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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

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第72話 今の言葉で、十分です

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。




 残された二人の間に、妙な静けさが落ちた。


「元気だなあ」


 先に口を開いたのはシンジだった。


「ええ」

「モリスさんに認められたことが、よほど嬉しかったんだろうな」

「そうでしょうね」


 セレーナは歩き出した。シンジも隣へ並ぶ。

 いつもなら気にならない足音が、今日はやけに近く聞こえた。


「先ほどは、変な質問をしました。忘れてください」


「どの質問だ?」

「分かっているでしょう」

「ルカみたいな話し方が好みかってやつ?」

「口に出さないでください」

「忘れろと言われてもな」


「では、忘れたふりをしてください」


「難しい注文だな」


 シンジが笑う。セレーナは前を向いたまま、ほんの少し歩調を速めた。


「悪かったよ」

「何がですか?」

「困らせたみたいだから」


「シンジは何も悪くありません」

「だったら、なんで怒ってるんだ?」

「怒っていません」

「速くなってるぞ」

「何がですか」

「歩く速さ」


 セレーナは足を止めた。シンジも一歩先で止まり、振り返る。


「怒っていません」


「分かった」


「本当に分かっていますか?」

「怒ってないんだろ?」

「そうです」


「でも、機嫌は悪い」

「悪くありません」

「じゃあ、どうしたんだ?」


 真っ直ぐ尋ねられ、セレーナは答えに詰まった。

 分からない。自分でも、どうしてこんなに落ち着かないのか。

 ルカへ向けられた言葉が、なぜ胸に引っかかったのか。

 なぜ、自分にも同じ言葉を向けてほしいと思ってしまったのか。


「……シンジは」


 セレーナは視線を逸らした。


「誰にでも、あのようなことを言うのですか?」

「あのようなこと?」

「かわいい、と」

「誰にでもは言わないよ」


「では、ルカだから?」

「ルカが聞いたから答えただけだ」


「聞けば、答えるのですか?」

「似合っていればな」


 セレーナは黙った。

 だったら、自分が聞けば、そんな考えが浮かび、すぐに押し込める。

 自分から尋ねるなど、できるはずがない。


 通りの向こうから荷車が近づいてきた。

 道の端へ避けようとしたセレーナの肩を、シンジが軽く抱き寄せた。


「危ないぞ」

「っ……はい」


 荷車が二人のすぐ横を通り過ぎる。

 気づけば、セレーナはシンジの胸元近くまで引き寄せられていた。


 肩を抱いている手が温かい。顔を上げれば、すぐ近くにシンジの顔がある。

 再構成を終え、ずいぶん若くなった顔。


 けれど、こちらを心配そうに見る目だけは、初めて会った時から変わっていない。


「大丈夫か?」

「大丈夫です」


「なら、よかった」


 シンジはすぐに手を離した。

 そのことに安堵したのか、残念に思ったのか。セレーナには分からなかった。


 二人は再び歩き始める。

 今度は先ほどよりも近い。袖が触れそうになるたび、セレーナの意識がそこへ引かれた。


「セレーナ」

「はい」


「さっきの話だけど」


 心臓が跳ねた。


「忘れてくださいと言いました」


「忘れる前に、一つだけ」

「何ですか?」

「セレーナは、話し方を変えなくていいと思うぞ」


 セレーナは顔を上げた。


「私は、変えようとしていません」


「話し方を変えてみるかって、ルカに言われてただろ」


「……私は、そのままで構わないと?」

「ああ。セレーナはルカとは違うからな」

「それは、かわいくないという意味ですか?」


 言ってしまった。まただ。今日の自分は、どうかしている。

 セレーナが顔を伏せるより先に、シンジが答えた。


「違うよ」


「では、どういう意味ですか?」


「今の話し方が、セレーナらしいから」


 ルカへ言ったのと、よく似た言葉だった。

 それだけなら、胸は落ち着いたはずだった。だが、シンジは続けた。


「落ち着くんだよ。セレーナの声を聞くと」


 セレーナの足が止まった。


「……落ち着く?」

「ああ」

「私の声で?」


