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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第67話 二人の気持ち

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。


第一章は全面改稿しました。

内容もかなり変更しましたので、読んでいただけると幸いです。



 セレーナも支所へ戻る時刻だった。


 外套を整え、扉へ向かう。


「行ってまいります」


「ああ。いってらっしゃい」


 セレーナが扉を開ける。


「セレーナ」


 シンジが呼び止めた。


 振り返った彼女へ、軽く頭を下げる。


「ここまで、ありがとうな」


「急にどうしたのですか?」


「怪我してる間、毎日見に来てくれただろ。朝も夜も」


「当然のことです」


「その当然が、ありがたかった」


 シンジは顔を上げた。


「もう普通に動けるそうだし、これからはそこまで気を遣わなくていいぞ」


 セレーナの表情が、わずかに止まった。


「気を遣っていたわけではありません」


「分かってる。ただ、仕事もあるだろ?」


「……はい」


「俺の面倒を見るために、無理しなくていいってことだ」


 セレーナは何か言いかけ、口を閉じた。


「分かりました」


 それだけ答え、部屋を出ていく。


 閉じた扉を見ながら、シンジは首を傾げた。


「また何か言い方を間違えたか?」


【可能性があります】


「どこを?」


【判断材料が不足しています】


「肝心な時に分からないんだな」


     ◇


 その夜。


 セレーナは、いつもより遅く屋敷へ戻ってきた。


 食堂では、すでに夕食が始まっている。


「おかえり」


 シンジが、いつもの席から声をかけた。


 その隣には、セレーナの器が用意されている。


「……ただいま戻りました」


「今日は遅かったな」


「少し、仕事が長引きました」


 マーサが温め直した煮込みを運んでくる。


 ノーラがパンを置き、ミアが水を注ぐ。


 何日も繰り返した、いつもの食卓だった。


 食事が始まると、ノーラとミアが昼間に起きた小さな失敗を巡って言い合い、

 マーサが二人をたしなめる。


 エドガーは静かに食べながら、必要な時だけ口を挟む。


 シンジが肉を大きく切ろうとしただけで、セレーナが手元を見る。


「右手を使いすぎないでください」


「肉を切るくらい自分でできる」


「できることと、今やる必要があることは別です」


【右腕への負荷:軽度】


「軽度ならいいだろ」


「積み重なると痛みます」


「お前ら、完全に同じ側だな」


 ノーラとミアが笑う。


 特別なことは何も起こらなかった。


 ただ、皆と同じ料理を食べ、同じ話を聞き、同じことで笑った。


 シンジには、それで十分だった。


 金はない。


 正式な身分も、まだ仮のままだ。


 帰る方法も分からない。


 それでも、自分の器が置かれる場所はある。


 食事を終えると、マーサたちは片づけを始めた。


 シンジも皿を持って立ち上がろうとする。


「置いておいてください」


 マーサに止められた。


「皿一枚だぞ」


「今日は、元気になったお祝いです。座っていてください」


「診察が終わっただけだろ」


「十分なお祝いですよ」


 マーサは笑い、皿を持って厨房へ向かう。


 ノーラとミアも、その後を追った。


 エドガーは一礼し、別の仕事へ戻っていく。


 食堂には、シンジとセレーナだけが残った。


「セレーナ」


「何ですか?」


「朝のことだけど」


 セレーナの手が止まる。


「俺、何か変なことを言ったか?」


「いいえ」


「でも、何か言いたそうだっただろ」


「気のせいです」


「それ、最近便利に使いすぎじゃないか?」


 セレーナは答えなかった。


 シンジは少し待った。


「もう面倒を見なくていいって言ったのが、まずかったか?」


「面倒を見ていたわけではありません」


「じゃあ、何だ?」


 セレーナは食卓へ視線を落とした。


 指先が、空になった杯へ触れる。


「朝、シンジに言われてから、ずっと考えていました」


