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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

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第70話 名指しの依頼

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。




 翌日、ルカに迎えに来てもらったシンジはハーヴェル商会へ向かった。


 ハーヴェル商会の正面扉をくぐると、


「モリスさんに会いに来たの。シンジを連れてきたよ」


 受付にいた女性が顔を上げる。ルカの後ろにいるセレーナに気づくと、すぐに背筋を伸ばした。


「セレーナ様。お越しいただき、ありがとうございます」


「本日は、シンジへの同行です」


「承知いたしました。モリスがお待ちです」


 女性は受け台から出ると、三人を商会の奥へ案内した。

 客の話し声。荷物を運ぶ足音。木箱を置く音。

 店先の賑わいは、廊下を一つ曲がると扉の向こうへ遠ざかった。

 案内された部屋には、老人が一人で待っていた。


 白髪の混じった髪を後ろへ撫でつけ、焦げ茶色の上着を隙なく着込んでいる。

 机の上には、小さな包みと一通の封書が置かれていた。


 老人は立ち上がり、セレーナへ頭を下げる。


「セレーナ様。ご足労いただき、ありがとうございます」


「本日は、シンジの身元保証人として同席します」


「承知しております」


 老人の視線がシンジへ移る。


「初めまして。ハーヴェル商会で番頭を務めております、モリスと申します」


「シンジです。本日はお招きいただき、ありがとうございます」


「どうぞ、お掛けください」


 三人が椅子へ腰を下ろすと、モリスも机の向こうへ座った。その目が、ルカへ向く。


「ローデンでの話は、ルカから聞いております」

「ちゃんと全部話したの」

「ええ。たいへん熱心に」


 ルカが胸を張る。


「同じ話を三度ほど」

「大事なところだったからなの」

「三度とも、シンジさんがいかにすごかったかというお話でした」

「本当にすごかったの!」

「そのようですね」


 モリスは穏やかに答えると、机の上の包みを開いた。

 火起こしの道具。補修用の紐。小さな油壺。旅の途中で使う品々が、いくつかまとめられている。

 ローデンでルカが売った組み合わせと似ていた。


「本題の前に、一つ相談をお願いしてもよろしいでしょうか」

「相談?」

「ローデンで売れた品を、領都でも同じように扱えないかという話が出ています」


 モリスが並べた品を示す。


「こちらでも売れると思われますか?」


 シンジは机の上を見た。少し考えてから、首を横へ振る。


「分かりません」


 ルカが驚いて顔を向けた。


「分からないの?」

「ああ」

「ローデンでは売れたんだよ?」

「あそこだったから売れたのかもしれない」


 モリスの目が、静かにシンジを見ている。


「どういう意味でしょう?」

「ローデンには、これから街道を進む旅人がいました。足りない物があっても、次にどこで買えるか分からない人たちです」


 シンジは品を一つ手に取り、すぐに机へ戻した。


「それに、女将さんが札の文句を気に入って、客にも勧めてくれた。それも大きかったと思います」

「同じ品と札を用意しても、領都では売れないかもしれないと?」

「ここの客を知りませんから」


「では、何を確かめますか?」

「店に立っている人へ聞きます」

「何をでしょう?」


「客から、どんな物がないか尋ねられるのか。何を手に取って、買わずに戻すのか。旅支度をする客が、何に困っているのか」


 シンジは隣に座るルカを見た。


「ルカにも聞きます」


「私?」

「行商していて、旅人が何を忘れて困っていたか。俺より知ってるだろ」

「知ってるよ」

「それを聞いてから、領都で売る物を考えます」


 モリスが、包みの中の品へ視線を落とす。


「この組み合わせを、そのまま売るとは限らない?」

