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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第49話 朝から家が騒がしい

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 部屋を出て、真司は思った。


 この家は、朝から忙しい。


 昨日の夜は静かだった。

 広くて、立派で、少しだけよそよそしい家だと思っていた。


 だが朝になると違った。


 廊下の向こうから、食器の触れ合う音がする。

 どこかで水を汲む音がする。

 誰かが小走りで通り過ぎ、すぐ後ろから別の誰かに注意されている。


「ノーラ。廊下は走らないでください」


「走ってません。急いでいるだけです」


「それを走っていると言います」


 聞き覚えのある声、ミアとノーラだった。


 真司が思わず足を止めると、隣のセレーナが何事もなかったように言った。


「朝は少し慌ただしいです」


「少し?」


「少しです」


 その直後、廊下の角からノーラが勢いよく現れた。


 両手に布を抱え、足だけは急いでいるのに、顔だけは一生懸命すました表情を作っている。


 そして真司を見つけた瞬間、ぱっと明るい顔になった。


「あ、シンジ様。おはようございます!」


「おはようございます。様は、できればやめてください」


「では、シンジさん」


「助かります」


 ノーラはにこっと笑った。


 その後ろから、ミラが落ち着いた足取りで現れる。


「ノーラ、声が大きいです。シンジ様は療養中です」


「あっ」


 ノーラは慌てて自分の口を押さえた。


「申し訳ありません。つい」


「いや、大丈夫です。朝から元気をもらいました。ミラさんもどうか様付けはやめてください」


「わかりました、シンジさん。でも、大丈夫ですか?」


「はい。ちょっとびっくりしましたけど」


「ノーラ」


 ミラが静かに名前を呼んだ。


「はい、反省します」


 早い。


 この二人の関係も、なんとなく見えてきた。


 ノーラは勢い。

 ミラは手綱。


 真司がそう分類したところで、セレーナが横から言った。


「シンジ。また人を分析していますね?」


「まだ口に出してないんだけど」


「顔に出ていました」


「俺の顔、情報漏洩しすぎじゃないか」


「改善の余地があります」


「顔面に改善要求が出た」


 ノーラが吹き出しかけ、ミラが咳払いでそれを止めた。


 セレーナは真面目な顔のままだ。


 この家の朝は、思っていたより、少し騒がしい。


 そして、ずっと温かい。


     ◇


 食堂に入ると、エドガーが待っていた。


 背筋を伸ばし、いつもの静かな笑みを浮かべている。


「おはようございます、シンジ様」


「おはようございます。様は継続なんですね」


「はい」


「揺るがない」


「礼節は、家の柱のようなものですので」


「柱を蹴る趣味はないので、諦めます」


「賢明でございます」


 負けた。


 朝一番で、真司は執事に負けた。


 席に案内されると、すぐに食事が運ばれてきた。


 やわらかいパン。

 卵を溶いた温かいスープ。

 ほぐした白身魚と、柔らかく煮た根菜。

 小さな器には、果物を甘く煮たものが入っている。


 豪華というより、弱った体を起こすための食事だった。


 真司は椅子に座り、手を合わせかけて止まった。


「あ」


 セレーナがすぐに反応する。


「痛みますか」


「いや、違う。俺のいたところでは、食べる前に手を合わせる習慣があって」


「祈りですか」


「祈りに近いけど、もっと生活寄りかな。命をいただくとか、作ってくれた人に感謝するとか」


「よい習慣ですね」


「こっちで変じゃないか?」


「感謝を示すなら、変ではありません」


 真司は少しだけ安心して、手を合わせた。


「いただきます」


 そう言ってから、スープを一口飲む。


 温かい。


 胃に落ちた瞬間、体の奥がじんわり目を覚ました。


「……うまい」


 声が漏れた。


 その瞬間、食堂の入口から声が飛んできた。


「でしょう?」


 真司は危うくスープを吹きそうになった。


 入口に、丸い笑顔のマーサが立っていた。


 いつからいた。


 いや、たぶん最初からいた。


 この家の人間、気配の出し入れがうますぎる。


「おはようございます、マーサさん」


「おはようございます、シンジ様。昨日より顔色が戻りましたねえ。よかった、よかった」


 マーサは嬉しそうに頷きながら近づいてきた。


 その手には、なぜか追加の小皿がある。


「あ、マーサさんも、できれば様付けはやめてもらえると嬉しいです」