「何を?」


「なぜ、嫌だったのかを」


「嫌だった?」


「もう来なくていいと言われたことがです」


 セレーナは顔を上げた。


 逃げるような視線ではなかった。


「私は、あなたを保護する巡回書記官です」


「ああ」


「身元保証人でもあります」


「それも知ってる」


「けれど、それだけなら、怪我が治ったことを喜んで、私の役目は終わったと思えたはずです」


 声がわずかに震えた。


 それでも、言葉は止まらなかった。


「そうは思えませんでした」


「セレーナ」


「もう私がいなくても大丈夫だと言われたようで、嫌だったのです」


 シンジは何も言えなかった。


 セレーナは胸元へ手を置いて俯いた。


 しばらく沈黙の後、静かに顔を上げた。


「私は……あなたのそばにいたい」


 はっきりとした声だった。


「役目だからではありません」


 一つずつ、自分の気持ちを確かめるように続ける。


「あなたの役に立ちたい」


「あなたのことを、もっと知りたい」


「あなたが知らないことも、私が知らないことも、一緒に考えたい」


 セレーナは一度、息を吸った。


「あなたが困っている時、立場上仕方なく手を貸すのではなく、私が助けたいのです」


 静かな食堂に、セレーナの声だけが響いていた。


「この気持ちを何と呼ぶのか、今は分かりません……」 


「ですが……それを……勝手に終わらせないでください」


 シンジの胸の奥が、強く締めつけられた。


 美人だからでもない。


 書記官だからでもない。


 自分を保護してくれた恩人だからでもない。


 目の前にいるセレーナという人が、自分のことを大切に思ってくれている。


 その重さが、今になって届いた。


「悪かった」


 シンジは言った。


「俺は、セレーナのために言ったつもりだった」


「分かっています」


「これ以上、甘えるなと自分自身に向けた言葉でもあったんだ」


「はい」


「だけど、色々と置き去りにした言葉だったようだ。俺自身の気持ちも」


 セレーナの肩から、わずかに力が抜けた。


 シンジは、真っすぐ彼女を見る。


「俺も、セレーナにそばにいてほしい」


 セレーナの目が見開かれる。


「仕事だからじゃなくて」


 シンジは続けた。


「セレーナがいてくれると安心する」


「一人で考えるより、一緒に考えたい」


「俺のことをもっと知ってほしいし、俺もセレーナのことをもっと知りたい」


 言ってから、少しだけ照れくさくなった。


「だから、これからも、そばにいてくれないか?」


 セレーナは、しばらくシンジを見つめていた。


 頬がゆっくりと赤くなり、瞳が揺れる。


 だが、今度は顔を背けなかった。


「はい」


 それだけ答える。


 けれど、その一言には、巡回書記官としての義務も、身元保証人としての責任も含まれていなかった。


 セレーナ自身の返事だった。


「では、明日も様子を見に行きます」


「毎朝来るのか?」


「行ってはいけませんか?」


「いや」


 シンジは笑った。


「来てくれると、嬉しい」


 セレーナも笑った。


 戸惑いは、まだ胸の中にある。


 この気持ちが何なのか、すべて分かったわけではない。


 それでも、もう職務の後ろへ隠す必要はなかった。


 彼のそばにいたい。


 彼の役に立ちたい。


 もっと知りたい。


 その願いが自分の中にあることを、セレーナは初めて素直に受け入れた。


 そして。


 受け入れられたことが、たまらなく嬉しかった。


 明日も、この家にはシンジがいる。


 明日も、自分は彼のそばへ行ける。


 それが恋なのか。


 それとも別の感情なのか。


 まだ、二人とも知らない。


 ただ。


 二人が踏み出した最初の一歩は、同じ方角を向いていた。




 第二章 完


ここまでお読みいただきありがとうございます。


これで第二章 完 となります。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


まだまだ続く、少し甘酸っぱいセレーナとシンジの物語?


第三章もお付き合いいただければ嬉しいです。


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