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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

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第75話 アリーシャ旋風

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。




「なら、想像してごらんなさい」

「何を?」

「シンジが、ほかの女性を好きになるところを」


 セレーナの瞳が揺れた。


「シンジの隣に、自分以外の女性が親しげにしていたら、あなたはどう思うかしら?」


 少し前の、ルカとのやり取りが脳裏をよぎった。

『ずっとかわいいぞ』

『その話し方の方が、かわいいと思う』

 あの時に感じた、小さな棘。


「そのうち、その女性と一緒に暮らすようになる。そして、あなたの知らないところで家族になる」


「……やめてください!」

「嫌でしょ?」


 セレーナは唇を結んだ。


「それとも、笑って祝える? 『おめでとう。幸せになってね』って」


 答えようとして、声が出なかった。胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。

 やがてセレーナは、小さく首を横へ振った。


「……嫌です」

「聞こえないわ」

「それは……嫌です」


 絞り出すような声だった。アリーシャは、静かにうなずいた。


「だったら、ほかの誰かに取られる前に、その手を取りなさい」


 セレーナが顔を上げる。


「取られたあとで後悔しても、その手は二度とつかめなくなるわ」

「いやいや」


 シンジが割って入った。


「こんなしょぼいおっさんを欲しがる人なんて、絶対いないでしょう」


「黙りなさい!」


 空気が凍った。アリーシャの声は低く、先ほどまでとはまるで違っていた。


「え?」

「自分をしょぼいなんて言わないで」


「いや、冗談というか……」

「セレーナが大切に思っている人を、しょぼいと馬鹿にしているように聞こえるわ」


「そ、それは……」

「そんなこと、私は許さない」


 シンジは言葉を失った。アリーシャは本気で怒っていた。


「あなたが自分を馬鹿にするのは、あなたを大切に思う人の気持ちまで馬鹿にすることになるのよ」


「……すみません」


「私に謝ることではないわ」


 アリーシャの視線が、セレーナへ向く。セレーナは少し迷ってから、シンジを見た。


「私も、嫌です」


「セレーナ?」

「シンジが、自分のことを悪く言うのは……嫌です」


「すまない……」

「はい」


「……気をつけるよ」


 二人の間に、短い沈黙が落ちた。アリーシャが、その沈黙を両手で叩き割る。


「では、まずは互いの気持ちを認めなさい」

「また急に進めますね」

「愛だの恋だの、そんな大きな言葉でなくていいわ」


 アリーシャはシンジに尋ねた。


「セレーナは、大切?」

「それは……大切です」

「一緒にいたい?」


 シンジは、すぐには答えなかった。

 美和子の顔が浮かぶ。

 帰りたい気持ちは消えていない。

 それでも、今ここにいるセレーナを失いたいとは思わなかった。


「今は……セレーナと一緒にいたいです」


 アリーシャは、セレーナを見る。


「あなたは?」


 セレーナはシンジの横顔を見た。


「はい」


 その声は小さかったが、迷いはなかった。


「私も……シンジと一緒にいたいです」


 アリーシャが満足そうにうなずく。


「なら、それで十分でしょ」


 二人が、わずかに息を吐いた。


「互いに向き合いなさい。その気持ちを、なかったことにしないこと」

「……はい」

「そう、だな」


「そして、自分の気持ちを素直に受け入れなさい」


 珍しく、アリーシャがきれいに話をまとめた。


 シンジは、少しだけ肩の力を抜いた。

 セレーナも、張り詰めていた表情を緩める。


「それで」


 アリーシャが明るい声で続けた。


「結婚式はいつにする?」

「結局そこへ戻るのか!」


「半年は準備期間が欲しいわね」

「誰か止めてくれええええ!」


「話はまとまったでしょう?」

「まとまってない!」


「家名はセレーナのものを使えばいいわ。屋敷はここ。エドガーもいる。式は小さくても構わないけれど、辺境伯家として最低限の体裁は必要ね」


