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異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

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第25話 最初に話すなら

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。




 セレーナは少し考えてから聞いた。


「ボードは、この世界について何でも知っているのですか?」


「いや。全然」

「全然?」

「例えば」


 シンジは街道の先を見る。


「ボード。領都で一番うまい飯屋」


【情報不足】

「情報不足」


「……なるほど」

「俺が知らないことや、見ても分からないことは、基本的にこいつも分からない」


「未来は?」

「無理」


「人の考えていることは?」

「分からない」


「シンジの身体を勝手に動かしたことは?」

「ない」


「周囲へ直接、魔法のような力を使ったことは?」

「ないと思う」


【肯定】

「今、肯定された」


「その答えも、シンジにしか確認できないのですね」

「そうなる」


「…………」


 セレーナは考え込んだ。

 やがて顔を上げる。


「なぜ、今まで話さなかったのですか?」


「怖かったから、かな」

「怖かった?」


「考えてみてよ」


 シンジは苦笑した。


「知らない世界に来た男が、『俺にしか見えない文字が浮いてて、そいつと話してます』って言い出すんだぞ」


「…………」


「危ない人だと思わない?」


「少し」

「思うんかい!」


「だってシンジ、今までも突然何もないところへ話しかけていましたから」

「ボードと話してたんだよ!」


「全部ですか?」


「…………」


「シンジ?」

「……半分くらいは独り言です」


「ふふっ」

「笑うなよ」


「少し安心しました」

「何に!?」


「全部が独り言ではなかったことに」

「安心の理由が安心できない!」


 セレーナが笑う。

 シンジもつられて少し笑った。


 そして。


「でもさ」

「はい」


「さっきセレーナが言っただろ?」

「何をですか?」


「俺に、この世界のことを学んでもらって、生活できるように準備するって」

「はい」


「だったら、その相手に俺のことを隠したままってのも違うかなと思った」


 セレーナが静かに聞いている。


「ボードが何なのか分からない。危ないものかもしれない。だったら余計に、知ってる人が一人くらいいた方がいい」


「…………」


「それに」

「はい」


「ここまで俺を助けてくれたのはセレーナだし」


 シンジは少し照れくさそうに笑った。


「最初に話すなら、セレーナかなって」


 少しだけ。

 風の音が聞こえた。


「……ありがとうございます」


「え?」


「話してくれて」


 セレーナは柔らかく笑った。


「まだ、それが何なのかは私にも分かりません」

「うん」


「危険ではないとも、今の段階では言えません」

「うん」


「ですが、分からないのなら確認すればいいのです」

「確認?」


「何なのか。何ができるのか。何ができないのか」


 セレーナの声は落ち着いていた。


「分からないものを、分かったことにしてはいけませんから」


「……セレーナらしいな」

「巡回書記官ですので」


 シンジが笑う。


「そこは巡回書記官なんだ」

「今はセレーナです」

「はい」


「返事」

「……うん」

「よろしいです」


          ◇


「それと」


 セレーナが荷物から一枚の板を取り出した。


「このことは、正式に記録します」

「……それが記録板?」

「はい」


 何度か見たことはある。

 セレーナが現場で扱っていたものだ。


「巡回書記官が正式な記録を残すために使うものです」

「詳しい仕組みは?」


「それも、いずれ学んでください」

「また先送りされた」


「今、一度に全部説明しても覚えられませんよ」

「確かに……」


 セレーナは記録板を前に置いた。


「シンジ」

「うん」


「記録します」


 板の表面に淡い光が走った。


「氏名を教えてください」

「堺井真司 五十二歳」


「自身にのみ視認できる表示が存在すると証言しますか?」

「はい」


「呼称は?」

「ボード」


「いつから視認していますか?」

「この世界へ来て、森で目を覚ましてから」