「ここで必要とされるなら売ります。そうでなければ、同じ物を作っても仕方ないと思います」

「商会へ来て、売らない方がよいと言われるとは思いませんでした」

「すみません」

「謝る必要はありません」


 モリスの口元に、わずかな笑みが浮かぶ。


「見もしないうちから売れると言い切られるより、安心しました」


 モリスは品を包み直した。


「この相談については、店の者とルカから話を聞いたうえで、改めてお願いしてもよろしいですか?」

「それなら」

「仕事としてお願いします。今日の相談についても、対価をお支払いします」


「まだ何も答えを出してませんよ」


「今のままでは答えを出せない理由を、聞かせていただきました」


 シンジは困ったように頭をかいた。


「それで、お金をもらっていいのかな……」

「仕事を頼む側が決めることです」


 セレーナが言う。


「安請け合いをせず、必要な確認をした。それも今回の仕事に含まれます」


「そういうもんか」

「そういうものです」


 シンジはまだ納得しきれない顔をしていたが、それ以上は言わなかった。

 モリスは包みを机の端へ寄せる。


「ローデンでの売上も確認しております」


 ルカの背筋が伸びた。


「破棄する予定だった品は売り切れました。そしてローデンから、同じ組み合わせの商品を扱いたいと、商会へ正式な注文が入っています」


 ルカの顔が明るくなる。


「女将さん、本当に注文してくれたんだ」

「ええ。札へ添えられた文句も、そのまま使いたいとのことです」

「やった!」


 ルカが両手を握る。モリスは、シンジとルカを見比べた。


「あの商品を売ったのは、どなたですか?」

「ルカです」


 シンジは迷わず答えた。


「シンジが売れるようにしてくれたの」


 ルカも、すぐに言い返す。


「組み合わせと文句を考えても、俺は客へ売ってないだろ」


「でも、シンジがいなかったら、全部捨ててたの!」

「客へ説明して、金を受け取ったのはルカだ」

「二人で売ったの!」


 ルカが言い切った。シンジは一度口を開き、閉じた。それから、小さく笑う。


「そうだな。二人で売った」

「うん」


 ルカも嬉しそうにうなずいた。モリスは二人をしばらく見ていた。


「なるほど」


 その目元が、わずかに柔らかくなる。


「ローデン卿が、シンジさんを名指しされた理由が少し分かりました」

「ローデン卿?」


 シンジが首を傾げる。


「マルタ・ローデン卿です」


「マルタ……」


 名前を繰り返してから、シンジは目を見開いた。


「もしかして、女将さん?」

「はい」


「女将さんが、ローデン卿? なんか偉い人っぽいけど……」


「シンジ、知らなかったの?」


 ルカが不思議そうに尋ねる。


「この世界に来たばかりの俺が知るわけがないだろ」

「そっか。あのね、あの女将さん、すっごく有名なの」

「だったら教えてくれよ」

「聞かれなかったの」

「そういう問題か?」

「だって、女将さんは女将さんでしょ?」


 ルカにとっては、それで話が終わるらしい。シンジは隣のセレーナを見る。


「セレーナも?」

「もちろん知っています」

「誰も教えてくれなかった……」


「身分を隠している方ではありません。シンジが尋ねなかっただけです」


「また俺が悪いのか?」

「悪いとは言っていません」


 セレーナの口元が少しだけ緩む。


「知らなかっただけです」


「その言い方、余計に刺さるな」


 ルカがくすくす笑った。モリスは、そのやり取りが収まるのを待ってからルカを見た。


「ルカ」

「はい」


 呼ばれたルカの背筋が、ぴんと伸びる。


「あなたはローデンで、商品を売っただけではなかったようですね」

「え?」

「商会に、良い縁を持ち帰ってくれました」


 ルカは意味を確かめるように、モリスの顔を見る。

 モリスは椅子へ座ったまま、ルカへ静かに頭を下げた。


「改めて礼を言います」

「モ、モリスさん?」

「シンジさんと出会い、ここまで縁をつないでくれて、ありがとう」


