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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第三章 ~場所~

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第68話 見違えました

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさん、第三章スタートです。



 翌朝。

 シンジが食堂で二杯目の茶を飲んでいると、玄関の方から女性の声が聞こえた。


「セレーナさん、いる?」


 シンジは声のした方へ顔を向けた。


「うん? 誰か来たみたいだぞ

「誰か、ですか?」

「出迎えなくていいのか?」

「案内されて、ここへ来るでしょう」


 セレーナが澄ました顔で答えたところへ、食堂の扉が開いた。


「おはよう、セレーナさん」


 入ってきた女性を見て、シンジは動きを止めた。

 淡い緑色の上着。

 膝ほどまでの濃紺のスカート。

 肩に掛けているのは、小さな鞄だけだ。

 短めの髪はさらりと艶めき、毛先まできれいに揃っていた。

 前髪は柔らかく片側へ分けられている。

 反対側の髪は耳へ掛けられ、その上を小さな飾り留めが押さえていた。

 毛先が頬に沿い、額と顔の輪郭を柔らかく見せている。

 どこかで見た顔だった。

 声にも聞き覚えがある。


 けれど、すぐには名前が出てこない。


 女性もまた、シンジを見るなり足を止めた。


「……あの」

「はい」


 二人は、しばらく互いの顔を見た。

 女性の方が先に、セレーナへ視線を向ける。


「セレーナさん。こちらの人は?」

「俺も同じことを聞こうと思ってた。セレーナの知り合いか?」


 セレーナは二人を見比べた。


 その口元が、わずかに緩んでいる。


「お二人とも、もう少し相手の顔をよく見てください」

「知ってる人なのか?」

「私の知り合い?」

「はい。お互いに」


 シンジは改めて女性を見る。


 さらりと艶めく短い髪。

 耳元の小さな飾り留め。

 淡い緑色の上着と、濃紺のスカート。

 そして、少し不満そうに細められた目。

 膨らみかけた頬。

 その表情に、見覚えがあった。


「……まさか、ルカか?」


 女性の目が大きく見開かれた。


「えっ……シンジなの!?」


 二人の声が、ほとんど同時に重なった。


「本当にルカなのか?」

「本当にシンジなの!?」


 シンジは思わず、ルカを上から下まで見た。


「いや、待て。ルカって、こんな雰囲気だったか?」

「シンジの方こそ、全然違うの!」


 ルカはスカートの裾をつまみ、勢いよく一歩踏み出した。


「私は服を替えて、髪を整えただけなの!」

「だけって、別人みたいじゃないか」

「シンジは本当に別人みたいになってるでしょう!」


 ルカが詰め寄る。

 シンジは反射的に上半身を引き、右脇腹を押さえた。


「痛っ」

「シンジ!」


 セレーナがすぐに立ち上がった。

 ルカも驚いて足を止める。


「まだ怪我が治ってないの?」

「ほとんど治ってる。ただ、急にひねると少し痛い」

「だったら、急に避けないでよ」

「ルカが急に近づくからだろ」

「私だって、本当にシンジなのか確認したかったの!」


【対象者:ルカ】

「今さら表示しても遅い!」


 ルカがシンジの左側を見る。


「またボードが出てるの?」

「ああ。今になってルカだと教えてくれた」

「本人が目の前にいるのに?」


【照会されていません】

「聞かなかった俺が悪いのか?」


【肯定】

「最近、本当に普通に返事をするね」


 ルカには、ボードは見えていない。

 それでも文字が出る間や、シンジたちの反応で、返事の内容は分かるらしい。

 感心したようにうなずいたあと、もう一度シンジを見る。


「それで、本当にシンジなの?」

「今度は分かっただろ」

「声と話し方はシンジだけど……」


 ルカは、まだ納得しきれない様子で首を傾げた。


「シンジは、もっとお父さんっぽかったの!」


 食堂の端で食器を片づけていたミアが吹き出した。

 ノーラも慌てて口元を押さえる。


「笑うところじゃないぞ」

「す、すみません」

「でも、以前は確かに……」


 ノーラがシンジの顔を見て、慎重に言葉を選ぶ。


「もう少し年上に見えました」

「もう少しじゃないの」


 ルカが即座に訂正した。


「かなり年上だったの」

「実際、五十二歳だったからな」

「それがどうして、私と同じくらいの歳に見えるのよ!」

「いや、ルカの方がまだ年下だぞ」


 ルカの頬が膨らんだ。


「分かってるの!」

「怒るところか?」

「シンジが、子供扱いしたから!」

「してないだろ。年齢の話をしただけだ」

「言い方が子供扱いなの!」


 ルカはシンジの正面へ回り込み、じっと顔を見た。


「近い」

「確認してるの」