「誰が辺境伯家を出すって言った!?」


「私」

「一人で決めるな!」


「花嫁衣装は白がいいわ」


 アリーシャがセレーナを見る。


「セレーナは飾りすぎない方が似合うもの。髪は下ろして、銀の飾りを少しだけ」

「アリーシャ」


「シンジは正装を持っていないでしょう? こちらで用意するわ」

「アリーシャ!」


「ちょっ、待って、待ってください! お願いだからあああ!」


「男なら、もっと堂々としてなさい! 情けないわね」


 シンジは、そのまま机に突っ伏した。

 アリーシャは、突っ伏したシンジを気遣うセレーナを微笑ましそうに見つめる。


「セレーナ」

「なんですか? これ以上、シンジを追い込まないで!」


「幸せになりなさい。私の願いは……それだけよ」

「アリーシャ……うん」


 顔を上げられないシンジの左側で、ボードが淡く光った。


【身分安定案を確認しました】

【候補:婚姻】

「お前まで乗るな!」


【必要項目を算出します】

【配偶者候補:セレーナ】

「やめろ!」


【家名:継承可能】

【住居:確保済み】

【収入:要確認】

「最後だけ現実的だな!」


 アリーシャにはボードが見えない。

 だが、シンジが宙へ向かって叫ぶ姿を見て、満足そうにうなずいた。


「本人も、その気になってきたようね」

「どこを見てそう判断した!?」


「セレーナ、立って」

「なぜですか」


「シンジも立ちなさい」


 シンジは、のろのろと立ち上がった。

 もはや、アリーシャに逆らう気力は残っていなかった。


「並んだところを見たいの」


「見なくていいです!」

「ほら」


 アリーシャがセレーナの腕を引く。

 セレーナは抵抗する間もなく立たされ、そのままシンジの隣へ押し出された。


「近い!」

「動かないで」


「アリーシャ!」

「セレーナ、もう少しこちらへ」


「……」


 二人の肩が触れた。


 セレーナが固まる。

 シンジも動けない。


 アリーシャは顎へ手を当て、二人を上から下まで眺めた。


「悪くないわ」

「えっと、これは……」


「夫婦としてよ」

「夫婦ではありません!」


「まだね」

「まだって……もう、何を言っても無駄のようですね」


 アリーシャが、長椅子に置かれていた白い薄布を手に取った。

 日除けに使うものだろう。


 それをセレーナの頭から、ふわりとかける。


「アリーシャ!?」


 白い布が頭から肩へ流れ、まるで花嫁のヴェールのように見えた。

 セレーナは白い布をまとったまま、真っ赤な顔でシンジの隣に立っている。


 シンジは目を瞬いた。

 ほんの少し前まで、屋敷へ帰ってきただけだった。

 好きの意味すら決まっていなかった。


 それなのに、


「気づいたら、セレーナが花嫁みたいになって隣に立ってるんだが!?」

「似合うでしょう?」

「そういう問題じゃない!」


「シンジ」


 セレーナが小さな声で呼ぶ。


「なんだ?」

「見すぎです……」

「い、いや、見てない!」

「見ていました!」

「違う! その、状況を確認してただけだ!」


「それで?」


 アリーシャが楽しそうに尋ねる。


「花嫁姿の感想は?」

「聞くな!」


「シンジ?」


 セレーナまでこちらを見る。


「なんでセレーナも待ってるんだ!?」

「待っていません!」


「では、似合わないの?」


 アリーシャが首を傾げる。


「似合ってるよ!」


 シンジは勢いで答えた。セレーナの顔が、さらに赤くなる。

 アリーシャが満面の笑みを浮かべた。


「決まりね」

「何も決まってない!」


 白い布をまとったセレーナ。その隣で頭を抱えるシンジ。

 正面では、次の段取りを考え始めているアリーシャ。

 反対するたびに話が進む。止めようとするたびに、逃げ道が消える。


「これが……」


 シンジは呆然とつぶやいた。


「アリーシャ旋風か……」

「何か言った?」

「何も言ってません!」


 アリーシャは楽しそうに笑った。


 その日、セレーナの屋敷では、誰も結婚を承諾していないにもかかわらず、

 花嫁衣装の色だけが決まった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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