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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第3話 黒い泥と荷馬車

お読みいただきありがとうございます。


ここから真司は、異世界の現実に少しずつ触れていきます。

剣も魔法もない男が、見て、考えて、どう動くのか。

引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。


 声のした方へ走るにつれ、森の中に細い道が見えてきた。


 獣道ではない。

 轍がある。


「道だ!」


 人が使っている道なら、さっきの叫び声も聞き間違いではない。

 真司は枝を握ったまま木々の間を抜けた。


「……馬車? それに人……」


 街道脇に、一台の荷馬車が大きく傾いていた。

 片側の車輪が道を外れ、黒いぬかるみのようなものへ深く沈んでいる。

 馬が怯えた声を上げ、その手綱を太い口髭を生やした男が必死に押さえていた。

 荷台では積み荷が片側へ崩れ、一部が道へ転がっている。


 そして、傾いた車体のすぐ脇。

 大柄な男が倒れていた。


 使い込まれた革鎧。太い腕。

 その片脚が、荷馬車と地面の間へ挟まれている。


「おい!」


 真司が駆け寄る。

 一瞬、真司の登場におどろかれたが、それどころじゃない様子。

 大男のそばでは、軽めの革鎧を着た若い護衛が、必死に車体を持ち上げようとしていた。


「――っ! ――――!」

「何言ってるか分からん!」


 その横にいた小柄な少年も真司を振り返る。

 短い髪に実用一辺倒の旅装。顔も髪も土と汗で汚れていた。

 少年は泣きそうな顔で、倒れた大男を何度も指差した。


「――! ――――!」

「分かった! あの人だろ!」


 言葉は分からない。

 だが、助けてほしいということだけは伝わった。

 真司は大男へ近づこうとして、足を止めた。


「あれは……なんだ?」


 黒いものがある。

 最初は泥だと思った。

 だが、黒すぎる。


 濡れているようなのに光をほとんど返さず、そこだけ地面に穴が開いているように見える。


「……今、動いたか?」


 真司は手にしていた枝を、黒いものへそっと差し込んだ。


 ぬるり。


「うわっ!」


 慌てて引き抜く。

 枝の先へ絡みついた黒いものが、わずかに上へ這い上がっていた。


「泥じゃないのか、これ……」


 視界の左端に半透明の表示が浮かぶ。


【対象情報を照合】

【所有者知識内に該当情報なし】


「だよな。俺も知らん」


 未知のものは、この謎の表示板にも分からないらしい。

 その時、若い護衛が大男へ近づこうとした。


「待て!」


 真司は反射的に腕を出す。


「そこ! それ、危ない!」

「――?」

「くそ、言葉が通じないのキツいな!」


 黒いものを指し、次に枝を見せる。

 先端にはまだ黒いものがまとわりついていた。

 若い護衛の表情が変わる。少年も息を呑んだ。


「……分かったか?」


 若い護衛が足を止めた。


「よし」


 真司は現場を見回す。


 暴れる馬。

 傾いた荷馬車。

 片側へ寄った荷。

 挟まれた大男。

 正体不明の黒いもの。


「一個ずつだ」


 馬は口髭の男が押さえている。

 なら、そちらは任せる。


 次は荷馬車だ。

 若い護衛が力任せに持ち上げようとしているが、びくともしない。


「そりゃ無理だよな……」


 真司は荷台を見る。

 積み荷が沈んだ側へ大きく寄っていた。


「先に軽くするか」


 荷台へ上がり、一番端の袋を抱える。


「重っ!」


 思わず声が出た。


「身体C! こういう時くらい、もうちょっと頑張れよ!」


 文句を言いながら安全な側へ袋を下ろす。

 少年が真司を見ていた。


「これ、こっち」


 荷台の荷を指し、安全な場所を指す。


「移す。分かる?」


 少年は一瞬考え、大きく頷いた。


「――!」

「よし!」


 少年も荷台へ上がる。

 若い護衛も意図を理解し、重い木箱を抱え上げた。


「おお、兄ちゃん力あるな。頼む!」


 当然、言葉は通じない。

 それでも三人の目的は同じだった。


 袋。

 木箱。

 包み。


 沈んだ側の荷を次々と下ろしていく。

 少年は小さな身体で何度も荷を運んだ。

 腕が震えていても止まらない。

 そのたびに、倒れている大男を見る。


「……大事な人なんだな」


 真司も次の荷へ手を伸ばした。

 やがて、荷馬車の傾きがわずかに軽くなった。


「これなら少しはマシか」


 地面へ降り、車体の下を覗く。

 大男の脚を車輪が直接踏んでいるわけではない。

 車体が少し浮けば、引き抜けそうだった。


「問題は、どうやって浮かすかだな」


 真司は車体へ手をかけた。


