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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第60話 エルストリアの記憶

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレが戻ってきた?おっさんがの物語をお楽しみください。



 セレーナは、しばらく何も言わなかった。


「そんなに大変なことなのか?」


「大変という言葉では足りません」


 セレーナは、ようやく身体を起こした。


 シンジの肋骨へ負担をかけないよう、慎重に左側へ重みを移し、寝台の横へ座り直す。


 離れた途端、互いに目を合わせられなくなった。


 シンジも左腕を下ろす。


 そこに残ったぬくもりを意識しないよう、右の脇腹へ手を当てた。


「今みたいに、エルストリアの記憶?だったか、が何かに触れるのを拒まれたことはあるのか?」


「ありません」


「一度も?」


「私が知る限りでは」


「それで、そのエルストリアの記憶って何なんだ?」


 セレーナは、文字の消えた記録板を両手で持った。


「エルストリアとは、この世界の名です」


「この世界、名前があったのか」


「当然あります」


「誰も教えてくれなかったから、俺の中ではずっと異世界だった」


「異世界という名ではありません」


「それは分かってる」


 ルカが目を丸くする。


「シンジ、世界の名前も知らなかったの?」


「異世界初心者なんだ。仕方ないだろ」


「エルストリアの記憶は、この世界そのものが持つ記憶です」


 セレーナが話を戻した。


「世界そのもの?」


「森で一本の木が芽吹いたことも、誰にも見られず石が割れたことも、人が何を行い、何を口にしたのかも」


 セレーナは、黒い記録板へ指を置いた。


「この世界で起きた森羅万象を、エルストリアの記憶は歪めず、曲げず、ただ覚え続けています」


 シンジは、すぐに言葉を返せなかった。


「神様みたいなものか?」


「神とは違います。善悪を決める存在ではありません。人を救うとも、罰するとも限りません」


「ただ、覚えている?」


「はい。起きたことを、そのまま」


 セレーナが記録板を持ち上げる。


「巡回書記官の記録板は、エルストリアの記憶へ触れるための魔道具です」


「待て」


 シンジは、領都へ向かう途中で見た光景を思い出した。


 荷札をごまかしていた男。


 言い逃れを続けていたはずの男が、セレーナからただ一言、


「記録しますよ?」


 そう告げられただけで、顔色を変えた。


 まだ何も調べられていない。


 罰を言い渡されたわけでもない。


 それなのに男は、記録されることそのものを、異様なほど恐れていた。


「そういうことか」


「何がですか?」


「あの時、荷札をごまかしていた男が、記録するって言われただけで急に怯えただろ」


「はい」


「あいつは、それに怯えていたんだな」


 シンジは、黒い記録板を見る。


「世界が覚えていることと、照らし合わされるのを怖がっていたのか」


「そうですね」


「そりゃ、あんな顔にもなるな」


 シンジは、改めて記録板を見た。


「巡回書記官の記録って、相手が話したことを板へ書き残していたわけじゃなかったのか?」


「それだけではありません」


「機関へ送って、大勢で読んで、みんなで話し合っているとか」


「機関は後から、その内容を写し取り、人が扱う記録として整理し、保管します。ですが、その場で何が起きているのかを見ているのは、人ではありません」


 セレーナの声は静かだった。


「相手の答えや、その場で起きたことを、エルストリアが覚えているものと照らし合わせます。嘘やごまかしが混じれば文字が揺れ、隠されたことがあれば、その周囲が乱れます」


「世界そのものと、答え合わせをしていたのか?」


「はい」


「本当に?」


「本当です」


「そんな大層なファンタジーだったの!?」


「ふぁんたじー?」


「いや、こっちの話だ」


 シンジは額へ手を当てた。


 異世界へ来た。


 魔法を見た。


 黒い沼に飲み込まれかけた。


 それでも巡回書記官の仕事だけは、どこか現実の延長で考えていた。


 現場で人の話を聞き、板へ残し、機関へ送り、人間が判断する。


 そんなものだと思っていた。


 違った。


 セレーナは人へ問いかけながら、その向こうにある世界の記憶へ触れていたのだ。


「セレーナをごまかせるかどうかじゃなかったんだな」


「私一人を欺くことは、できるかもしれません」


 セレーナは記録板を見る。


「ですが、世界が覚えていることまでは変えられません」


「そりゃ、怖がるわ」


 シンジは深く息を吐いた。


 思っていたより、ずっと大きな仕事だった。


 冷静で。


 目の前の違和感を見逃さなくて。


 少し融通が利かない書記官。


 そんな見方だけでは足りない。


 セレーナは、世界の記憶へ触れることを許された人間だった。


「すごい仕事だったんだな」


「今まで、何だと思っていたのですか」


「ものすごく権限の強い、出張型の書記官」


「……間違いではありませんが」


「少し怒った?」


「少しだけです」


 ルカが笑った。


「シンジ、セレーナさんのこと知らないこといっぱいあるね」


「ああ。今日だけで、ずいぶん増えた」


 学院時代のこと。


 アリーシャとの関係。


 両親のこと。


 巡回書記官が触れているもの。


 ……そして……見事なやわらかさがあることを。


 セレーナって、意外と着痩せするタイ……けしからん! 俺、けしからんぞ!


 と、とにかく、様々な面があることが分かった。


「それで」


 シンジは左側に浮かぶボードを見る。


「そんな世界の記憶が、こいつの中を見ようとして、拒まれた?」


「そのようです」


「世界中のことを覚えているんだろ?」


「はい」


「それでも、中を見られなかった」


 セレーナは答えず、ボードを見つめた。


 試すように手を伸ばす。


 指先は何の抵抗もなく、半透明の板を通り抜けた。


「見えますが、触れません」


「俺は触れるぞ」


 シンジがボードの端を押す。


 板が少し動く。


 手を離すと、いつものように左側へ戻ってきた。


「動きました」


「本当に見えてるんだな」


「先ほどから、そう言っています」


「二人だけで話を進めないで」


 ルカが頬を膨らませる。


「私は何も見えないんだけど」


「悪い」


「どんな板なの?」


「薄くて、半透明で、文字が出る」


「大きさは?」


「これくらい」


 シンジが両手で示す。


 ルカは何もない空間へ手を伸ばした。


 当然、何にも触れない。


「私だけ見えない」


「今回だけだ」


「次は見える?」


「俺にも分からない」


 ボードの文字が切り替わった。


【接触痕跡を確認】


【視認同期:一名】


「セレーナ一人だけ、見えるようになったらしい」


「やっぱり仲間外れなの」


「俺が決めたんじゃない」


「ボードに言って」


「聞いてるか。ルカも見たいそうだ」


 新しい文字は出ない。


「無視された」


「板にまで無視された……」


 ルカが肩を落とす。


「エルストリアの記憶へ触れた痕跡が、私に残ったのでしょうか」


「たぶんな」


「世界の記憶でも中を見られなかったものが、セレーナには見えるようになったのか」


 シンジはボードを見る。


 これまでは、異世界で与えられた便利な機能だと思っていた。


 自分の状態を表示する。


 称号を勝手につける。


 時々、余計な一言を出す。


 だが、エルストリアの記憶ですら、その奥へ触れられなかった。


「お前、何なんだ?」


【質問の形式が不適切です】


「またそれか」


 セレーナも表示を読み、わずかに眉を寄せた。


「聞き方を変えればよいのでは?」


「簡単に言うなよ」


 その時、ボード全体が淡く輝いた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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