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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第二章 ~感情~

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第36話 シンジがいない

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 四日目の昼過ぎ。


 ルカは、ハーヴェル商会から書記官支所へ向かった。


 手には、小さな布包みを持っていた。


 中身は、干した果物と、薄く焼いた菓子だった。


 領都に来たばかりのシンジに、少しでも食べやすいものを渡せたらと思ったのだ。


 支所の入口で名前を告げると、顔を知っている補助書記官が奥へ通してくれた。


 セレーナは支所にいた。


 机の上には、処理待ちの札と紙束が積まれている。


 村の近くに現れた黒沼の後始末。

 ローデンからの報告。

 領都側への連絡。


 戻ってきたばかりのセレーナには、休む暇などなかった。


「ルカ?」


 セレーナが顔を上げる。


「セレーナさん。シンジに会いたいの」


「シンジに?」


「うん。領都を案内してあげる約束をしてたから。もう少し落ち着いたかなって」


 セレーナは一瞬だけ、手を止めた。


 シンジを教会の施設へ移してから、四日目。


 そろそろ様子を見に行くべきだと思っていた。


 いや、本当は昨日の時点で顔を出すつもりだった。


 だが、支所に戻ってからの処理が重なり、後回しになっていた。


「分かりました。私も確認に行くつもりでした。同行しましょう」


 ルカの顔が明るくなる。


「ほんと?」


「はい。手配した施設は、ここからそれほど遠くありません」


 セレーナは外套を取った。


 その時点では、まだ何も疑っていなかった。


     ◇


 教会の施設は、領都の西側にあった。


 孤児院に併設された、清潔な建物だった。


 庭では子どもたちが水桶を運び、年長の子が小さい子に文字を教えている。


 厨房の方からは、麦粥の匂いがした。


 ルカはほっとしたように息を吐いた。


「ここなら、シンジも安心だね」


「そうですね」


 セレーナもそう答えた。


 受付に出たシスターは、セレーナの外套を見るとすぐに姿勢を正した。


「巡回書記官セレーナ様。どうされましたか」


「四日前、私の名義でこちらへ異邦人シンジを一時保護するよう手配しました。本人に会いたいのですが、呼んでもらえますか」


 シスターは首をかしげた。


「異邦人の方、ですか」


「はい。中年の男性です。手に仮界紋があります」


「少々お待ちください。確認してまいります」


 シスターは奥へ下がった。


 ルカはきょろきょろと周囲を見回した。


「シンジ、子どもたちに囲まれて困ってそう」


 そう言って笑おうとした。


 けれど、セレーナは笑わなかった。


 シスターの反応。

 首をかしげたあのわずかな間。


 胸の奥に、嫌なものが落ちた。


 しばらくして、シスターが戻ってきた。


 その顔は、困惑していた。


「申し訳ございません。ここ一か月の受け入れを確認しましたが、シンジという異邦人の方は入られておりません」


 セレーナは、言葉を失った。


「……入っていない?」


「はい。空きはございます。受け入れ要請があれば対応できる状態です。ただ、こちらへ手配書が回ってきた形跡もございません」


 ルカが不安げにセレーナを見た。


「ねえ、セレーナさん。シンジは?」


 セレーナは答えられなかった。


 頭の中で、手配の流れを追う。


 自分は確かに、この施設を指定した。

 手配を出した。

 担当の事務官に渡した。


 通常なら、そのまま施設へ通達され、移送される。


 機関の支所で扱う保護手配は、ただの伝言ではない。


 誰が、誰を、どこへ送るのか。

 どの名義で出したのか。

 受け取った者は誰か。


 それらは記録に残る。


 残らなければならない。


 なのに、ここには来ていない。


 では、シンジはどこへ行った。


「セレーナさん?」


 ルカの声が震えていた。


 セレーナは息を吸った。


「支所へ戻ります」


「シンジは……どこ?」


「移送先を確認します」


「そんな……」


「戻ります。急ぎます」


 セレーナの声は、いつもより硬かった。


 ルカは布包みを握りしめた。


 来た道を戻る二人の足は、行きよりもずっと速かった。


 門のそばで見送っていたシスターが、小さくつぶやいた。


「あんな顔をされたセレーナ様、初めて見たわ」


     ◇


 支所に戻ると、セレーナは窓口の事務官に告げた。


「四日前に出した、異邦人シンジの一時保護手配書を出しなさい」


 その窓口にいたのは、キースだった。


 運が悪かったのか。


 あるいは、最初からそうなるようにしていたのか。


 キースは一瞬だけ目を細め、それから用意していた手配書を出した。


