第26話 レグフォードの城壁
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんが、少しだけテンプレが異世界らしくなる物語です。
坂を下り始めても、シンジはしばらく城壁から目を離せなかった。
「……でかいな」
「さっきも言ってたよ」
ルカが笑う。
「いや、近づくとさらにでかいんだよ」
「領都だからね」
街道の両側には畑が広がり、行き交う人や馬車の数も一気に増えていた。
荷を積んだ商人の馬車。
野菜を載せた荷車。
背負い籠を揺らして歩く旅人。
その中に、武器も防具もばらばらな集団がちらほら混じっている。
シンジには、どう見てもゲームに出てくる冒険者一行だった。
「……ああいう人たちもいるんだな」
「何ですか?」
「いや、こっちにも冒険者みたいなのがいるのかなって」
「ぼうけんしゃ?」
「その辺も、そのうち教えてください」
「はい。少しずつですね」
「また宿題が増えた」
少し先には低い石積みの境界と見張り台があり、槍を持った兵士が街道を見下ろしていた。
そこを抜ければ、城壁はいよいよ目前だった。
荷台の奥ではガレンが横になっている。 封止された脚に異常は見えない。
アースはその傍に座ったまま、ほとんど口を開かなかった。
バルトは道の凹凸を避けながら、慎重に馬を進めている。
ぎしり。
ぎしり。
ローデンで補強してもらったとはいえ、荷馬車も完全に直ったわけではない。
「この馬車、根性あるな」
シンジが言うと、バルトが前を向いたまま答えた。
「馬車に根性があるかは知らんが、こいつには感謝してる」
「確かにな」
シンジは丸い両手を合わせた。
「ありがたや、ありがたや。あと少し頑張ってくれ」
「俺にも感謝してくれていいんだぜ?」
「御者様、ありがたや」
「雑だな」
「今の俺にできる最大限の礼だ。手がこれだからな」
白く丸い両手を揺らす。
バルトが短く笑った。
張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
◇
門へ近づくにつれ、人も馬車もさらに増えていった。
商人らしい屋根付き馬車。
野菜を山ほど積んだ荷車。
布をかぶせた箱を何段も積んだ馬車。
その脇を旅人や武装した集団が歩き、門兵の声に合わせて列が進んでは止まる。
少し離れたところでは、籠から逃げ出した小動物を老人が必死に追いかけていた。
「……色々とでかいな」
シンジは呟いた。
「また言った」
「もう他に感想が出ない」
ルカが少し誇らしそうに笑う。
「ここより大きな街もあるよ」
「これより?」
シンジは城壁を見上げた。
「この世界、思ってたより広いな……」
セレーナがバルトへ声をかけた。
「通常の列には並ばず、脇へお願いします」
「分かっ、りました」
馬車が列から外れる。
すぐに門兵がこちらを見た。
傷んだ荷馬車。
横たわる負傷者。
そこまではいい。
問題は。
丸い両手。
額の仮界紋。
見慣れない服を着たシンジだった。
門兵が槍を少し傾ける。
「止まれ。何の馬車だ。てか、その変な男は何だ?」
「…………」
到着早々、心をえぐられた。
「変な男……」
「シンジ」
「分かってる。今は我慢する」
バルトが説明しようとした時。
セレーナが前へ出た。
門兵の顔つきが変わる。
「セレーナ様。ご無事で何よりです」
「ご苦労さまです」
周囲の兵士たちまで自然と姿勢を正した。
シンジは横からセレーナを見る。
藍紫の外套。
声を荒らげたわけでもない。
何か命令したわけでもない。
なのに。
ローデンの女将の時と同じだ。
明らかに扱いが違う。
「……やっぱり、ただの記録係じゃないな」
「何か言いましたか?」
「俺の認識がだいぶ間違ってたって話」
「少しずつ学んでください」
「かしこまりました」
「返事」
「うん、わかったよ」
「よろしいです」
セレーナは門兵へ向き直った。
「リーヴェ近郊で黒淵関連事案。負傷者一名。封止処置済みです。灯文鳥は領府へ送っています」
「通達を受けています。治療院へも連絡済みです」
門兵が荷台を確認する。
「そちらが負傷者ですね」
「はい」
「脇門をお通りください。入城後、そのまま治療院へ」
「ありがとうございます」
話が早い。
シンジは思わず感心した。
「ちゃんと先に届いてるんだな」
「そのための灯文鳥です」
「うん。もう変な鳥とは言わない」
「よろしいです」
「教育されてる気がする」
その時。
別の門兵がシンジの額を見た。
「異邦人の仮界紋確認を行います」
「確認?」
嫌な予感がした。
門兵が通路脇の低い台を示す。
その上には、手のひらほどの黒い板が置かれていた。
「手の紋をこちらへ」
門兵がシンジの両手を見る。
シンジも見る。
二つとも。
丸い。
「…………」
「…………」
「無理ですね」
「無理だな」
門兵が今度は、額を見る。
シンジは、黒い板を見る。
「……まさか」
「その、額の仮界紋を板へ当ててください」
「やるしかないのか」
「確認ですので」
「やるしかないのか」
「はい」
尊厳に関わることなので、二度聞いた。
シンジは空を見上げた。
城壁の上で旗が揺れている。
知らない世界の空は、やけに青かった。
「よし……やってやらあ!」
身体をかがめる。
板は低い。
さらにかがむ。
膝までついた。
「…………」
ルカが口元を押さえた。
「笑うなよ」
「まだ何も言ってないよ」
「顔が笑ってる!」
額を板へ近づける。
こつん。
触れた。
どう見ても、門前で深々と頭を下げている男だった。
いや、低い台へ頭をつけているので、ほとんど謝罪である。
「…………」
「…………」
「笑うな」
額をつけたまま、シンジが低く言った。
「笑っていません」
セレーナの声が震えている。
「声が震えてるぞ、セレーナ」
「確認中です」
「便利な言葉だな!」
ルカがとうとう吹き出した。
「ぷっふふっ……!」
「ルカ!」
「ご、ごめん!」
そして真横からも。
「ぐふっくっく……」
門兵の一人まで笑いをかみ殺したような声を出していた。
「兵士さんまで!?」
黒い板が淡く光る。
銀色の線が浮かび。
額の仮界紋も一瞬だけ熱を持った。
「仮界紋、確認」
門兵が頷く。
「通行を許可します」
シンジはゆっくりと顔を上げた。
「……領都初入場が土下座みたいな姿って、幸先悪すぎるだろ」
「土下座?」
「知らなくていい」
セレーナが記録板へ手を伸ばした。
「待て」
「何ですか?」
「何を記録するんだ?」
「仮界紋による入城確認は必要事項です」
「入ったことだけ書け。姿勢は書くな。絶対に書くな」
セレーナは少し考える。
「では、姿勢については省略します」
「今、省略するか迷ったな?」
「職務上、必要か判断していました」
「いらんだろ!そこは絶対いらんだろ!」
門兵の一人が限界を迎えたように肩を震わせた。
シンジは深く息を吐く。
「俺、領都に入る前から負けた気がする……」
【仮界紋確認:完了】
「そこだけ淡々と出すな」
【姿勢情報:省略】
「お前もいらんこと覚えるな!」
ボードが会話らしきものを始めてから。
妙なところで絡んでくる回数が、明らかに増えている気がした。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。