「この世界に来て、何も分からなかった時、最初に言葉として聞いた声だから」


 シンジは少し照れたように頬をかいた。


「セレーナの声を聞いていると、その……安心する」


 かわいい、ではなかった。

 それなのに、ルカへ向けられた言葉よりもずっと深く、胸の奥へ落ちてきた。


「だから……そのままのセレーナでいてくれればいい」


 シンジは一度口を閉じた。それでも、誤魔化さずに続けた。


「そのままのセレーナが……えっと、好きだから」


 セレーナは目を見開いた。

 嬉しい気持ちが胸いっぱいに溢れ、息ができなくなる。

 好き。シンジがどのような意味で、その言葉を口にしたのかは分からない。


 自分を守ってくれた人としてなのか。

 声を聞けば安心できる相手としてなのか。

 それとも、別の意味が含まれているのか。


 けれど、今は問い詰めたくなかった。

 その言葉を、ただ胸の中へ大切にしまっておきたかった。


「……シンジは」

「うん?」

「そういうことを、簡単に口にしない方がよいと思います」


「いや、誤解されないように、素直に言ったつもりなんだが……」

「もう! そういうところです!」

「あれ? 怒ってる?」

「怒っていません」


「また足が速くなってるぞ」

「気のせいです」


 セレーナは歩き出した。

 今度は逃げるようには速くしなかった。

 シンジが隣へ並ぶのを待つように、ほんの少しだけゆっくりと。


「それで」


 シンジが尋ねる。


「ルカの質問には、どう答えればよかったんだ?」


「何の話ですか?」

「セレーナの声が好きって答えたらよかったか?」


 セレーナの足がまた止まりかける。


「もう忘れてください!」


「セレーナが言い出したんだろ」


 この人は、無自覚に私を追い詰めてくる。


「忘れたふりをしてください!」


 もう、許してほしい。


「それも難しい」


「もう……」


 セレーナは無理やり心を落ち着かせた。

 胸の奥で、小さな勇気が顔を出す。

 すぐに引っ込めてしまう前に、言葉へ変えた。


「答えは、いただきました」

「いいのか、あれで?」

「はい」


 セレーナは前を向いたまま続けた。


「私も、今のシンジが好きです」


 シンジの足音が止まった。

 セレーナも数歩先で立ち止まる。振り返る勇気はなかった。


「だから、今の言葉で十分です。シンジ、ありがとう」


 最後の部分は、自分でも驚くほど小さな声になった。


「なんか……面と向かって言われると、照れるなあ」

「シンジが先に言ったんです! あなたに照れられると、私はどう反応してよいのか困ります」


 シンジが隣へ追いつく。

 照れたように頬をかく仕草に、胸がまた騒がしくなった。

 格好のよい仕草ではない。


 それでも、とても愛おしく感じてしまう。

 そんな自分に気づき、セレーナは慌てて前だけを見た。

 同じ「好き」という言葉を口にしながら、二人はその意味を確かめなかった。


 ただ、その口元には、自分でも抑えきれない小さな笑みが浮かんでいた。

 屋敷へ戻ると、脇の馬車置き場に見慣れない馬車が停まっていた。

 車体に描かれた紋章を見た瞬間、セレーナの笑みが固まる。


「客か?」


 シンジが尋ねる。


「……ええ」

「誰か来る予定でもあったのか?」


「シンジ……そばにいてくださいね……」


「どういう意味で……って、なんで遠い目をしている!?」


 玄関前でエドガーが待っていた。


「お帰りなさいませ、セレーナ様。シンジ様」

「エドガー……」

「お客様がお見えです」


 老執事は、いつもと変わらない穏やかな顔で答えた。


「アリーシャ様が、お待ちです」


 シンジはセレーナを見る。


「さっきの、こういう意味だったの!? 今日来るって知ってたのか!?」

「知りません!」


 短い答えだった。先ほどまでの甘い余韻が、一瞬で吹き飛ぶ。玄関の扉が内側から開いた。


「遅いわよ、セレーナ」


 よく通る女の声とともに、アリーシャが姿を現す。


「待ちくたびれたわ」


 その視線が、並んで立つ二人へ向く。

 セレーナの赤い耳。まだ普段より近い、二人の距離。アリーシャの目が細くなった。


 その顔には、美味しそうなものを前にしたような、楽しげな笑みが浮かんでいた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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