↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

29/116

第27話 馬車の役目

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 脇門を抜けた先で、ガレンはすぐに治療院の者へ引き渡された。


 待機していた治療師たちが荷台へ上がり、ガレンを戸板ごと慎重に運び出していく。


「ガレンは……」


 ルカが言いかけて、声を止めた。

 治療師の女性が封止された脚と黒い筋の範囲を確認し、セレーナを見る。


「封止のおかげで、初期症状の範囲で保たれています」

「治療は?」


 ルカが聞いた。


「この状態なら可能です」


「…………」

 その一言で、ルカの肩から力が抜けた。


「お願いします」


 深く頭を下げる。


 シンジも大きく息を吐いた。


「……よかった」


 森の街道で黒沼のそばに倒れていた男。

 どうすれば助けられるかも分からなかった。


 それでも荷をどかし、馬車を動かし、リーヴェへ運び、ローデンを越え。


 ようやく治療できる場所まで来た。


「俺は兄貴についてる」

 アースが言った。


「うん」

 ルカが頷く。


 アースはガレンの後を追いかける前に、一度だけシンジを見た。


「シンジ」

「ん?」


「……ここまで来られた」

「ああ」


 少しの沈黙。


「ありがとう」


 それだけ言うと、アースは治療院の中へ入っていった。


          ◇


「さて」

 バルトが馬車の横へしゃがみ込んだ。


「次はこいつだな」

 傷んだ車輪を見る。


 治療院の近くにいた職人も車軸を覗き込み、呆れたように笑った。


「よくここまで来れたよ、この状態で」

「やっぱり厳しかった?」


「ローデンでかなりうまく補強してある。それでも限界だ。修理場へ持っていく」


 バルトが車体を軽く叩いた。


「よく持ってくれた」


「ほらな」

 シンジが言う。


「俺が言った通り、この馬車は根性あっただろ」

「馬車に根性があるかは知らん」


「城門前では俺に合わせたくせに」


「まあ」


 バルトが笑った。


「よく頑張ったのは間違いねえな」

「だろ?」


 シンジも馬車を見る。


 車輪の軋み。

 縄のきしみ。

 歪んだ車軸。

 それでも進んだ馬車。


「……お疲れさん」


 丸い手の甲で車体を叩く。


 ぽふ。


「締まらねえな」

「この手でどうしろっていうんだよ!」


 バルトが笑った。


「シンジ。お前の馬車愛、忘れねえからな」

「急に名言っぽく言うな。馬車愛って何だ」

「この馬車を、ただの道具じゃなく見てただろ」


「…………」


 言い返そうとして。


 少し黙った。


「まあ……よく頑張ったからな」

「そうだ。よく頑張った」


 バルトは小さく頷く。


「今度会う時は、もう少しましな馬車に乗せてやる」

「ぜひ頼む。できれば、俺が横を走らなくていいやつで」

「今度は問題抱えず、もっと幸せな何かを抱えて乗れや」


「くっ……何も言い返せねえ」


 バルトは短く笑い、手綱を取った。


「じゃあな」

「ああ」


「ルカ。また商会で」

「うん。ありがとう、バルト」


 馬車がゆっくりと動き出す。


 ぎしり。


 ぎしり。


 最後まで聞き慣れた音を鳴らしながら、バルトと馬車は修理場へ向かっていった。

 

 シンジはその後ろ姿を見送った。


 ガレンを治療院へ届けた。

 馬車も役目を終えた。

 最初の事故から続いていた一つの仕事が、ようやく終わった気がした。


          ◇


 治療院を離れると、領都の街がシンジの前に広がった。

 ローデンも賑やかだったが、ここは桁が違う。


 建物も多い。

 木造だけではなく石造りの家もあり、二階建ての店まで並んでいる。


「すごいな……」


 シンジは素直に言った。


「レグフォード、どう?」


 ルカが少し嬉しそうに聞く。


「気に入ったというより、今は圧倒されてる」

「そんなに?」

「やっと、ちゃんと人が暮らしてる大きな街に来た感じがする」


 森でもない。

 隔離場所でもない。

 宿場でもない。


 ここでは大勢の人間が暮らし、働き、売り、買い、笑っている。


 異世界という言葉が、初めて本当の街の形になったような気がした。


「落ち着いたら、色々案内してあげる」

「本当?」


「うん。おいしい焼き菓子のお店もあるよ」

「それはかなりありがたい」


「そこは食いつくんだ」

「食は大事だぞ」


 ルカが笑う。


 シンジも辺りを見回した。

 通りには看板が並んでいた。


 文字は当然。


「読めん」


「文字はこれから覚えていけばいいですから」


 セレーナが言う。


「会話できるようになって、すっかり忘れてた。俺、文字については文盲だ」

「もんもう?」

「文字が読めないってこと」


「ふふっ、少しずつ覚えましょう」

「また勉強か……」

「必要です」


 セレーナは容赦がなかった。

 ただ、看板には靴や杯、パンなどの絵が描かれている。


「なるほど」

「どうしました?」


「文字が読めなくても、何の店か分かるようになってるんだな」

「そういう店は多いよ」


 ルカが少し先を指差す。


「あれはパン屋」

「分かる」


「あっちは酒場」

「分かる」


「じゃあ、あれは?」


 丸い何かが描かれた看板。


「……団子屋?」

「帽子屋」


「無理だろ!」

「帽子だよ!」

「絵が悪い!」


「店の人に言わないでよ!」


 ルカが声を上げて笑った。


          ◇


 その時。

 少し先で揉める声が聞こえた。


「だから、これは俺の荷だって言ってるだろ!」


 門に近い荷捌き場だった。

 荷車を押す男が、兵士へ食い下がっている。


「荷札と数が合わない」

「途中で買い足したんだよ!」


「なら、その記録を出せ」

「そんなもんあるか!」


 男の声がさらに大きくなる。

 荷車に積まれた木箱の一つには、別の商会らしい印が薄く残っていた。


「たかが荷の一つ二つで、いちいち止めるな!」


 セレーナが足を止めた。

 記録板を取り出す。


「その発言を、記録します」


「…………」


 男の声が止まった。

 ゆっくり振り返る。


 セレーナを見る。

 藍紫の外套を見る。

 そして記録板を見る。


「い、いや……違う。今のは、そういう意味じゃ……」


「では」


 セレーナは淡々と言った。


「荷札の不一致について、最初から説明してください」


「…………」


 さっきまでの勢いは、綺麗に消えていた。


 シンジはその様子を見て。


「……こわ」

「聞こえています」

「聞こえるように言った」

「正式な記録ですので」


「だから、その記録が俺の知ってる記録と違うんだって」

「これから学んでください」

「出た。少しずつ学ぶやつ」


 男は結局、途中で別の荷車から商品を移したことを認めた。


 盗品ではないらしい。

 ただし荷札を書き替えず、そのまま通ろうとしていた。


 セレーナは門兵と短く話し、男は手続きをやり直すことになった。


 それだけだった。


 怒鳴らない。

 脅さない。

 剣も抜かない。


 記録板を開いて「記録します」と言っただけ。


 シンジはセレーナを見る。


 最初に会った頃、何でも書き留める女性だと思っていた。


 今は少し違って見える。


「……巡回書記官」


「はい?」

「やっぱり、俺が思ってた書記官とは全然違うな」


「そうですか?」

「そうだよ」


 シンジは記録板を見た。


 本当に、この世界の書記官って何なんだろうか。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


魔法と剣のファンタジーなのに、どこまでも実務な中年の物語。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。