モリスは小袋と一枚のプレートを机へ置いた。


「そして、こちらはローデンの件とは別になります」


「別?」

「先日、当商会でお受けいただいた相談への対価です」


 小袋の中で硬貨が鳴る。


「まだ、店の人やルカから話を聞いている途中ですけど」


「すでに相談は始まっております。必要な確認をせず、安易に答えを出さなかったことも含めた対価です」


「そういうものです」


 セレーナが隣から言った。


「また、その流れか……」


 シンジは困ったように笑い、小袋を受け取った。


「それから、こちらのプレートは?」

「当商会が、シンジさんの身分を保証するためのものです」

「身分を?」

「常雇いとして所属していただく、という意味ではありません」


 モリスはプレートをシンジへ向けた。


「外部の相談役として、必要に応じて当商会から仕事をお願いする。その代わり、当商会はシンジさんの身元と実績を保証します」


「つまり、ハーヴェル商会専属になるわけではない?」

「もちろんです。ほかの方から仕事を受けることを妨げるものではありません」


 モリスは、机の書状へ視線を向けた。


「今回のローデン卿からのご相談も、シンジさん個人が受けられた仕事です」

「なるほど」


「領都の外で行動される際、身分の証しとして役立つでしょう」

「なんか、過分なものをもらった気がしますが……ありがたくいただきます」


 シンジがプレートを受け取る。

 モリスは満足そうに頷くと、セレーナへ向いて姿勢を正した。


「セレーナ様も同行なされますか?」

「はい」


 セレーナは迷わず答えた。


「シンジが行くのであれば、私も行きます」


 店の中が、また静かになった。

 商会員たちが、聞いていないふりをしながら耳だけをこちらへ向けている。


 シンジは小声で言った。


「セレーナさん。もう少し周りを見てから言ってください」

「事実を述べただけです」


 セレーナは涼しい顔をしている。だが、耳は赤かった。


「ルカにも同行してもらいます」


 モリスが続ける。


「私も?」

「はい。商会側の連絡役をお願いします」

「分かったの」


 ルカは返事をしたあと、シンジとセレーナを見る。


「三人で行くの?」

「そうなるな」

「……分かったの」


 まだ少し複雑そうな顔をしている。だが、先ほどよりは落ち着いていた。


「出発は三日後を予定しております」


「準備は間に合いますか?」

「必要な馬車と護衛は、こちらで整えます。シンジさんとセレーナ様は、ご自身の支度をお願いいたします」

「分かりました」


 モリスは帳簿へ目を落とした。


「ローデンでの滞在期間は、現時点では決まっておりません」


「長くなるかもしれない?」

「マルタ卿のお話次第でしょう」


 シンジは書状を見つめた。

 ぬくみ石を使った湯場。湯へ浸かり、疲れを癒やす場所。

 そこから、どこまで話が広がるのか。

 今はまだ分からない。


「三日後だな」

「はい」


「準備してきます」


 シンジが立ち上がる。

 セレーナもその隣に立った。

 二人の手は、いつの間にか離れていた。

 シンジは少し迷ったあと、自分からセレーナの手を取った。

 モリスの言葉が、胸の奥へ残っている。

 その手を取った意味。まだ、何を指しているのかは分からない。


 それでも、分からないからといって、この手を離そうとは思わなかった。


 セレーナがシンジを見る。


 そして、何も言わずに握り返した。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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