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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第52話 好きか嫌いかで答えなさい

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 アリーシャは空いている真司の隣の椅子に、当然のように座った。


「それで、シンジ」


「はい」


「あなた、何歳?」


「五十二です」


「五十二」


 アリーシャは少し目を丸くした。


「見えないわね。三十代くらいかと思ったわ」


「ありがとうございます。今日だけで何度か救われています」


「でも、異邦人なのよね」


「はい。たぶん」


「たぶん?」


「自分でも、まだ何が何だか」


「ふうん」


 アリーシャは身を乗り出した。


 近い。


 今度は本当に近い。


 香水なのか、髪油なのか、ほんのり甘い香りがした。


 真司は内心で姿勢を正す。


 落ち着け。


 相手はセレーナの知り合いだ。

 たぶん偉いか、面倒か、その両方だ。

 そして美人だ。


 最後の一つが問題だった。


 やばい。

 近い。

 美人が近い。


 落ち着け、真司。


 お前はおっさんだ。


 おっさん。

 おっさん。

 三回言ってもおっさんだ。


「シンジ?」


 セレーナの声がした。


「はい」


「なぜ急に遠い目を」


「人生を見つめ直していました」


「食堂で?」


「場所を選んでいる余裕がなかった」


 アリーシャがくすっと笑う。


「面白い人ね」


「できれば普通の人でお願いします」


「普通の人は、『普通でお願いします』なんて言わないわ」


「たしかに。俺もそう思います」


「うふふ」


「あはは」


 二人で笑い合う。


「シンジ」


 セレーナがじろりと見る。


「自分のことなのに、面白がらないでください」


「あ、はい……」


「あと、アリーシャ。距離が近いです」


 アリーシャが、わざとらしく目を丸くした。


「誰との?」


「シンジとのです」


「シンジのことになると随分と感情的になるのね」


「保護対象ですから!」


「保護対象というだけで、そんな顔をするのね」


「どんな顔ですか」


「今の顔よ」


「どんな顔なのか、わかりません」


「すっごく素敵な顔よ。鏡で見てみる?」


「……見ません」


 真司は両手で顔を覆いたくなった。


 セレーナが押されている。

 真面目に押し返そうとしているのに、その真面目さごとアリーシャに転がされている。


 見ていて気の毒だ。


 そして、少し面白い。


 そう思ってしまった自分を、真司は心の中で軽く戒めた。


     ◇


「では、次はシンジね」


「え!?」


 油断した!


