第61話 この世界にあるもの
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレは柔らかかった?おっさんの物語をお楽しみください。
【最適構成完了】
【現地文字読解:解放】
【物品情報:参照範囲拡張】
【現地知識照会:解放】
シンジは、表示を順番に読み上げた。
「現地文字読解。物品情報の拡張。現地知識照会……」
「この世界の知識を、得たということですか?」
「試してみる」
シンジは寝台脇の机へ目を向けた。
そこには、次に飲むための薬包が置かれている。
表面には、これまで意味のない線にしか見えなかった文字が並んでいた。
文字の形は変わらない。
だが、その意味だけが、輪郭を持つように自然と頭へ入ってきた。
「鎮痛薬。一日二回、食後」
「読めるのですか?」
「ああ」
ルカが薬包を持ち上げた。
「本当に、そう書いてあるよ」
シンジは別の行を見る。
「強い眠気が出た場合は、服用を一度止める」
「そこまで読めるの?」
「読める」
シンジは、自分でも驚いていた。
会話が通じることとは違う。
この世界の人々が残した言葉を、自分で読める。
商品名。
値札。
契約。
看板。
本。
料理の作り方。
これまで人へ聞かなければ分からなかったものへ、自分から手を伸ばせる。
「現地知識照会っていうのは?」
ルカが尋ねる。
「この世界にあるものや、仕組みを調べられるらしい」
「何でも分かるの?」
「どうだろうな」
シンジは少し考えた。
「エルストリアに存在する物や仕組みについて、一般的な知識なら答えられるのか?」
【肯定】
「じゃあ、俺のいた世界にあって、こっちにないものは?」
【エルストリアに該当知識なし】
「そっちは自分で何とかしろってことか」
【肯定】
「だよな」
「何が分かったの?」
ルカが尋ねる。
「この世界にある材料や仕組みは探せる。でも、こっちに存在しない完成品の作り方までは分からない」
「それでも、すごいよ」
「ああ。かなりすごい」
現代で知っているものを、そのまま持ち込むことはできない。
だが、実現に必要な性質を考え、この世界に存在する物を探すことはできる。
熱を長く保つもの。
水をきれいにするもの。
香りを付ける草。
食べ物を冷やす方法。
甘みを加える材料。
それらを組み合わせて何を作るかは、シンジが考えればいい。
思いつきだけでは、異世界で何も作れない。
だが、現地に何があるのか分かれば、思いつきを現実へ変えられる。
「これなら」
「何か思いついたのですか?」
「まだ何も」
シンジは笑った。
「でも、今までよりは、できることが増えた」
そこで、寝台脇に置かれた銀縁の鏡が目に入った。
鏡の中には、まだ見慣れない若い顔が映っている。
「そういえば、こっちはどうなんだ」
「こっち?」
ルカが鏡をのぞき込んだ。
「俺が若返った理由だよ。現地知識とやらが増えたなら、何か分からないか?」
シンジは鏡の中の自分を指した。
「俺の身体に、何が起きてる?」
ボードの文字が切り替わった。
【身体再構成:継続中】
【外形安定:未完了】
「理由を聞いたんだけどな」
表示は変わらない。
隣で見ていたセレーナが、わずかに眉を寄せた。
「少なくとも、変化はまだ終わっていないようです」
「それ、安心できる言い方じゃないな」
【安静を推奨】
「そこだけは一貫してるな」
理由は、まだ分からない。
ただ、若返りが終わったわけではないことだけは分かった。
ボードが左側で淡く光った。
セレーナも、その光を見ている。
今まで自分だけのものだった視界を、初めて誰かと共有している。
それは、思っていたより不思議な感覚だった。
「よかったね、シンジ」
ルカが笑う。
「私は見えないけど」
「まだ言うのか」
「だって、くやしいんだもん」
その時、廊下の向こうから慌ただしい足音が聞こえた。
先ほどの光に、屋敷の者たちが気づいたのだろう。
ルカが扉の方を振り返る。
「私、エドガーさんたちに大丈夫だって言ってくる」
「頼む」
「二人だけになったからって、また倒れたら駄目だよ」
「倒れたくて倒れたんじゃない」
「セレーナさん、見張っててね」
「もちろんです」
「信用がない」
ルカは笑いながら部屋を出ていった。
扉が閉まる。
客室には、シンジとセレーナだけが残った。
急に静かになった。
ボードもいったん消え、昼の明るさだけが戻っていた。
「記録板は大丈夫なのか?」
「はい。壊れてはいません」
とても丈夫な素材で、剣で斬りつけても傷が付かないと、説明される。
「ボードが世界の記憶を弾いたせいで、何か残ったりしてないか?」
「今のところは、何も」
セレーナが記録板の表面を確かめる。
「拒まれたのは記録板ではありません。その向こうからボードへ触れようとした、エルストリアの記憶です」
「そっちの方が大ごとじゃないか?」
「……そうとも言えます」
セレーナが記録板を胸へ抱え、立ち上がる。
「今日は、もう動かないでください」
「分かった」
「本当に?」
「次に倒れたら、また助けてもらわないといけないからな」
セレーナの足が止まった。
「それは」
「冗談だ」
「そういう冗談は、やめてください」
背中を向けたまま、声が小さくなる。
髪の間から見える耳が、また赤くなっていた。
「それから、シンジ」
「何だ?」
「私……こういうことは、初めてだったのですからね」
「え?」
シンジは身体を起こしかけた。
「動かないでください」
「はい」
「何かしたか、俺?」
「事故だったことは分かっています」
「なら」
セレーナは扉へ顔を向けたまま、記録板を胸へ抱き寄せた。
「男性に抱きついたことも」
声が震える。
「抱きつかれたことも、ありません」
「……」
「あれほど近くで、男性に触れたことも」
「いや、俺も変なことは何もしてないぞ」
「分かっています!」
思ったより強い声が返ってきた。
「分かっていますが……シンジが、何も気にしていないようでしたので」
「気にしてないわけないだろ!」
反射的に声が出た。
セレーナが、ゆっくり振り返る。
頬が赤い。
だが、その目には少しだけ好奇心が混じっていた。
「……気にしたのですか?」
「そこを確認するな」
「何を?」
「何をって」
シンジは言葉に詰まった。
やわらかかった。
非常に。
だが、それを口にすれば、人として何かが終わる。
左側へボードが現れた。
【回答を推奨しません】
セレーナにも見えている。
「ボードも、答えない方がよいと言っています」
「見えるようになった途端、二人で追い詰めるのはやめてくれ」
「追い詰めてはいません」
セレーナの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。
「ただ、気になっただけです」
「それが一番困るんだよ」
扉の向こうから、ルカの声がした。
「何が気になったの?」
「何でもない!」
二人の声が重なった。
少しの沈黙。
扉の向こうで、ルカが笑った。
世界の記憶へ触れた日。
シンジは、新しい知識と文字を読む力を手に入れた。
そして同時に。
セレーナの柔らかさについては、口に出してはならないという、大切な知識も得た。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
魔法と剣のファンタジーなのに、柔らかかった?中年の物語。
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