第66話 役目ではない
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんの、
なぜか若返ってしまった物語をお楽しみください。
翌朝。
客室へ入ってきた治療師は、寝台脇に立つシンジを見て足を止めた。
「……失礼ですが」
「はい」
「どなたですか?」
シンジは一度、自分の後ろを振り返った。
「俺ですけど」
「俺、とは?」
「シンジです」
治療師は黙った。
シンジを見る。
隣に立つセレーナを見る。
もう一度、シンジを見る。
「……シンジさん?」
「はい」
「黒沼から運び込まれた?」
「そうです」
「肋骨を痛めて、顔中に傷と腫れがあった?」
「そのシンジです」
治療師の目が大きく見開かれた。
「えええええええっ!?」
客室に大声が響いた。
廊下の向こうで、何かを落とす音がする。
「先生、声が大きいです」
セレーナが眉をひそめた。
「大きくもなります!」
治療師は鞄を床へ置くことも忘れ、シンジの周囲を一周した。
顔を見る。
肩を見る。
腕を見る。
少し離れて全身を見る。
「傷が治ったという話ではありませんよね?」
「まあ、そうですね」
「別の身体になっていませんか?」
「認識としては、だいたい合っています」
「合っているのですか!?」
治療師がセレーナを見る。
「説明をお願いします」
「私に言われましても」
「あれから身体の再構成が進みまして」
シンジが自分の顔を指した。
「若返りがあって、こうなりました」
「若返りがあって、と言われても困ります!」
「ですよねえ」
「そんな症状、治療師になってから一度も見たことがありません!」
「俺も五十二年生きてきて、初めてです」
「どう反応すればよいのですか?」
「俺も戸惑ってます」
治療師は額を押さえた。
「私は治療師であって、同一人物かどうかを判定する役人ではないのですが」
「本人です」
「今は本人の申告が一番信用しづらい状況なんですよ!」
「ファンタジーの人も、こういうのには驚くんだな」
「ふぁんたじいが何かは知りませんが、人が数日で別人のようになれば驚きます!」
「それはそうか」
セレーナが小さく息を吐いた。
「外見の変化は完了しています。これ以上若返ることはないそうです」
「それは誰の診断ですか?」
「ボードです」
「この状況で、最も信用してよい相手なのか判断に困りますね……」
【身体再構成:完了】
【外形安定:完了】
「本人がそう言っています」
「見えない相手に断言されても、私には確認できません!」
治療師はしばらく頭を抱えていたが、やがて治療師としての顔へ戻った。
「とにかく、身体を診ます」
「お願いします」
「見た目に惑わされず、以前の負傷とのつながりから確認します」
シンジを寝台へ座らせ、治療師は右脇腹へ指を当てた。
「深く息を吸ってください」
シンジが胸を広げる。
右の奥に、わずかな痛みが残る。
「吐いて」
ゆっくり息を吐く。
治療師は肋骨に沿って触れる位置を変え、腫れと骨の状態を確かめていく。
「ここは?」
「少し痛い」
「こちらは?」
「そこは大丈夫です」
「身体を右へひねれますか?」
慎重に上半身を動かす。
途中で脇腹が引きつった。
「そこまでで結構です」
「まだ駄目ですか?」
「駄目なのではありません。無理をする必要がないのです」
「同じようなものじゃないか?」
「違います」
セレーナが即座に答えた。
「治っていないことと、回復途中だから無理を避けることは別です」
「治療師より先に説明するなよ」
「何度も同じことを言われているでしょう」
【セレーナの説明は適切です】
「朝から二対一か」
「私はまだ何も責めていませんよ」
治療師が言った。
「まだ?」
「診察結果を見てからです」
「責める前提なのか?」
「怪我人が言う『少しなら大丈夫』ほど信用できない言葉もありませんので」
治療師は診察を続けた。
背中。
呼吸。
顔の傷。
手足の動き。
最後にもう一度、肋骨の状態を確かめる。
やがて治療師は手を離したが、すぐには何も言わなかった。
「どうですか?」
セレーナが尋ねる。
「……驚きました」
「外見の話はもう終わりましたよ」
「今度は回復の話です」
治療師はシンジの右脇腹を見る。
「前回の状態なら、屋敷の外へ出歩けるまで、少なくともあと五日以上はかかると見ていました」
「それが?」
「すでに、出歩いても問題ない状態です」
シンジが目を瞬いた。
「そんなに早いのか」
「骨のつき方も、腫れの引き方も、傷の塞がり方も予想以上です」
治療師は改めて、シンジの身体を見た。
「完全に治ったわけではありません。傷が消えたわけでもない。それでも、回復の積み重なりが明らかに早い。おかしいです」
ボードへ文字が浮かぶ。
【回復進行:良好】
【体調管理:常時作動中】
【損傷拡大抑制】
【致命的損傷の回避補助】
【生存維持及び回復効率の向上】
セレーナが、表示を一つずつ読み上げた。
治療師の表情が変わる。
「損傷拡大を抑え、致命傷を避ける?」
「シュゼーレンで襲われた時も、これが働いたらしいです」
シンジが答える。
「怪我そのものを消すわけじゃない。ただ、死ににくくして、傷を最小限に抑えて、回復を助ける」
「それを健康管理と呼ぶのですか?」
「名前だけ聞くと地味ですよね」
「地味どころではありません」
治療師は真剣な顔で、ボードのある辺りを見た。
「戦場や事故現場では、どれほど高価な治療術より欲しがられる能力です」
「やっぱり、すごいスキルなのか」
「すごいなどという言葉で済ませてよいものではありません」
治療師は息を吐いた。
「傷を負わなくなる能力ではない。ですが、致命的な損傷を避け、本来なら重傷になる傷を軽く抑え、その後の回復まで底上げする」
治療師はシンジを見る。
「派手ではありませんが、生き残るための能力です」
シンジは、自分の胸元へ手を当てた。
シュゼーレンで受けた衝撃。
地面へ叩きつけられた痛み。
あの時、これがなければどうなっていたのか。
「……生きて帰るための力か」
【肯定】
「自分でうなずくのか」
治療師は、ようやく少し笑った。
「驚きの結果ですが、この状態なら、出歩いても問題ないでしょう」
「本当ですか?」
「はい。ただし、走らない。重い物を持たない。急に身体をひねらない。疲れる前に戻る」
「分かりました」
「シンジさんではなく、セレーナ様が返事をするのですか?」
「本人の返事だけでは不安なので」
【過去の自己管理実績を考慮すると妥当です】
「お前まで」
「本人より、セレーナ様の方がシンジさんを管理できているようですね」
「俺の診察ですよね?」
「身体はシンジさんのものですが、信用は共有されていないようです」
「先生も結構言うなあ」
「患者を大人しくさせるのも治療の一部です」
治療師は鞄を閉じる。
「普通の人は、外出先で走って、重い荷物を抱えて、勢いよく身体をひねったりしません。何もできないような顔をしないでください」
「顔に出てました?」
「よく出ています」
【肯定】
「お前は答えなくていい」
「問題がなければ、次の診察は必要ありません」
「もう終わりか」
「名残惜しいですか?」
「治療されるのが趣味なわけじゃない」
「それなら、次に会う時は怪我人ではない姿でお願いします」
治療師はシンジの顔を見て、少し間を置いた。
「もっとも、次に会った時も同じ姿か、まず確認する必要がありそうですが」
【外形安定:完了】
「もう変わりません」
「その言葉を信じたいですねえ」
治療師は最後まで半信半疑のまま、エドガーに案内されて客室を出ていった。
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