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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第40話 治療院の朝

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



「……う……ん」


 片方だけ、ゆっくり目が開く。


 焦点が合うまで、少し時間がかかった。


「セレーナ……おはよう」


 その声を聞いた瞬間、セレーナの目から涙があふれた。


 自分でも驚いた。


 止めようとしても、止まらなかった。


「セレーナ、いつからそんなに泣き虫になったんだ……」


「泣いていません」


「そか……そういうことにしておこう」


 シンジはかすかに笑った。


 その笑い方が、痛々しかった。


「ごめんなさい」


 セレーナの声は震えていた。


「私が、もっと早く気づいていれば。本当に、ごめんなさい」


「セレーナが悪いわけじゃないだろ」


「私が手配しました」


「でも、あそこに送ったのは君じゃない」


「確認を怠りました」


「待った」


 シンジは息を整えた。


 喋るのも少しつらそうだった。


「まず、この怪我を負わせたのは君じゃない。いい?」


 セレーナは答えられなかった。


「それに、君は俺をあそこへ行かせたかったのか?」


「違います」


 即答だった。


 強すぎるほどの声だった。


 セレーナはそこで言葉を切った。

 続けようとして、唇が震えた。


「私は……シンジに、安心できる場所で休んでほしかったんです」


 そこまで言って、セレーナは俯いた。


「ご飯を食べて、ちゃんと眠って、この世界の文字や暮らしを、少しずつ覚えてほしかった」


 声が震える。


「あんな……怖い思いを、痛い思いをしないで、穏やかに……安心して……ここでも生きていけるって、そう思ってほしかった」


 言葉が、途中で詰まった。


 セレーナは両手を握りしめた。


「困ったように笑いながらでも、明日を迎えられる場所に、いてほしかったんです」


 最後の方は、もうほとんど声になっていなかった。


 シンジは黙って、涙を流し続けるセレーナを見ていた。


 いつもの冷静な書記官ではなかった。


 手続きでも、義務でもない。


 そこにいたのは、自分が選んだはずの優しさを踏みにじられて、どうしていいか分からなくなっている一人の女性だった。


 シンジは、ゆっくり息を吐いた。


「もう一度言おう、セレーナ……君は悪くない」


 セレーナが顔を上げる。


「君は、俺を檻に入れようとしたんじゃない。俺をこの世界で生きていけるように、してくれたんだろ」


「でも、結果は」


「結果をねじ曲げた奴がいる。そいつの罪まで、君が背負うな」


 シンジは少しだけ笑おうとして、顔の痛みに失敗した。


「痛っ……くそ、今のはちょっと格好よく言えたと思ったのに」


 セレーナの目から、また涙があふれた。


「格好よくは、ありません」


「そりゃ残念」


「でも……」


 セレーナは涙を拭い、シンジを真っすぐ見た。


「少しだけ、救われました」


【しっかり療養してください】

【動いたりしたら治りが遅延します】

【療養に集中してください】


 視界の左端で、ボードがいつもより強めに主張してきた。


「分かってるよ」


 シンジがぼそりと言う。


 セレーナが首をかしげた。


「いつもの表示ですか」


「ああ。今日はやけにしつこい」


【怪我はおそらく二週間程度で完治するでしょう】

【療養に集中してください】


「二週間か。まあ、ゆっくりするよ」


「治療師も、しばらく安静が必要だと言っていました」


「そうする」


 シンジはセレーナを見た。


「それでさ」


「はい」


「それでも責任を感じるなら、ひとつ俺の願いを聞いてくれないか?」


「願い、ですか」


「君にできる範囲でいい」


「私にできることなら」


「腹が減った」


 セレーナは瞬きをした。


「はい?」


「めちゃめちゃ腹が減ってる。何か食べ物を用意してくれないか」


 セレーナは一瞬、言葉を失った。


 それから、ほんの少しだけ口元をゆるめた。


「満腹になるほどは、この状態ではよくありません」


「そこをなんとか」


「だめです。治療師に確認します。食べていいものを、適量です」


「適量かあ」


「適量です」


「でも、ありがたい。あの四日、まともに食えなかったからな。急に腹が減ってきた」


 セレーナの顔が曇った。


 それを見て、シンジはすぐに言った。


「ほら、また自分を責める顔をした」


「していません」


「してる。だから、これはセレーナの責任ってことにしよう」


「え?」


「俺の腹が減ってる責任。早く果たしてくれ」


 セレーナは、しばらくシンジを見ていた。


 そして、小さく息を吐いた。


「分かりました」


 目元が、ほんのわずかに下がった。


「責任を果たします」


「助かる」


「すぐ戻ります。動かないでください」


「動けないって」


「それでもです」


 セレーナは椅子から立ち上がった。


 部屋を出る前に、一度だけ振り返る。


 シンジは目を閉じていた。

 また眠りに落ちそうだった。


 だが、その表情は、地下の檻で見た時とは違っていた。


 まだ痛々しい。

 まだ弱っている。

 まだ治ったわけではない。


 それでも、生きている。


「ありがとう……生きていてくれて。本当にありがとう……シンジ」


 そうつぶやくと、セレーナは静かに扉を開けた。


 廊下に出ると、胸の奥にあった暗い靄が、少しだけ晴れた気がした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


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