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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第26話 馬車溜まりの朝

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんが、少しだけテンプレが異世界らしくなる物語です。



 朝のローデン宿場町は、夜とは別の顔をしていた。


 酒場の笑い声は消え、代わりに馬の蹄の音と、荷を積み直す男たちの声が馬車溜まりに響いている。


 宿の裏口からは、焼いたパンの匂いが流れていた。


 湯場の方では、昨夜使われたぬくみ石が火のそばに並べられている。


 若い男が欠けた石をひとつ拾い上げ、苦い顔で女将に何か言われていた。


 真司は、馬車溜まりの壁際で目を覚ました。


 そこには、女将が用意してくれた見張り用の簡易寝床があった。


 寝床と言っても、宿の部屋ではない。


 壁際に木枠を置き、藁を詰め、厚手の布をかけただけのものだ。


 馬車番や、夜通し荷を見張る者が使う場所らしい。


 屋根はある。


 地面に直接寝るよりはずっといい。


 だが、宿の寝台というより、野外救護所に置かれた簡易ベッドに近い。


 寝返りを打つたびに木枠が鳴り、藁の感触が背中に残る。


 それでも、昨夜の真司には十分だった。


 湯浴みで汗と土を落とし、その簡易寝床へ転がされたところまでは覚えている。


 その後の記憶はない。


「……う」


 真司はゆっくり目を開けた。


 まず覚悟したのは、痛みだった。


 宿場町まで荷馬車の横を走った。


 泥を掻いた。


 荷を指示した。


 ろくに休まず、商売の手伝いまでした。


 最後には湯場で人生の尊厳を削られた。


 普通なら、翌朝の身体は錆びた自転車のような悲鳴を上げるはずである。


 腰。


 ふくらはぎ。


 肩。


 背中。


 すべてが請求書を叩きつけてくるはずだった。


 真司は恐る恐る身を起こした。


「……あれ?」


 痛い。


 痛くないわけではない。


 だが、思ったほどではなかった。


 身体は重い。


 疲れも残っている。


 けれど、昨日あれだけ無茶をした翌朝としては、明らかに軽い。


 筋肉痛に全身を占領されて、起き上がれない未来を覚悟していた。


 それが、来ていない。


「普通、あれだけ走ったら翌朝は死んでるだろ……」


 そう呟いた瞬間、視界の左端に半透明の板が浮かんだ。


 いつもの位置。


 邪魔にならない位置。


【初回適応評価を開始します】


「お?」


【転移後初期の行動蓄積を反映】

【対象期間:森での覚醒からローデン宿場町での休息まで】

【評価項目:生存行動/現地接触/搬送補助/商品化支援/継続移動/精神負荷耐性/仮界紋接続】


「仮界紋接続……?」


 真司は額に意識を向けた。


 そういえば、リーヴェで額にこれを刻まれてからだ。


 ルカとも、セレーナとも、女将とも、アースとも、普通に話していた。


 最初は単語を拾い、身振りで補い、意味を探りながらだった。


 それが、いつの間にか会話になっていた。


 女将とは口喧嘩までした。


 アースとは湯場で漫才みたいなことまでした。


「あれ……俺、普通に喋れてたのか?」


【仮界紋接続:安定化】

【意味照合:実用域へ移行】

【発話変換:日常会話対応】

【注意:固有名詞/専門語/皮肉表現は誤差あり】


「皮肉表現は誤差ありって、俺の会話の半分が危ないじゃないか」


【危険です】


「そこは認めるな」


 板は淡々と表示を続ける。