「他の人が視認したことは?」

「今のところない」


「私にも見えていません」


 セレーナが続ける。


「表示される内容は?」

「自分の状態とか、能力。見た物の情報。あと、俺の知識や見たものを使って、考える候補を出したりする」


「未知の情報を、何でも得ることはできますか?」

「できない」


「未来を知ることは?」

「できない」


「シンジの意思に反して身体を動かしたことは?」

「ない」


「周囲へ直接、力を及ぼしたことは?」

「今のところない」


 答えるたび、記録板の表面に淡い光が走る。

 シンジには、そこに残される文字を読むことはできない。


 やがてセレーナが小さく頷いた。


「記録しました」

「それだけ?」


「今は、これで十分です」

「またそれだ」


「少しずつ覚えてください」


 セレーナは記録板へ、短く補足を加えた。


「これで、シンジがボードについて申告したことは記録に残りました」


「……なんか急に大事になったな」

「最初から大事な話です」


「ですよね」


          ◇


 セレーナは続いて、小さな紙を取り出した。


「灯文鳥?」

「はい」


「また飛ばすの?」

「領都へ、追加の確認事項があることだけ先に知らせます」


「ボードのこと?」

「はい。ただし、分かっていないことを断定して伝えることはしません」


 セレーナが短い文を書き込む。


「本人にのみ視認可能な不明表示について自己申告あり。記録済み。到着後、追加確認を要する……」


「『謎の何かと会話する怪しい男』とか書かない?」

「書きません」


「よかった」


「必要なら、到着後に直接確認されるでしょう」


「それはそれで怖いな」


 セレーナが紙へ指を触れる。


 淡い光。

 紙はひとりでに折れ、小さな鳥の形になった。


「何度見てもすごいな」

「灯文鳥です」


「うん。もう変な鳥とは言わない」

「よろしいです」


 セレーナの掌から、光の鳥が飛び立った。


 街道の先。

 領都のある方向へ、小さな光が遠ざかっていく。


「……これで」

「はい?」

「俺以外にも、ボードのことを知ってる人ができるんだな」

「必要な範囲で、です」


 セレーナはそう答えた。


「分かっていないことまで、勝手に広めるようなことはしません」


「……ありがとう」

「当然です」


 シンジは、灯文鳥が消えた空を見た。


【情報開示を確認】

「お前も分かってるの?」


【所有者による申告を記録】

「そっちも記録するんだ」


【肯定】

「記録する人と記録するボードに、俺、挟まれてる……」


「何ですか?」

「ボードも記録したって」

「そうですか」


 セレーナが少し笑う。


「記録するもの同士、気が合うかもしれませんね」

「セレーナには見えないけどな」

「それは残念です」


【同調評価:保留】


「向こうは保留だって」

「……気が合わないかもしれません」

「判断早いな!」


          ◇


 休憩を終え、荷馬車は再び街道を進み始めた。

 午後になると、道幅が少しずつ広くなった。


 畑が増える。

 行き交う馬車も増える。

 武装した旅人。

 騎馬。

 大きな荷を積んだ商隊。


「なんか、都会に近づいてる感じするな」

「もう少しですよ」

「領都かあ……」


 シンジは前を見る。

 自分が何者なのか。

 なぜここへ来たのか。

 帰る方法はあるのか。

 何ひとつ分かっていない。


 けれど、昨日までと一つだけ違う。

 自分にしか見えなかったものを、今はセレーナが知っている。

 同じものを見ているわけではない。


 それでも。

 一人だけで抱えているものではなくなった。


「シンジ」

「ん?」

「見えてきました」


 セレーナが街道の先を示す。

 荷馬車が坂を上る、その頂へ差しかかったところで。


「……おお」


 シンジが声を漏らした。


 遠く。

 街道の先。

 広い平野の向こうに。

 巨大な石造りの城壁が伸びていた。

 その内側には、いくつもの屋根と塔が見える。


「あれが」


 セレーナが言った。


「領都レグフォードです」


「…………でかいな」


 シンジはしばらく、その景色を見つめていた。


 ようやく、次の場所が見えた。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


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