表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界テンプレを信じた俺がバカでした  〜ステータスは出た。スキルもあった。だが、ほぼ履歴書だった〜  作者: 小森こもり
第一章 ~転移~

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
24/27

第23話 売れ残りの置き場所

【前書き】


いつもお読みいただきありがとうございます。

異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。



 ルカは銅貨を見つめていた。


「売れた……」


 小さな声だった。


 呟きというより、確認だった。


「売れたな」


 真司は答えた。


 本当はもう少し気の利いたことを言いたかった。


 だが、ルカの顔を見るとそれで十分だと思った。


 女がルカの手元を覗き込む。


「初めてかい」


 ルカは少し迷い、それから頷いた。


「行商の手伝いと、店番ぐらいしかしたことがなかったので……こんな形で売れたのは、初めてです」


「なら、覚えておきな」


 女は宿の入口を指した。


「最初に売れた場所と、最初に買った客は、商人なら忘れちゃいけない」


 ルカは顔を上げた。


 女は続ける。


「棚の端じゃ弱いね。入口脇に置く。出ていく客の目に入る場所だ」


「置かせてもらえるんですか」


「置くんじゃない。売るんだよ」


 女は袋をいくつか抱え、宿の方を指した。


「半分はうちで買い取る。残りは入口脇で売る。場所代は売れた分から引く。それでどうだい」


 ルカの顔が、ぱっと明るくなった。


 けれど、すぐに引き締まる。


 嬉しさだけで返事をしてはいけない。


 今、自分は商売の話をしている。


 そう思い直した顔だった。


「お願いします」


 ルカは深く頭を下げた。


「入口脇に、置かせてください」


「いい顔つきだ。嬢ちゃん、いい商人になれるよ」


 女は満足そうに頷いた。


「それと、嬢ちゃん」


 女は、ちらりと真司を見た。


「そこの変な男、しっかり捕まえておくんだね」


 からかうような口調だった。


 ルカは一瞬、何を言われたのか分からない顔をしたあと、耳まで赤くした。


「そ、そういうのではありません!」


「まだ何も言ってないよ」


 女はけらけら笑った。


 真司は丸い手を膝に置いたまま、遠い目をした。


 五十過ぎのおっさんに、どんな立ち位置をさせる気だよ、このババァ。


 口に出さなかっただけ、自分を褒めてやりたかった。


   ◇


 袋は、宿の入口脇に並べられた。


 女将は棚の端など使わなかった。


 出ていく客が必ず通る柱の横に、小さな箱を置かせた。


 その箱に、四種類の袋が並ぶ。


 簡易応急セット。

 夜間備えセット。

 道中修繕セット。

 出立準備セット。


 女将は木片を四つ持ってきて、商品名を書かせた。


 真司は文字が読めない。


 だから、セレーナがルカの言葉を聞きながら、木片に名前を記していく。


 文字が分からない真司にも、その配置は分かった。


 袋の前に、名前がある。


 名前の横に、一言がある。


 ただの小物ではなくなっていく。


 宿の土間を出ようとした旅人が、足を止めた。


「灯りが切れる前に、備えをひとつ……か」


 旅人は夜間備えセットを手に取った。


 女将がすかさず言う。


「夜に宿を出るなら、持っていきな。暗い道で灯りが切れてから後悔する客は、昨日もいたよ」


「昨日も?」


「ああ。派手に転んで泥だらけで帰ってきたよ」


 旅人は苦笑し、銅貨を出した。


 二つ目が売れた。


 ルカは声を上げなかった。


 だが、銅貨を受け取る指が少し震えていた。


 真司は馬車溜まりの土に座ったまま、その様子を見ていた。


 疲れは抜けない。


 足はまだ重い。


 けれど、道の上で作ったものが、人の手に渡っていく。


 それを見るのは、悪くなかった。


 手掛けた企画が独り立ちして、進みだした様子を見ているような気分だった。


   ◇


 馬車も、見てもらうことになった。


 女将が呼んだのは、宿の裏手で車輪を直していた男だった。


 男は車軸を覗き込み、短く唸る。


「本修理は無理だ」


 御者の顔が沈む。


「だが、添え木を増やして縄を替えれば、レグフォードまでは持つかもしれん」


「かもしれん、か」


 真司が呟く。


 男は真司の額を見た。


 丸い手も見た。


 何か言いたそうな顔をしたが、聞かなかった。


 宿場町では、事情のある客など珍しくないのかもしれない。


「急ぐなら、今やる」


 御者が頷いた。


 女将が、ルカの手元の銅貨を見た。


 ルカもそれを見る。


 さっき売れたばかりの銅貨だ。


 まだ温かい気がした。


 ルカはその中から何枚かを取り出した。


「お願いします」


 さっきまで荷だったものが、銅貨になった。


 銅貨は、今度は縄と板に変わる。


 真司はそれを見ていた。


 これ以上、口出しはしない。


 ここから先はルカが経験していく時間だ。


 だから何も言わず、満足そうに深く息を吐いた。


   ◇


 夕方が近づいていた。


 ローデンの馬車溜まりには、長い影が伸びている。


 荷は減った。


 金はできた。


 車軸には新しい縄が巻かれ始めている。


 宿の入口脇には、四種類の小袋が並んでいる。


 朝にはただの売れ残りだったものが、今は客の足を止めていた。


 ルカは銅貨を布に包み、大事そうに胸元へ入れた。


「シンジ」


「ん?」


「売れました」


「見れば分かる」


「はい」


 ルカは笑った。


 その顔に、真司は娘の小学校の運動会を思い出した。


 白い線。

 風に揺れる万国旗。

 ゴールのあとで振り返った、幼い娘の得意げな顔。


 隣には、妻がいた。


 左利きの妻は、いつも真司の左側にいた。


 右利きの真司と並んでも、食事をしても、肘がぶつからない。


 そういう小さな配慮を、彼女は当たり前のようにしていた。


 優しさなのか、要領なのか。


 たぶん、両方だった。


 あの時も左側にいた妻の横顔は……


「でも、言いたかったんです」


 沈みかけた意識が、ルカの声で引き戻される。


 真司は、目の前の笑顔に娘を重ねたまま、目を細めた。


「よくやった。ちゃんと見てたぞ」


 ルカは一瞬だけ固まり、それから照れたように銅貨を握り直した。


 その姿を、もう焦点の合わない目で見ていると、視界の左端に半透明の板が浮かんだ。


 いつもより少しだけ、遠慮がちに。


【休息推奨】


「うん、そうするよ……」


 真司は促されるまま、ゆっくり目を閉じながら馬車の影に背を預けた。


 焼けたパンの匂いが、また風に乗って流れてくる。


 腹が鳴った。


 ルカがそれを聞いて、少し目を丸くする。


 真司は薄く目を開けた。


「……走ったからな」


 言い訳のように言うと、ルカが小さく笑った。


 ローデンの夜が、ゆっくり降りてくる。


 休めるかどうかは、まだ分からない。


 だが少なくとも、売れ残りの置き場所は見つかった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。


魔法と剣のファンタジーなのに、どこまでも実務な中年の物語。

少しでも続きが気になりましたら、ブックマークや評価で応援していただけると嬉しいです。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