第31話 その称号の名は……
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られた案件おっさんの物語をお楽しみください。
「称号、ですか?」
シグルスの声が、少しだけ変わった。
「いや」
シンジは即座に否定した。
「違います」
【追加表示項目:称号】
「お前は黙ってろ!」
「今、表示されたのですね?」
「されてないです」
【称号表示:可能】
「だからお前!」
セレーナが記録板を開いた。
「シンジ」
「何?」
「正直にお願いします」
「嫌です」
「まだ内容も聞いていません」
「だからこそ、ここで終わろう」
シグルスが少し困った顔をした。
「教会としては、称号という項目自体が、神代記録との比較に重要なのですが」
「なんで!?」
「古い記録の中に、持ち主の状態だけでなく、その者の行いや在り方を言葉として示した、という記述があります」
「…………」
嫌な方向へ話が繋がった。
「つまり……」
シンジが恐る恐る聞く。
「称号まで確認したい?」
「はい」
「内容も?」
「できれば」
「できれば、で済ませません?」
「シンジ」
セレーナが静かに呼ぶ。
「開示をお願いします」
「嫌だ」
「確認に必要です」
「俺の尊厳には不要だろ!」
支所のジャスパが咳払いをした。
「すべてを開示していただく必要はありません。いくつか確認できれば十分です」
「本当?」
「はい」
「三つくらい?」
「それで性質が確認できれば」
「よし」
シンジは少しだけ安心した。
「ボード」
【待機中】
「無難なのを三つ」
【要求を確認】
「いいか?」
【はい】
「絶対に無難なやつだからな」
【候補抽出中】
「信じるぞ?」
【称号:履歴書をスキルに変えた者】
「おっ」
シンジの顔が明るくなった。
「これはいい!」
「読み上げてください」
「【履歴書をスキルに変えた者】」
シグルスが首を傾げた。
「履歴書?」
「俺の世界で、仕事を探す時なんかに、自分が何をしてきたかを書く書類」
「それをスキルへ?」
「こっちへ来る前にやってきた仕事とか経験が、最近いくつか能力みたいな形になったんです」
「なるほど……」
シグルスの目が真剣になる。
「過去の経験を、称号として記録している可能性がある」
「なんか、その推察かっこいい……」
【次候補】
「よし、良い感じだ!次」
【称号:荷馬車の横を走った者】
「…………」
シンジが止まった。
「……ちょっとボード、調子悪いみたい」
「シンジ」
「くっ……信じた俺がバカだった」
「読み上げてください」
「はい……」
「……【荷馬車の横を走った者】」
ジャスパがシンジの丸い両手を見る。
「はっ? 比喩ではなく実際に!?」
それを聞いたセレーナの口元が少し緩む。
「はい、実際に走っていました」
セレーナが補足した。
「かなりの距離を。 確認済みです」
「セレーナ、余計な情報を足さないで」
「事実です」
「またそれ!」
シグルスは真面目に頷いている。
「こちらも実際の行動が反映されている」
「そういうことみたいです」
【次候補】
「待て」
シンジがボードを見る。
「最後だぞ」
【肯定】
「本当に無難なやつな?」
【該当候補を確認】
「フリじゃないからな? 絶対に変なの出すなよ!?」
【称号:湯場で詰んだ男】
「のおおおおおおおお!」
シンジの叫びが、レグフォードの通りに響いた。
近くを歩いていた男が、びくっと振り返る。
「何が表示されたのですか?」
セレーナが聞く。
「何も……」
「今の叫びで何もないとは思えません」
「ちょっと昔の傷が疼いただけ……」
「称号をお願いします」
「嫌だ」
「シンジ」
「絶対嫌だ!」
シグルスも申し訳なさそうに言う。
「シンジ殿。確認のために、内容を」
「教会の人まで俺の入浴事故を知る必要ある!?」
「入浴事故?」
「あっ……」
セレーナの眉がわずかに上がった。
「湯場に関係する称号なのですね?」
「…………」
「シンジ?」
逃げ道が消えた。
「……【称号:湯上がり清潔男】」
セレーナの筆が、ぴたりと止まった。
「シンジ」
「はい」
「私にウソの報告は通じません」
「なぜだ!」
「巡回書記官の記録とはそういうものです。では、正しい報告を」
「書記官はウソ発見器なのか!? ますます怖いんだけどおおお!」
セレーナは表情を変えない。
「正しい報告を」
シグルスが口元へ手を当てている。
「では、正確な名称をお願いします」
「嫌です」
「比較記録のためです」
「古代史のために俺の尊厳を差し出すの!?」
「シンジ……」
セレーナが記録板を構える。
「正確に」
「…………」
シンジは空を見上げた。
夕暮の空……腹が立つくらい綺麗だ。
「……【称号:湯場で詰んだ男】」
数秒。
セレーナは後ろを向いた。
肩を震わせながら、声にならない息遣いで何かを書いている。
ジャスパは、いきなり咳をしだした。
「ゴホッ……ゴホッ」
止まらない。
お前はそのまま病気で倒れてしまえ。
