表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/29

第25話 湯場で詰んだ男

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

今回は、、、詰んだおっさんの物語になります。



 真司の番になると、問題はすぐに起きた。


「手は湯に入れないでください」


 湯場の外から、セレーナの声が飛ぶ。


「分かってる」


「布も濡らさないでください」


「分かってる」


「桶にも触れないでください」


「俺はどうやって風呂に入ればいいんだよ」


 沈黙が落ちた。


 次に、護衛が無言で袖をまくった。


「待て」


「女将に言われた」


「待て。状況を整理しよう」


「動くな。洗いにくい」


「五十二年生きてきて、風呂で詰むとは思わなかった……」


 湯気の中で、真司は人生の敗北をひとつ受け入れた。


 護衛は遠慮がなかった。


 粗い布を湯に浸し、絞り、真司の肩や背中を容赦なく拭いていく。


 湯は温かい。


 ありがたい。


 ありがたいのだが、状況が情けない。


 真司は歯を食いしばりながら、ふと思った。


「……そういえば」


「何だ」


「あんたの名前、聞いてなかったな」


 護衛の手が、ほんの少し止まった。


 湯気の向こうで、男は短く答える。


「アースだ」


「アース」


「ああ」


「今さらで悪い。ずっと護衛って呼んでた」


「呼ばれてはいない」


「心の中で」


「なお悪い」


 真司は少しだけ笑おうとして、背中をこすられた痛みで顔を歪めた。


「痛い痛い痛い。そこ、皮がめくれる」


「汚れを落としているだけだ」


「皮ごと落とす気か」


 アースは布を絞り直し、淡々と言った。


「ガレンは、俺の兄だ」


 真司は息を止めた。


 湯気の音だけが、少し大きくなる。


「……そうか」


「あんたを信用したわけじゃない」


「分かってる」


「だが、兄貴を運ぶために走ったことは見た」


 アースの手が、また真司の背中を拭く。


 相変わらず力は強い。


 だが、さっきより乱暴ではなかった。


「だから、礼は言う」


 真司はしばらく黙った。


 湯気が目にしみた。


 たぶん、湯気のせいだ。


「俺も、助けられた。水、助かった」


「そうか」


「あと、今も助かってる」


「そうか」


「ただし、アース」


「何だ」


「だから皮めくれるってばぁ!」


「大人しくしろ。動くな」


「感動の直後にこの仕打ち!」


「兄貴を助けた礼だ。念入りに洗っている」


「礼の形が荒すぎる!」


 湯場の外で、ルカが笑いをこらえる声がした。


「聞こえてるぞ。心のダメージ担当もいるのか!?」


「ぷっ、笑ってないもん」


「ルカ、聞こえているみたいなので静かに」


 セレーナの声にも、わずかに笑いが混じっていた。


「シンジ、右腕を少し上げてください」


「見られてる!? 振り返れないけど、見られてるのか!?」


「振り返らないでください。後ろからしか見ていませんから」


「くっ、風呂で尊厳まで失うとは……」


【清潔状態:改善傾向】


「お前まで見てるのか」


【観察継続】


「やめろ。せめて俺の尊厳を尊重しろ」


【尊厳:確認不能】


「確認しろ。今すぐ探せ」


 アースが背中を拭く手を止めた。


「動くな。縛りつけるぞ」


「俺が悪いのか?」


「たぶん」


「たぶんで背中を削るな」


 女将の笑い声が湯場の外から聞こえた。


「元気じゃないか」


「元気じゃない。これは最後の火花だ」


「なら、よく燃えな」


「宿場町の女将は人を薪扱いする文化なのか」


 そのあとも、真司は散々に洗われた。


 首の後ろ。

 肩。

 背中。

 腕。

 足。


 黒沼に触れた両手だけは、布を替えるまでそのままにされた。


 セレーナが用意した別の桶へ、汚れた布を落とす。

 そこに使うぬくみ石も別だった。


「石まで別かよ」


「汚染した場合、石ごと廃棄になります」


「俺の風呂、コスト高くない?」


「なので、早く領都へ行きましょう。そして触らないでください」


「はい」


 返事だけは素直にした。


   ◇


 湯浴みが終わる頃には、真司は別の意味で疲れ切っていた。


 だが、不思議と身体は軽かった。


 汗と土が落ちた。

 馬車溜まりの匂いも薄れた。

 足の熱も、少しだけ引いた。


 新しい布で包まれた両手は、相変わらず丸い。

 ちなみにこれもセレーナのお手製らしい。


 綺麗な布で作ったのか、前よりは清潔な丸だった。


「清潔な丸って何だよ」


【清潔状態:改善】


「だな。すっきりした。心の傷は大きかったが……」


 湯場を出ると、夜気が肌に触れた。


 ローデンの空には、知らない星があった。


 宿の裏では、ぬくみ石を包んだ布が火のそばに並べられている。

 若い男がまた一つ、重そうに石を抱え上げた。


 真司はそれを見る。


 籠。

 滑車。

 四つで回す。

 落とさない。

 ぶつけない。

 人が抱えない。


 考えれば、形にはなりそうだった。


 けれど、今は無理だ。


 頭の奥が、柔らかく沈んでいく。


【疲労:重度】

【休息推奨】


「今度は素直に従う」


 真司は湯気の残る息を吐いた。


 ルカは宿の壁際で、濡れた髪を布で拭いていた。


 セレーナは少し離れた場所で、もう外套を羽織り直し、いつもの巡回書記官の顔に戻りつつある。


 湯浴みをしただけで、心も体も軽くなる。


 それは、この世界でも同じらしい。


 真司は白い丸い手を見下ろした。


 この手が何なのか、まだ分からない。


 それでも、少なくとも土と汗まみれの何かではなくなった。


「よし」


 小さく言った。


「人間らしさ判定、合格でいいだろ」


【仮合格】


「そこは正式合格にしろよ」


 夜風が湯上がりの肌を冷ましていく。


 ローデンの夜は、まだ終わらない。


 だが、明日へのわずかな希望を抱ける夜には、なっていた。


ここまでお読みいただきありがとうございます。


湯場で詰んだおっさん真司。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