 完全に油断していた。


 アリーシャの視線が、真司に刺さる。


「あなたは、セレーナのことをどう思っているの?」


「どう、とは!?」


「好きか嫌いかで答えなさい」


 来た。


 今度は俺を刺しに来た。


 真司は椅子の上で固まった。


「いや、それは……」


「好きか嫌いか」


「人としてなら、もちろん……」


「男なら、逃げないでちゃんと言いなさい」


「逃げてません。整理しています」


「整理しなくていいわ。好き? 嫌い?」


「嫌いなわけないでしょう」


「なら好きね」


 この女、さっきと同じ罠をもう一度仕掛けてきた。


 しかも、分かっていて避けられない。


 真司は額に汗を感じた。


 セレーナまでこちらを見ている。


 見るな。

 頼むから見るな。


 いや、見てもいい。

 でもそんな真剣な顔で見ないでくれ。


「シンジ」


 セレーナが少し硬い声で言った。


「無理に答える必要はありません」


「セレーナ、あなた今、答えを聞きたい顔をしているわよ」


「していません」


「しているわ」


「していません」


「では、聞きたくないの?」


「それは……」


 セレーナが止まった。


 アリーシャの笑みが深くなる。


「聞きたいのね」


「違います。その、確認として……」


「確認ね。便利な言葉だわ」


 真司は助けを求めてエドガーを見た。


 エドガーは、静かに目を伏せていた。


 見捨てられた。


 マーサを見る。


 マーサは焼き林檎の皿を少しこちらへ寄せた。


 違う。

 今ほしいのは甘味ではない。

 救命具だ。


 ノーラは完全に目を輝かせている。

 ミアは止めたい顔をしているが、たぶん止められない。


 詰んでいる。


 真司は深く息を吸った。


「す」


 アリーシャが身を乗り出す。


「す?」


「す、す……」


「じれったいわね。早く言いなさい!」


 ノーラが息を止めた。


 ミラも止めた。


 セレーナは、なぜか背筋を伸ばしている。


 アリーシャはにこにこしている。


 真司の中で、何かが限界を迎えた。


「すんませんでしたあ! もう勘弁してください!」


 真司は立ち上ろうとした。

 足に力が入らず、少しふらついた。でも根性で立ち上がった。


 椅子が小さく音を立てる。


「あ、逃げるの?逃がさないけど」


 アリーシャが楽しそうに言った。


「退避です!」


「シンジ、私を置いていかないでください!」


 セレーナが思わず声を上げた。


「無理です! 今の俺に戦線を維持する力はありません!」


「保護対象でしょう!」


「だから保護してください!」


「私も今、保護されたい側です!」


「二人とも、息ぴったりじゃない」


「違います!」


「違います!」


 二人の声が、また重なった。


 アリーシャは満足そうに笑った。


 ノーラはもう完全に笑いをこらえきれていない。

 ミラは片手で顔を覆っている。

 マーサは「あらまあ、若いねえ」とつぶやいた。

 エドガーは静かに咳払いをした。


 真司は扉の方へ一歩下がる。


 逃げたい。


 しかし、この身体では逃げ切れない。


 しかも相手は、家の中を探す女である。


 逃げれたとしても、たぶん無駄だ。


 セレーナもそれを分かっている顔をしていた。


「シンジ」


「はい」


「逃げても、見つかります」


「分かってる」


「なら、戻ってください」


「戻ったら刺される」


「私、もう刺されています」


「助けてやりたいが、俺では無理だ」


「なら、戻って、一緒に……刺されてください」


 セレーナは真剣だった。


 真剣なのに、頬が少し赤い。


 それを見て、真司は視線をそらした。


 見るな。


 見たら変に意識する。


 相手は恩人だ。

 保護してくれた人だ。

 真面目で、少し不器用で、今はアリーシャに追い詰められている女性だ。


 そして、とても綺麗な人だ。


 だから困る。


 真司は自分の胸の中を、雑に咳払いでごまかした。


「……戻ります。刺されます」


「はい……」


 真司は椅子に戻った。


 アリーシャは満足げに頷く。


「よろしい」


「何がよろしいのか、俺にはもう分かりません」


「分からなくていいの。外から見ている方が分かることもあるのよ」


 アリーシャは、セレーナと真司を交互に見た。


「少なくとも、あなたたちはお互いを嫌ってはいないわ」


「それは……」

 

「年齢差はあるけど、お互いの気持ちの問題なんだから、そこは気にしたらダメよ」

 

 この人は、こんなおっさんに何を始めさせる気なんだ?


 セレーナが言いかける。


 真司も、何か言おうとした。


 だが、二人とも言葉が出なかった。


 嫌ってはいない。


 それは事実だ。


 好きか嫌いかで言えば、嫌いではない。

 むしろ、好ましい。


 だが、その先にどんな名前をつけるのかは、まだ誰にも分からない。


 セレーナにも。

 真司にも。


 アリーシャだけが、にこにこと楽しそうにしていた。


「まあ、今日はこのくらいにしてあげる」


「今日だけで十分です」


 セレーナが即答した。


 シンジもそれに続く。


「できれば次回開催は未定でお願いします」


「残念。私、また来るわ」


「本当に、残念で無念です」


 真司は諦めた。


 セレーナも、諦めた顔をしていた。


 朝の食堂は、すっかり別の場所になっていた。


 少し前まで、温かいスープと焼き林檎の匂いがしていたはずなのに、今はアリーシャの笑顔が空気の中心に居座っている。


 真司は思った。


 この世界には、黒沼とは別の災害がある。


 そして、その災害はどうやら、一度来たらまた来るらしい。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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