【初回適応補正:適用】

【転移直後の外装再構成残留効果を消費】

【過負荷反動を一部軽減】

【注意:同等の回復補正は次回以降、保証されません】


「なるほど。初回サービスか」


 真司は自分の脚を見た。


 痛みはある。


 疲れも残っている。


 けれど、昨日あれだけ走った翌朝としては、明らかに軽い。


 普通なら、ふくらはぎも腰も肩も、まとめて職務放棄しているはずだ。


「次はないってことだな」


【はい】


「優しくないな」


【正確です】


「正確さにも温度ってものがあるんだよ」


 表示が切り替わる。


【現地適応段階:0 → 1】


「おお」


【ステータス更新】


個体名:堺井 真司

年齢:52

肉体年齢:推定40前後

状態:休息後/湯浴み済/黒沼接触継続観察

言語適応:仮界紋接続安定/日常会話実用域


身体:C → C+

 体力・持久力が微増。それに伴い疲労耐性も微増。


魔力:E

 変化なし。


戦闘:E

 変化なし。


精神:B → B+

 ストレス耐性と環境適応能力が微増。精神的安定効果も微増。


適応:A

 変化なし。


「魔力と戦闘は据え置きか」


【変化なし】


「希望を持たせろ」


【魔力:E】

【戦闘:E】


「二回言うな」


 身体と精神は上がった。


 言葉も、かなり使えるようになった。


 だが、魔力と戦闘は変わらない。


 そこは都合よく伸びないらしい。


 荷馬車の横を走ったからといって、魔法が使えるようになるわけではない。


 湯場で尊厳を失ったからといって、剣術が上がるわけでもない。


 そこまで雑な世界ではないようだった。


   ◇


【蓄積経験資質の再編成を開始します】


「再編成?」


【既存資質が個別表示の限界を超過】

【類似資質を統合し、異世界環境で運用可能な核スキルへ再構築します】


「履歴書が、やっとスキルになるのか」


【表現は不正確ですが、概ねその通りです】


「そこは乗ってくれよ」


 真司の前に、最初に見たステータスが薄く浮かぶ。


 情報整理。


 状況検分。


 損害予見。


 課題抽出。


 関係設計。


 利害調律。


 信頼蓄積。


 滞留解消。


 企画編集。


 販促設計。


 それは、たしかに履歴書のようだった。


 剣聖でも、大賢者でも、勇者でもない。


 ただの仕事の跡。


 だが、その文字が淡く揺れ、二つの大きな束に分かれていく。


【資質統合】


情報整理/状況検分/企画編集/販促設計

 → 新規スキル【物品情報】


課題抽出/損害予見/関係設計/利害調律/信頼蓄積/滞留解消/企画編集/販促設計

 → 新規スキル【事象推測】


【行動ログ由来の補助機能を確認】


継続移動記録/過負荷反動記録/身体維持反応/精神負荷耐性

 → 新規スキル【体調管理】


「今のは統合じゃなくて、行動ログからか」


【はい】

【保持資質ではなく、初期行動と身体反応をもとにした補助機能です】


「そこ、ちゃんと分けるんだな」


【分類は重要です】


「そういうところは信用できる」


【統合完了】


「おお……」


 真司は思わず声を漏らした。


 地味な文字が、地味なりに形を変えた。


 履歴書の箇条書きが、ようやく異世界のスキルらしい顔を持った気がした。


【新規スキル】


【物品情報:初級】

物品を見た時、または手に取った時、基本性能・用途・損耗状態・危険性・代替用途を自動表示します。

ただし、万能鑑定ではありません。保持者の知識、現地情報、観察可能な状態をもとに、断定情報と推測情報を分けて提示します。未知すぎる物品、推測材料のない物品は解析不能となります。