「何を?」

「本当にシンジかどうか」


「顔を近づけても、本人確認にはならないだろ」

「目元は同じ……」


 自分の話を聞く時、少しだけ目尻が下がる。

 困った時には頭をかく。


 言葉では文句を言っていても、本気で突き放すほど声は冷たくならない。

 ローデンへ向かう旅の中で、いつの間にか覚えていたシンジの表情だった。


 そこにいるのは、確かにシンジだ。


 それなのに、自分とそれほど変わらない年頃の青年に見える。

 目が合った瞬間、ルカの胸が一度、大きく鳴った。


「どうした?」


 シンジが首を傾げる。


「な、何でもないの!」


 ルカは勢いよく離れた。


 何で、シンジなのに、お父さんみたいな人なのに、

 お父さん相手に、何でドキドキしているの落ち着いて、ルカ。

 これは、いつものシンジだ。


「顔が赤いぞ」

「暑いの!」

「今日は涼しいぞ」

「うるさいの!」

「今日、その言い方多くないか?」


 シンジが目を細める。


「何が?」

「なの、なのって」


 ルカの肩が小さく揺れた。


「別に普通なの」

「普段は、そんなに言わないだろ」

「今日はこういう格好だから、少しくらい女の子らしくしてもいいの!」

「服に合わせて、言葉まで変えてたのか」

「悪い?」

「いや」


 シンジは改めてルカの姿を見る。


 膝丈のスカート。

 柔らかく片側へ流された前髪。

 櫛を通してさらりと整えられた短い髪と、耳元の小さな飾り留め。

 普段のルカは、動きやすさを優先した服装をしている。

 短い髪も、寝癖なのか風に吹かれたのか分からないほど無造作で、

少年と見間違えても不思議ではなかった。


 だが、髪の分け方を変え、輪郭を出し、

小さな飾りを添えるだけで、印象は大きく変わる。

 行商人としての姿ばかりを見ていたが、

 ルカもこうしておしゃれを楽しむ女の子なのだ。


「それにしても、商会へ行く時は、いつもそんな格好なのか?」


 シンジが尋ねると、ルカは自分のスカートへ目を落とした。


「受付の仕事を頼まれる時は、たまにおしゃれするよ」

「受付もやるのか」

「人が足りない時だけなの。ずっと座ってるのは苦手だから」

「それはルカらしいな」

「でも今日は、その……」


 ルカの指が、スカートの裾をつまむ。


「何だ?」

「シンジに、ちゃんとしてる私を見せたかったというか、その……」


 語尾が小さくなる。

 今日はルカ自身が服を選び、髪を整え、ここへ来たのだ。

 自分に見せるために、そう思うと、シンジは少し嬉しくなった。


「ルカ、かわいいぞ」


 ルカが勢いよく顔を上げた。


「本当!?」

「ああ。今日は見違えたから、最初は誰か分からなかったくらいだ」

「そっか!」


 ルカの顔が、ぱっと明るくなる。


「なら、仕方ないね」

「何が仕方ないんだよ」

「かわいすぎて分からなかったんでしょう?」

「自分で言うようになったな」

「シンジが言ったの!」

「まあ、確かに言ったけどな」


 シンジは腕を組み、少し真面目な顔でルカを見る。


「ふむ、可愛い娘が、悪い男や変な男に騙されないか。嫁に出すまで、お父さん、心配だ」


 ルカは一瞬だけ目を丸くした。


「あ、それなら……」

「何だ?」

「なら、シンジが私をお嫁さんにすればいいんじゃない?」


 セレーナの手が止まった。

 持ち上げかけていた杯が、空中で固まる。


「何でそうなるんだよ」

「シンジなら悪い男じゃないし、変な男でもないよ」

「そういう問題か?」

「それに、シンジが一緒にいれば、心配しなくて済むの」

「なるほど」


 シンジは声を上げて笑った。


「あはは。それはいいな」

「……です」


 小さな声だった。

 けれど、三人の動きがぴたりと止まった。


「ん?」

「え?」


 シンジとルカが、同時にセレーナを見る。

 セレーナは杯を持ったまま、自分でも驚いたように目を揺らしていた。


「今、何か言ったか?」

「だめ、と聞こえたよ」


 二人に見つめられ、セレーナの頬がゆっくり赤くなる。


「その……」


 杯を静かに卓へ戻す。


「シンジが、簡単に婚姻の話を受け入れるのは、だめです」

「受け入れてないぞ」

「それはいいな、と言いました」

「冗談だよ」

「分かっています」

「じゃあ、何が駄目なんだ?」

「それは……」


 セレーナの視線が、シンジとルカの間を行き来する。

 答えは出てこなかった。


 代わりに、シンジの左側でボードが淡く光る。


【セレーナの心拍数上昇を確認しました】

「表示しなくていいです!」


 セレーナの声が食堂へ響いた。


「心拍数……」

「健康状態に問題はありません!」

「聞いてないぞ」

「では、聞かないでください!」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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