「指定施設が満員だったため、同等の保護施設へ変更されています」


「同等?」


「はい。北部の保護施設です。自然の多い穏やかな農村地帯にある施設で、こちらも評判は」


「私は、今その指定施設に行ってきました」


 セレーナの言葉に、キースの口が止まった。


「空きはありました。一か月以上、受け入れはありません。手配書も届いていないと言われました」


 キースの喉が動いた。


「これがどういうことか、説明してください」


「そ、それは……」


「この変更を承認した者は誰ですか」


「手配上の、通常処理で」


「承認した者の名を言いなさい」


 キースは答えなかった。


 横で事務作業をしていた女性職員が、手を止めていた。


 セレーナは視線だけをそちらへ向ける。


「あなた。この事務官の上司を呼んでください。今すぐ」


「は、はい!」


 女性職員が走った。


 キースの額に汗が浮いた。


「セレーナ様、これは手配上の行き違いで」


「今から、あなたの真偽を確かめます」


 その一言で、キースの顔から血の気が引いた。


「虚偽があれば、その場で審問に移します。隠しごとも同じです」


「お、お許しください!」


 キースは床に膝をついた。


 ルカが息を呑む。


「手配ミスだったんです! うっかりで、他意は」


「もう一度言います。今から、あなたの真偽を確かめます」


 セレーナの声は低かった。


「あなたは、異邦人シンジをどこへ送ったのですか」


 キースの肩が震えた。


 沈黙。


 その沈黙の間に、事務長官が駆け込んできた。


「セレーナ殿、これはいったい」


 セレーナは振り向いた。


 その目を見た瞬間、事務長官は言葉を止めた。


「この者の上司はあなたですね」


「は、はい」


「異邦人シンジの手配に虚偽の疑いがあります。あなたも含め、今から確認します」


「もちろんです。キース、お前、何をした」


 キースは床に額をつけた。


「申し訳ございません! あの異邦人は、指定された施設でも、今申し上げた北部の施設でもありません!」


 セレーナの指が、わずかに動いた。


「どこへ送ったのですか」


「シュゼーレン収監施設です!」


 部屋の空気が凍った。


 事務長官が叫んだ。


「馬鹿な! あそこは更生困難者と重罪人を隔離する施設だぞ!」


 セレーナは一歩、キースに近づいた。


「あなたに、その裁量はありません」


 キースは震えながら後ずさった。


「なぜですか」


「そ、それは」


「答えなさい」


「異邦人だからです!」


 その声は、悲鳴に近かった。


「あいつは、どこの誰とも分からない異邦人で、働きもせず、ただ飯を食わせてもらって、それなのにセレーナ様に気安く話して! あんな、あんな中年男が、どうして大事にされるんですか!」


 ルカの顔が白くなる。


「異邦人なんて、何をするか分からない。ろくな力もなさそうな、しょぼくれた男だった。あんなものに飯を食わせるくらいなら、野良犬にやった方が」


「黙りなさい」


 セレーナの声が落ちた。


 大きな声ではなかった。


 だが、その場にいた全員の背筋が伸びた。


「あなたに、彼をそう呼ぶ資格はありません」


 キースの口が震えた。


 セレーナの中で、何かが決壊しかけていた。


 自分が選んだ施設ではなかった。

 自分の名で出した手配が、途中で曲げられた。

 それに四日も気づかなかった。


 シンジは今、どこにいる。

 どんな扱いを受けている。

 無事なのか。


「セレーナさん!」


 ルカの声が飛んだ。


「シンジを迎えに行こうよ! 早く! 助けてあげないと!」


 最後は泣き声だった。


 セレーナは、はっとした。


 怒りではなく、今すべきこと。


 それを掴み直す。


「キース、事務長官、ならびにこの手配に関わった者は一時拘束。容疑が晴れれば解放します」


「セレーナ殿、私は」


「あなたの関与も後ほど確認します。今はこの場を保全してください」


 セレーナは腰の小さな笛を取り、吹いた。


 音はしなかった。


 だが、すぐに衛兵が三人駆け込んできた。


「お呼びでしょうか!」


「この部屋にいる関係者を外へ出さないでください。特にキース。真偽の確認が終わるまで拘束します。私が戻るまで、誰もここから出してはなりません」


「はっ!」


 セレーナは踵を返した。


 その外套の端を、ルカが掴んだ。


「私も行く」


 セレーナは振り返る。


 ルカの目は涙で濡れていた。

 それでも、まっすぐだった。


「邪魔しない。お願い。シンジのところに連れていって」


 セレーナは一瞬だけ迷った。


 シュゼーレンは危険な場所だ。

 連れていくべきではない。


 だが、ルカを置いていけば、この子はきっと自分で走り出す。


「分かりました」


 セレーナは短く言った。


「離れないでください」


「うん」


「行きます」


ここまでお読みいただきありがとうございます。


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