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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第51話 セレーナに春が来たわ

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 食堂の扉が開いた。


 入ってきた女性を見た瞬間、真司は理解した。


 これは、止まらない人だ。


 年の頃はセレーナと同じくらいだろうか。

 淡い金茶の髪をゆるくまとめ、身なりは整っているのに、立ち方だけがやけに自由だった。


 背筋は伸びている。

 歩き方にも品がある。


 なのに、遠慮というものだけを玄関先に置いてきたような顔をしていた。


「セレーナ!」


 その女性は食堂に入るなり、ぱっと笑った。


「本当にいたわ。よかった。隠していたら屋敷中を探すところだったもの」


「アリーシャ」


 セレーナの声が低い。


「呼び鈴を鳴らしてください」


「鳴らしたら、あなた逃げるでしょう?」


「逃げません」


「今、顔が逃げてるわよ」


「顔は逃げません」


「あなたの顔、昔からよく逃げるのよ」


 真司は、そっとスプーンを置いた。


 この人は強い。


 言葉の踏み込みが速い。

 そして、セレーナが珍しく押されている。


 ノーラとミアは入口付近で姿勢を正しているが、明らかに目がきょろきょろしていた。

 マーサは「あらまあ」と言いながらも、どこか楽しそうだ。

 エドガーは静かに立っている。


 あれは止める気がない顔だ。


 いや、止められないと知っている顔だ。


「それで?」


 アリーシャは、真司の方を見た。


 見た、というより、観察した。


 頭から足先まで一瞬で眺め、にっこり笑う。


「あなたが噂の異邦人さん?」


「ええと、はい。堺井真司です」


「サカイ、シンジ?」


「シンジで大丈夫です」


「そう。シンジ」


 名前を呼ばれただけなのに、少し距離を詰められた気がした。


 真司は背筋を伸ばした。


 近い。


 まだ実際には近くない。

 けれど、この人の会話は距離を詰める。


「顔の包帯が痛々しいけど、思っていたより普通ね」


「普通で助かります」


「もっと黒沼から出てきた謎の怪人みたいなのを想像していたわ」


「その想像はできれば捨ててください」


「大丈夫。今のところ怪人ではないわ」


「今のところ」


 評価保留だった。


 真司はどう返していいか分からず、曖昧に笑った。


 アリーシャの視線が、セレーナへ戻る。


「それで、セレーナ」


「何でしょう」


「あなた、この人を連れ帰ったのね」


「保護対象として、適切な判断をしました」


「言い方が硬いわねえ」


「事実です」


「事実は分かったわ。でも、私が聞きたいのはそこではないの」


 アリーシャは楽しそうに目を細めた。


 セレーナは、すでに嫌な予感を顔に出している。


「堅物のあなたが、男性を部屋に招くなんて……ねぇ」


「言い方! 部屋じゃなくて家です! 誤解を招くような言い方はやめてください!」


「ふうん。でも、私邸に男を招くなんて、昔のセレーナじゃ考えられないわ」


「そ、それは、事情というか、色々と判断が重なった結果で……」


「それで、この人のこと、好きなの?」


 食堂が止まった。


 さっきも止まった。

 今朝だけで何度止まるのか、この食堂は。


 セレーナは瞬きを一つした。


「……いえ、好きとか嫌いとかではなく」


「どっち?」


「どっち、とは」


「好きじゃなかったら、反対は嫌いじゃないの?」


「嫌いではありません」


「なら好きってことよね」


 アリーシャがにんまり笑った。


 セレーナの眉がわずかに動いた。


「その二択は乱暴です」


「でも、どちらかで答えるなら?」


「分類として不適切です」


「好きか嫌いか」


「ですから」


「どっち?」


 アリーシャが一歩も引かない。


 真司は椅子の上で硬直していた。


 なぜ自分はここにいるのか。

 なぜ本人の前でこの話が始まっているのか。

 なぜ誰も止めないのか。


 いや、止められないのだ。


 真司はようやく理解した。


 これは災害である。


 セレーナはしばらく黙っていた。

 それから、ひどく不本意そうに口を開く。


「どちらかと言われたら……好きです」


 アリーシャが両手を合わせた。


「きゃあああ! セレーナに春が来たわ!」


「来ていません!」


 セレーナの声が跳ねた。


「そういう好きではありません。人として好感を持てるという意味です」


「はいはい。人としてね」


「その言い方は納得していませんね」


「しているわ。とてもしているわ」


「していません」


 真司は、自分の身の置き場に困った。


 座っている。

 ここにいる。

 逃げれない。


 なのに、今、自分は食堂の椅子の上で、精神だけが廊下に避難している。


「セレーナ」


 真司は小声で言った。


「とりあえず、この話やめないか? 俺、今ここにいるんだけど。どんな顔をしてればいいのか分からない」


「シンジ」


 セレーナも小声で返す。


「私ではなく、アリーシャを止めてください」


「俺に止められると思うか?」


 セレーナは一瞬だけ黙った。


「……無理ですね。すみません」


「判断が早くて助かる」


「助かってはいません」


 アリーシャが楽しそうに二人を見る。


「何よ。もう息が合ってるじゃない」


「合っていません」


「合ってません」


 二人の声が重なった。


 ノーラが口元を押さえた。

 ミラが目だけで注意する。

 マーサは完全に面白がっている。

 エドガーは静かに目を伏せているが、肩が少しだけ揺れた気がした。


 見なかったことにしよう。


 真司はそう決めた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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