第41話 体調管理
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。
治療院に移されて三日目。
シンジは、まだ包帯だらけだった。
顔の腫れは少し引いた。
腕も動く。
肋骨のあたりは笑うと痛むが、黙っていればどうにかなる。
黙っていれば、だ。
「はい、息を吸ってください」
「すー……」
「吐いてください」
「はー……」
治療師は、シンジの胸と腹に手を当て、しばらく黙っていた。
セレーナは椅子に座り、ルカはベッドの横で不安そうに見ている。
「不思議ですね」
治療師がぽつりと言った。
「不思議?」
シンジが聞き返す。
「はい。殴られた跡や、皮膚の下に広がる濃い痣がこれほどあれば、普通は臓器にも多少は影響が出ます。頭も、あれだけ腫れていれば、もう少し重い症状があってもおかしくありません」
治療師は首をかしげた。
「ですが、内側にはほとんど問題がありません。異邦人だからでしょうかねえ」
「おいおい、俺は普通の人間だぞ。そんなびっくり人間みたいに言わないでくれ」
シンジが苦笑した、その時だった。
【体調管理:過負荷状態から回復中】
【結果:深部損傷を回避】
【継続:細胞組織を調整中】
【現在:外傷多数。療養継続を推奨】
視界の左端に、いつものボードが出た。
シンジは固まった。
「……おまえか!」
治療師がびくっと肩を跳ねさせた。
「わ、私ですか?」
「あ、いや、先生に言ったんじゃないんだ。その、俺の、なんというか……」
セレーナが静かに目を細める。
「いつもの表示ですか」
「はい」
「今度は何と?」
「えーと……俺のスキルが影響したらしくて」
「スキルの影響?」
セレーナの声が、少しだけ低くなった。
「シンジ。私、それは聞いていませんが」
「いや、聞かれてなかったし、称号とスキルの違いもいまいち分かってなかったし」
【補足】
【称号:過去の行動、経験、性質に対する表示と追加効果】
【スキル:保持者の行動、意識、身体機能に影響する能力】
【影響スキル:体調管理】
「だったら最初から言え!」
シンジが思わず声を上げた。
治療師がまたびくっとした。
「あ、すみません。先生じゃないです。ボードに言ってます」
「い、いえ……元気そうで何よりです」
治療師は少し引きつった笑みを浮かべた。
「では、経過は良好です。無理をしなければ、退院は明日でよいでしょう。しばらくは安静にしてください」
「はい。ありがとうございました」
治療師が部屋を出ていく。
扉が閉まる。
少しの沈黙。
セレーナが、ゆっくりシンジを見た。
「さて、シンジ」
「はい」
「説明を」
「えーと……ボードが言うには、俺の体調管理ってスキルが、殴られた時とか、倒れた時とかに、体を勝手に守ろうとしてたみたいで」
シンジは視界の左端の表示を読みながら続けた。
「なんか深い傷とかそういったのを回避?したみたいです……仕組みはよくわからないですけど」
「痛みを消すものではないのですね」
【体調管理には痛覚遮断機能はありません】
【基本性能:回復補助と致命傷の確立低下】
【管理機能:体温、筋肉、呼吸、心拍、睡眠、疲労、血中を監視】
【効果範囲:本人の身体能力を基準にした範囲内】
「痛みは消えない。怪我もする。でも、死ににくくはしてくれたっぽい」
シンジは少しだけ息を吐いた。
「地味に命の恩人だった」
ルカが目を丸くした。
「シンジ、すごい。変な名前の称号だけじゃなかったんだ!」
「変っておい。たしかに変な称号ばかりだけど。くやしい」
セレーナは真剣な顔で、シンジを見た。
「これは、機関へ追加報告が必要です。記録対象ですね」
「また記録されちゃうのか、俺」
「当然です」
セレーナは短く言った。
「今回、シンジの命を救った特殊能力です。重要な情報です」
「まあ、それなら……いいか」
【体調管理】
【療養に集中してください】
「はいはい。分かってるよ」
シンジがぼやくと、ルカが少しだけ笑った。
その笑い声は小さかったが、治療院の白い部屋には、久しぶりに人の暮らしの音みたいに響いた。
セレーナは、その笑い声を聞きながら、記録板を閉じた。
「シンジ」
「はい」
「もうひとつ、話しておかなければならないことがあります」
シンジの顔が、少しだけ強張った。
「なに? また記録? それとも追加検査?」
「退院後の滞在先についてです」
その言葉に、ルカも顔を上げた。
「滞在先?」
「はい。今回の件で、教会施設への一時預けは不適切と判断されました。支所の手配も、現在は信用できません」
「まあ……そりゃそうだな」
シンジは苦笑した。
「で、俺はどこに行けばいいんだ?」
セレーナは、ほんの少しだけ息を整えた。
いつものように淡々と言えばよかった。
これは保護観察の一環であり、療養環境の確保であり、機関への報告にも耐えうる合理的な判断である。
そう説明すればよかった。
だが、口から出た言葉は、それより少しだけ柔らかかった。
「私の家です」
部屋が静かになった。
シンジが瞬きをする。
ルカも瞬きをする。
「……はい?」
「当面の間、シンジには私の家で療養してもらいます」
「セレーナさんの、家?」
ルカの声がひっくり返った。
セレーナは少しだけ視線をそらした。
「誤解しないでください。保護観察と療養のためです」
「いや、まだ何も言ってない」
シンジがかすれた声で言う。
「言いそうな顔をしていました」
「この顔、今かなり腫れてるんだけど」
「それでも分かります」
ルカが、じっとセレーナを見た。
「セレーナさん」
「何ですか」
「ちょっと、顔赤くない?」
「赤くありません」
「でも」
「赤くありません」
きっぱり言い切ったセレーナの耳が、ほんの少しだけ赤かった。
シンジは、包帯だらけの顔でゆっくり天井を見た。
「……なんか、申し訳ないな」
「申し訳なく思う必要はありません」
セレーナはすぐに答えた。
その声は、先ほどより少しだけ強かった。
「今度は、誰にも任せません」
シンジが目を向ける。
セレーナは、まっすぐシンジを見ていた。
「私の目が届く場所で、ちゃんと食べて、ちゃんと眠って、ちゃんと治してください」
言い終えてから、セレーナは一瞬だけ口を閉じた。
少し言いすぎたかもしれない。
けれど、訂正する気にはなれなかった。
シンジは、しばらく黙っていた。
それから、小さく笑った。
「それは……かなり安心できそうだ」
セレーナの表情が、ほんの少しだけゆるんだ。
「なら、決まりです」
「決まりなのか」
「決まりです」
「女性の家にお泊りかあ」
「言い方に気を付けてください」
「まあ、行く当てもないし、お世話になります」
「はい」
そのやりとり聞いていた、ルカが小さく笑った。
「よかったね、シンジ。今度はちゃんと見張ってもらえるよ」
「見張りか」
「保護です」
セレーナが訂正した。
シンジは視界の左端をちらりと見る。
「……ボード」
【滞在先変更】
【保護観察継続】
【療養を優先してください】
「そこは否定しないのか」
【療養を優先してください】
「二回言うな」
ルカが笑った。
セレーナも、ほんの少しだけ笑った。
治療院の白い部屋に、ようやく小さな明るさが戻ってきた。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
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真司の異世界生活は、まだまだ続きます。
次話もお付き合いいただければ嬉しいです。