「ふんっ!」


 動かない。


「……ですよね」


 若い護衛も隣から手をかけるが、それでも厳しい。


「こういう時って、どうするんだっけ……」


 呟いた瞬間、視界の左端に文字が浮かんだ。


【所有者知識を参照】

【重量物の持ち上げ】

【候補:支点を利用した、てこの原理】


「……あ」


 真司は目を瞬いた。


「そうか。てこ!」


 周囲を見回す。

 荷台の脇に、衝撃で留め具が外れかけた長い板があった。

 若い護衛へ身振りで手伝わせ、二人で引き外す。

 近くの大きな石を支点にして、その板を車体の下へ差し込んだ。


「これなら……」


 板の端へ体重をかける。


 ぎしっ。


 さっきまでびくともしなかった車体が、わずかに浮いた。


「おお!」

【候補条件:成立】

「お前、急に役立つな」


 真司の口元が緩んだ。


「なんか表示板が赤ペン先生みたいになってきたぞ」

【同一性:不適合】

「自分は赤ペン先生じゃないと言いたいんだな」


 こんな時なのに、少し笑ってしまう。


「まあいい。助かった」


 真司はもう一度板へ体重をかけた。


 車体が浮く。


「いける!」


 だが、このままでは大男を引き出す人間がいない。

 真司は若い護衛の肩を叩き、大男を指した。


「あなた、あっち」

「――?」

「俺がこれ。あなたが、あの人」


 板を押す真似をしてから、大男を引く仕草をする。

 若い護衛は真司の顔を見て、やがて頷いた。


「――」

「よし」


 若い護衛が大男の上半身へ回る。

 少年も隣へついた。

 真司は板の端へ移動した。


【支点から力点までの距離=必要な力=軽減可能】

「もっと端か!」


 さらに位置をずらす。

 確かにさっきより軽い。


「本当に赤ペン先生だな、お前!」


 真司は若い護衛を見る。

 目が合った。

 数字で数えても通じる保証はない。


 それなら。


「それっ!」


 真司が板へ全体重をかけた。

 車体が浮く。

 若い護衛が大男の身体を引いた。


「――っ!」


 大男が苦痛の声を上げる。

 少年も必死に腕を掴んだ。


「もうちょい!」


 脚が動く。

 あと少し。


 その時。馬を押さえていた口髭の男が大声を上げた。


「――――!」

「何だ!?」


 振り向いた真司の顔が強張った。

 沈んだ車輪の周囲。

 黒いものが広がっている。


「……おいおい」


 気のせいではない。

 黒いものそのものが、ゆっくりと地面を這っていた。


「急げ!」


 言葉は通じなくても、声で十分だった。

 若い護衛が大男を引く。

 少年も歯を食いしばる。

 真司はさらに板へ体重をかけた。


「それっ!」


 車体がもう一段浮いた。


「今!」


 大男の脚が動く。

 その瞬間。


 ごりっ。


「え?」


 支点にしていた石がずれた。


「まずい!」


 板が跳ねる。

 このまま車体が落ちれば、また脚を挟む。

 真司は反射的に踏み込んだ。


「うおっ!」


 足元が滑ったが、板に身体を乗せて何とか踏み留まる。

 身体を板に乗せた時、勢い余って、両手を地面についてしまった。


 ぴちゃ。


「……っ!」


 冷たい。

 手をついた場所に、黒いものがあった。

 一部を俺の方に向けて伸びている?……まるで俺へ手を伸ばすように。


「くそっ!」


 だが、自分の手を見ている場合ではない。

 板に乗せた身体をそのままに、板の端を掴み直した。


「もう一回だ!」


 若い護衛も大男を抱え直す。

 少年も必死にしがみつく。


「それっ!」


 真司が板を押し下げた。

 車体が浮く。

 若い護衛が一気に引く。


 ずるり。


 大男の脚が抜けた。


「抜けた!」


 若い護衛と少年が大男を抱え、黒いものから離れた場所まで引きずっていく。

 

 口髭の男はそのタイミングで、馬車を前へ進めた。

 車輪が出る時に、何かに当たって止まりかけたが、

 車体が浮いていたおかげで黒い泥濘から出ることが出来た。


 それを見届けて、シンジはすぐその場を離れる。

 大男は苦しそうに顔を歪めているが、意識はある。

 若い護衛が声をかけると、低い声で返事をした。


 少年の顔がくしゃりと崩れ、涙がぽろぽろと落ちる。


「……良かったな」


 真司も大きく息を吐いた。

 名前も知らない。

 何を言っているのかも分からない。


 それでも、足を挟まれていた大男は助かった。

お読みいただきありがとうございます。


少しでも楽しんでいただけましたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります。

次話もお付き合いいただければ嬉しいです。


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