 ルカの目が大きく開いた。怒られる時よりも、ずっと困った顔になる。


「私……」


 膝の上で両手を握る。


「ちゃんと、商会の役に立てた?」

「ええ」


 モリスは迷わず答えた。


「今回は、胸を張ってよい仕事です」

「今回は、なの?」

「以前の失敗まで消えたとは申しておりません」

「やっぱり消えてないの……」

「ですが、それとは別に、今回は立派でした」


 ルカは俯いた。唇をきゅっと結んでいる。

 やがて顔を上げると、目元を少し赤くしながら胸を張った。


「うん。私、頑張ったの」

「知っています」


 シンジは、ルカの横顔を見ていた。

 自分が認められるより、ルカが褒められたことの方が嬉しかった。


 モリスは机の上の封書へ手を伸ばす。


「では、本日お越しいただいた、本来の理由をお話ししましょう」


 封には、ローデンの印が押されていた。


「こちらは、ローデン卿から届いた書状です」


 モリスは封書を、シンジの前へ置く。


「商会宛てではありません。シンジさん、あなた個人へ宛てられています」

「俺に?」

「はい」


 シンジは封書を両手で受け取った。

 封を切り、中の紙を広げる。文字は読める。

 だが、正式な書状らしい前置きが続き、意味を取り違える不安があった。


「セレーナ、読んでもらってもいいか?」

「はい」


 セレーナは書状を受け取った。


「サカイ・シンジへ」


 最初の数行は、形式に沿った挨拶だった。だが、途中から文章の調子が変わった。


「ローデンで、あんたが作った売り物は、正式に注文させてもらったよ」


 シンジが瞬きをする。


「女将さんの言葉だな」

「そのようですね」


 セレーナは続きを読む。


「捨てるはずだった品が、組み合わせと札の文句一つで、客が金を出す物に変わった。あたしは、その品より、そんなことを思いついたあんたの頭が気に入った」


 ルカが、得意そうにシンジを見る。


「ぬくみ石を運ぶ話も、あの場では概要を聞いただけで終わった。あれも含めて、あんたとは、もう少し腰を据えて話がしたい」


 セレーナの声だけが、静かな部屋へ響く。


「あんたと話せば、このローデンを宿場町以上に出来る予感がする。あたしの勘はよく当たるんだ。その勘があんたと話せと言っている」


 シンジは何も言わず、続きを待った。


「旅費と相談料はこちらで持つ。なんなら少し色を付けてやる。だから、ローデンへ来て、あんたの考えていることを聞かせな。まずは、来る気があるか返事を寄越しな」


 そこで書状は終わっていた。


「女将さんらしいな」

「かなり率直な書状です」


 セレーナは書状を丁寧に畳み、シンジへ返した。モリスが尋ねる。


「お返事は、いかがなさいますか?」


 シンジは、すぐには答えなかった。

 ローデンでやったことは、困っていたルカを手伝っただけだ。

 ぬくみ石の話も、思いついた概要を口にしただけだった。


 それを、女将は仕事として続きを聞きたいと言っている。


 シンジの左側で、ボードが淡く光った。


【指名依頼を確認しました】

【依頼主:マルタ・ローデン卿】

【依頼内容:ローデンにおける商談及び相談】

【返答:未決定】

「今回は勝手に受けないんだな」


【本人の判断が必要です】

「当たり前だろ」


 シンジは、手の中の書状を見た。

 女将の依頼を、今の自分がどこまでやれるかは分からない。

 だが、女将の勘と同じように、俺の勘が行けと言っている。


「行きます」


 シンジは顔を上げた。


「何ができるかは、まだ分かりません。でも、女将さんと話をしてみたい」


 モリスが静かにうなずく。


「そのように、返事をお預かりします」


  あの旅で通り過ぎた宿場町から、シンジの名前を呼ぶ声が届いた。


 今度は保護でも、検分でもない。自分の考えを聞かせてほしいという、仕事の声だった。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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