真司は心の中で、かなり本気でそう思った。
しばらく経ってから、セレーナは振り返った。
「記録しました」
しかし、その目には涙が溜まっていた。
「絶対笑ってただろおおおおお!」
シグルスは真面目な顔を保っていた。
「さすが、教会の人……人の心が分かってる」
「……非常に興味深い称号だと」
「慈しみじゃなく、興味かよ!」
【補足:称号は行動履歴に基づきます】
「お前は今、俺に謝るところだからな?」
【謝罪機能:未確認】
「そこから未確認なのかよ!」
とうとう、セレーナが吹き出した。
「ふふっ……」
「セレーナ!」
「す、すみません……」
「謝りながら笑うな!」
◇
しばらくして。
ようやく全員が落ち着いた。
シンジだけは落ち着いていなかった。
「俺の尊厳が、領都到着初日に二回死んだ」
「二回?」
「城門前の土下座入場と今」
「土下座ではありません」
「姿勢はほぼ土下座だった!」
セレーナは記録板を見ながら、小さく息を整える。
「ですが」
「ん?」
「称号については、重要なことが分かりました」
「俺の犠牲を無駄にしないでくれ」
シグルスが頷く。
「少なくとも、確認した三つはいずれもシンジ殿の実際の経験や行動に結びついている」
「そうですね」
「本人の状態だけではなく」
シグルスは少し考え。
「その人物が何をしてきたのかを、何らかの基準で言葉にしている」
「基準はだいぶ悪意あるけどな」
【評価:主観的】
「お前は黙ってろ」
シンジはため息をついた。
そして改めて、先ほどの称号を思い返す。
履歴書をスキルに変えた者。
荷馬車の横を走った者。
湯場で詰んだ男。
「…………」
確かに全部、自分がやったことだった。
格好いいかどうかは別として。
森で目覚めてから、この世界で何をしたか。
何に困ったか。
何を乗り越えたか。
ボードはそれを、妙な名前で残している。
「履歴、か」
「どうしました?」
セレーナが聞く。
「いや」
シンジは少し笑った。
「こっちに来てからの履歴書みたいだなって」
「称号が?」
「うん」
日本で履歴書に書くのは。
会社。
資格。
経験。
仕事。
でも、この世界での自分の履歴には。
魔獣から逃げず。
ガレンを助け。
荷馬車の横を走り。
商売を考え。
湯場で詰まった。
「最後だけいらねえな」
「何がですか?」
「何でもない」
それでも、何もしていないわけではなかった。
さっき、ルカに叱られたばかりだ。
『シンジは荷物じゃない』
『私と、ガレンを助けてくれた人です』
ボードの称号だって言い方はともかく。
この世界で自分が動いた結果なのだ。
「……まあ」
シンジは視界の左端を見る。
「全部が恥ずかしい履歴ってわけじゃないか」
【肯定】
「そこは素直に肯定するんだな」
◇
シグルスが、ここまでの確認内容をまとめた。
「本人にのみ視認可能」
「はい」
「本人が理解できる文字を表示する」
「はい」
「状態、能力、警告、推測補助」
「うん」
「簡易的な応答を行い、さらに行動履歴に基づく称号表示を持つ」
「最後の機能はなくてもいいけど」
「そして」
シグルスはシンジを見る。
「由来は不明」
「本人にも」
【肯定】
「……はい」
シグルスは少し考えた。
「神代記録に類似点はあります。しかし、現時点で神託板、あるいは啓示板と断定することはできません」
「そのくらいが助かる」
「教会側でも、該当する記録を改めて調べます」
「お願いします」
「シンジ殿には、必要があれば後日追加で確認をお願いすることになるでしょう」
「分かりました」
支所のジャスパも頷いた。
「支所としては、当初の予定どおりです」
「当初の予定?」
「シンジ殿を保護対象として受け入れ、黒沼接触、仮界紋、身元、そして今回の表示について確認します」
「…………」
「現状では、経過観察も必要です」
シンジの顔が微妙になる。
「保護対象」
「はい」
「観察対象」
「はい」
「身元不明」
「正確には身元未確定です」
「本人にしか見えない謎のボード」
「はい」
「古い神託板に似てるかもしれない」
「可能性の一つとしてです」
シンジは遠い目をした。
「俺……」
「はい?」
「完全に案件じゃない?」
ジャスパは、少しだけ考えてから。
「支所の扱いとしては」
真面目に答えた。
「確認すべき案件ではあります」
「やっぱり!」
セレーナが記録板を閉じた。
「では」
「ん?」
「支所へ行きましょう」
「この状態で?」
「この状態だからです」
「ですよね!」
四人は、再び歩き出した。
書記官支所はもうすぐそこだった。
シンジは歩きながら小さく呟く。
「異世界に来て一週間もしないうちに、公的案件になるとは思わなかったな……」
【状況評価:概ね妥当】
「お前は肯定すんな!」
ここまでお読みいただきありがとうございます。
まともな称号が欲しい。
by真司心の声
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