第23話 また来な、シンジ
【前書き】
いつもお読みいただきありがとうございます。
異世界テンプレに裏切られたおっさんの物語をお楽しみください。
食事を終える頃には、入口脇の商品もさらに減っていた。
修繕用を選ぶ者。
簡易応急セットを旅の荷へ加える者。
そして朝は、やはり出立準備セットへ手を伸ばす客が多い。
「これ、昨夜より売れてるな」
シンジが言うと、ルカは嬉しそうに頷いた。
「うん。朝になってから、一気に売れ出した」
「やっぱり欲しくなる時が違うんだな」
「欲しくなる時?」
「夜なら灯り。壊れた時なら修繕。出発直前なら、道中で足りなくなりそうな物」
シンジが入口を見る。
「同じ物でも、その時に困ってることが違えば、必要に見える物も変わる」
「なるほど……」
「ルカ」
女将が呼んだ。
「はい!」
「この小袋、次も作れるのかい?」
ルカが目を瞬いた。
「え?」
「今回の残りじゃないよ。次だよ」
「……次?」
「ああ」
ルカはしばらく女将を見る。
「また、置いていいんですか?」
「置いていいんじゃない」
女将が笑った。
「次も持ってきなって言ってるんだ」
「…………!」
「旅人が買うのは分かった。名前と札も今回と同じでいい」
「はい!」
ルカの返事が弾んだ。
「作ります!」
「商会へは正式に発注しておく」
「はい」
「売れ行きはこっちで把握する。それを勘定して持ってきな」
「……はい!」
さっきより少しだけ真剣な返事になった。
シンジは口を挟まなかった。
女将とルカの商売だ。
昨日、売れ残った荷をどうするか悩んでいた少女。
今は、次に作る商品の話をしている。
「シンジ!」
ルカが振り返った。
嬉しそうだった。
「次も持ってきていいって」
「ああ」
シンジも笑う。
「よかったな」
「うん!」
◇
出発の準備が始まった。
アースとバルトは朝から馬車の周りにいる。
二人の朝食は、馬車溜まりでも食べられるよう黒パン、干し肉、焼いた芋、果物を包んでもらった。
女将が包みを渡す。
「道中で食べな。今日もまだ先は長いんだろ?」
「助かる」
バルトが受け取った。
一方、セレーナはガレンの傍らにいた。
封止箇所を確認し、顔色を見る。
「昨日より悪くなった感じはありますか?」
「ない」
「痛みは?」
「同じくらいだ」
「分かりました」
セレーナは慎重に状態を確認したあと、ようやく息をついた。
「大きな悪化はありません。このまま領都へ向かえます」
アースの肩から、わずかに力が抜ける。
「よかった……」
「ただし、急ぐ必要がなくなったわけではありません」
「ああ」
追加補強された荷馬車へ、ガレンを揺れにくいよう固定する。
バルトも何度も車軸を確認していた。
「本修理は領都だ」
「それまでは?」
シンジが聞く。
「いいか? 跳ねる道を選ぶなよ」
「俺が御者!? 無茶ぶりすんな!」
「言っただけだ」
「朝から扱い雑じゃない?」
バルトが笑った。
◇
荷物も。
食料も。
ガレンの固定も。
出発の準備が整った。
「よし」
シンジが馬車へ向かおうとしたところで。
「シンジ」
女将に呼び止められた。
「はい?」
「ぬくみ石」
「あ~」
女将の眉が上がる。
「忘れてたね?」
「いや、今ちょうど思い出した」
「嘘つきな!」
「はい!」
「昨日の話だよ。籠だの、車輪だの、滑車だの」
「あれは本当に思いついただけですよ?」
「知ってるよ」
「まだ使えるかどうかも分からないし」
「だから続きを考えるんだろ」
「俺が?」
「あんたが言い出したんだよ!」
「そうだった!」
女将は宿の裏手を親指で指した。
「昨日、あれから考えたんだよ。石を一個ずつ抱えて運ばなくて済むなら、働く連中はかなり楽になる」
「うん」
「でも、何個まとめる。どう動かす。どこへ置く。冷めた石はどう戻す。まだ何にも決まっちゃいない」
「そこは実際に見ながら考えないと分からないかな」
「そうさ」
女将がにやりと笑った。
「だから、また来な」
「…………え?」
「領都へ行って、あんたの用事を済ませな。それが終わったらローデンへ戻って来い」
「いやいやいや。俺、領都へ行ったあとどうなるかも分からないんだけど」
「そんなもん、あたしが知るかい」
「ですよね!」
女将が豪快に笑った。
「昨日の小袋もそうだ。あんたが名前を付けて、札を出したら客が足を止めた。今朝だってそうだろ」
「売ったのはルカだよ」
「分かってるさ」
女将はルカへ顎をしゃくった。
「商品を売るのはあの子の仕事だ」
それから、シンジを見る。
「あんたには、あんたの頭の中にあるものを聞く」
「…………」
「次は一晩のついで話じゃない。時間を取って、ちゃんと話しな」
シンジは困ったように笑った。
「俺、そんな大したもの持ってないですよ」
「それを決めるのは、あんたじゃない」
「うわ、強い」
「あたしが聞いて、使えるかどうかはあたしが決める」
「……はい」
女将は満足そうに頷いた。
「この人には勝てん……」
シンジが笑った。
女将も笑う。
「生きて領都まで行きな」
「うん」
「やること済ませて」
「うん」
「それから戻って来な!」
「強いなあ……」
「今さら気づいたのかい」
女将が、にっと笑った。
「また来な、シンジ」
「……うん。また来るよ」
「よし!」
◇
馬車がゆっくりと動き出した。
「ありがとうございました!」
ルカが大きく手を振る。
「またおいで!」
「はい!」
ルカに答えたあと、今度はシンジを見る。
「シンジ!」
「何!?」
「今度はちゃんとした手で来るんだよ!」
「おい!一言多いんだよ!素直に見送れないのか!?」
「アハハハ! 忘れるんじゃないよ!」
「今ので絶対忘れなくなったよ!」
女将の豪快な笑い声が返ってきた。
宿。
馬車溜まり。
朝から慌ただしく行き交う旅人たち。
シンジは荷台からその景色を眺めた。
「短かったな」
「何が?」
隣のルカが聞く。
「ローデン」
「一晩いたよ?」
「なんか、もっと長くいた気がする」
売り物に名前を付けた。
初めて売れた。
麦粥を食べた。
芋になった。
介護された。
そして。
次に来る予定まで勝手に決められた。
「……俺の尊厳、ローデンに置いてきてない?」
「たぶん湯場にあるよ」
「拾ってきて!」
ルカが笑った。
馬車は街道へ出た。
昨日。
ここへ入ってきた時には、荷台いっぱいに売らなければならない荷があった。
その荷はローデンで売れ。
馬車は補強され。
ルカには次へつながる話ができた。
捨てるはずだった荷が、次も欲しい商品になった。
「……よし」
シンジは前を見る。
次は領都レグフォード。
ガレンを治療院へ届ける。
そして、自分がこの世界で何なのかを調べる。
馬車が朝の街道を進んでいく。
ローデンは、少しずつ後ろへ遠ざかっていった。
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