「簡易鑑定か」


【簡易汎用型です】


「言い方が急にそれっぽいな」


【体調管理:初級】

保持者自身の疲労、体温、筋肉負荷、損傷リスクを自動監視します。

現在の身体能力の範囲内で、体温維持、疲労回復、怪我の予防、回復可能な範囲での治癒促進を補助します。

欠損再生、万能治療、身体能力を超えた強化はできません。


「だから今朝、身体が思ったより動いたのか」


【一部該当】


「ありがたい。地味だけど、かなりありがたい」


【事象推測:初級】

保持者の知識、経験、観察情報を自動参照し、実現可能な行動案・改善案・運用案を事前候補として提示します。

提示される候補には、必要条件、不足条件、危険要素が併記されます。

万能予知ではありません。未知情報の創出はできません。保持者の知識と経験が乏しい分野では精度が低下します。


「……ああ、そういうことか」


 真司は昨夜の湯場を思い出した。


 重いぬくみ石。


 何度も運ぶ若い男。


 割れれば銅貨が飛ぶと怒る女将。


 湯場と火のそばを往復する作業。


 籠に入れる。


 滑車か車輪で動かす。


 四つで回す。


 あの時は、自分の仕事の癖だと思った。


 だが、考えてみればおかしい。


 あの時の真司は、まともに立っているのもつらいほど疲れていた。


 湯に入る前から、頭は半分眠っていた。


 そんな状態で、あの場の作業手順と破損リスクと改善案が、するりと形になった。


「統合中の試運転か」


【推定:はい】

【前夜の湯場改善案は、事象推測の試験出力に該当します】


「仕事の癖だけじゃなかったわけだ」


【保持者の経験を材料に、実現可能範囲を自動構成したものです】


「親切なナビみたいなものか」


【不適切】


「助手席からずっと『次、右です』って言われるのは勘弁だぞ」


【事象推測は常時強制表示ではありません】

【保持者の疑問、違和感、目的意識、観察対象への集中に反応して候補を提示します】


「そこは助かる。押し売りナビは嫌いなんだ」


 真司は息を吐いた。


 剣術でもない。


 火魔法でもない。


 収納でもない。


 無双というには、あまりにも生活臭い。


 けれど、悪くなかった。


 物を見る。


 身体を保つ。


 起きていることから、次の形を探す。


 どれも、派手ではない。


 だが、今の真司にはありがたい限りだった。


 それは、真司が元の世界で何年もかけて身につけてきたものだ。


 慣れ親しんだ自分の能力が、この世界でファンタジー要素を含んだスキルに昇華した。


「これはこれで、俺らしいか」


【適性一致:高】


「そこは少し嬉しいな」


   ◇


【表示補助機能を更新します】


「ボードもか」


【保持者による継続呼称を確認】

【以後、本表示体の呼称を「ボード」として登録します】


「え、今さら?」


【呼称未登録状態でした】


「じゃあ、今までは何だったんだよ」


【未定義の表示体です】


「不便すぎるだろ」


【呼称:ボード/登録完了】


「……まあ、分かりやすいからいいか」


【保持者スキル再編成に伴い、表示補助を拡張】


【新規補助機能】


物品情報表示補助

 物品情報の断定/推測/不明を分けて表示します。


体調監視補助

 疲労、損傷リスク、休息必要度を表示します。


事象推測補助

 保持者の思考を整理し、候補案・不足条件・危険要素を分けて表示します。


成長履歴整理

 統合前の資質を履歴として保存し、通常表示からは省略します。


【応答補助機能を拡張】


「応答補助?」


【従来:警告/推奨/状態表示を中心とした短文応答】

【更新後:保持者の理解度に応じた補足説明、確認応答、軽度の対話補助が可能になります】


「つまり、前より喋るってことか」


【はい。対話補助を構築しました】


「何だろうな。ラーメン屋の冷やし中華はじめました。みたいな告知方法だな」


【対話補助はじめました】


「本当にそれっぽい言い方すんな」


【保持者の表現を参照しました】


「参照しなくていいところまで拾うな」


【注意】

ボードは未知情報を創出できません。

保持者の知識、経験、観察情報、接続情報を整理・補助するものです。

人格および感情の有無は未定義です。


「人格はない、ってことでいいんだな?」


【……該当項目なし】


「今の間は何だ」


【応答形式を選択していました】


「選択する意志みたいなものはあるんだな」


【…………意志はありません】


「……そういうことにしとこうか」


【称号更新】


履歴書をスキルに変えた者

荷馬車の横を走った者

初めての銅貨を鳴らした口だけ支援者

湯場で詰んだ男

帰路未定の実務屋


「湯場で詰んだ男……称号担当、出てこいや!」


【称号担当不明:呼び出し不可】


「お前じゃないだろうな? 称号削除機能を搭載しろ!」


【機能追加提案:却下されました】


「くっ……もう少しまともな称号で評価してくれ……」


 近くで寝ていたアースが片目を開けた。


「朝から誰と話している」


「この世界の評価担当」


「そうか」


 アースはそれだけ言って、また目を閉じた。


「慣れるの早いな、お前」


 真司は小さく息を吐いた。


 派手な変化ではない。


 けれど、昨日の自分より、今日の自分は少しだけこの世界に馴染んでいる。


 そして、ステータスというものが、ただの遊びではなくなった気がした。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


やっとスキルと呼べるものを手に入れた真司。

だが、どこまでも実務だった。

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