↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/106

第32話 案件ではなく

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 書記官支所は、もう目と鼻の先だった。


 通りの向こうに、周囲より一回り大きな石造りの建物が見えている。人の出入りも多く、様々な人が忙しそうに扉を行き来していた。


「……あれ?」

「はい」


 セレーナが頷く。


「書記官支所です」

「思ってたよりでかいな」

「何を想像していたのですか?」

「町役場の出張所みたいなの」


「まちやくば?」

「小さな役所」

「ここは領都の支所ですよ」

「支所って名前に騙された」


 ここへ来てから。

 知っている言葉に似ているのに、規模も意味も違うものが多い。


 巡回書記官もそうだった。

 シンジの知る「書記官」からは、ずいぶん遠い。


「入ったら、何するんだっけ?」


 年配の支所職員が答える。


「まず黒沼に接触した両手の状態確認と処置です」


「やっとこの手が」


 シンジは白く丸い両手を持ち上げた。


「普通に戻るかもしれない」

「処置を終えるまでは断定できません」


「夢くらい見させて」


「その後、仮界紋の確認。身元についての聞き取り。それから、先ほど確認した表示についても記録を整理します」


「盛りだくさんだな」

「必要最低限です」

「それで最低限なの?」


 支所のジャスパは真面目に頷いた。

 教会のシグルスも横から続ける。


「ボードについては、こちらでも神代記録を調べ直します」

「神託板かもしれないやつ?」

「類似点がある、という段階です」


「断定しないんだな」

「断定するには足りない情報が多すぎます」

「この人たち、そこだけは徹底してるな」


「当然です」

 セレーナが言う。

「分からないものを、分かったことにはできません」


「うん」


 それはシンジにも分かる。

 むしろ、ありがたい。

 見えないものを見えると言わない。

 分からないものを伝説だと決めつけない。

 シンジが言ったことは、シンジの申告として扱う。


 その代わり、確認できるものは一つずつ確認する。


「……結局、仕事のやり方は似てるのかもな」

「何がですか?」

「俺とここの人たち」

「そうなのですか?」

「分からないところを勝手に決めない。確認して、記録して、次へ進む」


 シンジは少し笑った。


「まあ、調べられる側になるとは思ってなかったけど」

「今回はシンジが確認される番ですね」

「嬉しくないなあ」


          ◇


 支所職員が歩きながら、手元の書類を確認した。


「本件については、まず本日の確認結果を記録し、その後の保護方針を――」


「…………」


 シンジが足を止めた。


「シンジ?」


「今……」


 支所職員を見る。


「本件って言った?」

「はい」

「ほら!」


 セレーナへ向き直る。


「やっぱり俺、案件じゃん!」

「先ほどもそう言っていましたね」

「支所の人まで正式に本件って!」


「事務上の呼称です」

「俺の人生が案件処理の対象になってる!」

「必要なことです」


「分かってるけど!」


 支所職員が少し困った顔をした。


「お気に障りましたか?」

「いや」


 シンジは苦笑する。


「怒ってるわけじゃないです」


 実際、必要なのだろう。


 黒沼接触。

 異邦人。

 身元未確定。

 仮界紋。

 保護対象。

 経過観察。


 本人にしか見えない、由来不明のボード。

 神代記録に残る神託板との類似。


 並べてみれば。


「……俺でも案件にするわ」

「でしょう?」


「セレーナ、嬉しそうに言うな」

「嬉しくはありません」


「でも」


 シンジは自分を見る。


「こうやって並べると、本当に面倒な人間だな」


 軽く言ったつもりだった。


 けれど。

 セレーナが足を止めた。


「シンジ」

「ん?」

「またですか?」

「何が?」

「自分を下げる言い方です」


「…………」


 シンジは口を閉じた。


 少し前、ルカに泣きながら叱られたばかりだ。


「……今のは、案件としての話で……」


「それでもです」

「はい、すみません」


 素直に謝った。


「気をつけます」

「よろしいです」

「完全に先生だな……」


「何か?」

「なんでもありません」


 シグルスが少し笑っている。


          ◇


「ですが」


 セレーナが記録板を取り出した。


「案件、という話でしたら」

「うん?」


「支所へ着く前に、一つ確認しておきましょう」

「また確認?」


「はい」


 セレーナが記録板へ触れる。


 淡い光が走った。


「先ほど、ルカから証言を記録しました」


「…………」


 シンジには、何のことか分かった。


