第28話 荷物じゃない
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。
ガレンを治療院へ引き渡し、バルトと馬車を見送って。
ルカにも、次にやらなければならないことがあった。
「私、一度商会へ戻らないと」
ルカが言った。
「今回の行商の報告と、残った荷を戻さなきゃいけないの。それにローデンで売れた分も報告して、売上も渡さないと」
「そりゃそうだ」
シンジは頷いた。
今回の行商は、普通の帰還ではない。
途中で黒沼に遭遇した。
ガレンが負傷した。
予定していた荷の一部はローデンで、別の形に組み直して売った。
女将からは、次も持ってくるように言われている。
商会からすれば、聞かなければならないことだらけだろう。
「あと、ガレンのこともちゃんと伝えてくる」
「うん」
「売れた商品も、何が何個売れたかまとめなきゃ」
「商人は大変だな」
「仕事だから」
ルカはそう答えたものの、足が動かなかった。
「…………」
「ルカ?」
「うん……」
返事だけしてまだ動かない。
視線はシンジとセレーナの間を行ったり来たりしている。
「どうした?」
「……シンジは、このあと支所に行くんだよね?」
「そうみたい」
「セレーナさんと?」
「うん」
ルカは少しだけ唇を尖らせた。
「私も行きたい」
「え?」
「シンジがどうなるのか気になるし」
「俺は大丈夫だよ」
「でも……」
「ほら」
シンジは白く丸い両手を持ち上げた。
「ガレンも治療院に荷下ろしした。馬車も修理場へ行った。残った荷はルカが商会へ持っていく」
そこで、いつもの調子で笑った。
「お荷物だった俺も、ここで無事に荷下ろしされたからさ。安心して商会へ行ってこい」
ルカの顔から表情が消えた。
「……え?」
「ん?」
「今、何て言ったの?」
「いや、だから。俺も――」
「シンジは荷物じゃない!」
大きな声だった。
通りを歩いていた何人かが振り返る。
シンジも目を丸くした。
「ルカ?」
「そんなこと言わないで!」
「いや、冗談で――」
「冗談でも駄目!」
ルカの目が潤んでいた。
「シンジは荷物じゃないの!」
「…………」
「私やガレンを助けてくれた人なの!」
シンジは言葉を失った。
ルカは拳を握る。
「そんなこと言ったら、私、許さないから!」
「ルカ……」
「シンジがいなかったら、ガレンはどうなってたと思うの?」
「それは……」
「魔獣に襲われてた時だって!」
声が震える。
「シンジ、戦えないのに逃げなかったじゃない!」
「…………」
「石を投げたり、位置を教えたり、みんなのために必死で動いてくれた!」
一つ。
「ガレンが馬車に挟まれた時だって、どうすれば助けられるか考えてくれた!」
一つ。
「私と荷を助けてくれたのもシンジじゃない!」
もう一つ。
「ローデンで売れなかった荷を、売れるものにしてくれたのも!」
「それはルカが売ったんだよ」
「でも一緒に考えてくれた!」
ルカは首を振った。
「ガレンを早く領都へ連れていくために、馬車に乗らずに、ずっと横を走って……!」
とうとう涙が頬を伝った。
「ここまで来れたのも、シンジがいたからなの!」
「…………」
「それなのに」
袖で涙を拭う。
でも次から次へと落ちてくる。
「自分のこと、荷物なんて言わないでよ……」
シンジは何も言えなかった。
冗談だった。
そのつもりだった。
いつもの自分を落として笑うだけの軽口。
なのにどうしてルカが、こんなに怒るのか。
こんなに泣くのか。
考えて。
気づいた。
「……ごめん」
シンジは静かに言った。
「たぶん俺」
白い丸い手を見る。
「冗談だけで言ったんじゃないんだと思う」
ルカが顔を上げる。
「この世界に来てからさ」
文字が読めない。
金の価値も分からない。
どこへ行けばいいのかも分からない。
一人で宿を取ることさえできない。
戦えない。
魔法も使えない。
身元を証明するものもない。
「何も知らないし。一人じゃまともに生活もできない」
「…………」
「みんなに助けてもらって、ここまで連れてきてもらった」
シンジは苦笑した。
「だから心のどこかで、自分のことを……役に立たない奴だって思ってたのかもしれない」
「違う!」
ルカがまた声を上げた。
「役に立たないなんて、絶対違う!」
「うん」
「シンジはすごいの!」
「ルカ」
「ほんとだもん!」
また涙がこぼれる。
「シンジはいっぱい大切なこと教えてくれたよ!」
「…………」
「シンジのおかげで、私、わたし……何も失わずに帰ってこれたもん!」