「そうかい? ならシンジさん、少しだけ焼き林檎を足しておきますね」


「え、いや、十分あります」


「少しだけです」


 小皿が置かれた。


 少しだけ、というには存在感がある。


「マーサ。量は少しずつと伝えたはずです」


 セレーナが静かに言う。


「はい。ですので、少しだけです」


「昨日の少しより、多いです」


「昨日よりお元気そうなので」


「根拠が雑です」


「食べられる顔をしています」


 マーサは胸を張った。


 セレーナが真司を見る。


 エドガーも見る。


 ノーラとミラも、入口付近からなぜか見ている。


 真司はスプーンを持ったまま固まった。


「ええと」


 期待の圧がすごい。


 これは朝食ではない。

 審査である。


「食べます」


 真司がそう言うと、マーサの顔がぱあっと明るくなった。


「はい、それが一番です」


「シンジ、無理はしないでください」


「無理はしない。でも、これは食べたい」


 セレーナの目元が少しだけ緩んだ。


「それなら、よいです」


 真司は焼き林檎を一口食べた。


 柔らかく、甘く、少しだけ酸味がある。


 思わず目を閉じた。


「うまい」


「ほら」


 マーサが勝ち誇った。


「何に勝ったんですか」


 セレーナが尋ねる。


「食欲にです」


「敵だったのですか」


「時々、手強い相手になります」


 マーサの言葉に、真司は少し笑った。


     ◇


 食事の途中、ノーラが水を注ぎに来た。


 今度は走っていない。


 歩き方に「私は落ち着いています」と書いてあるようだった。


「お水をどうぞ」


「ありがとうございます」


「いえ。あの、昨日より本当にお元気そうでよかったです」


「そう見えます?」


「はい。昨日は、こう、今にも溶けそうでした」


「俺は粘土か何かですか」


「ノーラ」


 ミラの声が飛ぶ。


「すみません。例えがよくありませんでした」


「いや、分かりやすいです。自分でもちょっと溶けてた気がするので」


「シンジ」


 今度はセレーナの声が飛んだ。


「はい」


「自分を溶けかけのものとして扱わないでください」


「今日の俺、分類も比喩も怒られるな」


「怒ってはいません。訂正しています」


「より厳密だった」


 ノーラが今度こそ笑った。


 ミラは諦めたように小さく息を吐いた。


 エドガーは涼しい顔で茶を注いでいる。


 マーサは満足そうに焼き林檎の皿を見ている。


 真司はふと思った。


 自分は今、ちゃんと朝食を食べている。


 冷たい誰かに見張られているのではなく。

 温かい人たちに囲まれている。


 昨日までは、ここまでの違いが分からなかった。


 だが今なら、少し分かる。


「この家、いいですね」


 自然に口から出た。


 食堂が、一瞬だけ静かになった。


 真司はしまったと思った。


 また余計なことを言ったかもしれない。


 しかし、エドガーは静かに目を細めた。


「ありがとうございます」


 マーサは胸元に手を当てた。


「あらまあ」


 ノーラは嬉しそうにミラを見た。


 ミラは少しだけ頷いた。


 そしてセレーナは、真司を見ていた。


 困ったような、ほっとしたような、不思議な顔だった。


「偉そうな意味じゃなくて」


 真司は慌てて言い足した。


「建物がすごいとか、そういうことじゃなくて。人がちゃんといる感じがするというか。朝になったら朝の空気をみんなで作って、うまい飯があって、誰かが怒られて、みんなで笑って。そういうのが」


 うまく言えない。


 けれど、みんな黙って聞いていた。


「本当に、安心します」


 そう言うと、エドガーが深く頭を下げた。


「この家にとって、何よりの言葉でございます」


 マーサが目元を拭いた。


「やだねえ、朝から泣かせるんじゃありませんよ」


「俺、泣かせるつもりは」


「男の人はみんなそう言うんです」


「範囲が広い」


 ノーラがまた笑い、ミラが今度は止めなかった。


 セレーナは、静かに視線を伏せた。


 その横顔が、少しだけ誇らしそうに見えた。


 この家は彼女の家だ。


 ただ広いだけではない。

 ただ立派なだけでもない。


 当たり前のように、人がいて、朝があって、食事がある。


 真司はようやく、その中に自分が少しだけ入れてもらっているのだと感じた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。


次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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