「それ、今読むの?」

「読みます」


「本人の前で?」

「本人に関する記録ですから」


「恥ずかしいんだけど」

「我慢してください」


「称号の時もそれ言われた気がする」

「今回は恥ずかしい称号ではありません」


「比較対象がひどい」


 セレーナは記録板へ目を落とした。


「ルカの証言」


 一度、シンジを見る。


「サカイ・シンジは、ルカおよびガレンを助けた人物である」


「…………」


「黒淵関連事案においてガレンの救助に関わり、その後も領都への搬送に協力」


 さらに。


「行商荷の整理および販売にも協力し、ルカ本人が『助けてくれた人』と証言」


「セレーナ」

「はい?」


「そこまで正式な文章になってたの?」

「記録ですので」


「もっと『シンジは助けてくれた人です』くらいだと思ってた」

「意味は同じです」


「文章になると急に照れるな」


 セレーナは少し微笑んだ。


「ですから」

 記録板を閉じる。


「支所にとって確認すべき案件であることは間違いありません」

「うん」


「ですが」

 セレーナの声が、少しだけ柔らかくなった。

「シンジ自身が、案件なのではありません」


「…………」


 一つ。

「異邦人」


 一つ。

「身元未確定」


 一つ。

「黒沼接触歴あり」


 また一つ。

「本人にしか見えない、不明な表示を持つ」



「それらは、確認すべき事項です」

「うん」


「でも」

 セレーナはシンジを見る。

「それだけが、サカイ・シンジではありません」


「…………」


「ルカとガレンを助けた人」


 あの日。

 黒いもののそばで、何を言っているのかも分からない少女が泣いていた。

 大きな男が馬車に挟まれていた。


 戦う力もない。

 魔法も使えない。

 何が起きているのかも分からない。


 それでも、できることを探した。


「……記録に残ってるんだな」

「はい」


「正式に?」

「正式に」


「消えない?」

「必要な記録ですので」


 シンジは笑った。


「その言葉、今回はちょっと嬉しいな」


 セレーナも笑った。


          ◇


 シグルスが静かに口を開いた。


「私からも一つよろしいですか」


「はい?」


「神代記録を調べるのは、ボードという現象についてです」


「うん」


「シンジ殿という人物そのものを、古い記録へ当てはめるためではありません」


「…………」


「神託板に類するものだったとしても、そうでなかったとしても」


 シグルスは穏やかに続ける。


「それによって、あなたが何をしてきたかまで変わるわけではありません」

「……教会の人、いいこと言うな」


「ありがとうございます」


「さっき俺の《湯場で詰んだ男》を興味深いって言ってた人と同じ人ですよね?」

「それはそれ。これはこれです」


「そこは切り分けるんだ!?」


 セレーナが吹き出した。


「ふふっ」

「笑うところ?」

「すみません」


 でも、シンジも笑っていた。


          ◇


 四人は、再び歩き出した。

 書記官支所は、もう目の前だった。

 太い柱の向こうに大きな扉があり、その上には見慣れない紋章が掲げられている。


「読めないけど、あれが支所?」

「はい」

「ついに来たか」


 シンジは白く丸い両手を見る。


「まずは、この手だな」

「はい。そのあと、仮界紋と身元の確認です」


「ボードも?」

「もちろんです」


「盛りだくさんだなあ」

「一つずつです」


 シンジは少し笑った。


「それ、俺の得意なやり方だ」

「では問題ありませんね」

「調べられる側なのが問題なんだよ」


 セレーナが笑う。


 シンジは支所の扉を見た。

 帰る方法は、まだ分からない。

 自分がなぜこの世界へ来たのかも分からない。


 それでも。

 ここへ来るまでに、何もできなかったわけではない。


 ルカとガレンを助けた。

 そのことは、ちゃんと記録に残っている。


「行こうか」

「はい」


 シンジは、書記官支所へ向かって歩き出した。


 少なくとも。


 もう、自分を荷物だとは思ってはいなかった。




第一章 完

ここまでお読みいただきありがとうございます。


おかげさまで、第一章 完 です。

第二章は領都での生活が中心になります。

物語はまだまだ続きますので引き続きお付き合いください。


少しでも続きが気になりましたら、

ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


明日はしおりをまとめますので(作者が設定を忘れないためのメモ)、

作者用の備忘録ですが、お時間がありましたらお付き合いくださいませ。


本格的な物語の第二章は24日からスタートになります。


第二章をお楽しみに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。