シンジの胸に、その言葉が刺さった。
自分がしたことなんて、いつものように最善を尽くしただけだった。
その最善は自分が後悔しないために、事前にするべきことをしただけ。
ただ、それだけのこと。感謝されるためにしたわけじゃなかった。
でも、その最善に、ルカたちが救われたと感謝してくれている。
「だから」
ルカは鼻をすすった。
「もう、自分のことそんなふうに言わないで」
「……分かった」
「本当に?」
「うん」
シンジは頷いた。
「ごめん。俺が悪かった」
「もう言わない?」
「言わない」
「絶対?」
「絶対」
そこで。
「シンジ」
セレーナの声がした。
「うん?」
「私も、ルカと同じ意見です」
「…………」
「あなたは荷物ではありません」
穏やかな声だった。
「リーヴェで、あなたがいなければ助けられなかった人がいます」
「セレーナ……」
「事実です」
セレーナはそう言って、泣いているルカの傍へ寄った。
「ルカ」
「……はい」
そっと、ルカを抱きしめる。
「あなたの気持ち、私が記録します」
「セレーナさん……」
ルカはセレーナの胸元で目を閉じた。
セレーナは片手でその背中を優しく撫でながら、もう片方の手で記録板を開いた。
「ルカ」
「はい……」
「シンジは、あなたたちにとって何者ですか?」
ルカは涙を拭った。
そして、シンジを見た。
「助けてくれた人」
はっきりと言った。
「私と、ガレンを助けてくれた人です」
記録板に淡い光が走った。
「はい」
セレーナが頷く。
「そのように記録します」
「…………」
シンジは少し困ったように笑った。
「なんか、恥ずかしいな」
「恥ずかしがるところではありません」
「本人の前で正式記録されると照れるって」
「事実ですから」
「それ、便利な言葉だな」
ルカがようやく少し笑った。
◇
しばらくして、ルカは商会へ向かうことになった。
「帰ったら、行商の報告をして」
「うん」
「売上も渡して」
「うん」
「ローデンのことも全部話して」
「うん」
「それからガレンのところに行く」
「忙しいな」
「仕事だから」
さっきと同じ言葉。
今度は少しだけ笑っていた。
「頑張れ、商人」
「うん」
ルカは数歩進み、立ち止まった。
「セレーナさん」
「はい」
「シンジをお願いします」
シンジが眉を上げる。
「なんか俺、預けられてない?」
ルカは無視した。
「お願いします」
セレーナも真面目に頷く。
「はい」
そして、少しだけ笑った。
「荷物ではなく」
シンジを見る。
「あなたたちを助けてくれた人として、お預かりします」
「……そこまで言われると本当に恥ずかしいんだけど」
「お願いします」
「はい」
ルカはようやく安心したように頷いた。
「じゃあ、行ってきます!」
「行ってらっしゃい」
「仕事頑張れよ!」
「シンジも! 落ち着いたら遊びに行くね!」
「俺はこれから調べられる側だけどな!」
「ちゃんとしてきて! 差し入れ持っていくから!」
「アハハ……はい」
ルカは笑いながら、人の流れの向こうへ走っていった。
栗色の髪が見えなくなるまで、シンジは、その背中を見送った。
「…………」
「シンジ」
「ん?」
「大丈夫ですか?」
「うん」
少し考えて。
「なんかさ」
シンジは笑った。
「娘みたいな女の子に、本気で叱られた」
「叱られて当然だと思います」
「俺もそう思う」
白い丸い手を見る。
身元はない。
文字も読めない。
一人で生活できるだけの知識もない。
それは、何も変わっていない。
でも。
だからといって、自分の価値までないことにはならない。
「助けてくれた人、か」
小さく呟く。
「はい」
セレーナが答えた。
「正式に記録しました」
「そこ強いなあ」
「記録は大切ですから」
シンジは少し笑った。
「じゃあ」
セレーナを見る。
「俺も、自分で覚えておくよ」
「何をですか?」
「俺は、荷物じゃない」
「はい」
「少なくとも」
一度、ルカが走っていった方向を見る。
「この世界に来て、何もできなかったわけじゃない」
セレーナは静かに頷いた。
「その通りです」
シンジも頷く。
「では、行きましょうか」
「支所?」
「はい」
「次は俺の番か」
「何の番です?」
「荷下ろしじゃなくて」
シンジは笑った。
「ちゃんと、この世界で俺が何者なのか調べてもらう番」
「はい」
二人は歩き始めた。
領都レグフォードの石畳を。
今度は、シンジ自身の次の場所へ向かって。
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